宴の夜に
千年の大悪魔がやらかします。
ご注意下さい。
その後、祭りは無礼講へと変わり、それぞれの種族が思い思いに飲み、語り、時には喧嘩しながらその夜を祝った。
……エルフとミノタウロスが肩を組み、酒を酌み交わす。
ゴブリンがワーキャットにじゃれつき、それを面倒くさそうにワーキャットははねのける。
長い三つ又の槍を抱え、静かに酒を飲む蜥蜴人の偉丈夫に、オークの女が熱のこもった視線を送る。
そして、迅八はロドに肩を抱かれ、むりやり酒を飲まされていた。
「さあ飲め、今日はいい日だ!! ……生きてきて、こんなにめでたい日は初めてだ!!」
普段そこまで感情のままに振舞わないロドが、上機嫌に笑いながら迅八の口に酒瓶を突っ込んだ。
「ん、ぐ、ぐぐぐぐぐ……ぶはあっ!! ……ちょっと、ロドさん、勘弁してよっ」
元々酒を飲む習慣のない迅八は、とてもではないがロドのペースにはついていけない。すると、ロドの瞳に怪しげな光が宿り始めた。
「貴様……。兄の酒が飲めんのか? いや、ジンはクロウと五分の結魂を交わしているのだから、俺からすれば叔父貴に当たるのか?」
まるでヤクザの盃のような考えで思案するロドに、迅八はむせながら問いかけた。
「そんな、よくわかんないけど、なんでロドさんが俺の兄貴になるんだよ?」
「な……お前、フィレットを娶るんじゃないのか? だったらお前は俺の弟になるわけだろう!?」
「い、いつの間にそんな話になってんだよっ、娶らないよ! ……俺の事を何歳だと思ってんの、そんなのまだ早いって!」
「んなあっ!? ……お前、自分で言ってたじゃないか。『俺は花嫁泥棒だ。君を攫いにきた、キリッ』って!!」
『新国王』とよくわからない少年が何か揉めだしたので、興味を持った亜人達が集まってきた。
周りでは女達の歓声があがる。男達はぼそぼそとなにかを囁きあっている。
——あの冴えない子供はよくそんな事を言えたもんだな
——いや、わかるよ俺は。なんかそういう年頃ってあったよ
——けどなあ、兄貴の前でなあ。いやはや……
迅八は聞き耳をたてる周りの連中に必死で否定したが、それをロドは許さなかった。
「いや、言っただろ!? 確実に言ったはずだぞ!!」
言った。確かに迅八は言った。
なんならもっと恥ずかしい事を言っていた。
迅八は精神のタガが外れると、思った事を口に出す悪癖がある。それで色んな人間に誤解されるのだ。誤解ではないかもしれないが。
「……記憶に、ございません」
その言葉を聞いたロドが、ゆらりと立ち上がった。……その手には愛用の斧が、ついさっき、『弱い者の為にしか使わない』と宣言していた斧が、血を求めて光っていた。
「ふう、酔いが回りすぎているようだ。……ジン、もう一度だけ聞くぞ? 言ったよな?」
「……はい。言いました 」
するとロドは斧を放り投げ、嬉しそうに迅八の肩を抱き寄せた。
「全く、人が悪いぞ弟よ!! さあ飲め飲め!」
「あの、お兄さん、実はですね…」
……ん〜?
これ以上にない上機嫌のロドが、酒を飲みながら迅八を促す。
「フィレットさんの事なんですが、あの、可愛いなとは思っています。当然です。……けどですね、夫婦とか、そういうのはまだちょっと違うんじゃないかなあ……と、思ったり思わなかったりするんですが」
「ハッキリ言え」
「……はい?」
「思ったり、思わなかったりしてるんだろ? ハッキリ言え。……な? 弟」
迅八は、小便を漏らす直前だった。
……間違いない。今ここは、言葉一つで命を失いかねない鉄火場だ。色んな騒動はあったが、迅八は良かれと思い行動し、幸い上手い方向に事態は決着したはずだ。
なんでこんな事になったのか、迅八には理解出来なかった。
(こ、こえええええっっ!! 俺、こんな人の事殴ったのかよ……!!)
