悪党
燃え盛っていく館を背景に二体の影が踊っている。
一つは大剣を振り回し、その度に人間が部品になって吹き飛んでゆく。
もう一つの小柄な影は、兵士達の間を縫うように進む。その影に触れられた人間は、糸が切れたように倒れていく。
くつくつと笑う大悪魔の横で震えている迅八。その真上で、窓が割れた。
ふりそそぐ破片から顔をかばった迅八の横に、どさりと何かが墜落した。それは、迅八と変わらない年頃の少年だった。
「ゆるして……ゆるしてっ、ゆるしてえっ。違うんだ、違うんだ!!」
「だ、大丈夫か!?」
その体を助け起こそうとした迅八に、悪魔が声をかけた。
「……おいジンパチ。そいつ『ゆるして』って言ってやがるな。違うんだってよ。……意味わかるか?」
顔を歪める迅八の横で、その少年は苦しげにも立ち上がり、館に背を向け逃げ出した。
その前にアゼルが立ち塞がると、少年は懐から何かを取り出しそれを構えてアゼルに突進した。
……交差する瞬間、アゼルの両手が微かに動く。そのまま少年は派手な音を立てて、前のめりに倒れこんだ。
「くかかかか……。自覚はあったらしいな。……自分達が誰かに裁かれるかもしれないってよ」
ある一定まで火が回ってしまうと、そこからは加速度的に燃焼が進んだ。アマレロとアゼルが外の騎士達を倒し終える頃には、館はその全てが炎に包まれていた。
館から逃げ出した人間が、あちらこちらで苦しみ悶えている。——窓から飛び降り足を骨折した者、燃え上がった衣服の一部を必死に消火する者、あるいは、そのまま炎に呑まれ、息絶える者。……辺りに広がる匂い。焼ける匂い、焦げる匂い。
アマレロとアゼルは、歯向かう者には容赦無く刃を振るった。それ以外の者は少し離れた場所にまとめておいた。
死屍累々。これらの惨状はたった四人の人間が起こした。迅八とクロウは何もしていない。
迅八の心の中は、不思議と澄んでいた。
怒り、恐怖、混乱、放心。
今の迅八の心は、それを極端にした渦巻きが通り過ぎた後だった。その心に今は波一つ立っていない。
「なんだ、コレ……」
離れた場所の窓が割れ、中から赤い影が飛び出した。その両足にぼんやりとした光りを纏わせて、それはひらりと舞い降りる。
「……ジークエンドは、まだ中にいるのかい?」
その体中、至る所をパンパンに膨らませて、クーロンが言う。「あんた達も持っとくれよ。重いんだよこれ」すると、無造作にその中身をばら撒いた。
それは絢爛豪華な数々の宝飾品だった。しかし、普段クロウがもっと流麗な宝飾品を、片手間に作っているのを知る迅八は、全くそれに興味を惹かれない。
しかし、そのクロウが目ざとく幾つかの石を手にとった。
「……おい。なかなか良い魔石じゃねえか。ベドワウの野郎は溜め込んでたみてえだな」
「こらこら。あんたのもんじゃないからね。……まあ必要だったら後で分けてやるさ」
皆で分担してそれらを自分の懐に納めてゆく。それも迅八は黙って見ていた。
ますます火は勢いを増してゆく。先程から嫌な音が鳴っていた館の一部が崩れ落ちた。まだジークエンドは出てこない。
「……ねえ、ジークエンドさんは大丈夫なのか!? 助けに行った方がいいんじゃ」
その言葉にアマレロとクーロンが目を丸くする。アゼルは溜息を吐いた。
「お〜? 助けに行く? ジークエンドを?」
「あは、あはははは。……いや、ごめんよ坊や。坊やは優しいんだね」
「……ジン。『太陽』のジークエンドはこれ位じゃ死なない。余計な心配だ。……多分、楽しくなって悪い癖が出てるだけだよ」
その言葉を合図にしたかのように、二階の端の窓から人間が飛び出した。その人間は情けない悲鳴をあげて、ゴロゴロと転げ回っている。そして、その後を追うようにもう一人飛び出した。その人影は何かを抱えていた。
「……ほらジークエンドだ。『土産』まで持ってきてるぞ」
ジークエンドは少女を一人抱えていた。ジークエンドがその少女をぞんざいに放り投げると、少女は短い悲鳴をあげた後、転がり回る人影に駆け寄った。
「お父様……お父様っっ!!」
「……ふむ。クーロン、あらかた終わったみたいだな」
「あんた、なにやってたんだい? ……まあ想像つくけど。坊やがあんたの事を心配してたんだよ」
「……ふむ。そうか、悪かったなジン。館の人間に尋問していたら興が乗ってしまってな。……まあ、色々な情報の裏付けが取れた。では、始めるか 」
そう言って、ジークエンドはベドワウとその娘を見た。
「楽しんでいけよ主役の親子。これからお前らに地獄を見せる。ゆっくりと味わえ」
ジークエンドは再びポケットに手を突っ込むと、目の前の親子に断罪の宣告を下した。
