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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第二章 亜人の里の収穫祭
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宣言

 



「おっとやべえな、始まっちまったようだ。……どっこらしょっと」


 クロウが杖を持ち立ち上がると、フィレットが役者から離れ、迅八達に駆けよった。


「た、大変っ! ……クロウ様、早く行かないと。私も、話しこんじゃって忘れてました」


 先程まで瞳を輝かせながら、迅八とクロウの活躍を役者に語っていたフィレット。

 いかに彼らは勇敢だったか、凛々しかったか、物語の英雄を語る口調で話していた少女は、しょげた顔で頭を下げる。……クロウはフィレットの胸を一揉みしてから言った。


「まあ気にすんな。行くぞ子豚」


 そしてクロウとフィレットは、そのまま広場に向かった。




 ・・・・・・・・・・・・・・・・




「……おいてめええッッ!! なに頭にポンとするような気楽さで胸揉んでんだ!? あまりにも自然すぎてフィレットは気付いてねえじゃねえか!!」


「ん、……なに言ってやがるんだこのサルは。そんな事されて気付かねえ奴はいねえだろ。てめえがしてる妄想を俺様に投影するんじゃねえよ 」

「そうだよジンくん。私達急いでるんだから!」


「……ええええ〜?」


 クロウはともかく、フィレットまで。

 打ちひしがれた迅八は、本当に自分の妄想なのかと不安になり、遠ざかってゆく二人を見ていた。

 すると、小さくなってゆくクロウの姿、その右手が顔の位置まで上げられた。


「おいっ、お前いま匂い嗅いだだろって! 絶対に嗅いだだろって!!」






 ————————————————






 迅八が広場に着いた時には、そこは人だかりで埋め尽くされていた。

その人だかりの中心にはぽっかりと穴が空き、そこには階段のような物が(こしら)えられていた。最上段にあるのは玉座。今は誰も座る者のいない椅子は、鈍く輝きを放っている。


 クロウは闇色のローブに付けられたフードを深く被り、手に持つ杖を一度、地面に打ち付けた。

 すると、その小さな音を聞きつけた人だかりが割れてゆく。割れた後に出来あがった道を、クロウは悠々と歩いていった。


「……なんだ、なにがあるんだ?」


 その光景に興味をひかれた迅八も、てくてくと後についてゆく。クロウの前に開かれた道を抜けると、そこには玉座を囲む様に、各氏族の(おさ)達が(ひざまず)き、皆が顔を伏せていた。

 そして、玉座に至る階段の下には祭司服を着たエルフの男がいた。……そのエルフの司祭はクロウの姿を認めるとその身を引き、玉座に至る道を開いた。周りに集まった人の山も、それに合わせるように跪く。

 クロウはためらいなくその道を進んだ。そして最上段にたどり着くと玉座に腰を下ろし、豪華な肘掛けにその腕を載せ、ゆっくりと足を組んだ。


(な、なにやってんだあのバカ!!)


 迅八はクロウの突拍子もない行動に驚き、連れ返そうとして階段を登った。


 ——ちょ!ジンくんッ!!


後ろの方で声が聞こえたような気がしたが、今はこちらが優先だ。

 この世界の事はよく知らない迅八にも、なにか大切な儀式をやっていた事くらいは判る。

 人騒がせな大悪魔は、楽しそうだくらいの気持ちでそこに乱入したのだろう。何かの騒ぎになる前にさっさと退散しよう……そう考えた迅八がクロウに向かい手を伸ばした時、エルフの司祭が口を開いた。


「各氏族の長達よ。顔をあげよ」


 玉座を囲み、跪いていた者達。そこには様々な顔触れが並んでいる。

 豚人オークのロドを中心にし、豹人ワーキャット小鬼ゴブリン牛人ミノタウロス耳長エルフ、他にも迅八の知らないさまざまな種族……全身の所々を鱗で覆い、長い尻尾を持つ者。腕の代わりにそこから翼が生えている者。それら多種多様の亜人達が、玉座に座るクロウを見上げている。