怒りで我を忘れていたとは言え、迅八は自分の行動が信じられなかった。目の前の豚人を今殴れと言われたら、一千万貰えるとしても断る自信があった。
「おい、弟。……な?」
ロドの顔は柔らかな微笑で作られていたが、その目は完璧に据わっている。迅八の生存本能は、その意思とは関係なく滑らかに口を動かした。
「……はい。フィレットさんはとても可愛らしいです。今後とも良いお付き合いをさせて頂きたいと思っています。よろしくお願い申し上げます」
ペコリと迅八が頭を下げると、ロドは迅八の肩をバンバンと叩いた。
「うははははっ!!よせよせ他人行儀な真似は!! ……さあ飲め飲めっ、皆も共に飲もう!! 今夜は無礼講だっ!!」
亜人の国の新国王の上機嫌な笑い声が広場に木霊し、宴の夜は更に騒々しく更けていった。
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今では迅八の部屋になってしまっている牢屋の下、スーローンの部屋で、元里長と大悪魔は静かに酒を飲んでいた。
「……大丈夫なのかよ? あとはロドに全てを任せて」
「ああ。もうアレは充分立派な里長だ。そして良い国王となれるだろう。……力は足りんかもしれんが、アレには妙なカリスマが身についたようだ。皆が助けてくれるだろう。……もちろん、私も陰ながら力を尽くそう」
スーローンは普段の豪華なローブから、部屋用の薄いネグリジェのような服に着替えていた。
人間形態のままのクロウも闇色のローブを脱いで、やはり椅子には腰掛けず、調度品に直接座っている。
「……ふん。まあそれはどうでもいいこった。てめえらの問題だし、確かにあいつはマシな方だろうしな。それよりもだ。……どう思う?」
クロウが聞いたのは、クロウが目にした洞窟の中の様子についてだった。
クロウは推測していた。あそこにはもっと巨大な存在がいるのだろうと。あの化け蜘蛛が森の主などとは無理がある。しかし、その洞窟には誰も居なかった。……変わり果ててしまった花嫁達と、その子供以外には。
「ロドから聞いている。ひどい有様だったようだな。……ロドは言っていたよ。アレは、本来だったら我々戦士がやらなければならない事だったと。クロウが我らの代わりに手を汚したのだとな 」
「俺様はやりてえようにやる。それだけだ。……それよりも、誰かの影がちらつきやがるぞ」
収穫祭の洞窟において、迅八が目にしたのは極々一部だった。
あの後、全てを把握したクロウは、もうあの花嫁達が元の『人間』としての精神を取り戻す事は不可能だと判断し、速やかに彼女達を滅ぼした。
そして、その際に様々な違和感を感じた。
「元々、あそこには本来の『森の主』がいたんだろうな。そいつがどんな存在だったのかは今となっちゃ判らねえし、意味もねえ。……しかし、となると色々出てくるな 」
まず、誰が『森の主』を殺したのか。そして、その目的はどういうもので、なんであの蜘蛛の住処となっていたのか。
「あとな、あそこに居たのは『蜘蛛』だけじゃなかったみたいだな」
クロウが花嫁達の間を燃やし尽くす時、様々な生き物を見た。数限りない、哀れな混血児達を。今はその姿は無かったが、その親達はどこに行ったのか。
「そしてだ。……誰があの哀れな女共を世話してやがった」
たいした知能もない化け蜘蛛が、あれだけの人数を食わせていたとは考えられない。
なにかの思惑があり、暗躍する者がいるのだ。
「もしも、そいつが我らの亜人国家に再び現れたのなら。……そいつこそは不倶戴天の敵となるな」
スーローンはその肩を抱き震えを抑える。
……あの蜘蛛を見た時の怖気は、容易に思い出せる。あんな事を、なんの理由があってかは知らないが、企んだ者がおそらくいるのだ。
クロウが目覚めた現在は、世界は安定していると言えた。大きな戦争などここ数十年起こってないし、転生者達の知識や技術により人々は昔よりも安心して暮らせるようになった。
しかし、その陰で何かが蠢いている。それも、おそらくずっと前からだ。
「……人間、だと思うか?」
スーローンの問いにクロウは答えない。しかし、クロウの中ではそれは出ている答えだった。
「天使にも悪魔にも、あんな事をする奴はいるぜ。確定はできねえが……」