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その少女はガタガタと震えていた。美しい目を見開いて、目の前の惨状を理解しようとしている。
自分の家が、燃えている。震える手で父親の手を探ると、それを探り当てた。
「え……?」
……おかしい。ぬるりと濡れている。その手を持ち上げてみると、その手は父親のものではなく、他の誰かの『部品』だった。
「ぃ、ひゃッ!」
「黙れ」
その悲鳴が続く前に、ジークエンドの足の裏がその少女の顔を蹴りつけた。全く力は入れていない。その足に乗せられた力よりも、顔を足蹴にされたというショックで少女の体が後ろに倒れた。
「……身内もやる。お前ら、そうだったよな?」
「お〜? なんでもいいだろが。さっさとやっちまえよ」
「まあ、仕方ないね。坊やも同じ事をされたんだからね」
「……俺がやるよ 」
少女の前で、腰からナイフを抜き払ったストールの少年が、燃える赤毛の男に問いかけた。
「……けど、どっちからやればいいの?」
「面倒だ。ベドワウからやれ」
その言葉を聞いたベドワウが、唾を飛ばしながら、ストールの少年——アゼルを罵った。
「きさま、貴様ら……、ただで済むと思うな。このベドワウ・オズワルドを敵に回して生きていられると思うなよ。地獄なんぞ生ぬるいぞ。それの百倍……、」
さく。
呆気ない音がベドワウの太腿からその体内に響く。アゼルがナイフをそこから抜くと、ズボンにじわりと血が広がった。
「ぎひっ……き、きさま、」
さく。さく。
続けて二度、太腿を刺す。
「いぎっ!! 痛、ぎざま、やめ、」
さく、さく、さくさくさくさく。
アゼルは何も喋らない。ただ無言でその足を刺し続ける。
「いだあああああああい!! や、やめで、やめでっ!!」
さく、さく、さく、さく、さくさくさくさく、さくさくさくさくさくさくさくさくさくさくっ。
ベドワウが懇願するように手を伸ばすと、アゼルは左手のナイフで素早く地面に縫い付けた。
「いぎゃあああああっ!! いだい、いだああああい!! やめ、やめでえええええええ!!」
「……うるせえ弱者アアア。てめえの涙で溺れ死ね」
さくさくさくさく。
その光景を見ても、ベドワウの娘は何も声をあげられなかった。目の前で父親が酷い目にあっている。それでも何もする事は出来ない。下手な事をしたら、狂気をもってナイフを振るう少年の興味が、自分に移ってしまうかもしれない。
「……ふむ。なにがなんだか解らないという顔だな。説明しようか? ミゼリ嬢」
白いコートの男に名を呼ばれて、ベドワウの娘——ミゼリは戸惑う。なぜ、自分の名前を知って……。
しかし、父親の口から流れる苦悶の叫びに邪魔されて、その思考は長く続かない。
「一気にいくぞ。頭に叩き込め。
お前の父親の変態はその地位を利用して今まで散々可愛げのない悪事を重ねてきた。転生者を保護すると称して嬲りものにしてきた。町の中で目についた女を攫ってきた。そいつらを散々拷問して犯して、飽きたらそいつを『調理部屋』に運んだ。……見てみたが、なかなか面白い場所だった。風呂場と台所が一緒になったような部屋だったな」
迅八の頭の中で、ドス黒い闇が再び広がってゆく。
(なんだ、ソレ……、)
「住人達の前ではお優しい領主さまは慈善事業に熱心だ。最近まで自費で孤児院を経営していたようだな。……そこには色んな孤児が集められた。具体的に言おう。子飼いの兵士や騎士達が、無理やり手篭めにした女たちに産ませた私生児だ。その子供達を育て上げて色んな所に『輸出』した。その孤児院は最近謎の出火で全焼したらしいな。美しい少年少女だけ姿を消して。……『飼育』が面倒臭くなったのかな。領主さまは 」
迅八の体が震えている。ミゼリの体も。しかし、その内容は違うのだろう。
迅八の震えは、叫び出しそうな怒りから生じたものだった。
「領主さまの凄い所はな。有能だった。金を稼いだら領民達に還元した。そうやって、自分達だけの巨大なおもちゃ箱を発展させた。何も知らない領民達は少し位の悪い噂など信じもしなかった。あの方に限って……、そんなところだろうな。しかしやりすぎたな。目を付けられたぞ」
そして、ジークエンドは仰向けのミゼリの腹に、その足をゆっくりと埋めていった。
「は、はひ、はひぃぃぃ……!!」
「まあ、ほとんどお前も知ってた事だろうが、復習だ。思い出せたか? ……さて、これからお前の身に降りかかる事も説明する。
これから、お前らには極短時間で、今までの犠牲者たちがスッとするような目にあってもらう。気分が晴れるような、そんな声をあげてくれ」
……理解できたか?