 すると、クロウを真剣な眼差しで見つめていたロドが、その横に立っている迅八に気が付いた。……ロドの目が驚愕と共に開き、いつもは冷静なその顔に、ダラダラと汗が流れる。その様子に構う事なくエルフの司祭は言葉を続けた。


「南の大森林の英雄ロド。なんじ結魂の宣誓を 」


 エルフがチラリとクロウを見ると、(おごそ)かにクロウは口を開いた。


「許す」


 ロドが静かに立ち上がり、跪く輪の中から外れ、玉座に続く階段の下へと進む。そして再び跪くと、クロウに向かい宣誓した。


「……我ら大森林の民を代表して、我は『魂食の大悪魔』、新たなる『森の主』、そして我等の親たるクロウに魂を捧げる 」

「許す」


 司祭がその手に持つ杖を大音量で打ち鳴らすと、その場から一切の声が消えた。


「では、この宣誓の受諾(じゅだく)をもってして、結魂を執り行う。……クロウ、汝はロドを子として。ロド、汝はクロウを親として。ここに魂の契りを交わす事に異論はないか」

「……ちと気に食わねえが、許す」


 クロウの言葉を待った後、ロドは決意を秘めた眼差しで力強く頷いた。

 その様子を見たエルフの司祭は声を高らかに宣言した。


「……今日この時この場所で、永遠に破棄される事のない誓いが交わされた!! 我らはこれより魂食の大悪魔の庇護下に入り、そして親となるクロウに対して変わらぬ忠誠を捧げるッ!!」


 司祭も今まで立っていた階段の横から動き、跪く輪の端に並び膝をつく。すると、それと入れ替わるようにロドが立ち上がり、口を開いた。



「……集った大森林の民達よ。我らは今まで(いさか)いこそはなかったものの、その手を取り合う事なくこの森に生きてきた」


 その言葉を聞き、辺りは再び静寂に包まれた。


「我等は、手を取り合わなくてはならない。空を駆ける者よ。地を進む者よ。森と共に生きる者達よ。……これから我等の進む道には、どんな光景が広がっているか見えるか?」


 跪く者達の中、牛人の少年が遠い目をした。彼の目には、その景色は浮かんでいない。


「これより我らが選ぶのは、繁栄の道だ。不条理な悲しみなどない世界だ。……誰に虐げられる事もなく、誰の事も虐げる事はない。我らが選び取るのは誰も成し得なかった誇り高い世界だ。そして、その大いなる繁栄の世界で我らは雄大に生きるのだ」


 その言葉を聞き、立ち上がる者がいた。しかし、その口から言葉を発する事はない。

 ロドが静かに紡ぐ言葉。しかし、その底の隠しきれない熱情に、場の空気は密度を高める。


「民よっ、 我と共に大森林に生きる民達よ!! ……今日この場において、各氏族の長達の承認と、魂食の大悪魔の大いなる加護を受け、我等の新しき『国家』の樹立を宣言するっ!!」


 その言葉を聞き多くの者が立ち上がった。……ただ呆然とする者、顔を真っ赤にしている者、逆に青ざめさせている者、あるいは、涙を流す者。

 それぞれの反応は違ったが、その体は震え、ロドの言葉に撃ち抜かれ、みな興奮の坩堝(るつぼ)にいた。



「そして…、そして!

 我が魂は親たる魂食の大悪魔に捧げられた。しかし我が決意と覚悟はこの森に住む仲間達に捧げられる!! ……これより我が生涯における全ての戦いは、」



 ロドはそこで大きく息を吸い、闇に深く沈む大森林を切り裂く程の大音量で叫んだ。


「これからのの戦いは!

