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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第三章 ロックボトム スクリーマーズ
31/140

首飾り

 



 南の大森林——亜人国家を迅八とクロウが後にして数日後。二人はオズワルドの近辺まで来ていた。



 大森林に根付いていた因習を断ち切り、国家成立の立役者となった二人は、迅八の妹である(しずか)かもしれない転生者の情報を知ったからだ。

 結魂の消去は出来なかったが、亜人の結魂師——スーローンの手により、その効力を弱める事は出来た。


 二人はなんらかの戦いに巻き込まれるかもしれない、あるいは、巻き起こす(・・・・・)かもしれないその町を、丘の上から睥睨(へいげい)していた。






「……ちくしょう。遠回りになっちまってたなんて。あそこに静が…… 」

「おいジンパチ、それは言い出したらキリがねえ事だ。つまらねえ事を言うんじゃねえ」


 迅八にもそれは分かっていた。あの時は、それ以外に選択肢は見えなかった。

 それに、『遠回り』という言葉を使うのは、亜人の里で経験した事を否定するようなものだ。もしもフィレット達が今の迅八の発言を聞いたなら、ひどく傷付き、悲しんだ事だろう。

遅まきながらそれに気付いた迅八は、自分の心がひどく乱れているのに気付いた。


「……ああそうだな。ごめん、その通りだ」


 迅八は、心の中でフィレット達にも謝罪するとオズワルドに向け歩き出す。


「おいおい待て待て。てめえはどこに行くつもりなんだ。本物の抜け作か!?」


『クロード』が迅八の腕を引く。そして落ちかかっている太陽を見て言った。


「……もう夜になる。情報を集めてえのに人がいねえ時間に行ってどうするんだ。それだったらあっち(・・・)に行くのが先だろうが」


 そう言ってオズワルド近郊の林を指差した。そこにはシェリー達が住む家がある。


「今日はあそこでメシだ。ついでになにか変わった事がなかったか聞き出す。解ったか? この抜け作が」

「けど、静がもしかしたら……」

うるせえ(・・・・)っ!!いいから行くぞ!!」


 クロウが迅八の後ろ襟を掴み、シェリー達の家へと向かう。ボソボソと言っている迅八に、クロウは深く溜息を吐いた。


(やはりこれ(・・)がこのガキにとっての鬼門だな。……面倒は、避けられねえか)


 それを痛感したクロウは、迅八の手を引きながら、人間形態の整った顔を渋面にして、林に向かい歩き出した。






 ————————————————






 久しぶりに見るシェリー達の家は、どこかが前とは変わっていた。

質素ではあったが暖かい(たたず)まいのその家は、今はどことなく寂れた印象で二人を迎えた。

 ドアに向かいノックをしようとした迅八は、その隣の窓が割れている事に気が付いた。


(そういや、ガラスってのはいつの時代の技術なんだろうな……。これも転生者の知識なのかな……)


