二度目の始まり
馬車に揺られて幾日か。
迅八は和やかな旅路を送っていた。
「……シズちゃんかわいいっスねえ。あたし、もうたまんないっスよ。くんかくんかしたいっスよぉおっ!」
「ヤマトナデシコ……いたんだ。やっぱりいたんだ。キリエみたいなのばっかりじゃないんだ!!」
「ハーイ、トム。そんな事言ってると殴っちゃうっスよお〜」
——Hahahahaha……
初めは面食らったがもう慣れた。
迅八の前では静がその胸に子狐を抱いて、形容しがたい顔をしている。その隣では、アゼルが静を守るように、おかしな二人組をけん制していた。
「お前ら、あまりこっちに来るなよ」
「……ちょっとちょっと、なんなんスかあ? 恋人気取りっスかこの小僧っ子は。ちょっとイケメンだと思ってチョーシん乗ってると、あたしの右手が火を噴くぜっにゃろう!!」
「キリエやっちゃえよ。……ぼかあね、嫌いなんだよそういうスカした顔した奴は。そいつはきっと、ジョックにはなれなかったサイドキックスだ。……もう一回言おう。ぼかあね、嫌いなんだよっ。毎日毎日僕にハンバーガー買いに行かせやがってっ!!」
「なんスか? そのジョックとかなんとか」
「思い出したくもない……けどまあ説明するとね、スクールカーストの、」
(超どうでもいい話してんなこいつら…)
騒いでいる二人組を見て、迅八はそんな事を思った。アゼルもそんな顔をして、まともに相手をしていない。
「……しかしまあ、こりゃまたおかしな転生者達だね」
迅八の後ろからクーロンの声がした。馬車の旅に疲れ果てた迅八が、『尻が痛い』と騒いでいたら、クーロンは優しく笑って迅八を自分の膝の上に抱き込んだ。
それから迅八は、体を硬直させてほとんど喋っていない。しかし、迅八は自分からどこうとはしなかった。
「……転生者はおかしな人しかいませんよう。……あ、ごめんなさい。別にジンくんとかシズちゃんの事じゃないですからね。……けど、本当に凄いんですから。北の国なんて、」
そして、青い髪の天使——セリアも馬車の中にいた。
喋り続けるセリアと、いまも騒いでいるおかしな転生者二人組。
なぜか、迅八たちについてきた、おかしな同行者達の言葉を聞きながら、迅八は、オズワルドを発つ時の事を思い出した。
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「お兄ちゃん、私ね。なんか色んな記憶がぼやけてるんだけど、憶えてる事もあるんだ……」
迅八は、妹のその言葉に身を固くする。
「ねえ。はっきりしてるのは、ここは日本じゃなくて、『あの人』達はいないって事だけなんだよね」
他にも色々と情報はある。天使も悪魔も実在している訳の分からない世界だとか、静が胸に抱いてる子狐は、実は危険極まりないクズだとか。
しかし、迅八はそれらの事について、その時は触れなかった。
「ああ。ここは日本じゃない。それだけは確実だ。それに、母さんもあいつも居やしないよ」
「……うん。わかった」
静は口数が多い方ではない。ただ、そういう人間がなにも考えていないかというと、それは違う。
静もやはり頭の中で、色々な思考を巡らせていた。
「ねえ。言葉は分からないんだけど、『シズ』って私の事だよね? ……なんでみんなそう呼ぶの?」
「多分、呼びにくいんじゃないかな。俺の名前も呼びにくいらしいからジンって名乗ってるし」
「そっか……。じゃあ、お兄ちゃんも私の事を、これからそう呼んでね。静って呼んでも返事しないから! ……あと、なんでお兄ちゃんは、ここの言葉を喋れるの?」
「うんと、それは、」
クロウが何かをしたのだという事は分かるが、どんな理屈なのか迅八には理解出来ないし、目の前の子狐もおそらく説明する気はない。
迅八が、どうやって説明しようかと考えていたら『シズ』は何かを一人で考えて、一人で納得したようだった。
「……うん。それもいい。私は私でなんとかするから。とりあえず、あの人達にお礼を言わないと。あの人達が私を助けてくれたんでしょ?」
ロックボトムの面々の事を言っているのだろう。迅八が頷くと、シズは家の中に戻ろうとした。
「あ、クロくん……」
子狐がシズの胸から飛び降りて、迅八の足元まで来る。
「あ、ああ。こいつも後で俺が家の中まで連れて行くよ。しずか……シズは、先に行っててくれ」
少しだけ残念そうに、シズは家に入っていった。
・・・・・・・・・・・・・・・
「……おいクロウ。お前が妹の……シズの記憶をどうにかしてくれたんだろ?」
子狐は後ろ脚で器用に首すじを掻いている。
「あん? 俺様に感謝したくてしょうがねえのか? だったら鉄拳女の寝床に、この姿の俺を放り込んで、」
クロウが言い終わる前に、その言葉は迅八に遮られた。
「ありがとう……本当に、本当にありがとう……!!」
今は小さな子狐の前足を、迅八は両手でしっかりと掴む。膝をつき、頭を垂れた迅八の姿を、クロウはつまらなそうに眺めた。
「……鬱陶しいなてめえは。悪魔に礼なぞ言うんじゃねえわ!!」
「けど、本当に」
「ああうるせえうるせえ。分かったから離れろ。鬱陶しいんだよガキが!!」
クロウが子狐の姿で可愛らしく威嚇すると、迅八は名残惜しそうにその手を離した。
「おまえ、なんでその姿のままなの?……あとさ、妹の恩人にこんな事言いたかないけどさ、その……あんま変な事しねえでくれよ。シズに」
「うるせえッ、そんくらいしなくちゃ割りにあわねえわ!! ……それとな、この姿でいる事だが、しばらく俺はこのままで通すからあんま話しかけんじゃねえぞ。特に、あの青天使がいる所ではな」
「なんで? そういえば、あの子はお前の事を探してたみたいだったな。なんで?」
「……ジンパチ。こりゃ、例えばの話なんだがな?」
——例えば、見目麗しい美丈夫が、町で女に声を掛けられたとしろ。そりゃあ仕方ねえ、よくある事だ。女は魂の囁きには勝てやしねえからな。
でだ。そのハンサムはこう言う訳だ。——俺の妻が殺された。千年の大悪魔に……泣きながらなっ! これがポイントだァァ……。
——するとだ。なぜか女は、こう……キュンとなるんだ。理由は知らねえ。そしたら開く訳だ。……何が? てめえで考えやがれ。まああれだ。心だ心。
んでだな、散々ハンサムは楽しむわけよ。そしたら思いのほかに本気になりやがってよ。けどそういうのめんどくせえだろ?