おそらくそうだろうと。場の沈黙は肯定していた。
「……さてと。ま、考えても判らねえことは判らねえ。今日は何もかも忘れて飲もうや。元里長サマよ」
……すとんっ。
クロウはその足を床に下ろすと、持っていたグラスをスーローンの杯に、軽く合わせた。
「ふふ、ああ……そうだな、っっん!!」
突然の事だった。
そう言って杯に口を付けようとしたスーローンの唇が、目の前の悪魔に奪われた。
「……ぃ、やめ、んっ!」
悪魔は亜人の言葉など聞きはしない。
そのまま、深くその舌をねじ込むと、ゆっくりと味わうように口内に巡らせる。
……すると、僅かに反応が返ってきた。
初めは何かを確かめる様に。次第にスーローンの舌は積極的にクロウの唇を舐め上げ、その口に残っている酒を吸い込む。
(……あっれぇ〜? 堕ちるの早くねえかコイツ)
そんな思いが浮かぶクロウの頭に、化け蜘蛛の脚からスーローン達を守った時の事が思い出された。
(ははあ、アレか。……全く、どいつもこいつも律儀なこったな。この大悪魔によ)
静かな部屋の中に、お互いの唇を吸う音だけが響く。
やがて、どちらからか唇を離すと、スーローンは赤く染まった頬のまま、恥ずかしそうにうつむいた。
「急に……、何をするんだ……」
その手は胸の前で合わされて、所在なさげに髪の毛をいじっていた。
切りつけるような美貌は変わりないが、今はその表情からは険がとれ、時折チラリと上目遣いにクロウを見る。
そんなスーローンは、まるで初心な少女のようだった。
(ふぅむ。これはこれで悪かねえんだが)
しかし、クロウは二流の悪魔ではなく、一流の大悪魔だったのだ。
「……スーローン。そういや、てめえにゃまだ『対価』を払ってもらってねえな」
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迅八は、ロドの手から逃れる事が叶わないと分かると、作戦を変えた。
フィレットがいかに良くできた娘だと思うかを饒舌に語り、上機嫌になったロドをさっさと酔い潰してしまう事にした。オークが酒に強いのかどうかは知らないが、ロドは恐ろしい量の酒を飲み、陽気に楽しんでいた。
そこで周りも巻き込みどんどんと場を盛り上げ、ロドと牛人が飲み比べを始めた頃、そっとその場を抜け出した。
「……ふぅ。全く、すっかり良い兄ちゃんになっちゃって。まぁ良い事なんだろうけどさ」
しかし、あれは勘弁して欲しい。
迅八は苦笑しながら自分の部屋に続く長い階段を上がる。
すると、スーローンの部屋から明かりが漏れている事に気が付き、そちらに寄っていった。
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「や、やめろっ! なんで、なんでこんなっ」
スーローンの部屋の中、大森林で採取される『魔光石』とランタンの揺らめきの中で、女は椅子の上に縛り付けられ、その艶かしい体を晒していた。
……それは一瞬の事だった。
クロウが何かを呟くと、その指先から蜘蛛の糸が飛び出した。
スーローンが反応した時にはその糸は足に張り付き、その足は宙に向かい引っ張られた。次の瞬間には両手も蜘蛛の糸により縛られて、足と同じように上に引っ張られる。
今、スーローンはその背中と尻だけを椅子と背もたれに預け、あられもなく開脚している。手で隠そうにも、その肘が頭より下がる事はない。その姿をクロウは満足気に眺めていた。
「……ふうむ。まさかこんなにすぐに役立つたあな」
『魂喰らい』により蜘蛛から奪った『糸』。
その効果を目で確かめて、クロウは邪悪に頬を歪めた。
「なんで、どうして……? こんなっ」
スーローンが声を荒げる事はない。
ただ、何かに傷付いてしまったように、弱々しく声を出した。
「どうしてだと? ……対価だ。対価だぜスーローン。俺はてめえとてめえの娘の命を救ったはずだ。その対価を払ってもらう」
「もっと、もっと普通に……」
「なんだ?」
スーローンは言い淀む。しかし悪魔はそれを許さない。
スーローンが続きを口にしない限り、ずっとこの状態は続くだろう。
「……普通に、抱いてほしい……」
「嫌だね」
即答した悪魔の言葉を聞き、スーローンの目に涙が溜まる。
