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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第二章 亜人の里の収穫祭
23/140

 



 スーローンがそこに辿り着いた時には事態は終わりかけていた。

 辺りに散らばる蜘蛛の残骸、何かを焦がしたような匂い。離れた場所では異形の少年が、ひときわ巨大な蜘蛛に切りかかっていた。


「あれが……森のあるじ?」


 その姿を認めた瞬間、スーローンは嫌悪感で足が震えた。

 女として成熟したその身体は、女が(ゆえ)の本能により、余すところなく鳥肌に覆われている。


 今まで、数多くの豚人オークの女達が、『花嫁』として収穫祭で捧げられてきた。


 数えきれない女達が、あのバケモノの前に『女』として捧げられてきた。


 花嫁以外の里の全員で。

 代々の里長が先頭に立って。

 あのバケモノと交尾させる為に、仲間を捧げてきたのだ。

 そして、スーローンは自分の娘を差し出そうとした。いや、差し出した(・・・・・)


 なんで目の前の光景に至ったのかは判らない。しかし間もなく森の主は息絶えるだろう。

自分達のしでかした過ちは、二体の異形と悪魔、そして自分の息子の血と汗によって清算されようとしている。

 ……里長である自分は、何もしていないというのに。


「い、い、いぃぃぃぃぃっ……!!」


 喉から漏れたおかしな雑音が、自分の声だとは思えなかった。(なか)ば正気を失ったスーローンは、それでも近くにいるフィレットに気が付いた。


「フィ、フィレット……」


 いつまでも子供だと思っていた。

 しかし、今ではその瞳には凛とした強さが宿っている。

 自分の強がりや虚勢とは違う、本当の戦士の目だ。誇り高い豚人オークの女の目だ。


 ……止まったような時の中で、巨大な化け蜘蛛から何かが射出された。

 それはスーローンの視界で、ゆっくりと、真っ直ぐに、娘に向かって飛んでゆく。


 時の弾ける瞬間、母親は走り出した。



「……アタシが、アタシがっっ!!」



 そして、里長ではなく母親としての死を選んだスーローンは、娘の前で両手を広げた。






 ————————————————






 ……目を閉じてその時を待っていたスーローンに、いつまでも衝撃は訪れなかった。

 スーローンがゆっくりとその目を開けると、自分よりも前に立っている悪魔がいた。


 スーローンに背中を向けたその悪魔。その胸には巨大な杭のような蜘蛛の脚が刺さり、そのたくましい背中まで貫通していた。

 恐ろしい速度と重量で迫ったそれを、己の脚で大地を踏みしめ、スーローン達の元までは届かせない。

 悪魔の脚元の土は大きく隆起し、その身に受け止めた衝撃を如実に語っている。杭にまとわりつく、髪の毛のような微細な脚は、今も傷口を掻き毟っていた。



「……ちぃっとだけ、いてえな 」



 千年の大悪魔はその身に刺さった杭を一気に引き抜き、無造作に放り投げると、大きく血を吐き片膝をついた。


「き、貴様、どうして……なんでっ!?」


 スーローンは震えながら目の前の大悪魔に叫んだ。この千年の大悪魔が、自分達を助ける義理などない。

 悪魔は自分の益になることしかしないから悪魔なのではないのか。


「……さあてな。気紛れだきまぐれ」


 なぜなのだろう。スーローンの胸におかしな熱が灯り始める。

 しかしスーローンがそれを追求する前に、事態は再び動き出した。


「……あのガキに任せようかと思ってたがああああ、……ちいとばかしイラついたぜええええっ!!」


 クロウは、近くまで迫っていたロドの手を引き、傷が塞がり切っていない背中に乗せた。


「いくぞ豚人オーク!! てめえらが本当に誇り高えんだったら、幕引きくらいてめえでやってみせろ!!」


 蜘蛛の元に跳びたった悪魔とその背に乗った勇士。その背中を見ていたスーローンの袖が後ろから引かれた。


「おかあさん……」

「フィレット……!! ごめん、ごめんね……フィレット!!」

「おかあさんっ、おかあさん!!」


 母親は、優しく、強く娘を抱きしめた。






 ————————————————






 結魂によりクロウのダメージを共有した迅八は、蜘蛛から少し離れた場所で倒れこんでいた。それと同時に『黒陽』は消滅し、拘束を解かれた化け蜘蛛は、その最後の力でもってゆっくりと迅八に歩み寄る。


「よお〜しよし、くたばっちゃいねえなクソガキ……そのまま寝てろっ!!」


 迅八が何かを言おうとしているが、クロウは意に介さない。そして、伝説の元となった自分だけの技の名を叫ぶ。


「珍しいんだぞこれが見れんのはッ!! ……根こそぎいけいッ『魂喰らい』ッッ!!」


 がおんっ!! クロウが右手を大きく振るうと、そこから出た波動が獣の顔となり蜘蛛に喰らいつく。

 その顔が消えた時、蜘蛛の体になんの変化も無かった。しかし、その身からは何か(・・)が失われていた。

 それを確認したクロウは楽しげに笑うと、大森林の勇士を天高く放り投げた。


「くかかかかかかかかッッ!! くぉおおれえでっ、幕だッッ!!」


「ウオオオオオオオオオッッ!!」


 ロドはその斧に全てを乗せる。

 力を。体重を。魂を。誇りを。

 そして、長く長く続いてきた因習を、断ち切る覚悟と意思を。


 全身全霊で振るわれたその斧は、呆気ない程たやすく蜘蛛の体を両断し、その下の大地にまで割れ目を残した。


「はあ、はあ……っ!!」


 荒い息を吐き、ロドはその斧を高々と掲げた。


「……森の主の名を騙り、今まで誇り高き我ら大森林の民を(たばか)ってきた魔物は俺が討ち取った!! 我が名はロド、種族は豚人オーク!! ……これにより、今日をもって収穫祭の終わりを告げる!!」