だから適当な事言って……
「……で、それが十二使徒第六位だったと?」
「まあ、例えばの話だがな……」
「くおんの、クズがあああッッ!!」
すぱーん。子狐の頭から軽快な音がした。
「な、なにしやがんだこんガキャアッッ!?」
「おま、おまっ……!! 十二使徒がなんだかは知らねえが、響きだけでヤバそうな連中だって分かるぞ!! なんでそんなのに目ぇ付けられてんだ。この疫病神が!!」
「疫病神だと……? てめえ、てめえが俺様にそれを言うのか? お〜う、そうか。ならわかった。これからはてめえの妹に俺の相手をしてもらう事にしよう。……まだまだ『対価』にゃ程遠いからな」
「……お? まてこらクズ悪魔。おまえ、俺の妹になにするつもりなんだ? 死にてえのか? 変わった自殺がしてえのか?」
「そりゃこっちのセリフだッ。こんのクソガキがっ!!」
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ジークエンドの部屋に招かれたセリアは、赤毛の男の一言で、恐怖のあまり腰を抜かした。
——誰の家の前で殺気を放っている。圧死したいのか?
寝起きで不機嫌極まりないジークエンドは、それだけ言うと、また寝息を立て始めた。
コルテは、腰を抜かしたセリアを邪魔にならない所に置いてから、食事の用意をし始めた。
他の面々は、食卓の上で呑気な会話をしている。
「坊やとクロウはなにしてんだい? 遊んでんのかね?」
「……おめ〜よ〜。アレが遊んでるように見えんのか? お互い本気じゃねえか」
——くくく、どうやら食らいたいみてえだな。俺の必殺の『心臓剣』を。
——ちょ、ばか、やめろっ。子狐でそんなもん食らったら、おいマジでやめ……うおおおお!! やめろっての!! 心臓貫かれただけで死んじまうかもしれねえぞ!!
窓の外では、なぜか子狐の姿のままで迅八の相手をしているクロウが、必死に逃げ回っている。
「……やっぱり、遊んでるように見えるけどね。あ、そうだ。ベドワウの館から持ってきたやつ」
何を勘違いしたのか、クスリとクーロンが笑う。
そして、ベドワウの館で取り返した戦利品を、窓から迅八に向かい放り投げた。
「坊やー。突っつき回してやんなー」
突然、投げ渡された物。
迅八はそれを手で掴むと、久しぶりに手にした刀をそのまま掲げた。
「『迅九郎』……」
黒い鞘に施された金線が、日の光を受けてきらめいている。迅八が鞘から刀を引き抜くと、それは一筋の闇が伸びるようだった。
「坊や〜。程々にしとくんだよ〜」
「てめえ、鉄拳女っ!! おめえはそっち側か? ジンパチの味方か!!」
「当たり前じゃないか。なに言ってんだか……」
——てめええぇぇ……うひいいいいいぃぃ……
遠ざかる子狐の叫びを背にして、クーロンは食卓に戻った。
「……クーロン。シズが、みんなに言いたい事があるってさ」
アゼルがシズの手を引き、食卓の前に立たせる。すると、コルテが台所から鍋を持ってきた。
「熱いの通りますよ〜。……ん、なにしてんです? シズ。あんたもう大丈夫なんです?」
その言葉はシズには伝わらない。コルテが手に持った鍋を食卓に置くと、コルテの袖をシズが引いた。
「なんだってんです? アゼル、あんたわかります?」
アゼルは黙ってシズを見ている。すると、シズはその頭をぺこりと下げた。
「ありがと、です」
コルテは無表情に眼鏡を押し上げる。シズは食卓に向き直ると、その場にいる面々に再び頭を下げた。
「ありがと、です」
その様子を見たクーロンが、鼻血を出しそうな程に顔を赤らめて、両手をワキワキさせている。
「いやあだ〜〜。なんだいなんだいこの兄妹は。いちいちアタシのツボを狙って……」
「お〜、なんで喋れんだ? アゼル、教えたのか〜?」
「なんかずっと頭下げてくるから、少しだけね。はい、いいえ、ありがとうくらいさ。……ありがとうだってさ。コルテ」
その眼鏡から手を離すと、コルテはフンと鼻を鳴らした。
「……ま、妹の方がバカ兄貴よりは礼儀がなってるようです。食事にしますよ。……アゼル、あいつらも呼んできたらどうです。どうせ話もしなくちゃならねえし」
「自分でいきなよ。俺は嫌だ」
「じゃ、じゃあ僕が行ってきましょ。ええ、そうしましょ」
睨みつけるアゼルの眼光におされ、コルテは自分で迅八達を呼びに行った。




