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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第三章 ロックボトム スクリーマーズ
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悪党

 



 燃え盛っていく館を背景に二体の影が踊っている。

 一つは大剣を振り回し、その度に人間が部品になって吹き飛んでゆく。

 もう一つの小柄な影は、兵士達の間を縫うように進む。その影に触れられた人間は、糸が切れたように倒れていく。


 くつくつと笑う大悪魔の横で震えている迅八。その真上で、窓が割れた。

 ふりそそぐ破片から顔をかばった迅八の横に、どさりと何かが墜落した。それは、迅八と変わらない年頃の少年だった。


「ゆるして……ゆるしてっ、ゆるしてえっ。違うんだ、違うんだ!!」

「だ、大丈夫か!?」


 その体を助け起こそうとした迅八に、悪魔が声をかけた。


「……おいジンパチ。そいつ『ゆるして』って言ってやがるな。違うんだってよ。……意味わかるか?」


 顔を歪める迅八の横で、その少年は苦しげにも立ち上がり、館に背を向け逃げ出した。

 その前にアゼルが立ち塞がると、少年は懐から何かを取り出しそれを構えてアゼルに突進した。

 ……交差する瞬間、アゼルの両手が微かに動く。そのまま少年は派手な音を立てて、前のめりに倒れこんだ。


「くかかかか……。自覚はあったらしいな。……自分達が誰かに裁かれるかもしれないってよ」






 ある一定まで火が回ってしまうと、そこからは加速度的に燃焼が進んだ。アマレロとアゼルが外の騎士達を倒し終える頃には、館はその全てが炎に包まれていた。


 館から逃げ出した人間が、あちらこちらで苦しみ悶えている。——窓から飛び降り足を骨折した者、燃え上がった衣服の一部を必死に消火する者、あるいは、そのまま炎に呑まれ、息絶える者。……辺りに広がる匂い。焼ける匂い、焦げる匂い。

 アマレロとアゼルは、歯向かう者には容赦無く刃を振るった。それ以外の者は少し離れた場所にまとめておいた。


 死屍累々。これらの惨状はたった四人の人間が起こした。迅八とクロウは何もしていない。






 迅八の心の中は、不思議と澄んでいた。

 怒り、恐怖、混乱、放心。

 今の迅八の心は、それを極端にした渦巻きが通り過ぎた後だった。その心に今は波一つ立っていない。


「なんだ、コレ……」


 離れた場所の窓が割れ、中から赤い影が飛び出した。その両足にぼんやりとした光りを纏わせて、それはひらりと舞い降りる。


「……ジークエンドは、まだ中にいるのかい?」


 その体中、至る所をパンパンに膨らませて、クーロンが言う。「あんた達も持っとくれよ。重いんだよこれ」すると、無造作にその中身をばら撒いた。


 それは絢爛豪華な数々の宝飾品だった。しかし、普段クロウがもっと流麗な宝飾品を、片手間に作っているのを知る迅八は、全くそれに興味を惹かれない。

しかし、そのクロウが目ざとく幾つかの石を手にとった。


「……おい。なかなか良い魔石じゃねえか。ベドワウの野郎は溜め込んでたみてえだな」

「こらこら。あんたのもんじゃないからね。……まあ必要だったら後で分けてやるさ」


 皆で分担してそれらを自分の懐に納めてゆく。それも迅八は黙って見ていた。

 ますます火は勢いを増してゆく。先程から嫌な音が鳴っていた館の一部が崩れ落ちた。まだジークエンドは出てこない。


「……ねえ、ジークエンドさんは大丈夫なのか!? 助けに行った方がいいんじゃ」


 その言葉にアマレロとクーロンが目を丸くする。アゼルは溜息を吐いた。


「お〜? 助けに行く? ジークエンドを?」

「あは、あはははは。……いや、ごめんよ坊や。坊やは優しいんだね」

「……ジン。『太陽』のジークエンドはこれ位じゃ死なない。余計な心配だ。……多分、楽しくなって悪い癖が出てるだけだよ」


 その言葉を合図にしたかのように、二階の端の窓から人間が飛び出した。その人間は情けない悲鳴をあげて、ゴロゴロと転げ回っている。そして、その後を追うようにもう一人飛び出した。その人影は何かを抱えていた。


