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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第四章 絶対強者
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疑問




「待て待て。もう止めやがれ!! ……いい加減にしろてめえは!!」


 木の上に登った子狐(クロウ)が、迅八の手の届かない場所から威嚇する。

それを見た迅八は、肩に(かつ)ぐようにしていた『迅九郎』で、自分の肩をトントンと叩いた。


「じゃあ約束しろよ。静に……シズに手ぇ出すんじゃねえぞ。誓え!」

「当たり前じゃねえか。冗談だろが。誓うに決まってんだろ!? ……なあ。思い出せや。俺様から受けた恩の数々を。そんな(もん)を突きつけていい相手なのか? 俺とお前は一蓮托生よ。おめえの宝は俺の宝だ。……まさか、違ったのか? 俺だけが、そう思っていたのか……?」

「クロウ……」


 そこで迅八は思い返す。

 自分はクロウがいなかったらここまで来れなかったかもしれないし、シズが笑顔になる事も当分はなかったはずだ。

 自分達の恩人。……その事を思い出した迅八は、顔をうつむかせてから迅九郎を鞘にしまった。


「……悪い。俺はお前に返しきれねえ恩があるのに。悪かったよ。ごめんな」



(……さすがは楽園育ちだ。ちょれ〜なこのガキはよう。くかかかか……。このバーカバーカ)



 そんな心をおくび(・・・)にも出さず、クロウは迅八の肩に降り立った。


「まあまあ、いいって事よ。……けどよう、刀を振り回して俺の事を追いかけるのは違えんじゃねえか? そもそも、その刀も俺様がお前にくれてやったもんだ。それで俺を殺そうとすんのか? それはおかしかねえかあ……?」

「……ああ、その通りだよ。本当にごめん。俺はお前に恩を返さなくちゃ……。これからはそんな事はしねえよ」



(くかかかかかか!! 言質(げんち)は取った!! ……これからまたこんな事があったら、クドクドと嫌味ったらしく、ネチネチやってやるぜええっ……!)



 千年の時を超えて存在する大悪魔は、今は子狐の姿にふさわしいショボい企みを胸に秘めると、満足げに顔を歪めた。


「ところでさ、シズの事なんだけど」

「あん? 偉大なる俺様にこれ以上イチャモンつけんのか?」

「いや、違うよ! ただ、聞きたいことがあるんだ」



 シズは、迅八の妹は、何かが違った(・・・)。それが迅八に違和感を与えていた。

 シズは、クロウの手によりこの世界での記憶を失った。そして、転生の弊害(へいがい)かどうかは分からないが『最後の方』の記憶もないようだ。

そして、他の記憶も混濁こんだくしているらしい。だがシズとは違い、迅八は『最後の方』以外は全て憶えていた。


 ——自分と妹の違いはなんなのだろうか。迅八がそう考えた時に、頭に浮かんだのはクロウの存在だった。


「……ん。俺様も正確にはかって記憶を食らったわけじゃねえ。ひょっとしたら元の世界での記憶もやっちまったかもな。……けどな。今更そんな事で文句つけやがんのか? それはさすがに俺様もカチンと来るぞコラ」


 クロウは、シズの記憶を食らった。

その行為により、シズの精神を安定させた。しかしそれには大きな代償があった。

 クロウに食われた記憶はクロウのものとなる——つまり、シズが受けた様々な行為を、クロウが追体験したのだ。


「ち、違うよっ、本当に感謝してるんだ!! ……ただ、その、なんていうか、俺が知ってるシズは、あんなに無邪気に笑う事は少なかったし、なんて言ったらいいか、その……明るい(・・・)んだ」

「なんの問題があんだよ小僧。てめえがなにを言いたいのか分かりゃしねえ」



 なんの問題もない。

 しかし、迅八にはそれが不可解だった。

 妹は、シズは問題ばかりだったはずだ。『最後の方』の記憶を失っていても、あんな風に笑うのだろうか。

 そして、言葉が分からないというのにあの発言。


『分かった。私は私でなんとかするから』


(あいつは、あんなに強かったか?)



 迅八は思う。まるであれは、中学に上がる前の妹だ。迅八と仲が良くて、周りに幸せを振りまいていた頃の妹だ。



「……俺にゃあ分からねえな。そもそもてめえの妹の事なんて知らねえんだ。どこが変わってるのかなんて分かりゃしねえよ。……ん。しかしな、そういや」


 クロウには一つだけ思い当たる(ふし)があった。クロウは記憶を食らった時に、ほんの少しだけ気になる事があったのを思い出した。


 クロウには他人の記憶を読む能力などはない。あくまで、食らった記憶しか分からない。日記の日付けを確かめ、選んで、削除したりするような事は出来ない。

 シズの記憶を食らった時には、ここ一月程の記憶を食らった。迅八と同時期に転生したのだとしても、その位で充分だと考えた。

 しかし、その時の感触(・・)が、なぜか大きかった。シズの記憶の大きな部分を食らってしまったような気がしたのだ。


 クロウにだってミスはある。なのでそんなに深くは考えなかった。

 完璧に虐待の記憶だけ消し取れなどと言うのなら、それこそ神にでも願う奇跡だ。多少の弊害が出ようが、クロウが文句を言われる筋合いなどない。


「……俺様にはてめえの妹の、元の世界での記憶なんざねえ。しかし、なんか変な感じ(・・)は確かにしたな。けどな。そんな事で文句つけんだったら、本気で相手になってやるぞコラ……」

