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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第三章 ロックボトム スクリーマーズ
44/140

本音がポロリ

 



 ジークエンドの背中を流しながら迅八は思う。


(……なにしてんだ俺は)


 なぜか戦いの後には迅八の身に訪れるラッキースケベを期待していたが、それは予想外の『ポロリ』だった。


(ポロリとか、そんな可愛い感じじゃないし……。なんだったのあれ。すげーんだけど。なんなのあれ……)


 少しばかり体は大きいが、平均的な男子高校生の迅八には、目の前の背中はとても大きく映る。そして、体の至る所にある傷は、ジークエンドの壮絶な人生を想像させた。


(この人たちの前で裸になるの嫌だなあ……)


 迅八も、元の世界では良い体と言われていたが、この世界に来てからはコンプレックスのような物まで感じてしまう。

 例えるなら、迅八の体は女性誌の表紙を裸で飾るアイドル歌手、だがこの世界の男達は、プロのスポーツ選手や格闘家のような者達ばかりだ。別に比べる必要はないのだが、何か男の本能のような物が、ついつい比べさせてしまう。


「……うまいじゃないか。後は自分でやろう」


 ジークエンドが迅八の手から布を取ると、そのまま体の前面を、丹念にこすった。


「……そういや、石鹸あるんだね」

「これもお前らの仲間が作った物だ」

「転生者が?」


 迅八は自分の体にお湯を掛けてから、湯船の隅で丸くなった。見るともなしにジークエンドを見てしまう。

 肩にかからない位の燃え上がる赤毛は、湿気を吸っているはずなのにぺたりと顔を隠さない。しかし、冷徹なまでの行動力と強い意思を感じさせる瞳は、今もまだ眠いのか、時々半眼になっていた。


(それにしても、みんなかっこいいよね)


 彫りが深い特徴が強いこの世界の住人達は、迅八の目にはそう見える。もしもロックボトムが東京を歩いていたら、スターの映画撮影と勘違いしただろう。


(……あ、ヤケド)


 右腕を上げて丁寧に体を洗うジークエンドの右腕と胸、背中には、火傷の跡が広がっていた。

お湯を頭からかぶり、体の泡を洗い流すと、ジークエンドが迅八に言う。


「……ふう。ジン、お前も流してやる。出ろ」

「え? い、いいよ俺は。自分で出来るし」

「黙れ。早く出ろ」

「わ、わかったよ」


 その有無を言わせぬ口調に、迅八は急いで湯船から出た。そして肩を縮めると、ジークエンドの前に背中を向けた。


「ほう。思ったより筋肉がついているな」


 ジークエンドが迅八の背中を触り出す。その筋の一本一本を確かめるように、丹念にもみほぐした。


「こっちを向け」

「……はい?」

「こっちを向け。早くしろ」

「は、はいっ!」


 慌ててジークエンドに向き直り、迅八は自分の股間を手で隠した。


「なぜ隠す。男同士で遠慮する事あるまい」

「いや、で、でもさ、」

「どけろ……」


(ま、まさか……)


 迅八は思う。まさか、自分の望んでいないアンラッキースケベが今から始まるのか?

……しかし、目の前の屈強な男に力で敵うと思えない。諦めと共に迅八は、頬を染めてその手をどけた。


「ど、どうぞ。つまらない物ですが……」

「なんだお前。気持ち悪いぞ」

「……ですよね〜」


 ジークエンドは迅八の体の前面を触り、何かを確かめている。


(いひ、いや、嫌ああぁぁ……!)


 その手の無骨な動きに体が跳ねる。次第に、迅八の体から力が抜けていく。


「しずか……ごめん、ごめんっ! 兄ちゃんは、兄ちゃんは……!」

「おい、なんなんだ本当に。もういい向こうを向け。……ある程度の筋肉はついているが、戦う男の体ではないな」

「……ひどいんですけど」


 迅八は膝に力を入れて、またジークエンドに背中を向けた。




 ・・・・・・・・・・・・・・・




 ゴシゴシと、背中をこすられる。迅八は初めは気持ち良かったのだが、段々痛くなってきた。上からこすり、下までいき、なぜかそれを何度も繰り返す。


(ちょっと、長いんだけど、痛いんですけど……)


 何度かそれを繰り返した後、ジークエンドが突然切り出した。


「……お前、アゼルを見たらしいな」


(あんの、クソ眼鏡がああああっ!!)


