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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第二章 亜人の里の収穫祭
25/140

 



 あれから一週間ほどが経った。


 あの後、結局目を覚まさずにフィレットから離れようとしなかった迅八をロドが力ずくで引き剥がし、そのまま里に連れて帰った。

 しかし、今度はロドにしがみついたまま動かなくなり、必死にそれを離そうとするロド、脇で大笑いしている大悪魔を横目に、フィレットはちょっとだけ乙女の心を傷付けられたような複雑な表情をしていた。


 その後、大森林に住む各部族達がオークの里に集まった。全ての部族が集まったわけではないが、相当の人数を迎えた里は、慌ただしく動いていた。収穫祭が終わりを告げた今、話し合いが必要なのだ。


 ほとんどの者は真相を知らない。

 中には『森の主』を倒した事を知り、顔を青ざめさせる者や、口から泡を飛ばし激怒する者もいた。

 それらの者達に、森の主の正体を告げ、隠す事は隠し、納得させるのは困難な作業だったが、それはロドとフィレットが中心になって行われた。

スーローンは思う所があったのか、一歩引いた場所で息子にその全権を委ね、主に調整役として立ち回った。


 迅八はそれらの事に関わる事はなく、のんびりと里を歩いたり、思索(しさく)に時間を(つい)やしたりしていた。

 そして、あらかたの問題が片付いた日の翌日。……里では宴が開かれる事となった。






 ————————————————






「……おおおおお、しかしすげえなこの光景」


 迅八は今、フィレットと共に里の広場に来ていた。

 話し合いがロドを中心として行われていた間に、スーローンは先を見越して、宴の指示を出していた。

 それぞれの有力者達はある程度の真相を知っているが、全員ではない。解りやすい形で、悪い事が終わったと宣伝しなくてはならない。……はしゃぎ回る子供達が知るのはその程度の事でいい。泣きたい気持ちでも笑顔を作るのは有力者達の仕事だ。

 そしてこの宴は、今日の夜に行われる重大な宣言の決起集会でもある。


「おお、あれ、まさかあれは……!」


 様々な種族がいる中で、真っ先に迅八の目を引いたのは、華奢(きゃしゃ)な身体を持つ見目(みめ)麗しいエルフだった。

迅八の視線に気付き、フィレットが説明する。


「ああ、耳長族(エルフ)の人達ね。……今日の宴にみんなで参加してくれるかどうか不安だったんだけど。……よかった。参加してくれるみたいだね 」


 美しい絹のような髪と、ノーブルな顔の線に迅八は視線を巡らせる。……しかし、その心にはある想いが湧き上がっていた。



(も、ものたりねえ……)



 初めの豚人オークの衝撃が、正直強すぎた。

 元の世界の知識では醜悪な魔物だった豚人。

ところが、想像と全く違う蠱惑(こわく)的な美貌に囲まれて、磨きを掛ける迅八の美的センスは次のステージに突入していた。


(いや、美人だよ美人。すうげー美人。ハリウッド女優みたいだよ。……そう、ハリウッド女優みたいなんだよ)


 ここまでそんなにこの世界を見て回ったわけではないが、豚人だの、白銀の翼を纏う天使——アグリアだの、インパクトが強い美人を目にしてきた迅八の心は、ちょこっと耳が長い程度ではもはや一ミリも動じない。


(それとさ……あれだよアレ。すげーガッカリだよアレ。本当にガックシだよ)


 その視線の先には牛人族(ミノタウロス)が居た。

 黒々とした体毛の者や、よく牛と聞いたら想像する白地に黒まだらの体毛など様々な毛皮をもつ者がいるが、全員上半身が牛の、想像通りのミノタウロスだった。


(牛人だろ牛人。……あるんじゃねえの? 色々と強調するとこ、あんじゃないの? ……頭にちょこんと角が乗っかってて、細身の体なのに一部分だけ凄くアレなのとかさ。……色々とやり方あるんじゃないの?)



