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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第四章 絶対強者
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扉の中

 



 迅八が勢い良く扉を開けると、中には不穏な空気が漂っていた。


「な、なにこの空気?」

「はん……」


 そこには、迅八が想像していた冒険者とは少し違う者達が居た。……重装の戦士、軽装の剣士、魔術師然としたローブの者、それらは想像通りだったのだが、その雰囲気。


「おい、おいおい……。なんか、みんな殺し屋みたいな目してない?」

みたい(・・・)ってなんだよ? おめえ冒険者をなんだと思ってやがんだ? こいつらなんてただの殺戮集団で、ほとんどが人殺しの集まりだろ」

「き、聞いてねえぞそんなのっ!」


 丸太のような腕。薄いシャツを破りそうな逞しい胸筋。そして、その肉体を包む無骨な鎧や武器。

 迅八をチラリとみただけの冒険者の視線に、迅八は腰を抜かしそうになった。


「おい、もう帰ろう。いいよ、こんな冒険者ギルドはいいよ……。もう、帰ってアゼルに謝ろう……」

「なんで俺様の事を平気で殴りつけるくせしやがって、こんなの(・・・・)に怯えてやがんだ? 全く理解できねえ」


 早く帰ろうと言う迅八の髪の毛を子狐が引っ張ると、部屋の中の『不穏な空気』の源が分かった。

強面(こわもて)の冒険者たち……、その多くが、広い部屋の奥を注目している。

 そこからは、穏やかではないしわがれた声が聞こえてきた。


「……しつこい娘だな。そんなもん引き受けねえよ。ここにいる奴らはな」

「じゃ、じゃあどこに行けば、」

「そんな事は知らねえよ。自分でどうにかしろっ!」


 すがり付く娘の腕を、重装の戦士が乱暴に振り払う。娘の細い体は呆気なく床に転がった。


「ちょっ……、なにしてんだよ!!」


 思わず人を掻き分けて迅八がそちらに向かうと、周りから舌打ちが聞こえてきた。周りの人間達はほとんど迅八よりも背が高く、屈強な体つきだった。


 ——いてえな、このガキが!


 少女とその戦士の間に入ろうとしたその時、迅八の尻が後ろから強く蹴られた。


「おわっ!?」


 こらえきれず、そのまま床に倒れこむ。迅八の肩に乗っていた子狐は、華麗に宙を一回転してから軽い音で床に降り立った。


「痛っ……なんなんだよ!? 誰が蹴った!?」

「……なんだおめえ。なんか文句でもあんのか?」


 頭上から聞こえる声に、迅八が恐る恐る顔を上げると、そこには重装の戦士の酷薄(こくはく)そうな目があった。


「っひ、うひいぃぃ!?」


 突然乱入してきた少年の情けない悲鳴を聞いて、周りから微かに笑い声があがる。

 すると、また見えない角度から体を蹴られた。


「うお……。や、やめっ!」


 転がる迅八を見て、また周りの笑い声が大きくなる。

 羞恥に顔を真っ赤に染めている迅八の視界に、自分と同じように床に伏せている少女が見えた。


「おう黒髪のガキ。おめえはコイツ(・・・)の知り合いなのか?」

「いや、違うよ。違うけど、」

「じゃあおめえには関係ねえじゃねえか。事情も知らねえんだったらすっこんでろ!!」


(こ、こええーっ!!)


 視界の端では驚きを顔に浮かべた少女が口を押さえていた。

 迅八は立ち上がり、その少女の元に向かおうとしたが、力が抜けた足腰は、輪の中から伸びてきた足に、たやすく引っ掛けられた。


「……あっ!」


 ばたんっ。無様に転ぶ迅八を見て、周りからどんどん笑い声が大きくなる。それに混じり、もうやめとけよ、いいぞもっとやれ、……そんな声も聞こえてきた。


「大丈夫……?」


 その金髪の少女は、倒れこんだ迅八の元に駆け寄り体を抱えた。

 すると、ついに周りからは爆発的な笑い声が上がった。子狐は深いため息をついている。


「おいおいガキッ。おめえ、そいつを助けに来といて助けられてるじゃねえか!」


 重装の戦士の豪快な笑い声に、更に迅八の顔は赤くなる。赤みと共に険しくなる迅八の顔を見て、目の前の戦士は笑いながら言った。


「なんだやるのか? ……腰に大層なもんをぶら下げてるが、抜いてもいいんだぞ。それが出来ねえんだったらその刀を置いてけ。……そしたらその娘はお前の好きにしていいぞ」


