依頼
「は〜〜〜ああぁぁ……」
迅八と出会ってからというものの、大悪魔はため息ばかりついている。次から次へと降ってくる厄介事。この少年は何かの呪いにかかっているに違いない。
迅八は、自分の胸にすがり付く美しい少女に赤面しながらも、その少女——イエールの話を詳しく聞こうとしていた。
「お願いしますっ、時間がないんです。おばあちゃんが……もう間に合わないかもしれない!」
「イエール」
迅八の強い声に、イエールは体を一度震わせた。迅八はイエールの肩に力強く手を置くと、優しく声を掛けた。
「ゆっくりでいい。けど、ちゃんと話してくれ。俺はジン。こいつはクロウだ。……大丈夫。何ができるかは分からないけど、必ず君の力になるよ」
「転生者さま……」
「……おうコラ。てめえ、自分に酔ってんだろ」
「酔ってねえよ!!」
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イエールの話を聞き終わり、クロウは開口一番で迅八に告げた。
「おい。この小娘は阿呆だぞ。さっさと行こうぜジンパチ。ほっとけほっとけ」
「ひどい事言うなよおまえ……」
「いえ、いいんです。自分でも馬鹿なお願いだっていうのは分かってますから」
イエールの依頼はこんな感じだった。
『ここから西に広がる草原にある洞窟——そこに生えている花を取ってきて欲しい。そして、自分も同行するので護衛をして欲しい』
「……ちょっと待ってよ。そんなにおかしな依頼なの? 普通じゃねえか?」
「なんでその小娘が一緒に来るんだよ。冒険者からしたら余計な手間が増えるだけだろが。そもそもな、買やいいじゃねえか花なんぞ。商人からでも狩人からでも」
「……珍しい花なんです。色んな方に聞いたんですが、誰も売ってくれませんでした。冒険者の方は花に詳しくないと思うので、ひょっとして違う花を取ってきてしまったら、」
「だ〜かあら、相手の立場に立ってみろっつの! 自分を信用してねえ依頼主のクエストをわざわざ引き受けるか? しかもそんな無報酬に近い条件でよ」
無報酬に近い条件。
その言葉に迅八が口を挟む。
「けどさあ、五万円でしょ? そんなにおかしい? ……むしろ花を取ってくるだけで五万なんて、良くない?」
「ジンパチ。おめえは大森林の蜘蛛みてえなのがいるかも知れねえ場所に、そんな端金で乗り込むのか? しかもてめえを信用してねえ小娘と一緒によ。……おまけにそいつを守ってやらなけりゃいけねえなんてどんなギャグだ? 足手まといにも程があるわ……」
迅八はまだ旅の途中で、大森林の蜘蛛以外ではそこまで危険な魔物に出会っていない。しかし、この世界では少し道から外れてしまえば、そこにはどんな生き物がいてもおかしくない。
ひょっとしたら、草むらの中にライオンのような危険な生き物がいるかもしれない。そして、冒険者はというのはその、ひょっとしたらを何度もくぐり抜けてきている。
依頼内容と報酬の釣り合いが取れなければ、仕事を受けるはずも無い。
「けどさ、中には引き受けてくれる人もいるんじゃねえかな?」
「居るぜ。探しゃあいくらでもな。……ただ、報酬は追加されるぜ。別の形でだ。そいつはまあ整った顔をしてやがる。若えしな。……だがな、それにしたってギルドの中で、そんな事をおおっぴらに冒険者から持ちかけるか? 特別報酬で釣りてえんだったら、もっと別の場所で後ろ暗そうな奴らに話を持っていけや」
「特別報酬って……」
迅八は、今は自分と離れて不安そうにこちらを見つめているイエールの顔を見る。
その顔は端正だったが、体も含め全体的に華奢な印象だった。美しい見事な金の長髪。ほっそりとした鼻。綺麗な弧を描く細い眉と、その下の目は何かに迷うように揺れている。
起伏に乏しい体つきと、その身を包むそんなに豪華には見えない服。……しかし、儚げな印象の顔の中で、ツン、と突き出した上唇だけ、どことなく生意気そうに見える。
ある種の男の征服欲をかきたてそうな少女。
「……分かりました。ごめんなさい。出来ればまともな冒険者の人に依頼を受けて欲しかったんですけど、そういう場所を当たってみたいと思います」
そして、イエールは迅八とクロウに一礼してからその場を立ち去ろうとした。
「イエールっ。ちょ、ちょっと待ってよ。なにするつもりなの!?」
「……はじめから、そうなる覚悟もありました。出来れば、そうはなりたくなかったんですけど……やっぱり無理ですよね」
そう言って、イエールは悲しそうな笑みで離れていった。
「いいから待てって! ……俺が引き受けるから、だから、その……ダメだよそんなの!」
「やっぱりこうなるのか……」
驚いた顔で振り返り、少女はその上唇を開く。
「え? ……本当に、本当に一緒に行ってくれるんですか?」
「ああ。だから、その、……自分を大事にしなよ」
「転生者さまっ!!」
再び自分の胸に飛び込んできた少女を安心させるように、迅八は自然と頭を撫でてしまう。
そんな迅八の様子を見ていた子狐は、皮肉げに頬を歪めた。
「おう小僧。てめえ、なんだかんだ言って、てめえが特別報酬頂くつもりだろ」
「ば……ちげえ、ちげえよ!!」
「はん、どうだかな……。おい小娘。てめえの阿呆っぷりへの最後の質問なんだがな。俺様は悪魔だ。なんで俺様とその連れが、てめえの願いを叶えてくれるなんて勘違いしやがったんだ」
「え? 劇を観ました。転生者さまと千年の大悪魔さまの。……困っている人を救う旅の途中なのでは?」
「んなっ、あ、アレ、まさか続編出てんのか!?」
「ええ、大人気です。いま一番人気があるお芝居なんですよ。それに、それが『ジンクロウ』ですよね? まさかとは思ったんですが、喋る魔獣と、魔剣使いの転生者。……本当に居るなんて」
そう言ってイエールは、迅八が腰に佩く黒刀に憧れのような視線を送った。
(……しくじった。まさかこんな羽目になるとは)
英雄を見るように頬を染めているイエールを見て、クロウは自分が協力してしまった劇の事を苦々しく思い、イライラとその後ろ脚で頭を掻いた。
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自由貿易都市を出発してから幾日か。
迅八達を乗せた馬車は西へと進む。
「……ジョックってのは学校のキングさ。それの取り巻きがサイドキックス。人の目を気にして強い奴に取りいる、いちばん卑怯な奴らだよ!! ……けどね、キリエ。そんなのは子供の世界だけの話さ。社会に出たらあんな奴らは僕みたいな知的な人間の下で働くんだ。……アメフト? ベースボール? そんなもんプロにでもならなけりゃ、なんの役にも立ちやしない!!」
トムの身振り手振りはどんどん大きくなってゆく。口の周りに泡を溜め、血走った目で喚き散らす。
「……クソ、クソ!! なんの生産性もないチアリーディングなんかに現を抜かすビッチをチヤホヤする馬鹿どもがああああ!! ……ファック!! ファーーッック!! キスッ、マイッ、アーース!! ………………………………………………………………………………………………………ぼくもぉぉおお」
……なんだ? 最後なにか言ったか?