 この森に住む全ての仲間達に捧げられる!! 俺の斧は、全ての力なき者の為に使われる事を誓う!!」


 輪の端の司祭が立ち上がり、虚空に向け吼える。


「……これをもってして結魂の儀、並びに魂食の大悪魔を後見人として、国王ロドの宣誓と新国家樹立の儀を終える!! ……皆の者、立ち上がれいっ!!」


 その場にいる全ての者達が立ち上がり、思い思いの言葉を叫ぶ。その拳を空に突き上げる者、隣の者と抱き合う者、涙を拭わず宙に吼える者、皆それぞれの言葉と行動で、新国家の誕生を喝采した。






 ————————————————






 それはまるで、何かが爆発したかのような、空気のうねり(・・・)だった。段上で迅八が見下ろす光景は、歓喜という名の混沌に支配されている。


「こ……」


 迅八は言葉を無くす。目の前の光景に。跪くだけだった者達が、己の足で立ち上がり、喝采を叫んでいる。


「こんなにカンタンに出来ちゃうの? くに……」

「阿呆。簡単なわきゃね〜だろうが。こりゃなかば無理矢理よ。色んなタイミングに乗じた結果だ」


 クロウがフードの奥から声を出す。

 先程までの厳かなものではなく、いつもの面倒臭そうな声で。


「……収穫祭の終わりや新しい英雄の誕生。俺様の存在なんかもあわせて『今しかない』って事になったみたいだな。前々から話自体はあったらしいぜ。言い出しっぺはスーローンだってよ」



 亜人達の不遇の一つは、単純に『弱いから』という部分が大きい。それは腕力の話ではない。組織としての力だ。

 例えば、オークの勢力がオズワルドに攻め入り町を滅ぼしたとする。そうなれば当然、人族はその他の戦力による報復に出る。

 しかし、それが逆だったらどうか。


 うち滅ぼされたのがオークの里だったら、他の亜人達は別に報復行動には出ないし、むしろ逃げる。自分達の所まで飛び火しないように。

 互助(ごじょ)関係がないからこそ、亜人はそこをつけ込まれ、蔑まれているのになんの反撃も出来なかった。なので、以前からスーローンや一部の識者達により、互助関係を作り上げられないかという話は出ていたのだ。


 今回の騒動は、言い方は悪いが『いい機会』となった。改革が行われるのには、問題だって出てくる。亜人は基本的に、変化を望まない。新しい流れに乗って、そこからの利益を実感した事がないからだ。

そこで、国家樹立に対して出てくる反対の空気を、場の流れで押し込んだ。



「……保守的なエルフの奴等が真っ先に賛成に動いたのがデカかったらしいぜ。まあ詳しい話は落ち着いたら子豚にでも聞きゃいいだろ。てめえが気になるんだったらな」


 そこで迅八は、もう一つの気になる事を聞いた。


「おまえ、ロドと結魂したの? それってなんか俺にも影響あんの?」

「ん。もっとも今じゃなくて事前に済ませてあるがな。あんな定着するまで時間のかかるもんをこんな儀式の最中にやってたらマヌケな事この上ねえからな」

「あー、まあそうかもな」

「あと、てめえには影響ねえよ。結魂はあくまで二者間のもんだ。数珠繋ぎみてえに影響しあったら、一人が死んだら一族みんな死にかけたなんて事も起こっちまうだろ。下手すりゃ五人も死んだら世界が滅亡するかもしれねえしな」


 そして、それ以前に今回の結魂でクロウとロドの間に交わされたのは生命のものではない。ロドは魂を捧げた、と言ったが、それは忠誠の事だ。


「俺様の名前を使う代わりに、『亜人国家』は俺様に対して友好な勢力になったって契約みてえなもんだな。だからと言って、こいつらがもしも戦争起こしたとしても俺様が実際に出張(でば)ってくる事はねえ。……ただ、こいつらに喧嘩を売るって事は、俺様の事を無視したって事になるからな。そんな阿呆はなかなかいねえだろ」


 迅八は、目の前の光景と、今のクロウの説明から出てきた疑問を口にした。


「……なあ、ひょっとしてだけどさ。お前って凄いの?」

「凄えなんてもんじゃねえわ!! この広い世界の中で、真名(まな)なんてゲスなもんに縛られてねえのは一種一匹この俺様だけよ。……もっとも、てめえのせいで今はそうじゃねえがな!!」