 迅八は、自分の背中をこすっているのが『兄貴』だと思い出した。そして、薄青毛の青年に思いつく限りの罵詈雑言を心の中で浴びせた。……なぜか? 目の前では言えないからだ。


「どうだった」

「ハイ!! ……はい?」

「だから、どう思った。あいつを見て」


 言えない。迅八は思った。


(……おたくの妹さん可愛いし胸ありますね。どこに隠してたんですか? もっと風呂にはちゃんと入らせたほうがいいですよ。……色んな意味で)



 数々の思いが頭の中に浮かんだが、率直に、一番初めに浮かんだ事を口にした。


「……可愛いなって思ったよ。けど、なんで男っぽい格好とか、名前とか。なんでなの?」

「可愛い? ……それだけか?」

「……他に? 」

「見たんだろう。アレ(・・)を」

「アレって……。火傷の事かい? そう言えば、あったね」


 迅八は、火傷の跡など気にしない。その火傷の跡は小さな物ではなかったが、迅八はそれで何かを判断する人間ではなかった。

 迅八は大人とは言えないが、色んな人間達を見てきた。見させられてきた。確かに美人には心が動くし目も行ってしまうが、必ずしもその心までは美しくないという事は知っている。


 迅八がアゼルの気になる所と言えば、その火傷の跡よりも、自分や静に見せてくれた優しさ。そして、ベドワウやその娘に見せた残酷さ。それと、なんで男の振りしてるのか。



 ——そう言えば、あったね



 迅八の呆気ない言葉を聞いて、ジークエンドはその手を止めた。湯船からお湯をすくうと迅八の頭から掛ける。


「……体が冷めてしまうな。湯船に入ろう」



 二人位なら悠々入れるその湯船で、迅八はジークエンドと共に湯に浸かった。


(……出たいんですけど。落ち着かねえなあ)


 ジークエンドは目を瞑っている。

 もう出てしまおうかと迅八が思った時に、ジークエンドの口が開いた。


「……ジン。お前とクロウはこれからどうするんだ。あとシズカもか」

「う〜ん。どうするんだろう。話し合わなくちゃなあ」


 結局いまだに、迅八は妹とまともに会話をしていない。

 瀕死の状態から快復した妹。普通なら誰に止められてもその様子を確かめて、話し合うはずだ。けれど迅八はそれをしていない。

それには迅八が取り戻してしまった記憶、元の世界の『最後の方』の記憶が関係していた。


(あいつは、全部憶えてる(・・・・)のかな……)






「……俺達は明日か明後日にはこの町を出るだろう。予定は前後するかもしれんが、長居する事はない。お前らはどうするんだ」


 どうすればいいのだろう。しかし、迅八の心の中で、決めた事がある。


「とりあえず、クロウと話してからだよ。……何をしたのかは分からないけど、もしも本当にあいつが静を助けてくれたんだとしたら、俺はあいつに恩を返さなくちゃならない。あいつが結魂を解きたがってるんならそれを優先するよ」

「……ふむ。そうか」


 ジークエンドは目を瞑ったままだ。迅八はその顔を伺う。


……『死にかけ(ロックボトム)』と行動を共にしたい気持ちもある。彼等も迅八と静にとっての恩人だ。恩を返さなくてはならないし、なによりも静を構ってくれる自分以外の存在はありがたい。


 しかし、彼等と共に居てはいけないという気持ちもあるのだ。忌々しい大悪党ロックボトム。その理由はまざまざと見せつけられた。自分だけならまだしも、妹を彼等と行動させていいのか。

