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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第三章 ロックボトム スクリーマーズ
34/140

一人

 



 迅八は、この町を統治する貴族——オズワルドの館の前で、ひとり途方に暮れていた。


 ……あの後、体は快復したものの、心が打ちのめされた迅八は、近くの酒場兼宿屋のような店に転がり込んだ。

 そしてクロウの態度に怒りがこみ上げたり、シェリーの首飾りや静の事、様々な混乱の後で冷静になり、ひどく落ち込んだ。


『てめえはなにがしてえんだ?』


 迅八は静を助けに来たのであって、天使と喧嘩をしに来た訳ではない。首飾りの事にしても、選びうる手段の中で最悪のものを選んだ。

そしてなによりも、クロウに叱られて殴りつけられて、単純に少年は落ち込んだのだ。


 なんだかんだと最近はうまくやっていた。

 あの悪魔は面白い所もあり、いざとなれば迅八を助けてくれるし、あんまり迅八は認めたくはないが、頼りになる。

 そんな存在が本気で怒り出したので、『大人』に叱られた子供のような気持ちになっていた。


「……あいつ、怒るとおっかねえのな」


 千年の大悪魔に今更なにを言っているのか。

しかし、裏を返せばクロウという存在は、迅八の中での『悪魔』とは少し違うという事だった。そして『天使』にもその可能性は充分にある。


「……ダメだ。こんな訳のわからねえ世界で、気を引き締めねえと。冷静にならねえと」


 その日は散々な気分で浅く眠り、昼ごろ宿屋で食事を取る時に、『黒髪の転生者』の情報を集めると、すぐに貴族オズワルドの館を教えられた。その時の会話を思い出す。






 ——ベドワウ様はお優しい方だよ。けどね、今はこの町におかしい連中が来てるって噂がある。ご迷惑にならないようにするんだよ


 ——おかしい連中って、なんなの?


 ——『死にかけ(ロックボトム)』って呼ばれてる連中だよ。本当だったら大変な事だ。忌まわしい奴らなんだよ。……ベドワウ様にご迷惑をかけないようにね






 ————————————————






その後、何日か町で情報を集めた。出来るだけその、『ベドワウ・オズワルド』に会わないで情報を集められないかと思ったのだが、結局名前しか分からず、迅八はその貴族の館の前まで来た。


「どうすりゃいいんだ。コレ……」


 目の前には立派な門構えの入り口があり、その先には美しい庭園が広がっている。そして、優に五十メートルは離れた先に豪華な屋敷が建っていた。

日本だったら本当に極一部、ある階級の人間にしか許されないその豪邸の前で、迅八は行ったり来たりしていた。


「どうすりゃいいんだよ。マジで 」


 迅八は自分の欠点を前々から自覚していた。興奮すると周りが全く見えなくなるし、自分の心の抑えが効かない。

 ただ、そんな自分を嫌いになる事はなかった。迅八が本当に許せないのは、自分の大切な者や弱い者が傷付けられる姿だ。そんな場面は見過ごしてはいけないとも考える。


 しかし、先日思い知らされた。この世界では、それがもっと酷い結果になる事がある。そして、そうなった時に、迅八にはどうする事も出来ないのだろう。

考えなくてはならない。どうすれば自分の思いを通しつつ、良い結果に導く事が出来るのか。


(ピンポーン、すいません、転生者に会いたいんですけど。……そんなわけねえ。そんなわけねえだろ……)


 迅八は、貴族など会ったことも、見たこともない。取っ掛かりが掴めなかった。すると、敷地内の詰所から衛兵が出てきて迅八に話しかけた。


「……おい、お前はさっきからなにやってんだ。ベドワウ・オズワルド様に用でもあるのか? 遊ぶんだったらよそに行ってくれよ」


 不審者への尋問というよりも、面倒くさい子供を見る目で衛兵が話し掛ける。衛兵の腕は丸太のように太く、迅八は内心震えあがった。


「いえ、あの、この館にお世話になってるらしい転生者に会いたくて……」


 面倒くさい顔をしていた衛兵の顔つきが変わる。居住まいを正すとその手に持ってる槍が鳴った。


「……お前は何者だ? なぜ転生者に面会を求める」

「いや、俺も転生者で、あの、話を聞きたいっていうか」


 転生者、その言葉を聞き衛兵は言葉遣いを改めた。


「……わかりました。ベドワウ様に伝えます。申し訳ありませんがしばらくお待ち下さい」


 衛兵が館に向かうと、迅八は、ほっと息をついた。

 どうやら取り次いでくれるらしい。なんとか初めの一歩を踏み出せた事に安心するが、また気持ちを引き締める。


(転生者って聞いたら丁寧になったな。やっぱり、この世界では特別な存在なのかな)