 ……すでに陽は登り、辺りにはいつの間にか人影が増えていた。

 朝になっても帰ってこないスーローン達を探りにきた豚人(オーク)の狩人達。

 本来の日時に合わせ、それぞれの貢物や『花嫁』などを連れてきた他の種族の者たち。


 それぞれが困惑し、怯え、真相が判らない中で、一人の幼子(おさなご)が、おずおずと前に出た。


「わたし、おうちに帰っていいの……?」


 その小鬼(ゴブリン)の少女が上目遣いにロドを見ると、ロドは力強く微笑んだ。


 それを見た少女が泣きながら母親に縋り付く。母親もそれを抱きしめると、周りから小さな歓声が上がり始めた。

 そして、その歓声はやがて喝采へと変わり、森の勇士ロドの名がその場に響き渡った。






 ————————————————






 辺りは歓声に包まれていた。

 その中心には『英雄』ロドが。そして英雄と抱き合うように、その母親と娘が涙をこぼしていた。

 クロウはそこから少し離れた場所、忘れ去られた花嫁泥棒の側で座る。


「……けっ、こ〜れだから人間共は嫌なんだよ。割に合わねえったらねえな。おめえもそう思うだろうが。ジンパチ」

「いいや。そんな事ねえよ」


 迅八は、その光景を安堵の笑顔で見ていた。まるで、自分が救われたように。

 そして、その笑顔を見ていたクロウの胸に、また一抹の疑問が宿る。


(……これだ。この精神性だ。こいつは、なんだ? こいつの過去には何があった? なにがこいつを動かしやがる )


 人間は、自分が一番だ。

 人間だけではない。生き物はみんなそうだ。中には、そうでない者もいる。しかしそれは、自分以上に大切な何かがあって、それに己の身を捧げるのだ。しかし大抵はそれも錯覚だ。里の為に己を犠牲にすると陶酔していたフィレットのように。

 クロウは、今までのこの転生者の行動を思い返す。


(……こいつは、異常だ)



「それよりもよ。なんだよ、さっき胸にいきなり穴が空いたぞ。痛えじゃねえかよ」

「……カー〜っ、てめえの尻拭いだよ。俺様が居なかったらあそこで不細工に泣いてやがるメス豚も子豚も仲良く団子だ。串刺しにしてやりゃ良かったか?」


 迅八は目の前の悪魔に微笑んだ。


「……そうか。いいとこあんじゃねえかおまえ 」

「けっ……くだらねえ」




・・・・・・・・・・・・・・・




「さてと」


 迅八はゆっくりとその体を起こし、自らの体が回復したのを確認した。


「行くぞクロウ。もう少し付き合ってくれよ」


 その言葉を聞いたクロウは顔をしかめた。

短かい付き合いながらもこの転生者の事をクロウは解り始めていた。

依然いぜん、その力の不思議、歪な精神性については掴んでいないが、この少年がこの後に取る行動も予想はついた。

 そしてクロウとしては、出来るならそれは素通りしたい問題だった。


「やめとけジンパチ。これ以上は深入りだ。……俺様にしちゃ珍しい事だが、これは忠告だ。後悔するかもしれねえぞ」

「ここで行かねえ方が後悔するよ。……クロウ頼むよ。あの蜘蛛のすみかに案内してくれ 」


 あの蜘蛛はここからそう遠くない場所に、自分の巣を構えている筈だ。

 そこには、今までの『花嫁』達がいる。クロウなら、匂いや魂の気配を探り、その場所を突き止める事が出来る。


 クロウは迷っていた。

 その場所に行く事は、なんの意味もない。

意味はあるだろうが、それは良い意味ではないだろう。

 しかし、この転生者は己一人でも時間を掛けてその場所を探し出すはずだ。その時に迅八が取る行動は、おそらくクロウの想像を下回る事はない。


(まだ、俺がいた方がマシか……ちっ!!)


 蜘蛛との戦いの時よりも厳しい顔で、クロウはその重い腰を上げた。






 初めて迅八がフィレットに出会った泉に、その場所はよく似ていた。

 もうすっかり朝になったその場所は、あらゆる生命力と美しさを空気に乗せ、静かに水面を揺らしている。


「……ほんと綺麗だよな。この世界は」


 静謐(せいひつ)な空気を味わうように、迅八は深呼吸した。瑞々しい青い香りがその肺を満たし、迅八の心に活力を与える。

 しかし、その横のクロウは、微かに漂う異臭に気付いていた。


(やはり……)






「……おい、ジンパチ。悪い事は言わねえから里に戻るぞ。もう、ここには人はいねえ(・・・・・)

「なに言ってんだよ。ここまで来たのに。……おい、あそこに洞窟があるぞ。きっと、あそこにみんないるはずだ!!」


 そこには、ぽっかりと、闇が空いていた。

 黒々とした濃密な空気が洞窟の奥から漂ってくる。それはクロウにとっては馴染み深いもので、迅八にとっては薄気味の悪いものだった。迅八はその入り口で足を止める。


「クロウ、悪いんだけど松明(たいまつ)作ってくれよ。お前炎吐けるんだろ? このままじゃなんも見えねえよ」

「……いいんだな?」

「ん? ああ、頼むよ」


 クロウが作った簡単な松明を手にして、迅八は洞窟に入る。


 ……どこまでも、果てしなく地の底まで続くように見えたそれは、神話に出てくる地獄へと続く道の様だった。






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