 大悪魔は久しぶりに殺気のこもった目付きで迅八を睨みつける。しかし、その視線を気にする事なく、迅八は続けた。


「そっか。……けど、それって淋しくねえか?」


 クロウは名前を持たなかった。つまり、誰からの助けも必要としなかったという事だ。そして、千年以上の間、クロウの事を呼ぶ存在は誰もいなかったという事だ。

 しかし、迅八の言葉を聞いたクロウは呆れた顔をした。


「……はっ。俺様は一人で完成してるんだよ。誰も要らねえ。必要ともされねえ。別にそれで構いやしねえ。……てめえ言ったな?『淋しい』だ? 自分で認めちまってるじゃねえか。一人じゃ生きていけねえ弱え存在だってよ。……俺には淋しいはねえ。悲しいなんてもってのほかだ。俺様にあんのは面白えとつまんねえだけよ」


 その言葉を聞いた迅八は、少しだけ表情を沈ませて言った。


「そっか……。お前、馬鹿だもんな」

「……そういや忘れてたぜ小僧。あと『ムカつく』もあったな」






 ————————————————






 迅八とクロウが玉座で話している間に、場の空気は少し違う方向に流れていた。

 ヒソヒソと、ぼそぼそと、その困惑の空気は少しずつ広まってゆく。



——ところで、あの魂食様の隣、なんだ?

——サルの亜人じゃないのか?

——なんで魂食様は何も言わないんだ?

——しかしみすぼらしい子供だな。なんであんな場違いな

——誰も何も言わないって事は、凄い人なんじゃないのか?

——凄い? そんなわけないだろ。さっきオークの娘と祭りを楽しんでる所を見たが、いやらしい顔をしていたよ。他の種族にも目移りしていたぞ



 その囁きは段々と大きくなり、もはや誰も声をひそめず話し出した。



——特にワーキャットを見ていた時のあの目付き!

——いやいや、ゴブリン相手に発情してたぞ。とんだロリコン野郎だ

——そういえば、あたしがミノ焼き食わせてやった時も、思い返せば胸の辺りをじっと……

——な、牛人にまで!! あいつは節操なしか!?

——で、あの子供は一体なんなんだ?



 迅八が無視出来ない位にまでその声が高まった。

すると、千年の大悪魔は顔をニヤつかせて迅八に問う。


「ところでよ、なんでお前こんなとこにいんの? ……駄目だろ下で見てなきゃよう」


 この場に至り、自分がどれほど場違いな存在なのか迅八は理解すると、大きな汗の粒がその顔に浮かんだ。


「な、なんで止めてくれなかったんだよ!?」

「あん? てめえが勝手についてきやがったんだろ? それとも何か? ……てめえの崇める神は、人が人の行動を縛る事を推奨してんのか?」

「え、いや、多分そんな事はないと思うけど」

「だったら黙っとけや。俺様のせいじゃねえだろが」


 迅八が見下ろすと、そこには数多くの亜人達の中にフィレットの姿が見えた。

 いつも、どんな時でも微笑みを絶やさないその少女が、いつもとは違う顔で迅八を見ていた。……そして、迅八と目が合うと、さっと視線を逸らした。


「ちょ、ちょっと待てよっ。それアリなのっ? それはないんじゃないのっ!?」


 段上から大声をあげる迅八に背を向けて、フィレットは足早に人混みから抜け出した。



 ——オホ、オホホホホ、(ワタクシ)関係ありませんので。失礼します。ちょっと失礼しますよ〜



 その後ろ姿を見送り、ガクリと膝をつく迅八に、ロドとスーローンの生暖かい視線が送られた。



——おい、見たか? いま、膝をつく直前の顔、見たか?

——見た見た。ひでえもんだなありゃあ

——ちょっと泣き入ってたよな。そりゃ、こんな大勢の前で恋人に見捨てられちゃなあ

——そもそも恋人なのか? あのオークの娘とアレ(・・)じゃあ、ちと釣り合いが

——おう! 俺もそう思うぜ。しかし、あの娘はたまらんな

——やっぱりありゃ恋人じゃねえだろ



 話し合いは脱線し、フィレットを褒め(たた)える言葉の割合が多くなり、そして女達の間では魂食の大悪魔に向けられる熱い視線と、新たな国王であるロドの話題で持ちきりになった。


 今回の騒動を巻き起こした張本人、一番の立役者である花嫁泥棒は、玉座の横で静かに涙を流した。





次回、千年の大悪魔クズ大光臨。


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