 目の前で恫喝(どうかつ)してくる男の顔に、深く刻み込まれている歴戦の傷跡。それを見て迅八の足はまた震えた。

 そして、チラリと迅八は見てしまった。自分の愛刀を。


 抜こうとした訳ではない。渡そうと決めた訳でもない。しかし、一瞬考えてしまった。


(わ、渡したら……この場を)



 ……目の前の歴戦の冒険者は、その迅八の一瞬の心の迷いを正しく読み取ると、急に真面目な顔になった。


「こいつ……とんだ腰抜けだな。おう、もう行け。お前みたいなのは男じゃねえ。二度とここに来るんじゃねえぞ」


 ぺっ、と。

 迅八の顔に唾が吐かれた。


「ひどい……なんでこんな事するの!?」


 少女の大声が場に響き渡ると、その場に沈黙と共に白けた(・・・)空気が広がった。その空気の中で、顔をぬぐいながら迅八が言う。


「い、いいよ。俺だったら大丈夫だから。早く、ここから出よう」


 迅八の顔は恥辱で赤く染まっていた。そして右手で己の膝を掴むと、震える足をなんとか抑えて立ち上がった。



 ——こんなフヌケ、なかなか見ねえな

 ——このガキ、結局なにしにきやがったんだ



 周りから聞こえてくる隠そうともしない嘲笑に、迅八は顔をうつむかせながら少女の手を引き出口に向かう。

 すると、その少女の肩に手を掛ける冒険者がいた。


「……おい姉ちゃん。俺があんたの依頼を受けてやろうか?」

「もうよせよ。これ以上はつまんねえだろ」

「うるせえな、黙って見てろよ。……なあ、姉ちゃん。そんな奴についていってもロクな事にならねえぞ。だからとりあえずよ、近くの酒場で話でもしようや」


 そう言って、剣士風のその男は少女の手を引っ張った。

 その時、少女の喉から、微かな、本当に微かな、悲鳴のような声が、迅八の耳に届いた(・・・・・・・・)











 冒険者達。

 彼らは善良な人間かどうかは分からないが、悪人ではなかった。少女にそっけなくする事情・・もあった。

 そんなところに吟遊詩人が唄う英雄譚を気取ったような子供が入ってきたので、からかってやりたくなった。

 しかし、その少年が思った以上の腰抜けだった事は、彼らに失望とほんの少しの怒りを生んだ。

 そこでほとんどの人間が興味を失くしたのだが、中にはお調子者もいる。少女にちょっかいを出して、英雄を気取った臆病者に、もう少し屈辱を与えてやりたくなったのだ。

 周りの人間は呆れた顔をしていた。そろそろお調子者を止めようとする者もいた。誰も、この後の光景は予想していなかった。


 ……お調子者が少女に絡み始めてから、緊張し始めた千年の子狐以外には。






 ————————————————






 パンッ。……乾いた音がした。


 英雄を気取った臆病者と、世間知らずの娘をからかっていた冒険者達は、興醒めしてしまったのでそれぞれ散っていく所だった。

 その時、先程の場所から聞こえてきた音に、何人かが振り返った。


「あっ……?」


 お調子者の剣士は、突然、自分の顔を叩いた衝撃がなんなのか、初め分からなかった。

 とろりと。鼻の奥から鼻水が出てくる感触がしたのでそれをすすると、それは喉の奥で血の味になった。


「はあ?」


 剣士が自分の顔を触り、その手を見てみると、その手は血で汚れていた。

 周りの人間達は状況が掴めなかった。

 なにか、肉を打つような乾いた音がしたと思ったら、剣士が鼻血を出していた。


 ——まさか、臆病者がキレた(・・・)のか?