「……ほらジークエンドだ。『土産』まで持ってきてるぞ」


 ジークエンドは少女を一人抱えていた。ジークエンドがその少女をぞんざいに放り投げると、少女は短い悲鳴をあげた後、転がり回る人影に駆け寄った。


「お父様……お父様っっ!!」

「……ふむ。クーロン、あらかた終わったみたいだな」

「あんた、なにやってたんだい? ……まあ想像つくけど。坊やがあんたの事を心配してたんだよ」

「……ふむ。そうか、悪かったなジン。館の人間に尋問していたら興が乗ってしまってな。……まあ、色々な情報の裏付けが取れた。では、始めるか 」


 そう言って、ジークエンドはベドワウとその娘を見た。


「楽しんでいけよ主役の親子。これからお前らに地獄を見せる(・・・・・・)。ゆっくりと味わえ」


 ジークエンドは再びポケットに手を突っ込むと、目の前の親子に断罪の宣告を下した。






 ————————————————






 その少女はガタガタと震えていた。美しい目を見開いて、目の前の惨状を理解しようとしている。

 自分の家が、燃えている。震える手で父親の手を探ると、それを探り当てた。


「え……?」


 ……おかしい。ぬるりと濡れている。その手を持ち上げてみると、その手は父親のものではなく、他の誰かの『部品』だった。


「ぃ、ひゃッ!」

「黙れ」


 その悲鳴が続く前に、ジークエンドの足の裏がその少女の顔を蹴りつけた。全く力は入れていない。その足に乗せられた力よりも、顔を足蹴(あしげ)にされたというショックで少女の体が後ろに倒れた。


「……身内もやる。お前ら、そうだったよな?」

「お〜? なんでもいいだろが。さっさとやっちまえよ」

「まあ、仕方ないね。坊やも同じ事をされたんだからね」

「……俺がやるよ 」


 少女の前で、腰からナイフを抜き払ったストールの少年が、燃える赤毛の男に問いかけた。


「……けど、どっちからやればいいの?」

「面倒だ。ベドワウからやれ」


 その言葉を聞いたベドワウが、唾を飛ばしながら、ストールの少年——アゼルを罵った。


「きさま、貴様ら……、ただで済むと思うな。このベドワウ・オズワルドを敵に回して生きていられると思うなよ。地獄なんぞ生ぬるいぞ。それの百倍……、」


 さく。

 呆気ない音がベドワウの太腿からその体内に響く。アゼルがナイフをそこから抜くと、ズボンにじわりと血が広がった。


「ぎひっ……き、きさま、」


 さく。さく。

 続けて二度、太腿を刺す。


「いぎっ!! 痛、ぎざま、やめ、」


 さく、さく、さくさくさくさく。

 アゼルは何も喋らない。ただ無言でその足を刺し続ける。


「いだあああああああい!! や、やめで、やめでっ!!」


 さく、さく、さく、さく、さくさくさくさく、さくさくさくさくさくさくさくさくさくさくっ。


 ベドワウが懇願するように手を伸ばすと、アゼルは左手のナイフで素早く地面に縫い付けた。


「いぎゃあああああっ!! いだい、いだああああい!! やめ、やめでえええええええ!!」

「……うるせえ弱者アアア。てめえの涙で溺れ死ね」






 さくさくさくさく。

 その光景を見ても、ベドワウの娘は何も声をあげられなかった。目の前で父親が酷い目にあっている。それでも何もする事は出来ない。下手な事をしたら、狂気をもってナイフを振るう少年の興味が、自分に移ってしまう(・・・・・・・・・)かもしれない。


「……ふむ。なにがなんだか解らないという顔だな。説明しようか? ミゼリ嬢」


 白いコートの男に名を呼ばれて、ベドワウの娘——ミゼリは戸惑う。なぜ、自分の名前を知って……。

 しかし、父親の口から流れる苦悶の叫びに邪魔されて、その思考は長く続かない。


「一気にいくぞ。頭に叩き込め。

 お前の父親の変態はその地位を利用して今まで散々可愛げのない(・・・・・・)悪事を重ねてきた。転生者を保護すると称して(なぶ)りものにしてきた。町の中で目についた女を攫ってきた。そいつらを散々拷問して犯して、飽きたらそいつを『調理部屋』に運んだ。……見てみたが、なかなか面白い場所だった。風呂場と台所が一緒になったような部屋だったな」


 迅八の頭の中で、ドス黒い闇が再び広がってゆく。


(なんだ、ソレ……、)



「住人達の前ではお優しい領主さまは慈善事業に熱心だ。最近まで自費で孤児院を経営していたようだな。……そこには色んな孤児が集められた。具体的に言おう。子飼いの兵士や騎士達が、無理やり手篭(てご)めにした女たちに産ませた私生児だ。その子供達を育て上げて色んな所に『輸出』した。その孤児院は最近謎の出火(・・・・)で全焼したらしいな。美しい少年少女だけ姿を消して。……『飼育』が面倒臭くなったのかな。領主さまは 」


 迅八の体が震えている。ミゼリの体も。しかし、その内容は違うのだろう。

迅八の震えは、叫び出しそうな怒りから生じたものだった。


「領主さまの凄い所はな。有能だった。金を稼いだら領民達に還元した。そうやって、自分達だけの巨大なおもちゃ箱を発展させた。何も知らない領民達は少し位の悪い噂など信じもしなかった。あの方に限って……、そんなところだろうな。しかしやりすぎたな。目を付けられたぞ(・・・・・・・・)