 その迅八の心の呟きは、神の胸には届かなかった。



「おや、ただの人族かい? ……珍しいもんだね。食っちまおうか?」


 ミノタウロスが迅八の視線に気付き、笑いながら声をかけた。


「……まいっか。おばちゃん一つちょうだいよ。なに焼いてんの? ……フィレット、一緒に食おうぜ 」

「うわぁ、ミノ焼きだあっ!」


 満面の笑みのフィレットが見る前で、ミノタウロスは鉄板の上でじゅうじゅうと音をたてながら、肉を焼いている。


「ん、あたしらが怖くないのかい? ……変わった人間だね。これは牛人族の名物ミノ焼きさ。もっていきな!」


 よくわからない野菜とよくわからない肉を炒めたそれを、迅八はハフハフと口に運ぶ。

 それは、口の中に入れると肉汁を弾けさせながら舌の上で溶け、するりと胃まで落ちていった。


「う、うんまっ!! なにこれ、すっげーうまいよおばちゃん!!」


 迅八がフィレットにそれを渡すと、幸せそうにもぐもぐと食べだす。ミノタウロスは自慢気に微笑んだ。


「そうだろ。ミノ焼きはあたし達の誇りだからね」

「マジでうまいよ。まるで、最高級の和牛をさっと炙っただけみた、いな……」


 和牛という意味が伝わらなかったのか、ミノタウロスは首を傾げつつも褒められた事は通じたようで、満更でもない様子だった。


「やっぱミノ焼きは美味しいね。……どっ、どうしたのジンくん、酷い顔色してるよ?」

「い、いや、なんでもないんだ。ただ、元の世界の、牛を使った料理を思い出して、」


 その言葉にフィレットは目を丸くした。


「ジ、ジンくんは牛人を食べるの!? そ、そんなに猟奇的な人だったの!?」


 ミノタウロスがずざっと飛び退く。

——信じられない。そんな顔をしていた。


「ち、違うよっ!! 元の世界の料理と味が似てただけで、牛人じゃないって!!」


 迅八が手を振りながら否定すると、後ろから声が掛けられた。



「……い〜や、そいつは嘘ついてんぞ。そいつはなんでも食っちまう。油断したらペロリといくつもりだぞ。……そいつの好物はどうやら豚らしい。気を付けろよ子豚ぁ……ひっく。それよりもよ、そんなんほっといて俺様と遊ぼうぜえ……うぃ〜……ひっく!!」



 そこには、ベロベロに泥酔した人間形態のクロウ(チンピラ)が居た。両脇に女をはべらせ、少女を肩車している。

 そして、その右手は常に女の乳を揉みしだき、左手は尻をまさぐっていた。


「んああ? ……張ってやがんなあ、まだ足りねえのか? 悪い女だぜ……ひっく」


 右側の女は頬を染めながら、その手に持った酒瓶をチンピラの口に寄せる。チンピラはそれをゴクゴクと飲み下した。


「ん、ぐ、ぶはああああっ!! ……ん〜? てめえはてめえでこんな場所で盛りやがって、どうやらお仕置きが必要なようだなあ……」


 尻をまさぐられていた左の女が、下半身から力が抜けたようにチンピラにしがみつく。その目は熱く潤んでいた。

 ……クズだった。まさに千年の大悪魔(クズ)だった。


「おい子豚ぁ……おめえもこっち来いやああああ。可愛がってやるからよう〜、うぃ〜っ……ひっく!!」

「ひ、ひぃっ!!」


 短い悲鳴をあげて、フィレットが迅八の後ろに隠れる。チンピラはそこに隠しきれない豊満な肉体を、ニヤついた目で舐めるように見た。


「いやらしい体しやがってこの子豚がぁ……誘ってやがんのかあっ!?」


 フィレットが迅八の後ろで千切れんばかりに首を振る。それをかばう形の迅八の足は、ガタガタと震えていた。


「て、てめえは過去の栄光に傷付けられてる役者か? 夢に破れたバンドマンか!? ……ヒゲ剃れヒゲっ! それ以上近寄るんじゃねえっ!!」


 そこでクロウは、思い出したように初めて迅八を見た。


「……ああ、そういやおめえのだったか。まあいい、飽きたら貸せよ。んぐ、んぐ……ぶはあああああああっ!!」

「ひどい、ひどすぎるセリフだ……!! それと、両脇の女の人達はいいとして、上のそれはまずいだろ!? 色々とヤバいし大変だろ!?」


 迅八は、クロウが肩車している少女を震えながら指差した。……どう好意的に見ても中学生になったばかり位のその少女も、クロウが時折、思い出したように太ももに甘く噛り付いたり、後頭部で股間をぐりぐりするたびに甘い声を漏らしている。


「おい、小僧ォォ。一度しか言わねえ。よく聞けや……」


 一瞬だけ、チンピラのその目が伝説の大悪魔のそれに戻る。……大悪魔はゆっくりと息を吸い込んでから、迅八の目を真っ直ぐに見て言い放った。






「……知っった事かッッ!!」






 ……どっぱあ〜ん。

迅八の心の中で、岸壁に波濤(はとう)が叩きつけられる音がした。その光景すら脳裏に浮かんだ。


「小僧……。『(オス)』ならよう、後悔するような生き様を(さら)すんじゃねえ。解ったな……」













(…………でけぇ…………)



