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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第三章 ロックボトム スクリーマーズ
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ロックボトム スクリーマーズ

 



 深夜という程の時間ではないが、すでに辺りにひと気は少ない。目抜け通りでまだ営業しているいくつかの酒場……その前でたむろしている酔客(すいきゃく)達は、通り過ぎて行く恐ろしく派手な集団を、ついつい目で追ってしまう。


 先頭を歩いている白いコートを着た長身の男。その燃え上がるような髪の毛を見て、何人かが目を見張った。


……『太陽』のジークエンド。天使達は特に追ってはいないようだが、人間達の国家では幾つもの政府から指名手配をかけられている『死にかけ(ロックボトム)』の親玉。

 けれども、まさかそんな悪人が威風堂々と、あんなにも誇り高く歩いている訳がない。その姿は悪人と言うよりも、どこかの王族だと言われた方がすんなり通る。


 やがて彼等の姿が見えなくなると『見物客』達は思い出したように呼吸を再開した。

 ……息を呑む。そんな経験は滅多にない。やがて彼等は今の集団の事を話し合い、女達は誰が一番かっこよかったか、などとキャーキャー言い出した。けれども結局こういう結果に落ち着いた。『死にかけ(ロックボトム)』の訳がない。


 いつしか集団の事など皆忘れた。そして、次の日にまた思い出す事になる。






 ————————————————






 つい先日、命からがら逃げ出した町外れの館。

その近くの木陰で、迅八は自分の身を焦がすような激情を抑えるのに必死だった。

 そんな少年の気持ちを知ってか知らずか、ジークエンドはどんどん先に進む。


「ちょ、ちょっと待ってよ。ジークエンドさん」

「……なんだ?」


 その顔には特になにもなかった。……家に帰る途中に知らない人間に道を尋ねられた。その位の顔だった。


「みんなは知らないのかも知れないけど、中には兵士みたいのがいっぱいいるんだ。作戦を立てないと……」

「いや、知ってるぞ。しかし、ふむ。……よし、作戦を言うぞ。一回しか言わん。頭に叩き込めよ」


 迅八は緊張しながら次の言葉を待つ。その隣で千年の大悪魔は楽しそうにニヤついていた。


「……作戦だ。歩いて行き、殴り倒す。以上だ」

「おう」

「なかなかいいねえ。作戦ってのも」

「くかかかか……ふざけた野郎だ」

「……わかった 」


「ちょ、ちょっと待てええええええ!!」


 思わず声を荒げてしまった迅八は自分の口をふさぐ。アゼルがそんな迅八を見て溜息を吐いた。


「ちょっとジークエンドさん。ふざけないでくれよ。俺は本気なんだ!! あいつには地獄を見せてやらなくちゃ気が済まねえ。……ちくしょう、畜生っ。あの薄汚い悪人が!!」

「……そう言えば、おまえは……俺たちもか。どんな濡れ衣を着させられたんだったか?」


 ここでその話に意味があるのか? ……疑問に感じたが、迅八は素直にそれに答えた。


「館を襲撃して、火をつけて、逃げた……」

「よし、作戦を追加するぞ。……歩いてゆき、殴り倒して、館を全焼させて(・・・・・・・)地獄を見せろ(・・・・・・)

「……ジークエンド、大切なのを忘れてるよ。坊やは妹を傷付けられたねえ」

「それも追加だ。身内もやれ(・・・・・)。……ふむ。これで完璧だな、行くぞ 」


 今度こそジークエンドは振り返らずに歩き出す。その手はポケットに入れたまま、腰に下げたロングソードを抜く事もない。


「ちょ、ちょっとジークエンドさん!?」

「くかかかか……うるせえジンパチ、黙って見てろ。こいつらが口ほどのもんなのか見物しようじゃねえか」






 今は閉じられた大きな門。その前で談笑していた二人の兵士が、近づいてくる赤毛の男に声をかけた。


「おい。なんだおまえ。なんか用か」

「悪いがその門を開けてくれないか?」

「……なに言ってやがんだこの馬鹿は。今ベドワウ様は、」

「じゃあどけ」


 一瞬、ジークエンドの右足がほのかな光りを纏うと、その足を真っ直ぐ前に出し、兵士を蹴りつけた。

 迅八にはその兵士が消えたように見えた。少ししてから数メートル先にその兵士が転がった。身動き一つしない。


「な、貴様まさか。……敵襲っ敵襲だっ。ロックボトムが来たぞ!!」


 もう一人がその言葉を最後まで言い終わるのを待ってから、ジークエンドはそいつも蹴りつけた。

 今度は回すように足を叩きつけると、兵士は水平に吹っ飛んだ。そのまま反動を利用して、閉まっていた大きな金属製の門を(かかと)で蹴りつけると、静かな夜の館に大きな音が鳴り響き、その門が開いた。


「……ふむ。行くぞ 」


 ロックボトムは特になにも言う事なく先に進む。呆然として残された迅八の囁きを、ジークエンドは聞き逃さない。


「け、剣、使わないの……?」

「こんなものは飾りだ」

「……お〜? 気に入らねえ事言うじゃねえか 」

「剣か……。そういや坊やは自分の剣を取られたんだっけ?」

「じゃあそれもだ。略奪の限りを尽くせ(・・・・・・・・・)

