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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第一章 迅八とクロウ
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異形化

 



 クロウは混乱していた。

 吐く息は荒く、心臓の(はく)は大きく乱れている。


「なんだ……俺は何に巻き込まれた!?」


 自分が今置かれている状況が、全く理解できない。


 ほんの退屈しのぎのはずだった。

 悠久(ゆうきゅう)の時を渡る者、少なくとも千年を生きる大悪魔たる自分は、長い眠りについていた。


 どれほど眠っていたのかは目覚めたばかりなので分からない。だが、なぜ目覚めたのかは知っている。転生者の気配を感じたからだ。

 そのまま眠っていてもよかったが、久しぶりの目覚めは思っていたより心地よかった。

 退屈嫌いの大悪魔は、『良い暇潰しになれば良い』、そのくらいの考えで、気配を感じた場所に向かった。


 そこには小さな人間がいた。厄介にならないよう、仰々(ぎょうぎょう)しい言葉使いで話しかけた。言葉が分かるようにしてやり、森から連れ出してやる事となった。

 親切心からではない。あくまで暇潰し。森の神獣の『ごっこ遊び』の様なものだ。

 結果、あろうことか結魂(けっこん)に巻き込まれそうになった。


 初めに名前を聞かれた時に注意しておけば良かったのだが、まさか見ず知らずの悪魔に名前を付けようとする人間がいるとは思わなかったし、いざとなれば殺せば良いと考えていた。


「畜生ォ……!! この忌々しいクソガキがッッ!!」


 また迅八の頭を蹴り付けようとしたが、意味のわからない気味の悪さを感じてやめておいた。

 もうこの気味の悪い転生者にはなるべく近寄りたくない。先ほどもその理由から、迅八が転げ回る際に手放したナイフを拾い、それで迅八にとどめを刺したのだ。


 目の前の転生者は自分の得意な魔術を完全に無効化し、なおかつ魂喰らいさえもうまく効いていない様子だった。

そのくせ殴ってみれば、ひ(よわ)な人間そのもの。全く意味が判らない。


「一撃目は、確かに感触があった。……だが、なぜその後の魂喰らいに反応がねえ」


 クロウは魂喰らいと呼ばれるその技を、計三回放った。

肉体を無視して魂そのものを攻撃する『魂喰らい』は、クロウが大悪魔として知られる事の大きな理由の一つだった。


 一撃目は、最初の不意打ち。

二発目はその後、魂喰らいが無効化されたのか確認の為に。

 最後の一発はナイフでとどめを刺した後の、念押しの攻撃だった。

 結果、最初の一撃以外は、魂喰らいは反応せず、そんな事はクロウにとって初めての事だった。


 魂喰らいは通常相手を即死させる。

 そうでなくても肉体や意識を通り越し、直接魂にダメージを与える。一撃目は効果があって、二回目からは無効化された理由が判らない。

 しかも相手は転生者とはいえ、人間の子供だ。無効化など出来るはずがない。


「チィ……!! 考えて分かるもんでもねえが、どうにも収まりがわりぃ。どうするか……」


 クロウの目の前の子供は、ほとんど出血が止まりかけていた。身体中の血を出し尽くしつつあるのだろう。

 肌は青白く、目は光を無くし、ときおり意味不明のうなりのような、吐息のような、言葉にならない音を漏らしているだけだった。


 もはや意識すらないはずで、ときおり痙攣(けいれん)するように動く体は、ただの筋反射なのだろう。


 眉間には深々とナイフが生えている。

クロウの恐るべき筋力から放たれたそれは、衝撃を内部に伝え、つむじの辺りから雲丹ウニのような色の黄色いソースを撒き散らしていた。これで生きていられる人間がいるはずもない。


「……とりあえず、ここを離れるか」


 クロウは転生者を殺した。それはこの世界の『決まり』において、褒められた行為ではない。それが知れれば厄介な事になる可能性がある。

別にそれが怖いわけではないが、面倒臭い事はごめんだ。


 クロウは退屈嫌いであるとともに、享楽(きょうらく)的で楽天家でもあったから、町での『つまみ食い』の事を思い出すと、迅八の死体を置いてさっさとその場から離れた。

 どうせ半日もせずに獣に食い散らかされるだろうし、処理をしようとも考えなかった。






・・・・・・・・・・・・・・・






 ……ずりっ






 久しぶりの日の光は肌にとても心地良かった。

散歩と考え事がてらに、クロウはゆっくりと町に向かっていた。


 クロウが眠っていた常夜(とこよ)の森は、その名の通り、常に夜だ。

 太陽は動いているので、常夜(とこよ)と呼ばれていても実際は陽が差す場所はあるのだが、それでも薄暗い事には変わりない。それに、一日中暗闇に包まれている場所もあり、クロウは眠りにつく前にはその場所にいた。


 金色の体毛は風に揺られなびいている。まるで髪を整えるかのように、クロウはそのたてがみを撫でつけた。











 ……ずりっ


「……町に行ったら酒でも飲むか。今がいつの時代かは知らねえが、とにかくそこらも飲みながらだ。変化へんげもしねえとな」


 クロウは金など持っていない。だが、そんな事はどうとでもなる。今までもどうとでもなってきた。


 気が付けば日は落ちようとしている。

 太陽はクロウの後方に消えようとしていて、すぐそこに見える町からは、灯火(ともしび)がちらほら見えた。











 ……ずりっ



「……フゥーー、フゥーー……」


 なぜ、自分は息を荒くしているのか。






 なぜ、さっきから聞こえる妙な音を、無視し続けているのか。クロウが立ち止まると、その音も止まった。


「フゥーーッッ!!」


 クロウが前方に跳躍し、着地の反動を使い後ろを振り返ると、そこには残照を背負い人間が立っていた。

その『人間』は、何か棒状のものを(くわ)えていた。


「なっ……!!」


 くちゃくちゃと、音がする。

 その人間が棒状の物に食らいつき、ゴクリと飲み込んだ音が聞こえたようで、その姿を見たクロウは言葉を失った。


 ……()はもう地平線に消えようとしている。

 その『人間』の黒髪は荒々しくうねり、逆立ち、没しようとする日の光と重なって、黒い太陽のように見えた。

 すると、そいつはクロウに向かって、今まで食っていたそれ(・・)を投げつけた。


「痛っ……!」


 身動きも出来なかったクロウに『それ』は当たり、地面に落ちた。

 それは、ところどころ食い千切られ、骨が見えた人間の左腕だった。


 視界の端でそれを見ながら、クロウは目の前のそいつから目を離せなかった。

 左腕がない……が、その断面からうねうねとなにかが(うごめ)いている。それは、赤ん坊のような小さな手だった。


 その顔は青白く、無表情だが血涙(けつるい)を流し続けている。

やがてクロウと『人間』の視線が結ばれると、血涙の跡をたどるように、真っ直ぐに黒い線が引かれた。……すると黒い線は人間の身体中に広がり、ぼんやりと青い光を放ち始めた。


「な……小僧ォ、てめえは、」

「よくも……」



(おお……………)


 クロウの口元から、カチカチと、音がする。


(震えているじゃねえか。俺は)



 どこか他人事のようにクロウは考えると、その『人間』は青い光の中から吠えた。


「……よくもやってくれたなキサマァァァアアッ!!」


 その怒声を最後まで聞く前に、クロウは町に向かい逃げ出した。






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