 そんな考えをちらりと浮かべ、迅八はその家のドアを叩いた。


「ルシオさん、いるかい? ロザーヌさん……シェリー?」


 返事はない。クロウの方を見ると黙って腕を組んでいた。すると、少しの時間を置いて中から物音が聞こえ、間も無くドアが開いた。


「おかえりなさいジン。クロウ様も」


 満面の笑みでロザーヌが二人を迎えてくれた。その腰にはシェリーがくっついている。しかし、シェリーにはどことなく元気がない。


「ああ、ただいま! ……ルシオさんは仕事かな?」


おかえりなさい。その言葉に。

迅八の心は暖かいもので包まれた。いつか、亜人の国に戻った時には、彼等も同じ言葉で自分達を迎えてくれるのだろうか。


「ええ、もうすぐ帰ってくると思うわ。……ほらシェリー、クロウ様もいるんだからご挨拶しなさい」

「……ジンにいちゃん、おかえりなさい」


 やはり元気がないシェリーは、それだけ言うとロザーヌの腰にしがみついた。


「……ん。なんだチビ。ジンパチ(おまけ)に挨拶しておいてこの俺様を無視するとはいい度胸じゃねえか。どういうつもりだコラ。あん?」


 そう言ったクロウが腰をかがめ、シェリーと同じ目線で悪態をつく。すると、シェリーの目にジワリと涙が浮かび、静かに、ぽろぽろと涙をこぼした。



 ——んひ、んひいいん。んひいいいいいん



 その様子を見て怪訝(けげん)な顔をするクロウに、横にいる迅八は静かに語りかけた。


「……てめえ。俺の見てる前で、こんな小さな女の子を泣かすのか? 自殺願望でもあんのか? ……まさかここまでのクズだったとはな」


 そう言って、迅八は静かに『迅九郎』を鞘から抜き払った。


「おい、ちょ、待て待て待て待て!! お、俺はカンケーねえだろ!! 勝手にそのチビが……」

「うるせえよお前。もういいよ、喋るな……」


 その髪の毛はざわめき始めている。


「れ、冷静になりやがれ!! お前、本気だろっ。忘れてんのかこのノータリンが!! 俺とお前は結魂で……」

「安心しろよ。お前言ってたじゃねえか。俺はゴキブリ並にしぶてえんだ。死にゃしねえだろ」


 そう言って、迅八は真っ直ぐに、クロウの瞳を見すえた。……その目は昏い色をしていた。



(な……、知ってる。俺は知ってる。この時のコイツは、本気だ。本気でやる目だ!)



 反射的に、クロウはその場から後ろに跳ぶ。

ざぎんっ!! 鋼がきらめく音の後、迅九郎は地面に突き刺さっていた。


「う、うおおおおおおおっ!? や、やめろ、やめねえか!! ……ロザーーーーーーヌ!! なんでそのチビは泣いてやがるんだ!! 早くルシオ呼んで来い!!」

「……ルシオさんは関係ねえだろ。おい、早くシェリーに謝るんだ。……頼むよクロウ。早く、謝ってくれよ……」


 そう言うと迅八の身体がブルブルと震え出した。何かの衝動を抑え込むように。


(……あ、あっっぶねええええええ!! ……なんだコイツは、こんなヤツが社会に紛れ込んでるのか!? コイツの元いた世界は、大丈夫なのか!?)



 そこに、仕事から帰ってきたのだろうルシオが二人の間に割って入った。


「ただいまー……うおっ!? な、なにしてんだお前ら!? ジ、ジン。なにがあったのかは知らないが、と、とにかく落ち着くんだ! な? な!?」

「ああ、ルシオさん。……ごめんよ、シェリーの目を塞いでやってくれよ。見せない方がいい」

「だ、だからやめろテエメエエエエッ!! …俺様を本気にさせてえのかああっ!!」


ロザーヌは叫ぶ。


「や、やめてっ!! 二人とも、家を壊さないでえええっ!!」






 ————————————————






「そっか……そんな事があったのか」


 迅八とクロウ、そしてルシオは三人でテーブルを囲み、オズワルドから離れていた間の事を聞いていた。ロザーヌとシェリーは台所で何かしている。

 迅八は、ルシオとの話の途中で、クロウから貰った首飾りをシェリーが失くしてしまったと聞いた。


「なるほどなあ。申し訳なくって、顔も見れなかったって事か。……おいクロウ。気にするなって言ってやれよ」

「……おうコラクソガキ。その前におめえから俺様に言う事はねえのか? このまま流して許されると思ってやがんのか?」

「あ? ……ああ、気にするなよ。ほら、お前もシェリーに言ってやれよ」

「てめえ本気でぶっっ殺されてえのか!! 俺様が悪魔だからってそんな事が許されると思ってやがんのか!? ……本当にてめえは人間なのか!?」


 あー、わり〜わり〜などと軽く言う迅八に対し、千年の大悪魔は本気で憤っていた。

 シェリーは大人しくロザーヌの手伝いをしている。食卓には次第に旨そうな匂いが漂ってきた。


「今日はルシオが珍しいお肉を取ってきたから。……さあ、二人ともいっぱい食べてね」


 ロザーヌが大きな鍋に並々と満たされたシチューのような物を運んでくると、シェリーがその横にパン(かご)を置いた。そして、クロウの事は見ようとしないまま、迅八の膝の上にちょこんと座った。