「いや、文句なんかないんだって!! 本当に感謝してるんだけど……」


 迅八にとっては嬉しい事だった。妹には笑っていて欲しい。

出来る事なら、まだ思い出してはいないという『最後の方』の記憶も、クロウに消し去ってもらいたい。しかし、クロウは『消し去った』訳ではない。

 その記憶は今はクロウの中にあるだけで、消えた訳ではないのだ。それを聞いた迅八は、クロウにこれ以上の負担となる記憶を食ってもらう事など出来なかった。


「なんか、違うんだよシズは。なんでなんだろう……」

「だ〜かあら、知らねえっての。いちいち細けえ野郎だな……」


「あんたさん方、食事はしないんです? わざわざ人に呼びに来させて……」


 迅八が気がつくと、コルテが二人を呼びに来ていた。

 迅八の肩の上に乗っているクロウを見て、コルテは(うな)る。


「……む。あんたその姿で食事するんです? 犬の餌はねえんですが」

「犬じゃねえっての!! ……別に構わねえから同じもん食わせろ。食いやすく同じ皿にまとめてな。スープもあるんだったらぶっかけとけ」

「な……僕が作った食事を汚らしく混ぜろだと? あんた、料理人を馬鹿にしてんです?」

「てめえは料理人じゃなくて魔術師じゃねえのか? ……それとな。あのセリアの前では俺様に話しかけんじゃねえぞ。理由は察しろ。他の連中にも言っとけよ」


 やいやいと言いながら二人と一匹は家に戻る。そこでは小さく騒ぎが起こっていた。




「美味しい……。これもこれもこれもっ!! なんなんですかあっ。このおいしいのっ!?」

「お〜、こっちもうめえぞ。食ってみろよ」

「……こらこらあんたたち、コルテに怒られても知らないよ」


 食卓ではアマレロに勧められて、セリアが薄くスライスされた肉を頬張っているところだった。幸せそうにもきゅもきゅと口を動かしている。

 一方、アゼルはスープをすくって、ストールの隙間から器用に唇だけ出して、丁寧にフーフーすると、シズの口元にそれを運んでやっていた。


「美味しい?」

「ありがと、です」

「そうか。良かったね」


 アゼルの目元がかすかに緩められると、その隣に迅八が座った。


「アゼル。シズの面倒見てくれてありがとな」

「アゼルスタンって呼べよ変態が。それとな、向こう行け。俺の隣に座るなよ」


 アゼルに吐き捨てるように言われ、ショックを受ける迅八。

 片っ端から試食……もとい、大胆につまみ食いするセリア。

 勝手に食事を始めているアゼルとシズ。

 食器をチンチンと叩きながら、コルテに給仕を催促(さいそく)するアマレロとクーロン。


「コルテー。あたし、お腹減ったよーう。早くよそってよーお」

「お〜、俺は大盛りな〜」


 混沌とした場を呆然と眺めるコルテの足が、何かに引かれた。


「なんです……?」

「クーローッ!」


 コルテが足元を見ると、子狐の目が催促する。早く俺にもメシを持ってこいと。



 ——コルテー、コルテー、コルテさ〜ん、クーロー!(早くしろ眼鏡!)