そして、クロウが彼等と共に行動するのを(よし)とするのかもまだ分からない。


 結局、クロウや静と話し合ってからだ。それに、一緒に行動したいと言ってもジークエンド達がそれを許さない事だってあるだろう。

 それを心の中で確認した迅八はジークエンドの顔を見る。赤毛の男は目を瞑っていた。


「…………」

「ジークエンドさん?」


「……ぐう」

「寝てんじゃねえよ!!」

「んあ?」


 寝ぼけた声を出すジークエンドの体を引きずって、迅八は風呂を出た。





 ————————————————





 ジークエンドは足をふらつかせて階段を上っていった。


「だいじょぶなのあの人……」


 館での暴れっぷり、ベドワウの娘に見せた残虐さ、それらがジークエンドと結びつかない。

 しかし、それを言えば全員そうだ。アマレロ、クーロン、そしてアゼル。

気のいい彼等はまるで、『その場』に立つと悪鬼羅刹のようだった。コルテの戦闘はまだ見ていないが、それも容易に想像はつく。



「……んがあ〜、っぐぉ〜、すぴ〜……………………………、んご〜」

「おい、途中で全く呼吸してなかったけど、だいじょぶなの!?」


 足元で幸せそうに、酒瓶を抱えてヨダレを垂らしている、睡眠時無呼吸症候群の大悪魔。

 迅八はしゃがんでその髪の毛を触ってみる。


「すげえなこの髪」


 赤と金の見事な房は、床に広がり敷物のようになっていた。時々クロウの右手が動き、自分の腹をぽりぽりと掻いている。


「はは。寝てりゃ大悪魔もこんなもんか。……ていうか、どこが悪魔なんだ(・・・・・・・・)?」


 そのまま床に座り込み、大悪魔を見ながら迅八はぼんやりと考える。本当に、不思議な悪魔だ。そして、この世界は分からない事ばっかりだ。

 恐ろしい天使がいればおかしな悪魔もいて、残虐な人間の家で迅八は体を休めている。可愛い亜人にも出会ったし、ゴミのような人間を一度は殺した。

 そして、まだ見ぬ『転生者』。自分と静以外のその存在にも、そう遠くない内に出くわすのだろうか。


 床に座り込んでいる迅八が窓の外を見ると、星空を見上げる形になった。両端の欠けた月。違和感のある夜空。

 それを眺めているうちに、また緩やかな睡魔が迅八の上に降りてくる。


(明日になったら話し合おう……)


 迅八は、ゆっくりとその意識を手放した。




 ・・・・・・・・・・・・・・・




「んにゃ……といれ」


 クーロンがヨダレをぬぐって席を立つと、その足元に何かが当たり、()つまづきそうになる。


「……にゃ、にゃにこれっ?」


 ねぼけた眼で足元を見ると、そこにはおかしな二人が寝ていた。


「……いやあだ〜。もうやめとくれよほんとに。こういうの弱いんだよ……」


 上半身裸のままでイビキをかいている大悪魔。……その腹に頭を乗せて、転生者の少年が体を丸めて寝ている。はたから見たその光景は、仲の良い兄弟のようだった。


 トイレに行ってから、薄い布をその『兄弟』に掛けてやる。一度大あくびをしてから自分の部屋にクーロンは引っ込み、その後、本当にこの家の中で起きてる者はいなくなった。





 ————————————————






 翌朝。……クロウは目覚めるとその体に違和感を感じた。腹の上になにか載っている。


「んご、んむぅ、なんだこりゃ……」


 自分の腹の上に、転生者の少年が幸せそうに頭を載せている。


「……とりあえず」


 迷わずその頭を床に落とす。ずごんっ、と重たい音がした後、少年は一度呻き、再び寝息をたてた。


「んあ〜? なんだってんだこのガキは……」


 体を起こして気怠い頭をボリボリと掻き毟ると、掴んでいた酒瓶をそこらにほうってから、クロウは水汲み場に向かった。

 ……爽やかな朝の光が目に痛い。クロウは顔をしかめながら履いていたズボンを脱ぎ、裸になって頭から水をかぶる。

ざばんっ。足元に水たまりが出来て、それを数度繰り返した。


「……ふぅ〜。まあこんなもんか」


 覚醒してゆく頭の中で、幾つかの事を考える。主に、これからの方針について。


 オズワルドの転生者が迅八の妹だった事は、クロウにとっては予想外だった。そうなると、だいぶ予定が変わってくる。迅八の妹は亜人国家に預けてしまってもいいのだが、おそらく迅八はそれを了承しないだろう。少なくともしばらく、妹が安定するまでは。