 クロウは言っていた。確認だけしろと。そして、迅八の妹である確率は、果てしなく低いと。……確かにそれはそうなのだろう。迅八は過度の期待はしないようにした。

それからしばらくすると、先程の衛兵とは違う女性が館から出てきて、ベドワウが迅八に会うと告げた。






 ————————————————






 ベドワウ・オズワルドの館は、見せ付けるような美しさだった。至る所に並べられた彫刻や絵画がお互いの個性を打ち消しあってさえいた。

 芸術の事はよくわからない迅八が真っ先に気になったのは、『匂い』だった。

 どこかで香が焚かれているのか、その香りは甘くて、重くて、(ただ)れていた。


 通された応接間の巨大な椅子の上で小さくなっていると、その男——ベドワウ・オズワルドは現れた。


「……いやいや、転生者の方をお迎えできるとは嬉しく思いますぞ!! ささ、遠慮なさらずどーうぞどうぞ!!」


 その男は四十にはならない位の、いかにも社交的な男だった。メイドに任せず自分で飲み物と軽いつまみ、酒まで持って部屋に入ってきた。その様子に迅八は呆気に取られてしまった。


「転生者殿はどっちになさいますか? ……いや、これは失礼でしたな。女子供じゃあるまいし、やはりこっちでしょうな」


 そう言って、高価そうな装飾がされたグラスを棚から取り出し、酒をその中にどんどん注いでゆく。


「いやあ、嬉しい、喜ばしい!! まさか転生者殿と酒を頂けるとは……ささ、どうか遠慮なさらず。やってくださいやってください」


 そう言って迅八の手にグラスを押し付けると、手で拍を刻み出した。


「ほーらイッキ! イッキ!!」

「いや、あの、ちょっと……、ええ!?」

「ああ、失礼しました。そうですな。一人では飲みにくいものです。では失礼ながら私も……」


 そう言って自分にも並々と酒を注ぐと、有無を言わさず迅八のグラスと合わせてきた。


「ささ、この出会いに感謝を!!」


 そう言って酒を飲み干すと、ベドワウは迅八の手のグラスをじっっと見つめた。

さすがに迅八も気まずくなってきたので、その酒に口をつけた。……甘い。脳がとろけるような、退廃的な甘さだった。


「おお〜っさすが転生者殿!! 見事な飲みっぷりです。さあさ、もう一杯。つまみもあるのでどうぞどうぞ!!」


 そして、突然の酒宴が始まった。






 ベドワウは面白い男だった。迅八にはどういう地位の貴族なのかは判らなかったが、全く偉ぶる事はなく、嬉しそうに酒を飲んでいる。

そして迅八が口を挟む隙がないほどによく喋った。いつしか迅八の緊張は薄れ、年長者への敬意は忘れないものの、その口調は砕けたものとなっていった。


「へえ……。おじさんはここら辺の領主なんだね。やっぱりそういうの大変なの?」

「いやいや、領主などと言ってもここいらは複雑な土地なので、治めているのはごく一部ですよ」


 南の木や大森林は人間達の権力が不可侵の場所なので、オズワルド領は歪な形をしている。


「それで、この館にいるっていう転生者なんだけど……」

「……ああ。あの子ですか。可哀想にまだ人と会うのを嫌がっているようでしてな。私が保護しています」


 迅八やクロウが起こした『オズワルドの混乱』 。

その後に、その転生者の少女は発見されたのだという。


「どうやら転生したばかりだったようでして、言葉が通じない事に加えてあの大騒ぎでしょう? ひょっとしたら天使と悪魔の争いに巻き込まれたのかもしれませんな。……ひどく怯えて、誰にも心を許さないのです」


 痛ましい顔をしたベドワウの顔を見て、迅八の心も痛んだ。迅八自身はよく覚えていないが、天使相手に大暴れした事はクロウ達から聞いている。


(まさか、そんな事があったなんて……)