「お……今日は俺と一緒にメシ食うか。あの大悪魔は女の子に優しく出来ないクズだからな。なるべく早めに離れた方がいいよ」

「おう小僧。俺様もいつまでも大人じゃねえぞコラ……」


 千才ほど歳上の大悪魔は、そろそろ我慢の限界を迎えようとしていた。ビキビキと音を立てそうなそのコメカミを見て、ルシオが大げさに、なごやかな声を出す。


「さて、久しぶりに二人が来てくれたんだ。食おう食おう。クロードさんには旨い酒もあるから。ほらっ」


 舌打ちしながらも酒を注がれるクロウに、ルシオとロザーヌはほっと胸を撫で下ろし、夕食は始まった。




 ・・・・・・・・・・・・・・・




 久しぶりに食べたロザーヌの食事は美味しかった。

 亜人の里で食べた食事もうまかったが、迅八にとって、この世界で初めて食べたロザーヌの食事は『おふくろの味』のように味覚に刷り込まれてしまっている。



「……ん。おうチビ。あんな首飾り失くしたからって落ち込んでやがんのか? あんなもんいくらでもやるわ。ほれ 」


 そう言うとクロウは懐から別の首飾りを出す。しかしシェリーはそれには手を伸ばさず、唇を突き出して泣きそうな顔をしていた。

それを見ていた迅八が言う。


「全く……。お前は女心がわかんねえヤツだなあ。あの首飾りがいいんだろ」

「おいおい、まさかこの超・俺様がこんなガキに『女心』に対する文句を言われようとはな……。そういやおめえ、結局あの子豚は頂いたのか?」

「……いや、けどなんか鼻にキスされたな 」

「ほほう。やるじゃねえかガキのくせしやがって。いいか、オークにとって鼻へのキスってのはよ……」



——え、ほんと? それほんとに?

——ほーんとーだあああ



話し出した二人を尻目に、シェリーは迅八の膝から降りると奥の部屋に行ってしまった。


「あ、シェリー……」

「ジン、放っておけ。別に怒ってる訳じゃないんだ。明日になればまた変わるかもしれないしな。しかしな、シェリーも女の子なんだな」


 そう言ってルシオが苦笑すると、そこに食後のお茶を持ってロザーヌがやってきた。


「そうよ。あんまり構ってあげてもヘソ曲げちゃうしね。……それよりも聞かせなさいよ。そのオークの女の子の話」


 ロザーヌは弟のように思っている迅八に女の影が見えたのが面白いらしく、フィレットの話をしつこくせがむ。

 結局ろ迅八はクロウと共に、亜人の国の話、主にフィレットの事を語る羽目になった。

その話を聞き終えたルシオは言った。


「……大森林に亜人の国が出来たのは町でも噂になってるぞ。すぐに大陸中に伝わるだろうなあ」

「うええ、ついこの間の事なのに? なんでもう町のみんなが知ってるんだろ」


 クロウは言う。


「そりゃそうだろ。なんの為にわざわざオズワルドから人族の旅芸人達を呼んだと思ってやがんだ。噂を広める為じゃねえか」


 旅芸人達には独自の情報網がある。

そこに、自分の流したい情報を乗っける事で、それを世界に広めてもらうのだ。


「へえ〜、色々考えてんだなスーローン(おばさん)も。……ところでさ、そういや平気なの? 天使がその事を許すのか?」


 亜人国家は、千年の大悪魔 クロウを(いただ)いた。それは、天使達からすれば気に入らない事ではないのか。


「……ああ。そういや詳しく話してねえな。そいつらに教えてもらえや」


 クロウはそう言い、その話からは興味をなくした。

ルシオが酒によりほんのり赤くなった顔で、クロウの説明を引き継ぐ。


「それに関して天使から文句は出ないよ。そんな国、いくらでもあるからな」

「悪魔に後ろ盾になって貰ってる国が?」

「ああ。天使達の協会だって設置されたりするそうだよ。逆に天使と反目する国もあるし。ただ、天使対悪魔……とかそういう事じゃないんだ。本当にそれぞれなんだよ。それが『決まり』だからな 」