迅八達は耳を澄ました。
「……僕もぉお、ダンスパーティー、いきた、かった……!! いきた、かったぁぁあああ…………!!」
最後、微かに漏れた本音と、その後に馬車の中に響く鼻水をすする音に、場は静寂に包まれた。
(……こいつ、なんていうか)
悲しすぎる男だった。
外から聞こえてくる車輪の回る音すら物悲しく聞こえてしまう。
「……トムさん」
誰もが口をつぐむ中、今まで馬車の隅で膝を抱えていた少女が優しく声を掛けた。
「私は、トムさんが言ってる事の意味が、よく分かりません。……けど、トムさんが誰かに傷つけられたのは分かります。もう、大丈夫ですから」
その少女は自分の肩にかかった美しい金糸のような髪をかきあげると、自分の胸にトムの頭をそっと抱いた。
「い、イエールちゃんさん……! いや、イエールたんっ……、イエールたんっっ!!」
トムは少女の胸の中で、隠すことなく泣き声をあげていた。イエールは自分の服に染み込んでゆく涙や鼻水を嫌がる事なく、静かに頷いていた。
その姿はまるで、人間の愚かさに許しを与える天使のようだった。それを見た迅八は、我関せずを貫く青い髪の『天使』をチラリと見やる。セリアはその視線から逃れるように目を伏せた。
……イエールから依頼を受けた迅八達は、南の国——王都ロンダルシアに向かう途中にある草原。そこにある洞窟を目指していた。
その洞窟の奥に生えているという花。それを取りに行く為だ。
——別に俺の許可など必要ない。好きにしろ
イエールを連れて宿に戻った迅八に、ジークエンドはそう告げた。元からロンダルシアに向かっていたロックボトムの面々は、その途中で寄り道する事に特に難色を示さなかった。
しかし、コルテまで何も言わなかったのは迅八にとって予想外の事だった。てっきりコルテには怒られると思っていた迅八は、ホッとしつつもどこか薄気味悪さを感じた。
自分達もロンダルシアに向かう所だったと言うキリエとトムもついてきた。それにもコルテは何も言わなかった。
迅八達が乗ってきた二台の馬車と、キリエ達の商品が積んであるという馬車一台。合計で三台の馬車を使い、一行は特になんのトラブルに見舞われる事もなく、自由貿易都市の西に広がる大草原に差し掛かろうとしていた。
「……なあセリア。あれさ、お前の役目なんじゃないの?」
迅八の視線の先には聖母のような微笑みを湛えたイエールの姿があった。
「そ、そんな事言われても、私は仕事で十二使徒やってるだけなんで。通常業務にアレは含まれてません!」
「あはは……仕事ねえ。十二使徒なんかと旅するのは初めてだけど、みんなあんたみたいな現代っ子なのかい?」
迅八の後ろから、クーロンのからかうような声がする。
「本当に、それぞれですよ。天使だけじゃなくて人間だってそうでしょ? ……特に、私は本当に二十歳位なんで、もう色んな人からなにかと言われるんですよ。仕事だって割り切らないと、やってられませんっ」
「本当に、ってなに? セリアいくつなの?」
「アグリアさんとかは、ほら、見た目通りの年齢じゃないんですよ。前も言いましたけど本当に内緒ですからね。……私は、本当に見た目くらいの歳で、二十歳くらいです。だからみんなから小娘扱いされて……第六位なのにっ!!」
またセリアの愚痴が始まりそうになった時、御者台から声が聞こえた。
「キリエさん、大草原に入りますよ」
キリエが商人ギルドから雇った御者の声が聞こえると、ゆっくりと馬車はそのスピードを緩めた。
やがて外から聞こえてくる車輪の音が止むと、アゼルがシズの手を引き外に出ていった。
「ほら坊や。なにしてんだい?」
「え?」
「あんたも外に行かなくていいのかい? ……クーロン姐さんと離れたくないんだったらこのままでもいいけどね」
甘くからかうようなその声に迅八は頬を染めると、いそいそと馬車の外に向かった。