 と、迅八が洗脳されかかった時に、すぱーんとミノタウロスに頭を叩かれた。


「ち、違うだろっ。あんたなに言いくるめられそうになってんだい!! ……後ろの嬢ちゃんもなに固まってんのっ。あんたの役目だろこれは!?」


 いまだ硬直が解けきれない迅八とフィレットを見て、肩車されている少女が声を掛けた。


「……あれ、フィレットちゃんじゃない。久しぶりね」

「え? ……あ、トットお姉さん、久しぶりです」

「ね、姉さん?」


 どう見ても自分達よりも年下のその少女に迅八が首を傾げると、フィレットが説明してくれた。


小鬼ゴブリン族のトットお姉さん。ああ見えても私よりもずっと年上なの」

ずっと(・・・)じゃないでしょ。……もう失礼なんだから」


 クスクスと笑うその少女は、全体的にほっそりとしていて綺麗な薄緑の肌に覆われている。ひときわ大きな八重歯がまた魅力的に見える美少女だった。


「ゴブリンはね、亜人には多いんだけど、あまり外見が変化しないの。特に身長が小さい人達が多いんだよ」

「えと、具体的に聞きたいんだけど、二十年くらい生きてる人?」

「うん。トットお姉さんはそのくらい生きてるよ」


 そのフィレットの言葉を聞いて迅八はひとまずホッとした。……問題はそこなのか、という事実には目を向けない。


「ん、酒が切れた……。おいおめえら、景色がいい場所があるから連れてってやるぞおお……。おいジンパチ、夜まで帰ってくるんじゃねえぞ……ひっく」


 そう言ってチンピラは、なかば迅八の部屋と化している牢屋に帰っていった。



「……あいつ、俺の布団でなにするつもりなんだよ。頼むよ、やめてくれよ」


 クロウが視界から消えたのを確認してから迅八は体の緊張を解き、フィレットを振り返った。

すると、頬を膨らませたフィレットが、ジト目で迅八を睨んでいた。


「もう、ちゃんと守ってよジンくん」

「ご、ごめんよ。けど、あいつなんか気持ち悪くて」


 今までで一番足が震えた。

正直、あの状態のクロウとは関わりたくない。……あれは、よくないものだ。なにか『ダメ』が伝染しそうだった。


「……もう。それじゃあ、はい」


 そう言ってフィレットは手を差し出してくるが、朴念仁の迅八はそれの意味が解らなかった。

 するとフィレットが溜息を一つついてから、その手を迅八の左腕に絡ませた。


「この後は、ちゃんと守ってね」


 きらきらと光を放つような少女の笑みに、迅八は頬を赤らめた。




 ・・・・・・・・・・・・・・・




 里は夜になっていた。

 里長の家である巨木の前で、それぞれの里の有力者達が、酒を飲み語り合っている。


 里の中央にある大広場では、色々な店や出し物、急遽(きゅうきょ)呼び寄せた旅芸人の一座などが場を賑やかし、宴から祭りの様相(ようそう)となっている。

 迅八はフィレットに付き合い、そして自分も楽しみながら、色々な店を巡ったり出し物を見たりしていた。


「ジンくんほらあれっ。豹人(ワーキャット)の曲芸だよ!」


 クロウがはべらせていた女の一人と同じ種族だろう亜人達が、器用に飛び回ったり道具を使った芸を披露する。

 それはさながら小さなサーカスのようだったが、元の世界の人間達とは比べものにならない身体能力のワーキャット達は、狭い空間を巧みに使い、迫力のステージを見せつけた。


「うおっ!! ……すっげーっ!!」

「ほら、踊りが始まるよ」


 場面は静かな踊りに変わり、際立つ美貌の一人のワーキャットが、中央で情熱的に、なまめかしく踊っている。

 体の後ろは柔らかい毛で覆われているが、顔を含む前面はつるりとした肌色だった。揺らめく篝火(かがりび)に照らされて、引き締まったその体が闇の中に浮かびあがっている。