 ならばどうするか。


「ロックボトムか……。う〜ん、どーうすっかなあ」


 迅八は一人だけでも厄介だが、その妹まで加われば、おそらくこの先の旅は余計面倒なものになるだろう。クロウとしてはそれは遠慮したい。出来るなら『子守』が欲しい。


「けどなあ、あ〜、あいつら(・・・・)もなあ」


 今までクロウが観察した限りでは、ロックボトムは悪党だった。倒したのが悪人だからと言ってもその事実は変わらない。

 別に善人だろうが悪人だろうが、『気に食わない』奴らでなければクロウは正直どうでもいい。だが、確実に彼等の周りにはトラブルが付きまとう。

しかし、言ってしまえばそれは今までと変わらない。どうせ迅八と行動を共にする限り、クロウには平穏は与えられないだろう。


「アゼル……あいつも気になる」


 死亡した人間を生き返らせる、常識外の少女。あの少女を含むロックボトムとの出会いは、クロウと迅八にとってなんの意味があるのか。


 頭から再び水をかぶる。背筋を伸ばし髪の毛を後ろに流すと、クロウの目が鋭さを帯びた。


「ま、なるようになんだろ。それよりも……とりあえず、『対価』をもらいにいくか」


 クロウは、自分がいま一番しなくてはいけない事から始める事にした。……その体が金色の毛に覆われる。骨格がビキビキと音をたて、体がどんどん縮んでいく。

 数秒後、子狐の姿になったクロウは、二階の窓を見上げてからその頬を邪悪に歪めた。





 ————————————————





 寺田 静(てらだ しずか)は、その体をベッドの上に起こして物思いにふけっていた。


「……ここは、どこなんだろう。お兄ちゃんもいたけど」


 思い出せない。自分の身になにが起こったのか。

 ここは日本ではないのだろうか。自分の事を世話してくれた少女とは言葉が通じなかった。そして、その少女に連れられて風呂に入った時に目にした、少女の火傷の跡を思い出した。


 同じ女として同情を禁じ得ない。自分よりも小柄なその女の子は驚く程に可愛かったが、それが更に火傷の跡を際立たせていた。もしも自分があの火傷を負ってしまったら、世界の終わりのような気分になるだろう。


「あの子は、誰なの? なんでわたしは……」


 思い出せない。自分がなにをしていたのか。

 静は知る(よし)もないが、迅八が思い出した『最後の方』の記憶。それが静の頭の中には全くなかった。

 そして、クロウの手により最近の記憶を『食われた』静は、この世界での記憶も失くしていた。今は、本当になにがなんだか分からない状態だった。


「お兄ちゃん、もう起きてるかな……?」


 とりあえず兄と話したい。そう思った静の耳に、キィ、という音が届いた。

 部屋の入り口を見てみると、扉が薄く開いている。そして、そこに小さな狐が入り込んでいた。


「……え? きつね?」


 その狐はとことこと歩いてくると、ぴょんと静のベッドに飛び乗る。そして、小首を傾げて舌ったらずに鳴いた。


「……クーロー?」


 自分の胸が、きゅん、と音をたてるのが静には聞こえたような気がした。狐なんて初めて見た。狐は釣りあがっているはずのその目をまん丸に開いて、静の事を見ている。


「かわいいっ。……うわ、ふわふわしてる」


 その毛むくじゃらの頬を撫でると、静の手に狐が擦り寄る。その感触に、心が暖かく包まれた。


「うわあ、本当かわいい……きゃっ」


 ベッドの上で上半身を起こした体勢の静の胸に、狐が飛び込んできて甘えるようにぐずり出す。


「……ふふ、やわらかいなあ。あっ」


 静が着せられていた緩い作りの上着。狐がその隙間に尖った鼻を入れようとした。


「だめだよ、くすぐったいってばっ。……ふふ、ふふふふ……あっ!? だめだよ……!」


 狐の目がだらしなく歪んだ気がしたが、静には動物の表情など分からない。その狐の体を撫でながら、静は疑問を覚えた。


「なんで……ペットなの? けど、狐なんて飼えるの? ……よいしょ、暴れないでね」


 その胸に狐を抱いたまま、窓に近寄り外の景色を見る。

 すると、家に向かい歩いてくる人影が目に入った。


「……青い髪?」


 その人物の頭は綺麗な濃い青色だった。女性であろうその人物は、静の居る家に向かいゆっくりと近づいてくる。


「染めてる……んじゃないの?」


 日本で見た事もない美しい青。その髪の毛は不自然さを感じさせずに静の目に入ってくる。


 その時、達人揃いのこの家の住人の中で、その女の存在に気付いていたのは静だけだった。




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