「これは俺様へのご褒美だ。勘違いすんなよ。お前への、じゃあねえだろ?」
スーローンの目から、溜まっていた涙がひとつ落ちた。
その跡を優しく悪魔が舐め上げる。傷付けてしまったスーローンの心を労わるように。
「スーローン。お前は美しいな」
再び、スーローンの目に熱が灯る。悪魔の顔がゆっくりと迫ってくる。スーローンは目を閉じると、その唇を受け入れる為にそっと唇を開いた。……だが、その頬は思いがけない力で掴まれた。
「……な〜んて言やあすぐその気になりやがるのか? メス豚ァ……」
その一言で、スーローンの心は砕かれた。
分からない。理解出来ない。目の前の悪魔の考えが。……気が付けば、スーローンは静かに嗚咽を漏らしていた。
「痛かったぜ、あの蜘蛛の脚はよ。ちっちぇえ脚が、傷口を掻きむしりやがるんだ。……こんな風にな」
クロウは指先で、スーローンの胸の表面だけをくすぐるように掻きむしる。優しく、柔らかく、想定以上の刺激は与えないように。
「ぃ、いいっ、やめ……!」
くすぐるように肌を走る刺激は、少しずつ、少しずつ、スーローンの身体に溜まってゆく。
そして、それがある線を越えそうになった瞬間に、強く摘ままれた。
「ひぃっ! や、やめてっ」
その言葉の中に、ほんの少し混じっている裏腹な感情を読み取ると、悪魔は満足そうに頬を歪めた。
「なあ、スーローン。ありゃあ本当に痛かった。だがな、俺はこうも思ってたよ。俺の命を懸けてでも、……お前を、お前だけは、護りてえ」
そして、胸を触っていた手を顔に戻し、恐ろしい程に真剣な表情でクロウはスーローンを見つめた。
「おめえが悪いんだぜ。悪魔の心を虜にした、おめえが悪いんだ」
再びスーローンの心には、目の前の男への切ない気持ちが溢れてくる。
唇を離した二人は至近距離で見つめ合う。そのままクロウはスーローンの耳を優しく齧り、そっと囁いた。
「……ん? どうした? なにか変化があったのかぁ?」
羞恥で顔を真っ赤に染めたスーローンは、その言葉から逃れるように顔を背ける。
クロウの左手は再びスーローンの身体をゆっくりと降り、下腹をゆっくりとさする。
「どーうしたぁぁ? スーロォォーーン……」
ここに至って、スーローンは悪魔の考えを理解した。
この悪魔は、スーローンの心を破壊して、優しく元通りにして、それを繰り返し天国と地獄の紙一重の場所まで連れてゆこうとしている。
クロウは己を見る女の顔が恐怖で歪むのを見てから、今までで一番悪魔らしい顔で囁いた。
「……どうした、さっき言ったろう? 今日は全てを忘れようってな。幸い観客も居てくれる。……夜はなげえな」
「お願い……!お願いだから、普通に、普通に……!」
泣きながら懇願する女は、その心の鎧を半分以上剥がされている。その無防備な女の心に悪魔は言い放った。
「ああん? くかかかかかかかかっ!! ……こぉぉれぇがっ、普通の悪魔だあァ……」
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(……うっわあああああああああ。あいつ、すげええええええ。なんなんだ、なんなんだありゃあ……。監督か? クロウ監督なのか!? 世界のクロウなのか!?)
迅八は、スーローンの部屋のドアの隙間から、こっそりと中をうかがっていた。
初めは普通に声をかけようと思ったのだが、中からおかしな音がしたので様子を探ってみたのだ。
(うわああああああ……見えちゃう。もう少しで、見えちゃうってアレ!!)
部屋の中では、クロウがいよいよスーローンの開いた足の根元を隠す下着に、手をかけた所だった。
(おおおおお……。いけ、いけっ、クロウッッ!!)
ふん! ふん! と鼻息荒く、部屋の中の悪魔を心の中で応援する迅八に、背後から声が掛けられた。
「えと、ジンくん……。なに、してるのかな ? 」
それは、迅八が今の姿を現在最も見られたくない人の声だった。
「…言い訳に聞こえるかもしれんが、本来大悪魔の描写はこれよりも数段キモかったのだ。しかし書いている途中で『これはヤバイ』と気付いてな。いつかは読者も増えて女性だって読んでくれるはずだ。そのまま書き続ける訳には、」
「言い訳するんじゃねえ!!」
「そうだな。済まない、言い訳だ…」




