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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第三章 ロックボトム スクリーマーズ
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プレゼント




 今は『八回戦目』だ。


 結局、迅八はその後、ベドワウを傷付ける事はなかった。もう疲れ果ててしまったように、ぼんやりと炎を眺めている。


 ——いひぉ、もう、もうやめてぇぇぇえ


 クロウは腕を組みながら、目の前の驚愕すべき光景を一つも漏らさぬように見ていた。

 クロウは、初めベドワウは死んでいなかったのだと思った。


 何回戦目の事だったか、アマレロがその大剣でベドワウの胸を潰した。人間の体がペラペラの敷物のようになったのだ。絶対に生きているはずなどない。

 しかし、アゼルがその死体になにかをすると、またベドワウは元通りになった。


(死人を生き返らせるだと……? そんな事は出来るはずがねえ!!)



 ——しぃなせぇて、しなせぇてええええっ



 耳障りな懇願がクロウの耳に入る。じゃあ殺してやろうかとも思ったが、どうせアゼルが元どおりにするのだろう。それよりも、アゼルの謎。


(なに(もん)だ……。『変なの』は格好だけじゃねえってことか)


 悠久の闇と時を渡り、越えてきた大悪魔。

クロウの知識の中にも『蘇生』を成功させた存在なんて聞いた事がない。そもそも、術は生者にしか効かないはずだ。死人を生き返らせる——そんな事出来るはずがない。


(……本気で探してみるか?『真魔の使い手』を)


 伝説に登場するその者の魔法(・・)は、生きている者にも、死んでいる者にも作用する。そいつなら、目の前の現象にも説明をつけられるのかもしれない。

そして、なにか(・・・)を知っているかもしれない。例えば、『転生者』の事とか。


(棚上げにしている、クソガキの数々の謎。そして、あいつの妹……)


 オズワルドの町の転生者は、静だった。

 偶然なのかもしれない。しかし、どうにもクロウには納得出来ない。本当に偶然なのか。それとも……。


(……運命 )






 生きているものには、誰しも運命が待ち受ける。

 精神的な王者であるクロウには、その考えは許容できない。ただ、感じてしまうのだ。迅八と自分を取り巻く、運命的な力を。


(……許せねえな。そんなもん(・・・・・)は)


 自分の力で生きていく。千年以上その理念を貫いた大悪魔は、目に見えない力に自分が翻弄(ほんろう)されているなど、とてもではないが許せる事ではない。


 ——まぁぁぁたあああ、もぅ、もういやああだああ!!


 もう何回戦目なのか。やっとその精神の壊れ方が今までの犠牲者達に近づいてきたベドワウの悲鳴で、クロウは目の前の光景に思考を戻す。

 すると、そんなクロウをじっと見ている者がいた。


「……どうしたクロウ。なにを考えている」


 ジークエンドが燃え上がる炎を背景に、じっとクロウを見据えていた。


「……フン。いいや、なんでもねえよ。興味がねえ(・・・・・)