そう問いかけるように、白いコートの男は首を傾げた。
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迅八の視界は、とつぜん暗闇に閉ざされたようだった。周りが見えない。ベドワウの悲鳴もうまく聞き取れない。その手には、いつの間にか『ナイフ』が握られていた。
「坊や……」
聞こえてきたクーロンの声を気にする事なく、ベドワウの元まで進む。アゼルの細い肩を掴むとその体を乱暴にどかした。
「……ジン」
迅八の様子を見て、アゼルの瞳から狂気の色が抜けた。理解しているのだ。この復讐の正当な執行者が誰であるのかを。
目の前で息も絶え絶えのベドワウは、迅八の姿を見るとその目に希望を浮かばせた。『知っている顔がいた』——そう瞳を輝かせた。
それを見た迅八の心の中で、最後の理性が吹き飛んだ。
「この、このっ、……ゴミクズがあああああああッッ!!」
ぶぉんっ!! ……振りかぶったナイフを全力でベドワウの肩に刺した。悲鳴があがるその前に、他の場所にナイフを突き立てる。
「死いいいねええええええッッ!!」
「あ、あああああああっっ!! いだ、いだいいいいいいいいいっっ!!」
滅多やたらにナイフを振り回し、刺し続ける。……耳が飛んだ。口が裂けた。その目を潰しドロリとした液体が溢れ出た。股間を切りつけ念入りに奥まで差し込む。
「いぎゃあああああああっっ!!」
肩で息をする迅八に、ベドワウが口を開く。
「た、たぁ……、たあ、す、けてぇェェェェ……! おね、おねぇがあ、」
その口から臭い息が流れ出ると、迅八の顔に当たった。
「ふざっけるんじゃ、……ねえええええっ!!」
「い、ヒィィッ……!!」
その体に馬乗りになり、渾身の力でベドワウの心臓を穿つ。一際ベドワウの目が大きく開かれると、その目から光が失われていき、やがて体から力が抜けた。
迅八の視界に、また光が戻る。自分の体の下ではベドワウの体から徐々に熱が抜けてゆく。ミゼリが小便を漏らしながら、逃げようとあがいているが、ジークエンドの足がそれを許さない。
少しずつ冷たくなってゆくベドワウの体から離れ、ふらつきながら迅八が体を起こすと、後ろで誰かが自分の事を優しく抱きとめた。
「……ア、アゼル」
人を、殺してしまった。
後悔はないし、罪悪感すら感じない。
ただ、迅八の中で、何かの線を越えてしまった実感があった。
アゼルの緑色の目は真っ直ぐに迅八を見ている。すると、その顔を覆うストールの下から予想外の言葉が出てきた。
「……ジン。『二回戦目』だ 」
「え?」
迅八の体を横にどけると、アゼルがベドワウの汚穢に塗れた体を抱き起こした。
そして、アゼルがブツブツと呟き始めると、ベドワウの体を光が覆ってゆく。直視出来ないほどにその光は高まり、迅八は思わず顔を腕で覆った。
……少しの時が経ち、迅八がその腕を外し目を開けると、『元通り』のベドワウが居た。
「な」
「……っは! ぐひぃっ!? がはっ……は、ああっ!?」
大量の血を吐き出して、ベドワウが呼吸を再開する。その目には混乱だけが見て取れた。
その足下、迅八が落としたナイフをアゼルは拾い上げると、再び迅八の手に握らせた。
「ほら、ジン。もう一回だ 」
優しく迅八の体を押す。
「ほら……」
目の前で、困惑と共に、最大の恐怖を瞳に宿らせたベドワウが、迅八を見ていた。
「や、やめて、やめてぇぇ……!!」
「な……」
迅八が振り返ると、闇の中、炎に照らされて幾つもの瞳が自分を見ていた。その目が言っている。……やれと。
——忌々しい、大悪党。
その言葉の意味を、迅八はぼんやりと考えていた。