 ベドワウは目の前の転生者がその騒ぎの当事者だとは気付いていないようだが、迅八はいたたまれない気持ちになった。


「しかし、段々と明るくなってきたようです。ジン殿はこの館の転生者との面会が希望だそうで……。近い内にそれも叶うでしょう」


 『近いうちにそれも叶う』……やんわりと、今は無理だと言われてしまったが、迅八にはそれ以上何も言えなかった。


「そっか……。その転生者の名前もわからないのかな? 例えば、シズカとか……」

「違う言葉なのでよくわからないのですが、……ユカ? ユウカ? そのような名前みたいですな」


 その言葉を聞いた迅八は、自分の妹ではないと知り、喜んでいいのか悲しんでいいのか、複雑な心境だった。


「……話は変わりますが、ジン殿はどこに所属する転生者なのですかな? 冒険者ですか? 商人ですか? ……もしや、教会でしょうか?」

「所属ってなんだい?」

「自分の身分を保証するギルドというか、そんなものです。……いや、となると無所属ですかジン殿は。ほう……」


 そう言うと、べドワウは嬉しそうに目を細め、迅八の酒に酒を注いできた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 酒宴は長々と続き、迅八はそのまま夕食に招かれた。

 豪華な食事に舌鼓を打ちながら、迅八とベドワウは色んな事を話した。その会話の中で、迅八は宿屋で聞いたロックボトムという集団の話題を振ってみた。


「……『死にかけ(ロックボトム)』ですか? 危険な奴らです。行く先々で様々な問題を起こしてるんですよ。罪のない者たちを今まで何人も手にかけている。……それなのに、天使達は奴らの事を本気になって探してはいないようだ。全く許せない事ですよ 」


 その口調から、ロックボトムという連中はもとより、天使達に対してもベドワウは不信感を持っているようだった。

 出された甘い酒は、酒が得意ではないはずの迅八も、なぜか次々と飲みたくなる不思議なクセをもっていた。次第に頭が重くなってきてうつらうつらとし始めた迅八に、ベドワウは部屋を用意した。


「……今日は泊まっていくといいでしょう。明日になったら宿まで送らせましょう」


その言葉で、楽しい夕食は締められた。






————————————————






 ……気が付いた迅八は、自分が豪華なベッドで寝ていた事を知った。不思議な程に頭はスッキリとしていた。アルコールの残りは全く感じない。


「これも、俺の回復能力の効果なのかな……」


 先程までの楽しい気持ちを思い出して、少しだけ残念な気分になった。しかし、アルコールは感じないが、食べたり飲んだりしたものはしっかりと腹に収まっている。


「う〜、漏れちゃうよ。トイレどこだろ」


 ぶるりと体を震わせて尿意を我慢すると、迅八はランタンを持ちその部屋から廊下に出た。




 ……いつの間にか、外では強い雨が降り出していたようだった。

 家人(かじん)達を起こさないように、静かに進んでいた迅八の足音は、激しい雨の音にかき消される。

突然の稲光に廊下が明るく照らされると、そこに並べられた数多くの彫刻が浮かびあがった。


 それは、全て女性の胸像のようなものだった。

綺麗に胸までというわけではなく、股間まであったり、肘まではついていたり、それらがほんの僅かな空間を挟んでみっちりと並べられている。

その威容は空を走る雷光に照らされて、しばし迅八の目を奪った。


「けど、なんか……」


 ——気持ち悪いな。迅八はそう思った。


 彫刻というのは普通、美しい。

並べられた胸像の中にはそんな物もあるのだが、そうではない物が目立った。


 たるんだ腹の線や、目の下の深いシワ、ほつれてしまった髪の毛など、そういう部分の造形に力が注がれている彫刻は、天上の美を体現しよういうよりも生身の女を感じさせた。……そして、迅八には芸術を評するだけの眼力はなかったので、ただそれは薄気味悪く思えた。


 真夜中、一人だけの博覧会を静かに進む迅八の前で、『展示物』は急にその内容を変えた。


「……これは、」


 それは、台座に無造作に乗っけられた手や足だった。特に飾られてはいない。本当に無造作に置かれている。

 それらを一つ一つ眺めている内に、ある一本の腕に目を引かれた。その肘から先の腕……前腕部には生々しい傷跡があった。さっきまで見ていた胸像の中に、肘まで傷跡が続いている物があったはずだ。


「元々は、全身の彫刻なのか? ……けど、なんでわざわざ」


 そして道は途切れた。突き当たりまで来てしまったのだ。

トイレを探していた迅八がそれを思い出して引き返そうとすると、視界の端にそれ(・・)が見えた。


「……階段?」


 確かにそんな物はなかったはずだ。

 試しに少し引き返してから振り返って見ると、廊下の突き当たりにある曲がり角と階段は視界から消えた。


 内装をうまく使い、目の錯覚を利用しているのだろう。突き当たりまで行かないと、その階段は見えないようになっている。


「…………………………」


 あの人の良さそうな貴族はよっぽど芸術が好きらしい。そんな、なんでもない事のように迅八は自分に言い聞かせる。


 ゴクリと一度唾を飲み込むと、迅八はその階段を下り始めた。




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