 体を覆う布は、あまりにも足りない。もはや紐のようなそれは、踊りのふとした拍子(ひょうし)にずれてしまいそうで、見ている者たち、主に男達の目を離さない。

 やはり食い入るようにそれを見ていた迅八の腕が、きゅっとつねられた。


「いだっ、いたいって!!」

「……ジンくん、口、開いてるよ」


 隣にいた美少女の存在を思い出し、迅八はぐっと口を閉めた。


「……もう、しょうがないなあ。けど、男の人だったら仕方ないよね。あんなに綺麗な人なんだもん」


 そう言って笑うフィレットを、迅八は間近な、息の触れる距離で眺める。


 服装はいつものワンピースと違って、可愛らしいヘソを出した、元の世界で言うチューブトップだった。

 緩めの作りのその上着の(すそ)は、余りにも大きな胸で浮かんでいて、収まり切らない下半分がちらちらと目に入る。

 下にはこれまた短いズボン。元の世界でのホットパンツはみっちりと尻と太ももに食い込み、健康的なのに淫靡。迅八の目を釘付けにした。

すると、その視線に気付いたフィレットが、微笑みながら迅八に言った。


「……ん? どうしたのジンくん。この服どう?」

「えと、凄く似合ってるよ」

「ふーん……。けどジンくんは、おねえさんよりもワーキャットの踊り子さんが気になるんでしょ? ……ほらほら、踊りが良いところだよ」


 そう言いながら、フィレットはその胸を迅八の腕に押し付ける。その感触にとろけそうになりながら、迅八はフィレットにあわあわと言った。


「わかった、わかったよ。悪かったから、その……勘弁してくれよ 」


 目の前の少年が自分に目を戻すのを確認すると、フィレットは満足気な笑みを浮かべて、その胸の谷間を迅八に見せ付けた。


「なにがわかったの? おねえさんに、ちゃんと言ってくれないと、わかんないな……」


 フィレットの目の光が怪しい。

 やはりオークは性欲が強いのか。

 そんな事を考えながら、迅八はフィレットに言った。


「あれだよ、その……フィレットの方が、なんて言うか、魅力的だよ 」

「え……そんなことないけど……例えば、どんなとこが?」


(め、めんどくせえっ!!)



モジモジしながら言っているフィレットを見て、迅八は可愛いなあと思いつつも、複雑に顔をヒクつかせた。


 自分の隣にいる少女の柔らかい肌と体温。それに気を取られていた迅八は、どこかから自分を見つめる視線に気付いた。

迅八がそちらを見て見ると、踊り子がじっと自分を見ながら踊っている。そして迅八と目が合うと、パチリとウインクした。


(……あ)


 その踊り子は、昼間クロウがはべらせていた女の一人だった。迅八は、今まで食い入るように見ていたその女に、唐突に気分が冷めた。


「……フィレット、行こうぜ。俺腹減ったよ。なんかつまもうか」

「え、そう? ……け、けど、まだジンくんに、わたしのどこが可愛いのか教えてもらってないし、」


 まだ下を見ながらゴニョゴニョと言うフィレットに、迅八は言ってやる。


「全部だよ。あの踊り子よりも、フィレットの方が百倍可愛いよ 」

「え……」


 うっとりと瞳を潤ませて、フィレットが頬を染めた。


「う、嬉しいけど、もっと具体的に……」


 まだゴニョゴニョと続けるフィレットの手を無言で引き、その場を離れようとした迅八の頭に、コツンと小石がぶつけられた。


「いてっ」


 振り返ると、ワーキャットの踊り子が、踊りを続けたまま額に血管を浮かべ、ドスの効いた笑みで迅八を見ていた。


「ワーキャット耳良いな…」




 ・・・・・・・・・・・・・・・




「……うおおっ我らの力を見よっ!! 魂喰らいッッ!!」


「これが絆の力だっソードオブハートーォ!!」



 迅八達は場所を変え、今は広場から少し離れた所に作られた特設ステージで、劇を鑑賞していた。


「な、なにコレ……」

「え。ジンくんの世界には演劇がないの?」

「いや、あるけど、そういう事じゃなくて……!!」


 それは、オズワルドの町から発信された旅芸人達の新作だった。迅八の隣ではフィレットが鼻息荒く、舞台に見入っている。舞台の上では、役者達が演技を続けている。


「魂食の大悪魔さま! ありがとうございます!!」

「て、転生者さま、せめてお名前を」


 舞台の上で『転生者』がニヒルに笑った。


「……俺の名前になど意味はない。それよりも、君の名は?」

「え……シェリーです」

「シェリー、これを」



——きゃーーーーっっ!!