 響き渡る『子供達』の声。

 ヒクヒクと痙攣(けいれん)するコメカミを押さえながら、コルテは叫んだ。


「……てめえらはガキか。僕は『お母さん』じゃねえんだっ!! ……全員黙って、一回ナイフとフォークを置けっ!!」




 ・・・・・・・・・・・・・・・




「や、やっぱりロックボトムは怖いですよもう……。あ、コレも美味しいっ」

「お〜? 別に怖かねえだろ。ほれ、こうやって食うともっとうめえぞ〜」


 パンを器用にナイフで割って、その間に肉やソースを入れてから、アマレロが齧り付く。


「あ。美味しそうですっ。真似します」

「ほ〜? ひゃれひゃれ。ふめえぞ」


 なぜかセリアもいるまま始まった食卓で、合間合間に色々な会話が交わされていた。

 食事が終わる頃になり、ジークエンドが降りてくると、セリアの体がビクリと跳ねた。


「ひっ……」

「……ふむ。騒がしいな。なんだそこの青いの。俺に言いたい事でもあるのか」

「い、いえ、なにも。なにもありませんよ、はい……」


 ジークエンドは席につくと、すぐに本題を切り出した。


「アゼル。シズの様子はどうだ」

「うん。クロウ、……んーと、アイツ(・・・)がなんかやったのが上手い具合になってるみたいだ。もう大丈夫だよ。言葉は喋れないけどね」

「そうか。なら、もう俺達と行動を別にしても大丈夫という事だな」

「……うん」


 セリアも居るから気を遣ったのだろう。『千年の大悪魔』の事は濁している。


「ならジン。お前らはどうするんだ。俺達は今日か明日にはここを発つ。……いや、今日だな。今から発つ」

「ちょ、ちょっと待って下さいようっ!! 私の話も聞いてください!!」


 口を挟むセリアをジークエンドは一瞥する。

その視線でまたセリアは震え上がったが、気丈にも続きを口にした。


「もーーうっ! ほんとに怖いからやめてくださいよそれ!! ……私がここになにをしに来たのか、普通聞くでしょ? わたし一応、第六位なんですよ!?」

「コルテ。聞いてやれ」


 食後のお茶をシズに注いでやっていたコルテが面倒臭そうにセリアを見る。


「全く……。そりゃジークエンドの仕事でしょうよ。……セリアって言いましたか? 手短かにお願いしますよ」

「あのう、私もお茶ください。緊張して、ノドが……」


 コルテはため息を一つ吐いて、セリアにも茶を注いでやる。一口ノドを湿らせてから、青い髪の天使も本題を切り出した。





 ————————————————





 ベドワウ・オズワルドはもはや人間として機能していない。この町にとっては大きな問題だ。

 これから近くの貴族なり、この国の国王なりが収拾の為に動き出すまではどうするのか。特に天使はどう動くのか。


「私たちは特になにもしません。町の人達は好き勝手にやりますし、アグリアさんもどうせ好き勝手にやるんですよ。なら、私だって、私だって……!!」

「ちょ、ちょっと落ち着きなよあんた……。コルテ、お茶。お茶のお代わりあげなよ」

「はあ……」


セリアをなだめるクーロンの横で、迅八が声を出した。


「なんもしなくていいの? ……だって、この人達、町の貴族を襲撃したんだよ!?」

「お〜? 坊主、お前なにサラッと自分は無関係みたいな事言ってんだ〜?」


てへへ……と笑う迅八に向かい、セリアは言う。


「他の人が来たらどうするかは知りませんけど、少なくともアグリアさんは何もしません。……天使(私たち)は、世界の決まりに強く縛られる性質は持ってますけど、よくある人間同士の小競り合いは決まりに触れてません。いちいち構うかどうかは、その人の資質の問題ですよう」

「例えばだけどさ、じゃあ、もしも見過ごせない(・・・・・・)天使がこの場に来てたとしたら?」

「そんなの、皆殺しですよぅ……」


ウサギのような雰囲気の天使は、おどおどとそう言った。外で一瞬だけセリアが見せた殺気を思い出した迅八は、頬を歪ませた。


「そ、そう。あはは……」

「……私は、千年の大悪魔を探しています。アグリアさんにも言ってありますし、見つけるまで世界中を探すつもりです」


落ち着いた表情のコルテが言う。


「……あんたさんは、なんだって『千年の大悪魔』を探してんで? それこそあんた達にゃ、今んとこ関係ないんじゃねえですか? ……あんたさんが個人的に恨みでもあるんで?」


 ピシリと。セリアの持つカップから硬質な音がした。

 セリアはその視線をカップに固定させたまま、ブツブツと何かを呟いている。


(な、なんだ。なに言ってんだ。この人……)


 迅八は耳をすませてその言葉を拾う。






 ——ゆるさない、ゆるさないゆるさないゆるさないゆるせないゆるせないゆるせないゆるせない、かならずかならずかならずかならずかならずかならずかならずかならずぅぅぅぅううウウウウ……!!

 かああなああ、らあああ、ずうううううぅぅぅ……!!








 地獄の底から漏れ出したような、怨嗟(えんさ)の声。


 和やかな食卓は、一瞬で零下にまで凍りついた。そして、セリアとシズ以外の全員の目が、子狐に注がれた。



(お〜。こりゃ)

(あ、あたし苦手だね、この子)

(クズが)

(またかよ)



 ジークエンドは席を立つとそのまま二階に上がろうとした。そこにコルテが慌てて声をかける。


「ちょ、ちょっとジークエンド。あんたどこ行くんです!?」

「任せた。俺はする事がある」

「あんた寝るだけでしょうよ。……ちょ、クーロン、アマレロ!?」

「あたし、そういや町で買い出ししないと。……旅の前は大変だからねえ」

「お、お〜。俺もあれだ。それだ」


アゼルがシズの肩を抱いて言う。


「……シズ、ここは汚い場所だ。俺達も部屋に戻ろう」

「ありがと、です」


 気が付くと、この場にはセリアとコルテ、そして、乗り遅れた迅八しかいなかった。

 張本人である子狐(クロウ)はガタガタと震えながら、シズの胸に顔を埋めて、一緒に階段を上っていった。


「……うーんと、俺もシズ達の所に、」


 腰を浮かしかけた迅八の肩を、上からコルテが押さえつける。


「ちょっ、ちょっとコルテさんっ」

「てめえ、逃げられると思ってんです? 絶対に、絶っっ対に、逃がしゃしねえですよ……!!」



 ——あいつは、どこにいるのおおオオォ……



 セリアの詰問するような独り言に、コルテと迅八は二人で顔を引き攣らせていた。




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