『決まり』。何度も出てくるその言葉の意味を、迅八はやっと説明される。

 この世界には幾つも『決まり(ルール)』がある。迅八に最も関係深いものでは、『転生者はなるべく(・・・・)保護する』というものがある。


「……初めはそれもあったから俺様もてめえの面倒をみてやった。恩知らずなクソガキは、恩を仇で返しやがったがな!」


 クロウが頬杖をつきながらロザーヌの胸にちょっかい出すが、ロザーヌはそれを巧みにさばいていた。

苦笑しながらそれを見るルシオが言う。


「ジン。天使達は人類の保護者なんて言われてるよ。ただ、それはあくまで天使達の『決まり』の範囲内でだけだ。人間の(がわ)に立つ事が多いってだけで、味方じゃないんだ」

「私たちもこの間の事がなかったらピンとこなかったけど……。それが、ああいう事(・・・・・)なんでしょうね」


ロザーヌはぶるりとその身を震わせた。漆黒の天使(カザリア)の、『にじり寄る闇(デスティアスケイル)』に包まれた時の事を思い出したのだろう。



クロウは鼻を鳴らし言った。


「ふん。奴等の『決まり』は、繁栄を助ける事だ。……例えば、なんの意味もねえ虐殺なんかは全力で止めるだろうが、どちらかに利益がある戦争なんざ見て見ぬ振りよ。……中にはそんなのにも首を突っ込みやがる変わった天使もいたがな」


 そう言って、クロウはどこか遠い目をした。

千年の大悪魔がそんな表情を見せるのは初めてで、迅八は興味を引かれた。


「変わった天使ってなに?」

「……う〜るせえ。昔の話だ。そんな事よりも『決まり』についてもっと教えてもらえ」


 そう言うと、クロウは今度こそ本当に興味を失くし、再び酒を飲みはじめた。






 この世界の『決まり』。

それはそれぞれの種族や、場合によっては個人が生まれながらに知っているルールだ。

 常識とは少し違う。知らず知らずの内に環境から学ぶものではなく、生まれた時には知っている(・・・・・)のだという。


 迅八には知る(よし)もないが、クロウにも『決まり』はある。

 クロウは、『魂喰らい』を滅多に使わない。千年を生き抜いたクロウがいまさら欲しがる能力などほとんどない……という事もあるが、魂喰らいのもう一つの側面——魂を消失(ロスト)させる効果は本当に使わない。


 迅八に使用したのは、結魂に巻き込まれそうになって時間がなかったのと、混乱の為だ。

では、なぜ使わないのか。


 あるいは、『決まり』を破り、『魂喰らい』を使用してもなんのペナルティもないのか。それは後にルシオ達から教えられる。


 この世界の大きな決まりは三つ。

名付けの決まり。

生物は、繁栄する事。

そして、転生者を保護する事。


 その他はそれぞれが、みんな違う決まりを生まれた時から知っている(・・・・・)






「……ルシオさん達にも、その『決まり』があるのかい? それって、破ったらどうなるの?」

「いや、人間に変わった決まりはないよ。繁栄するなんて、漠然(ばくぜん)としてるしな。……南の木に近付きすぎるのは気が進まないくらいだ」

「へえ……。で、破ったらどうなんの?」

「だからどうもならんよ。決まりを破るのは『気が進まない』って事くらいだ。やりたくないんだよ。……気が進まない事はよっぽどの事がなくちゃやらないしなあ」


 その言葉を聞いた迅八は、ぽかんと口を開けた。


「え、なにそれ。そんな決まり、なんの意味があんの?」

「なんの意味があるんだろうな。生まれた時から知ってた事だから、俺達にもよくわからんなあ……」


 そもそも、生まれた時から知っている……というルシオの言葉が、迅八にはピンとこなかった。


「なんだろそれ。……神様の声、みたいなもんなのかな?」

「う〜ん……。ジンにとってその言葉が一番伝わりやすいのなら、そう言っていいかもしれないな。俺達この世界の生き物は、みんな生まれた時には誰かに言われてるんだ。決まりをな」



(『誰か』って、なんだ? ……誰か(・・)なら、決まりの意味が分かるのか?)



