表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第一章 迅八とクロウ
3/140

物語の始まり

 



 なにかが、体の中を通り抜けた。

そのなにか(・・・)は、迅八の体の中をまさぐったあと、一瞬で消え去った。


「……まず、落ち着け。体はなんともないだろう」


 化け物が喋りだし、迅八はとっさにナイフを構えた。


「……ほう。そのちっぽけな剣でなにをするつもりだ? 我と戦うつもりなのか? 先ほどの行為でなれに危害を加えてはいないはずだが」


——がふんっ

濡れた鼻から息を吐き出す狐の化け物。人間の言葉を喋るそいつは、厄介者を見る目つきで迅八を見た。


「言葉がわかるようにしてやったのが迷惑だったと言うか? ならば汝には我に挑む資格がある。その剣を使うか?」


 そこではじめて迅八は色々な異常に気付いた。

まず、なぜか化け物の言葉がわかる。そして、かじられた頭はなんともない。

頭が混乱している迅八に構わず、化け物は続けた。


「挑む意思がないのならその不快な剣を下ろせ。そしてもうひとつのそまつな剣(・・・・・)もしまうがいい。それを見るのも不快だ」


 そこで、迅八は自分が裸だったのを思い出した。





 ———————————————————





 迅八はその後、化け物がどこからか取り出した服を着て、壁にもたれかかっていた。


 不用心とは思ったのだが、頭が割れてしまいそうな程に色んな疑問が渦巻いていたので、へたり込むようにしていた。

化け物がどこからか取り出した服の事も、問いただす事はしなかった。


「……転生者?」

「おそらく……というよりも、汝は確実にそうだろう。言葉がわからない。そのちっぽけな剣を我に向ける。どちらも考えられん。……この場所にいることもな」


 化け物が言うには迅八は《転生者》と呼ばれる存在で、この世界の住人ではないらしい。どこかからこの地に呼び寄せられたと言う。


 化け物は少しだけ会話をした後、無言のまま、ちょこんと座っている。特に話しかけてはこない。



(……夢か?)