 そして、ジークエンドは仰向けのミゼリの腹に、その足をゆっくりと埋めていった。


「は、はひ、はひぃぃぃ……!!」

「まあ、ほとんどお前も知ってた事だろうが、復習だ。思い出せたか? ……さて、これからお前の身に降りかかる事も説明する。

 これから、お前らには(ごく)短時間で、今までの犠牲者たちがスッとするような(・・・・・・・・)目にあってもらう。気分が晴れるような、そんな声をあげてくれ」


 ……理解できたか?

そう問いかけるように、白いコートの男は首を(かし)げた。





 ————————————————





 迅八の視界は、とつぜん暗闇に閉ざされたようだった。周りが見えない。ベドワウの悲鳴もうまく聞き取れない。その手には、いつの間にか『ナイフ』が握られていた。


「坊や……」


聞こえてきたクーロンの声を気にする事なく、ベドワウの元まで進む。アゼルの細い肩を掴むとその体を乱暴にどかした。


「……ジン」


 迅八の様子を見て、アゼルの瞳から狂気の色が抜けた。理解しているのだ。この復讐の正当な執行者が誰であるのかを。


 目の前で息も絶え絶えのベドワウは、迅八の姿を見るとその目に希望を浮かばせた。『知っている顔がいた』——そう瞳を輝かせた。

 それを見た迅八の心の中で、最後の理性が吹き飛んだ。


「この、このっ、……ゴミクズがあああああああッッ!!」


 ぶぉんっ!! ……振りかぶったナイフを全力でベドワウの肩に刺した。悲鳴があがるその前に、他の場所にナイフを突き立てる。


「死いいいねええええええッッ!!」

「あ、あああああああっっ!! いだ、いだいいいいいいいいいっっ!!」


 滅多やたらにナイフを振り回し、刺し続ける。……耳が飛んだ。口が裂けた。その目を潰しドロリとした液体が溢れ出た。股間を切りつけ念入りに奥まで差し込む。


「いぎゃあああああああっっ!!」


 肩で息をする迅八に、ベドワウが口を開く。


「た、たぁ……、たあ、す、けてぇェェェェ……! おね、おねぇがあ、」


 その口から臭い息が流れ出ると、迅八の顔に当たった。


「ふざっけるんじゃ、……ねえええええっ!!」

「い、ヒィィッ……!!」


 その体に馬乗りになり、渾身の力でベドワウの心臓を穿つ。一際(ひときわ)ベドワウの目が大きく開かれると、その目から光が失われていき、やがて体から力が抜けた。



 迅八の視界に、また光が戻る。自分の体の下ではベドワウの体から徐々に熱が抜けてゆく。ミゼリが小便を漏らしながら、逃げようとあがいているが、ジークエンドの足がそれを許さない。


 少しずつ冷たくなってゆくベドワウの体から離れ、ふらつきながら迅八が体を起こすと、後ろで誰かが自分の事を優しく抱きとめた。


「……ア、アゼル」


 人を、殺してしまった。

後悔はないし、罪悪感すら感じない。

ただ、迅八の中で、何かの線を越えてしまった実感があった。


 アゼルの緑色の目は真っ直ぐに迅八を見ている。すると、その顔を覆うストールの下から予想外の言葉が出てきた。


「……ジン。『二回戦目』だ 」

「え?」


 迅八の体を横にどけると、アゼルがベドワウの汚穢(おわい)(まみ)れた体を抱き起こした。

 そして、アゼルがブツブツと呟き始めると、ベドワウの体を光が覆ってゆく。直視出来ないほどにその光は高まり、迅八は思わず顔を腕で覆った。

……少しの時が経ち、迅八がその腕を外し目を開けると、『元通り』のベドワウが居た。


「な」

「……っは! ぐひぃっ!? がはっ……は、ああっ!?」


 大量の血を吐き出して、ベドワウが呼吸を再開する。その目には混乱だけが見て取れた。

 その足下、迅八が落としたナイフをアゼルは拾い上げると、再び迅八の手に握らせた。


「ほら、ジン。もう一回(・・・・)だ 」


 優しく迅八の体を押す。


「ほら……」






 目の前で、困惑と共に、最大の恐怖を瞳に宿らせたベドワウが、迅八を見ていた。


「や、やめて、やめてぇぇ……!!」

「な……」


 迅八が振り返ると、闇の中、炎に照らされて幾つもの瞳が自分を見ていた。その目が言っている。……やれ(・・)と。


 ——忌々しい、大悪党。

 その言葉の意味を、迅八はぼんやりと考えていた。




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