「りょーうかいっと……」


 館では幾つかの部屋の窓に灯りがついた。

館の外に備えられた兵士の詰所から、武装もろくにせずに兵士が飛び出してくる。ジークエンドはその歩を急ぐ事も緩める事もなく進んで行く。

すると、欠伸(あくび)を一つしてからアマレロが前に出た。


「アマレロ、殴り倒すんだよ。わかってんだろうね?」

「言った張本人は蹴り飛ばしてたじゃねえか。めんどくせ〜な〜……」



 ——あそこだ!!あいつらが本当に!?


 兵士達に広がる困惑の中で、血気盛んな者達がアマレロの前に立ち塞がった。


「よいしょっと」


 たくましい背中に負う大剣を、アマレロが腰だめに構える。……限界まで振り絞られた広背筋が、兵士達が射程距離に入ると同時に解放された。


「ん〜っと!!」


 その分厚い刀身を縦にして、無骨な鋼の横っ腹、そこで迫る兵士達を殴り付けた(・・・・・)。その大剣の一振りで、何人もの屈強な兵士が吹っ飛んでゆく。


「お〜お〜。めんどくせ〜な『作戦』は」

「あたしは気に入ったけどね。殴るってとこが」


 その光景を見て兵士達は警戒を大にした。……間違いない。目の前で暴れてるのは悪名高き犯罪集団の『死にかけ(ロックボトム)』に間違いない。

 兵士達の長が鋭く声をかけると綺麗な陣形が出来上がる。しかし、その中には魔獣のようなスピードで人影が入り込んでいた。


 ——シッ!

「いぎっ、ひ」


 ——シッ!

「かはっ!!」


 バタバタと、至る所で兵士達が倒れていく。薄暗がりで全容を把握出来ない兵士長の混乱する視界に、その女は突然姿を現した。


「……反吐(へど)吐きな」


 突然、兵士長のみぞおちを襲う衝撃と鋼を打つ音。……鎧を貫通して伝わる衝撃に、兵士長は膝を折った。


「あっ! ……がっ、はひっ!」

「いった! あんた鎧着こんでるんなら先に言いな!!」


 目の前の女が拳に何かを装着する。兵士長が反射的にその行為を邪魔しようとすると、鎧に覆われていない脇腹に、魔道具を装着した女の手が突き刺さった。


「あっぎゃああああああ!!」


 感電したかのようにその体を痙攣させて、兵士長もその場に崩れ落ちた。


 迅八はその光景をやはり呆然と眺めていた。すでに場は混乱を極め、辺りには怒号と悲鳴が飛び交っている。

 暴れまわるアマレロとクーロンの間を縫い、ジークエンドは館の重厚な扉を蹴りつけた。

 ——ガギンッ!! 何かが壊れた音がすると、その扉は開かれた。ジークエンドはそのまま進む。今まで静観していたアゼルもそれに続いた。



——そっちだ! そっちに行ったぞ!

——こ、殺せっ! 殺せええっ!!



「……なん、だこりゃ」


 夜の館に響く怒号——目の前で繰り広げられる戦いに、迅八の口から呆れのような声が漏れる。大笑いしている千年の大悪魔がそれに答えた。


「げひゃひゃひゃひゃ!! ……やるじゃねえか人間のくせしやがって。この調子なら俺様の出番はねえな」


 しかしクロウは警戒を怠らない。その背後に。

……恐らく、アグリア達——天使はこの騒動を静観する。聖堂での会話の中でそんな気配を感じたが、確約はない。だから大悪魔はこの場で一番不安定な少年のそばに居続けた。


 戦意を喪失した兵士の一人が迅八の足元にすがり付く。


「ひっ、助けて……。なんだ、なんなんだあいつらはっ、やめさせてくれえ!!」


 そんな事を言われても迅八にはどうする事も出来ない。すると、神速の風が巻き起こり、その兵士の無防備な背中に美しい足が刺さった。言葉もなく肺から空気を吐き出して、兵士は崩れ落ちる。


「……坊や。大丈夫かい? なんもされてないかい?」


 そこには、美しい女がいた。赤いジャケットを身に纏い、その下の腹筋には艶めかしく汗が流れ落ちる。


「う、うん」


 迅八の顔には微かな恐れがあった。クロウの暴力には、一種の爽快感があった。迅八の中にある、強さに対する憧れといってもいい。しかし、目の前で振るわれている力は、何かが違う。