 舞台の上で転生者が花を一輪差し出すと、観客の女達から黄色い歓声があがった。迅八の横にいるフィレットの口からも、うっとりとその声は出た。


「転生者さま……!!」

「フィレットさん。……と、隣に居るんだけど」

「ジンくんっ、ちょっと静かにしててっ!」


迅八は黙った。


(なんでこんな劇が……そ、それよりも)


 違う。色々と違う。

 絆の力なんてない。シェリーの歳が全然違うし、シェリーはどちらかと言うとクロウに懐いていた。

劇の中での転生者は、過去に天使によって愛する人を殺された復讐者というキャラになっている。……そして、それを陰から支える魂食の大悪魔。

 ほとんどデタラメに近い話だったが、所々に本当の事が散りばめられていてタチが悪い。


(……な、なんで知ってんだよソードオブハート!! やめろよ、大声で言うんじゃねえよソードオブハート!!)


 そして転生者と大悪魔は、また(しいた)げられてる人達を救う旅に出る所で劇は終わった。


 ……喝采がステージを包みこむ。フィレットも大きく手を叩いている。複雑な心境でそれを見ていた迅八の隣に、誰かが座り込んだ。


「……おう、おめえも観てたのか。そこそこ良い出来だったな。……俺様の描写がちと薄い気がしたが、まあそういう役だったからな。次はもうちょい表に出させよう」

「て、てめえか犯人は!!」


 すっかり酒が抜けた人間形態のクロウが、昼間とは違う豪奢(ごうしゃ)なローブを着て座っている。

 そのわきにはこれまた強そうな、大魔王が使っていそうな杖が転がっていた。


「あ? ……いや、昼間こいつらが稽古してるとこに出くわしたんだが、ちと薄かったからな。技の名前とか肉付けしてやっただけよ」

「やめろよマジで……!! ソードオブハート広めんじゃねえよ!!」

「くかかかかかかっ、ソードオブハートーオ……。ゲラゲラゲラゲラッッ!!」


 クロウが笑うのを見て、フィレットが迅八の陰にその体を隠した。


「あん? なんだ子豚、その失礼な態度は? 丸焼きにされてえのか?」


 昼間の事などすっかり忘れたようにクロウが言うと、フィレットが必死にその胸を両手で隠した。


「……ん、悪いんだが今はそういう気分じゃねえんでな。子豚の胸になんぞ興味はねえよ」


 身も心もすっかり賢者にクラスチェンジしたその態度に、フィレットはホッとしつつも腑に落ちない表情をしていた。

 迅八達が騒いでいるとカーテンコールが終わり、観客達が散って行く。すると、迅八達に話しかけてくる者がいた。


「……おお、あなたがオズワルドの転生者さんですか!!」


 それは、舞台の上で転生者をやっていた役者だった。


「いやあっ、ご本人に観てもらえるとは恐縮です。どうでしたか出来の方は!?」


(……最低でした)



 一般的日本人である迅八はそれを口に出せず、適当に濁しておいた。


「いやあ、今日が初演なんですが、お陰様で好評ですよ。出来れば続編も作りたいんで、是非ともお話なんかを……」

「わ、わたし協力しますっ!!」


 フィレットが鼻息荒くその役者と話し込むのを見ながら、迅八はクロウから話を聞いていた。



 ……この劇には『悪食』版と『魂食』版があるらしく、今回上演されたのは魂食版で、迅八達が主人公のもの。

片や悪食版は、仲間を殺された白銀の女天使が迅八達の討伐に向かうものらしい。


「悪食と魂食でなにが違うんだ?」

「あん? 主に俺様を敵視してる阿呆が悪食って呼んできやがるな。それ以外は魂食の大悪魔って呼ぶぜ。俺様はそんな小せえ事は気にしねえが」


 と言う事は、女天使が主人公の『悪食版』では、逆に迅八達が痛い目に合わされるのだろう。……迅八は、意外な思いでクロウに尋ねた。


「おまえ、そういうの気にしないんだな。怒り狂いそうだけど」

「阿呆かてめえは……。こんなのは娯楽だろうが。縛り付けるとつまんなくなんだろ」


 千年の大悪魔の意外な大人の度量を見て、迅八は少しだけ感心した。


「そういや、女天使(アグリア)との話もまだ聞いてなかったな。あの後なにがあったんだ?」

「……ん、それはまた今度にしろや。この後やる事があるんでな」


 今のクロウの服装はいつもと少し違う。豪華な事には変わりないが、どことなく権威的な物を感じさせた。


「その格好どうしたの?」


 迅八がそう尋ねるのと、広場の方が騒がしくなり始めたのはほぼ同時だった。




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