「そうかそれは良かった。お互い様だ(・・・・・)。それでいこう」


 クロウからの言外(げんがい)のメッセージに、ジークエンドも返す。お互い、野暮な事まで首は突っ込まない。……無言の約定を交わして、二人はまたベドワウを見た。


「しかし飽きてきたな。二人目に移るか」


 そう言って、ジークエンドはベドワウの娘、ミゼリの方に体を向けた。





 ————————————————





「……待たせたな。飽きてきたから同時進行でいこう」


 ミゼリはすでに、その目を閉じて耳を塞いでいた。小便を垂れ流し、涙とヨダレで顔をぐちゃぐちゃにさせている。


 ベドワウが壊される(さま)を、ずっと横で見せられていたのだ。『次はお前だ』と丁寧な宣告付きで。

 ベドワウとミゼリ、ベドワウの方が辛いのだが、ミゼリの精神にもギリギリまで傷は与えられていた。

 何も聞こうとしないミゼリの手を引き、ジークエンドが耳元で囁く。


「……おい。お前の番だ。……スカッとする声で頼むぞ」

「いっ、ひっ、ひゃああああああああ!!」


 気が狂ったようにミゼリが絶叫し暴れ出す。その悲鳴を聞いた迅八の体が、思わず動いた。


「じ、ジークエンドさん!! ……その、その子はもういいじゃないか!! その子はなんにもしてないんだ。もういいよ!!」


 その顔を返り血で汚したアゼルが、ベドワウの胸にナイフを突き立ててから迅八に言った。


「……おい。お前正気なのか? シズは何をした? お前は何かしたのか? 同じ事をしてやるだけさ」

「けど、けど……。そこまでやったら俺達もベドワウと同じだ!!」


 ジークエンドがその足をミゼリの腹にゆっくりと乗せると、迅八の方を見ずに言った。


「そうだ。誰が違うと言った? ……おまえ聞かなかったのか? 俺達は忌々しい『死にかけ(ロックボトム)』だ 。……圧死、好きか?」


 じわじわとジークエンドが足に体重を乗せていくと、ミゼリの肺から空気がどんどん流れ出ていく。ミゼリは必死にその足をどかそうとするが、それは根が生えたようにビクともしない。