考え出した迅八を見て、ロザーヌが補足した。


「……クロウ様みたいな悪魔族は、決まりに縛られる気持ちが薄いらしいわ。逆に、天使は決まりを守ろうとする気持ちが強いみたいね」


 ロザーヌの言葉を受けた迅八は、頭をひねった。

元々、あまり物事を考えないで突っ走る迅八は、その事もいずれ理解出来るだろうと、追求を放棄した。


「……なるほどね。よくわかんねえって事が分かったよ。ありがとな二人とも」


 そう言うと、迅八はシェリーが引っ込んでしまった奥の部屋に向かおうとした。

それを見たクロウが呆れながら言った。


「ほ〜らな? だから俺様はこの阿呆に色々と説明すんのがイヤなんだよ。この短気なガキは、結局投げ出すんだ」

「う〜ん、だってさ。やっぱり違う世界の決まりはわかんねえよ。結魂だって自分で経験してなきゃ理解なんか出来なかったし。……俺はシェリーと一緒に寝るから、あんま夜更かしすんなよクロウ 」


 そう言って背中を向ける少年に、クロウは追い払うように手を振って応える。……迅八は、居間を後にした。






「……シェリー。寝てるのかい?」


 二つあるベッドの一つで、小さな影が横になっていた。

このままだとベッドの数が足りないが、どうせクロウとルシオは朝まで飲み続けるのだろう。迅八は気にしない事にして、シェリーの寝るベッドに潜り込んだ。


 シェリーは寝ていなかった。迅八がベッドに横になると、小さな体できゅっと迅八にしがみつく。

子供特有の高い体温が、迅八に幼い頃の(しずか)を思い出させた。


「おいおい、また泣いてたのか? ……けどさ、好きで失くしたんじゃないだろ? クロウだって怒ってないから気にしないでいいんだよ」


 迅八は左腕でシェリーを抱えてやり、右手で優しくシェリーの頭を撫でた。……シェリーからは太陽と(ほこり)の匂いがする。


「ちがうの。なくしたんじゃないの。とられたの」

「……とられた?」


一瞬で、迅八の心の中に冷たい感情が溢れてくる。

しかし、シェリーを怯えさせる事が判っていたので、迅八は自制した。


「だれに、取られたんだ?」

「教会のね、天使の女のひとに、とられちゃったの」


 天使の女の人。

それを聞き、迅八の頭の中で一人の顔が像を結ぶ。……白銀の女天使(アグリア)


「……くろちゃんがね、せっかくくれたのに」


 んひいいいいん、んひいいいいん……






 迅八の胸の中で泣いている少女からは見えない。

迅八の髪の毛が、うねり、逆立ち、その目が昏い色に沈んでいるのが。


「……そっか。けど、大丈夫だ。もう大丈夫だよシェリー。明日には首飾りは返してもらえるよ。……兄ちゃんとの約束だ。俺の事、信じられないかい?」


 そう言って、迅八はシェリーの頭を優しく撫でる。その言葉を聞いたシェリーは、首を横に振った。


「ジンにいちゃんのことは信じてるけど、教会とかかわる(・・・・)のは、ふたりのめいわくになるから、しんぱいかけないほうがいいの……」


 その言葉を聞いて、迅八の体が一度、大きく震えた。

 ルシオもロザーヌも、迅八達の前ではそんな事を言わなかった。迅八とクロウに余計な事を知らせたくなかったのだろう。腕の中の小さな少女も。


 迅八の体の震えを感じ取り、シェリーが迅八の顔を見ようとすると、その頭を撫でていた手が優しくそれを止めた。


「ジンにいちゃん……?」

「……そうか。シェリー、もう寝よう。明日になったら林で遊ぼう。やる事もあるから、そんなに長くは遊べないかもしれないけど。……そうだ、知ってるかい? 亜人の子守唄だ。豚人(オーク)のお姉ちゃんに教えてもらったんだよ」




 ……ラララ……ララ……




 優しく頭を撫で続ける手と、その歌の優しいリズムで、シェリーはいつしか眠りに落ちた。その寝顔は乾いた鼻水と涙の跡でぐしゃぐしゃになっていた。


 いつの間にか、優しい子守唄は止まっていた。少女の小さな頭を撫でる手も。

 ……そして、少年の体に静かに青い燐光は明滅しだした。




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