 しかし、あんなフヌケが言葉もなしに、いきなり人を殴りつける訳がない。

 冒険者達が臆病者を見てみると、その少年の髪の毛は、うねり、逆立ち、窓から入ってくる日の光を背景にして、黒い太陽のように見えた。

そして、今度は皆が見ている前でそれは行われた。


「てめ……あぎっ!」


 剣士が少年に何かを言おうとした瞬間、少年の右手がブレるように揺れた。

 恐ろしい速度で振るわれたその右手が、剣士の顔の真ん中を撃ち抜く。


「がっ!?」


 鼻を押さえて剣士が(ひざまず)く。そして反射的に腰の剣に手を掛けると、その柄頭を少年が足で押さえつけた。


誰を(・・)、切るつもりなんだ?」


 少年が呟く。

 その表情は逆光に邪魔されて、見上げる剣士にはうかがえない。


「それを、この子に向けるつもりなのか?」


 あまりにも突然始まった暴力に、剣士は呆気に取られていたが、彼も冒険者の端くれであり、すぐに思考を元に戻した。


「てめえをぶった切るに決まってるだろうが!!」


 剣士が残った手で迅八の足を振り払おうとすると、その前にその足は戻っていった。

 予想せずに体のバランスを崩した剣士は、そのまま床に手をつく。


「ならいいよ。好きにしろよ」


 周りからの嘲笑は、いつしか剣士に向けられていた。

 なんだかよく分からないが、やめ時を間違えてお遊びを続けようとしたお調子者が、キレた臆病者に殴られた。

 そして床に手をつくその格好は、まるで臆病者に謝っているように見えた。


 お調子者の剣士は顔が熱くなるのを感じると、迅八から離れてから立ち上がった。

 すると、仲間らしい者たちがその剣士の前に立った。


「おい、もうやめとけ。……こんなとこで抜いたらどうなるか分かってんのか? 冷静になれよ」

「こ、ここまでコケにされて黙ってられるか!!」

「おいガキ。お前も今なら見逃してやる。さっさとその娘を連れてどっか行け」

「もうこの子をいじめないって約束しろ」

「なに言ってやがんだ? ……ガキ、あんまり調子に乗るなよ。腕の一本くらいなら、へし折ってやってもいいんだぞ」

「やるのか?」

「……はあ?」


こっちの世界(・・・・・・)にも慣れてきた。これがこっちの流儀なんだろ? またこの子をいじめたら、お前らを殺す。俺は、絶対に約束を破らねえ」


 こっちの世界。……その言葉を聞き、場に動揺が走る。まさか、この臆病者は『転生者』なのか。 そして、それ以前に。

……こいつは本当に、臆病者・・・なのか?


 逆立つ髪、不似合いな魔剣、そして、先程までとは違う、(くら)い目つき。

それら奇妙なものを睨めつけてから、男は面倒臭そうに言った。


「元々いじめてやしねえし、これからもだ。……いいからさっさと行け!」


 まだなにか続けようとした迅八の足元にはいつの間にか子狐が居た。


「ジンパチ、もういいだろ行くぞ。……これ以上暴れるなら俺様も混ざって楽しんじまうぞ」






 ————————————————






「なあ、バカよう。本当に、ほんっと〜に、バカよう。……おめえは、俺様にわざと嫌がらせがしてえのか?」


 子狐はもはや溜息もつかない。

 この子供のせいで、どんどん行動出来る場所が少なくなってくる。真魔の使い手に関する事や、自分が眠っていた間の事など、ギルドで調べられそうな事を知りたかったのだが、一つも調べられなかった。


「だって仕方ないじゃんかよ。こんな女の子がいじめられてたら放っておけねえよ」

「いじめられてた訳じゃねえんだっての! ギルドの中でそんな事(・・・・)してりゃ、相手にされなくて当然だ!!」


 迅八達はギルドから出て再び広場に戻っていた。その迅八の横で不安そうに眉を下げている少女は、『イエール』と名乗った。


 ギルドに依頼を出すと手数料を取られる。当然それを嫌がる者はいるし、自分の目で冒険者を確かめてから依頼をしたい者だっている。

イエールはギルドの中で、直接、頼りになりそうな冒険者を探していた。


「だからってギルドん中でそんな事するか!? 常識知らねえのか常識をっ!! ……手数料払わねえって宣言してるようなもんだろがっ!!」

「ご、ごめんなさい……、けど、困っていて」

「そんな阿呆は誰も相手にしやしねえよ。むしろ今まで殴られてねえ分だけあの冒険者共も職員も良心的だわ!」

「ごめんなさい……。けど、ギルドに出すような依頼じゃないし、どうしても、お話して冒険者の方にお願いしたかったんです」

「だ〜かあらっ、てめえの都合だけじゃなくて相手の事も考えろや!! そんな自己中な考え方で社会でやっていけると思ってんのか!?」

「……おまえさ、本当に千年の大悪魔なの?」


 全くもって、反論しようのない程に常識的なセリフ。そこについつい迅八も口を挟む。

 しかし、イエールはその言葉を聞くと目を見開いた。


「千年の大悪魔さまと、転生者さま……?」


 イエールの可愛らしい顔がくしゃりと歪むと、瞳からひとすじ、涙がこぼれた。


「転生者さまっ……千年の大悪魔さまっ。……どうか、どうか話を聞いてくださいっ!!」

「……どうした? なにがあったんだ?」


 迅八が真面目な顔になりイエールに問いかけると、少女は迅八の胸に顔を埋めて静かに泣き出した。

 頬を染めて慌てる迅八を見て、クロウは確信した。



(……本当に、厄介事しかねえ)



 この転生者の少年は呪われている。


「真魔の使い手の前に、呪いを解いてくれる奴はいねえのか……」


 コルテ辺りがどうにかしてくれないかと考えながら、子狐はやはり深い溜息を吐いた。




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