「ジークエンドさんっ……クーロン!!」


 子供好きの女に迅八は救いの目を向けた。彼女だったら、まだ少女であるミゼリを助けてくれるかもしれない。

 しかし、クーロンは恐ろしい無表情でミゼリを見下ろしていた。


「く、クーロン?」

「……坊や。『天秤』みたいなもんだ。どっちが重いかなんだよ」


 クーロンは迅八には決して向けない声色で、ミゼリに向かい語り続ける。


「その嬢ちゃんの父親の変態は、坊やとシズを傷付けた。その子には悪いけど、ちょっとその子の命じゃ軽い(・・)ねぇ……」


 ミゼリの顔がドス黒く変色し始めると、獣のような唸り声をあげて、自分を押しつぶそうとする足に抵抗した。


「……それとね。あたしはわかるんだよ。……臭いねえその()は。賭けてもいいけど、そいつも父親とたいして変わらないゴミだよ。離れててもここまで臭う……」


 呼吸が出来ないのにミゼリの口から吐瀉物が溢れ出した。その余りの苦しさに足をばたつかせ悶えている。

 その目が迅八と合うと、確かに少女は目で訴えた。


 ——たすけて。











「やめろっ。ジークエンド!!」


 白いコートを掴み、迅八が引っ張ると、一瞬辺りから音が消えたようだった。

迅八の視界の端では、クロウが自分の頭を抑えて溜息を吐いていた。


「……なんの真似だ。ジン」


 その手はポケットに入れたまま、ジークエンドは静かに迅八に問い掛けた。


「お前、なんの勘違いだ? もう、お前とは関係ない。俺がやりたいからやってる事を、なんでお前が邪魔をする。……お前、覚悟は出来てるのか?」

「もういいって言ってるんだ。足をどけろっ!」

「ほう……」


 ジークエンドの興味が、ミゼリから迅八へと移った。それを感じたクーロンは、とっさに声を出した。


「ッ!! ジークエンド、坊やは……」

「お〜? クーロン、ほっとけよおめ〜よ〜。お前がややこしくすんじゃね〜よ。大丈夫だろ〜」

「アマレロ、けど、」

「お〜? だから大丈夫だろっての」


クーロンとアマレロの会話は気にせず、ジークエンドは迅八の目の奥を見つめている。


「……ジン、答えろ。覚悟は出来てるのか?」


 自分を見下ろすその二つの目に、迅八は震え上がった。

 この男、ジークエンドは誰とも違う。きっと、決めたら迷わずに迅八を殺すだろう。そして、恐らくクロウを敵に回す事も怖れはしない。


「……答えろ」


 なぜ自分の足がこんなに震えるのか、迅八にもわからない。そして、歯がガチガチと鳴り、涙まで浮かんできた。


「……めろ」

「なんだ? 蚊の鳴くような声で。……覚悟出来たならハッキリ言え」

「やめろっ!! その足をどけろ!!」






 辺りにはいまだ燃え続ける炎の音と、ミゼリの呻きしか聞こえない。すると、その呻き声が巨大なせきに変わり、やがて貪るような呼吸音に変わった。


 ジークエンドはその足をどけて、真顔のまま口笛を吹いた。


「……ヒュゥ〜シビれた……だったか? クーロン」


 そのままジークエンドは歩き出す。


「『身内もやる』はナシだ 」


 ホッと息をつくクーロンに、アマレロが、ほら言ったじゃねえか、などと言っている。アゼルは冷たく迅八を見ている。……クロウはミゼリを見ていた。


「ジン、これからもだ」


 ジークエンドは何を言おうとしているのか。

まだ止まらない足の震えを抑えこめないまま、迅八は続きを待った。


「これからも、俺に意見する時は覚悟を乗せろ。お前がそれを揺るがせた時は殺す。……わかったか?」


 迅八は、声も出せずに頷いた。するとそれを見ていたようなタイミングでジークエンドが続きを口にする。


「あと、コルテがいる時はやめておけ。あいつに殺されるぞ」


 夜の終わりを感じ取ったのだろう。アマレロが大きく欠伸をしてからノンビリと言った。


「んじゃ、メシの続きでも食うか〜。帰ろうぜ」






 ————————————————






 ミゼリは息を切らせて走っていた。どこに向かっているのかもわからない。ただ、さっきまでの場所には居たくなかった。

まだ体は震えているし、漏らしてしまった小便は、ドレスを足に張り付かせている。


「許せない……!!」


 父親は廃人寸前まで壊された。館も財産も失った。天使はロックボトムの事なんて本気になって探しはしない。……知っているのだ。奴らの標的になるのはいつでもベドワウのような者だという事を。そんな人間同士の小競り合いに首を突っ込むほど、天使達は暇ではない。


「かならず、必ず思い知らせてやる……!!」


 ミゼリには父親にされた行為に対する怒りなどなかった。……なぜか奴らは標的本人は殺さないという噂だった。なぜなのだろうと思っていたが、今日わかった。理解させられた。あいつらは、地獄の鬼よりおぞましい。


「……ひぃぃいいいっ」


 気を強く保たねば悲鳴が溢れてしまう。

 ミゼリは復讐を誓った。父親の為ではない。家名の誇りでもない。ただ、ミゼリ・オズワルドを舐めた事に対する代償を、必ず奴らに払わせる。


 ミゼリには、その心とは全く違う可憐な容姿と、少女に似つかわしくない熟れた体が与えられていた。今までもそれを使い数々の貴族を籠絡(ろうらく)してきた。幸い、その体はまだ残っている。

 まずは手近な、ミゼリを可愛がっていた貴族に身を寄せる。そこから復讐を始めるのだ。あの鬼どもに、正義の鉄槌を下すのだ……。


「……あっ」


 ミゼリの足が何かに引っ掛けられた(・・・・・・・)