 実際にはロックボトムの面々からしてみればこれ以上ない程に慈悲深い行いなのだが、それを迅八は知らない。


「……坊や」


 ふわりと迅八の体がクーロンのしなやかな身体に包まれる。その身から匂い立つ甘い香りの中に混ざる、兵士が流した血と反吐の匂い。迅八は、それに思わず身を硬くした。


「ごめんよ。本当は坊やがいないとこでするつもりだったんだ。怯えさせちまったね」


 クーロンは本当に優しい。迅八には。


「あたしらの事、町でなんて聞いた?」

「え……」


 ——罪のない者達でも容赦無く手にかける、問題ばかりの忌々しい大悪党。

 それを思い出した迅八は、口をつぐんで、きゅっとクーロンの服を掴んだ。


「ごめんね……。なんて聞いたのかは想像つくけど、それが本当だ。あたし達は正義の味方じゃないんだよ」


 槍を構え、迅八達に向かい突進してくる兵士がいた。凄まじい速度で青いコートに包まれた巨躯がその兵士に迫ると、ぶおん、と旋風が起こった。


 ——ばずんっ!! 重たい音がすると、その兵士の上半身だけ吹っ飛んだ。それはくるくると回転してかなり遠くまで飛んでいった。残された下半身は突進の勢いのまま歩き続け、やがて倒れた。


「だ〜めだこりゃ。やっぱり数が多いな〜。『殴り倒す』のはベドワウとその身内だけでいいだろ。クーロン、数減らすぞ〜」


 目の前で、物のように分断された人間を見て、迅八は呆気に取られていた。


(こんな光景があるのか? ……人間の上半身は、あんな風に飛んでいくのか?)



「……わかったよ。クロウ、あんたもついてきたんだったら働きな。この子をちゃんと守るんだよ」

「俺様に指図すんじゃねえや鉄拳女。心配しなくてもそのガキは死なねえよ 」


 クーロンとアマレロが、湧き出てくる敵の元に向かう。警備兵の詰所ではなく、館の別棟から武装した騎士達が出てきた。ベドワウ・オズワルドの正式な騎士なのだろう。月明かりに照らされて、その絢爛な武装が鈍い光りを放っている。


 放心した迅八は、目の前に横たわる人間の下半身を眺めていた。

 まだときおり痙攣しているそれは、足首から先だけ不規則に動いていたりする。ちょうど腰の上から真横に分断され、切断面からほかほかとした内臓を辺りに飛び散らせて、定期的に血を噴出させていた。

やがてその血の勢いが収まってくると、痙攣も止まった。


「ちょうどいいな。……ジンパチ、慣れろ」


 クロウはこんな光景は慣れっこなのだろう。その死体にというよりも、自分の服にかかるかもしれない返り血を心配している。


 周りから、怒号よりも悲鳴の割合が多くなってきた頃、館の中からアゼルが出てきた。その身に纏うコートも返り血にまみれている。そして、その手には壺を抱えていた。


「クーロン。俺はこれから全焼させる。クーロンは略奪を」

「はいよ」


 入れ替わるようにクーロンが館の中に入っていくと、アゼルが壺の中身をそこらに撒き始めた。戦いよりもその作業を優先していたのか、足元には幾つもの壺がある。……辺りに立ち込める、むせ返るような嫌な匂い。その光景を見ていた迅八は、アゼルのそばに駆け寄った。


「な、なにしてんだ……。その壺は、まさか」

「全焼させる。作戦で言ってただろ」


 アゼルは淡々と作業を続ける。アマレロはその間も派手な音を立てながら、迫り来る敵を吹き飛ばしていた。その度に散らばる。人間の部品が。


「……ば、ばかやろうっ。この中には普通のメイドさんとかもいたんだぞ。その人たちは関係ない!!」

「関係ない? ……その通りだな。飛び降りれば助かる。骨くらいは折れるだろうが、死にやしないよ。関係ない(・・・・)


 二階建てのその館の高さは、日本の二階建てとは訳が違った。確かに死にはしないかもしれないが、見上げるそこから飛び降りたらただでは済まないだろう。


「死ぬとか死なないじゃないだろ!? お前、何言ってんだよ……」

「本気で言ってるのか? そいつらがシズの事を、今まで何人もいただろう犠牲者達の事を知らなかったとでも思ってるのか? ……めでたい奴だな」


 怪物のように変わっていた妹。……その映像が不意に思い出され、迅八は言葉を失くす。


「……けどまあ、どっちにしてもやるよ。ジン、お前は館に火をつけた事になってるんだろ? もうその噂は変わらないよ」


 そしてアゼルは懐から道具を取り出すと、適当な布に火をつけた。


「なら、やってやろうよ 」






 迅八の体を引き、その場から少し離れると、アゼルはその火を投げ込んだ。……ブォンと風が焼ける音が聞こえると、一瞬で炎はその液体の上を走った。


 まだ全焼には程遠いが、恐らくこれは致命的な出火だ。人力で消せるような物ではない。これからどんどん炎は広がっていくだろう。

 迅八はその光景を驚愕の中で見つめ、横にいる美しい少年を見た。今はフードを被っていない少年は、それでも巻いているストールのせいで顔はよく見えない。


 真っ赤な髪の毛が風に巻かれて嬉しそうに踊っている。その下の緑色の美しい目はうっとり歪められていた。

 声はあげない。それでもその少年は、確かに笑っていた。


 広がっていく炎に照らされてその夜の本番が始まった。




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