 一番現実的な答えだった。

 聞きたい事は山程あるが、この世界が夢ではないと、迅八の中で確定してからでないと意味がない。

 迅八は、明晰(めいせき)夢を比較的自由に見ることが出来た。夢を夢だと自分で認識し、自分の考えで行動できる夢。

 この現状も、それではないのか?しかし、判断は出来るはずもない。


 次に考えたのが、死後の世界、という事だった。

 迅八の記憶は曖昧(あいまい)だが、全く思い出せないのは『最後の方』に関してだけだった。

それ以外の事は、思い出せるのだ。濁った水のような毎日も、殺してやりたい奴の顔も、可愛い妹の顔も。


 ただ、何故なのか。

自分は死んだはずだ(・・・・・・・・・)、という思いが頭の中にある。

けれど、『最後の方』の記憶は思い出せないので、正直、迅八にはよくわからなかった。正しい思考の方向性すらわからなかった。



「……考え事は終わったか」


 化け物はそう言った。どうやら迅八の混乱を察して、黙っていてくれたらしい。

 迅八は頷くと、化け物にまず礼をした。


「……服をありがとう。それと言葉も。これはあんたがわかるようにしてくれたのか?」

「そうだ。ただ、どうやってやったのかという質問には答えん。お前はこの世界の言葉がわかるようになった。それで充分だろう。服の事もだ」

「なんで答えられないのかを聞いてもいいかい?」

「面倒だからだ」


 化け物は即答した。


「我の持つ能力でやった、と思っておけばいい。我は汝の世界を知らん。汝もおなじだ。

……我と汝の世界では、その知識も常識も違うのだろう。汝の世界の手近な技術を我に理解させる事が出来るか? 出来ても面倒だろう」

「……わかった。とりあえず今はそう思っておくよ。話は変わるけど、この場所は何処なんだ?」

「南の木だ。南の木の森ともいうな。常夜とこよとも」

「……常夜?」


 質問を続けようとする迅八を化け物は右手で遮り、迅八の背後の『壁』を指差した。


「まあ待て。その前にここを動くぞ。どうにも、そいつ(・・・)に近付きすぎると落ち着かぬ」


 その背後の『壁』はとても巨大に見えた。

 そもそも、なんでこんな森の中に巨大な壁があるのか。


「ついてこい。そうすれば分かる事もあるだろう」


化け物はそう言った。




 ————————————————




 迅八が化け物と歩き始めてから一時間ほどが経った。

化け物は迅八の質問に対してぽつりぽつりと答える以外は、とても静かだった。


 ときおり、身を切るような鋭い枝を折り、深い(やぶ)を避けて先導する。おそらく迅八の為にしているのだろう。

 迅八の先を歩いている、狐と人間の中間のような化け物。その大きな背中につい言葉は出た。


「……なんかよくわかんねえけど、初めに会ったのがこいつでラッキーだったのかな」

「なんだ?」

「いや、なんでもない」


 歩き始めてから二時間以上。それも当然正確には判らない。そんなものだろう、という予測だ。

 辺りはなぜか見渡せるものの、夜の森など歩いた事もない迅八は、すでに疲れきっていた。

 更にどれほど歩き続けたか、迅八が気が付くと、辺りは明るくなってた。どうやら朝になったらしい。


「ジンパチ。森をぬけるぞ」


 森の切れ目が見えると、右手に握ったままのナイフに力がこもる。

 思わず走り出していた迅八は、化け物を追い越して森から抜け出る。そして、柔らかそうな草むらの中に倒れこんだ。


「あーーっ、つかれた……」

「あれが町だ」


 森は小高い丘の上にあり、見下ろせばさほど離れていない場所に町が見えた。

 それでも歩けばそこそこの時間がかかるのだろうが、目的地が目に見える。それだけで迅八には充分だった。

 化け物に礼を言おうと振り返ると、迅八はまた絶句した。数時間前に自分がもたれかかっていた『壁』。それがなんだったのかやっと分かったからだ。


「スカイタワーどころじゃねえ…」


 そのあまりにも大きな、木と呼んでいいのかも分からないもの。それが今まで歩いてきた森の真ん中からそびえ立っている。


 化け物は幾つかの質問に、そのうち判ると答えた。


 ……なんでこんな森の中に壁があるんだ? 常夜ってなんだ?


 あれは壁ではなく、木だった。

 さっきまで夜だったわけではない。あのあまりにも巨大な木の、木陰(こかげ)を歩いていただけなのだ。見上げてみれば、太陽はすでに中天を越している。


(だから、常夜の森なのか……)


 迅八は、自分の中の選択肢の一つを消した。

 ここは元いた世界では、確実にない。

 死後の世界か夢か、それとも異なる現実世界か。

そこまではまだ分からないが、喋る動物も奇妙な草花も、迅八が見たことないものは溢れていたが、この巨大な木はそれらとはケタが違う。


 道すがら化け物に聞いたところによると、遠くに見える町の中には迅八のような『転生者』が集まるギルドがあると言う。

とにかく転生者ギルドに行く。迅八はそう決めた。話はそこから始まるのだろう。



「……なんだか頭の中はめちゃくちゃだけど、あんたがいなかったら俺はやばい事になってた。それだけは理解できたよ。ありがとう」

「よい」

「あそこに転生者ギルドがあるんだよな?」

「そのようなものはあるはずだ」


 この化け物のはっきりしない言い回しにも、迅八は慣れてきた。どうせ町に行けば分かるのだろうし、迅八は必要以上には気にしなかった。


「本当に世話になったよ。ありがとう。えーっと……、不便だな。名前がないのは」

「今までそのように感じた事はない。それではな。ジンパチよ」


 そして立ち去ろうとする化け物を迅八は見た。


 そのたくましい腕。日の光に照らされ、きらきらと輝いている金色の毛。

 太陽の下で見た化け物は、『化け物』と呼ぶのは失礼に当たるほど神々(こうごう)しかった。


(森の神獣か……)


 そしてその後ろ姿に、迅八は声を掛けた。


「……なあ、あんたの事クロウって呼んでいいかな?」


 ピタリと。

立ち去ろうとしていた化け物の体が止まった。






 そのたくましい腕に生える、五本の鋭い爪。それは恐らく、どんなものでも切り裂く無敵の武器なのだろう。

 この世界ではじめて感じた友情に、迅八は名前を付けた。クローと。


「じゃあなクロウ、本当にありがとう。……また会えるといいな」



 先ほど、寺田てらだ 迅八じんぱちは考えた。

 まずは転生者ギルドに行こう。そこから話は始まるのだろう。おそらく、本当ならそうだった。

 しかし、迅八は言ってしまった。自分の運命を変える一言を。その短い一言が、一足先に物語を始めてしまう。



「……待あてェ、小僧ォオ……」


 先程までと違う口調が迅八の後ろから聞こえた。

 

「死ね 」


 迅八が振り返る間もなく、その意識は闇に落ちた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