 そのまま顔から地面に落ちる。砂利と土が口の中に入り、ミゼリの美しい顔に細かい石がめり込んだ。


「う、うう……、あっ」


唸るミゼリが顔をあげると、木にもたれかかる男の影が見えた。その腕を組む影が人差し指を上に突き立てると、その指先から光が溢れ出した。


「……あ、あなたは」


 それは、さっき居た男の一人だった。……見事な金と赤の長髪をもつ男。あの中で一番美しかった男。そいつが自分の体を舐め回すように見つめている。


「おまえ。うまそう(・・・・)だな」


 ミゼリは館の前での惨劇の時から気になっていた。目の前の男は、他の奴らとは違う目で自分の事を見ていた。熱のこもった目で。


「ジンパチは、知らねえからなあ……。こいつがした事を」


 ミゼリは迷わなかった。ひょっとしたら近くにあいつらも居るのかもしれない。そして、気が変わってさっきの続きをミゼリに行なおうとするかもしれない。


 ミゼリは濡れた下着を手早く剥ぎ取ると、ドレスをめくりあげて男のズボンに手をかけた。そして、男の手を自分のドレスの胸元に入れる。


「……お願い。好きにしていいから、このまま静かに終わらせて」


 男の熱のこもった目、その体を舐め回すように見る視線に、ミゼリは自分が盛大な勘違いをしている事に気がつかなかったのだ。


「静かに、か。そりゃおまえ次第だな」


 どうやら目の前の男は、よほど自分に自信を持っているらしい。ミゼリは、せいぜい声を押し殺して、必死で絶頂を迎える演技でもしてやる事にした。


「おまえ、俺に小便飲ませてくれたな」

「……は?」


 男の首筋に舌を這わせているミゼリからは、男の顔が見えない。


(そんなもんが飲みたいって事? 変態か……)


 ミゼリはそんな事に羞恥するような女ではないし、飲みたいと言うなら飲ませてやってもいい。


(そう言えば、あの転生者が水を欲しがってたから飲ませたっけ……。あははははっ)






「あと、さんざんなぶってくれたな。やっぱり女の方が発想がえげつねえな。……火がついたままのロウソクをまぶたの上に置かれた時には、怒りを通り越して感心したぜ。大したもんだよ人間(おまえら)は。悪魔(おれたち)は、そんなこと思い浮かびもしねえ……」


 ミゼリの心の中に疑惑が湧き上がる。

なぜ、この男は自分の『お気に入り』の方法を知っているのか。


「……よくもまあ、散々とやってくれたなあ。この『静の記憶(おれさま)』によ」


 ——かこん、とミゼリの耳元で音がした。何かが外れるような音。


「だがな、発想が貧困な俺様も、お前に礼がしてえ。俺が考える中での、一番の絶望(プレゼント)をやろう……」


 ミゼリがその顔を男の首筋から離す。なにか、なにかがおかしい。自分はひょっとして、いま、危険な状況にいるのでは……。



 舌を這わせていた首筋から離れ、ミゼリは男の顔を見た。男の指先からは変わらず光が溢れ出している。その光に照らされた男の顔は、三倍くらいの大きさになっていた。

 ……その顔は単純に大きくなっている訳ではなかった。そのあごの関節が外れたかのように、あり得ない位に大きく口を開いていた。それは、無理をすればミゼリの小さな頭くらい丸ごと入ってしまいそうだった。


「え」


 するとその口が突然動きだし、ばくん、と閉じた。呆気ない痛みの後、ミゼリの右の乳房がなくなった。


「痛っ……え、え? ……ええっ?」


 なぜかその傷口から血が噴き出す事はなく、ちょろちょろと、細い血の筋が流れるだけだった。


「アゼルほどじゃねえが、俺様もこの位なら出来る。……そんでだ。知ってるか?生き物の一番の絶望はな」


 もはや男と呼んで良いのかわからないそいつ(・・・)は、またその口を大きく開けた。


「……食い殺される事だ」











 ばぐんっ! また男がその口を閉じると、今度は左の乳房がなくなった。


「ちょ、ちょっと、あんた、私のおっぱいどこやったのよ……。ねえ、ねえっっ……ちょっと、かえしてよおっ!?」


 失くなってしまった乳房の辺りを見つめ、混乱と共にミゼリが男に詰め寄ると、男——クロウはその顔を楽しそうに歪ませた。


「安心しろ。すぐにあえるさあ……。混ざりあえる(・・・)


 また、ばぐんと音がすると、ミゼリの視界が半分なくなった。


「あ、あふぇ? なふあんでぇ、まあえぇ、……みぃえなくなちゃったぁ?」

「そりゃそうだろ。おめえ、顔半分ねえからな」


 闇の中で、コリコリと咀嚼する音がする。


「けどな、安心しろ。俺はあいつら(・・・・)みたいな鬼じゃねえ。一回だけだよ。一回だけ」


 ばぐん。また、闇の中で顎が閉まる音がする。……ごりんごりんと骨を噛み砕く音がすると、闇の中から声が響く。


「……あいつらみたいに鬼じゃねえんだ。……悪魔だからな」




 ごりんごりん、ばき、ぱき、こりこりこりこり……。


 その宴は、人知れずその後も続いた。




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