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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第二章 亜人の里の収穫祭
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自分の戦い



 気が付けば、神輿の揺れは収まっていた。フィレットはその中で、閉じていた目を静かに開けた。


 ……もう周りに人の気配はない。

 運んでくれた里の男達は、決まりに従い『森の主』が現れる前に里へ帰ったのだろう。


 神輿の扉から微かな光が差し込んでいる。出発は真夜中だったが、気が付けば白んだ朝の光が辺りに広がりつつあるようだ。

 それでもまだ早朝。……深い森の中はまだ暗い。


 先程から気付いてはいた。

 さっきまでは感じなかった気配。

 この神輿の周りをぐるぐると回るように、何かがうごめいている。


「……はあっ、はあ……はあっ!」


 フィレットの息が荒くなる。

 まだ、その外の姿を確かめてはいないが、それは尊い方である『森の主』のはずだ。……けれど何故か、フィレットの体はガタガタと震えていた。

 覚悟は済ませてきたはずだった。おそらく、里でも囁かれているように、自分が行く場所は楽園のような場所ではないのだろう。『森の主』も恐ろしい醜男なのかもしれない。


 それでも、決めたのだ。里の為にこの身を捧げると。手の震えを必死に抑え、フィレットはその扉を開け、外に降り立った。


「え」


 ……初めに目に入ったのは、大きな『目』だった。

 一つがフィレットの顔ほどの大きさもあるそれが、縦に二つ、横に四つ、計八つ並んでいる。


 その、あまりにも巨大な『蜘蛛』は、至る所が普通の蜘蛛とは違った。

 八本の脚は鋭く尖り、大地を踏みしめるというよりも突き立っていた。頭と胴体は初めは真っ黒な毛に覆われているように見えたが、その全ては微細な『脚』だった。フィレットのすぐ近くで、その髪の毛ほどの細さの脚が、ぐねぐねと蠢いている。


 そして、巨大な頭の口の部分から、それだけは人間のような長い舌が、糸を引きながらフィレットの顔を、べろんと舐めた。


「……ひ」


 かくりと。フィレットは腰を抜かした。

そして、下がった視線の先に、それ(・・)を見つけてしまった。


 ……それは、蜘蛛の股間の部分から生えていた。舌と同じように、その部分もやはり、人間の物と同じような形をとっていた。

 しかし、その大きさ。フィレットの太もも程の大きさのそれは、どこもかしこもデコボコとしていたり、表面にもやはり微細な脚が蠢いている。

 そして、その先端からは、常に粘っこい汁が、ビクン、ビクンと垂れていた。




 フィレットの頭の中には、何も無かった。

 自らの運命に対する諦めも、里に対する献身も、何も無かった。たったの一瞬で、その全てが吹き飛んだ。


 蜘蛛の長い舌がフィレットのドレスの肩紐をずらすと、その実りきった果実が片方だけ晒される。

 薄桃の肌のその先端、ひときわ色の濃くなったそこを、長い舌が旨そうに舐めあげた。


 ……すると、今まで青かった蜘蛛の目が、ゆっくりと赤くなってゆく。股間の物が激しく震え、汚らしい汁を撒き散らす。目の前の怪物は、明らかにフィレットに欲情していた。


「……いやあああああアアッッ!!」


 フィレットが振り絞った絶叫を聞き、目の前の蜘蛛の化け物は狂喜するように八本の脚を鳴らした。その瞳の色はもう真紅に染まっている。


「いや……イヤッ!! こんなの、こんなの嫌あああああああああっ!!」


 巨大な生殖器がフィレットの太ももに添えられる。そして、長い舌がフィレットの腰を浮かし、ドレスの下の薄い下着を剥ぎ取った。


「お母さん、お母さんっ!! いや、いやっ!! ……お兄ちゃん!! たすけてお兄ちゃんッ!! ……いやだあああああッ!!」


 脳裏に最後に浮かんだのは、里の人々の誰でもなかった。


「……ジンくんっ。ジンくん、助けてえッッ!!」


 そして、フィレットの目の前の光景がふっとんだ(・・・・・)



 



 ざんっ!! その少年は、先程まで蜘蛛が居た場所に立っていた。


 見上げたその姿は異形。

目から下に真っ直ぐ黒線が引かれ、それは身体中に伸びている。伸びた黒線はかすかに青白い光を放ち、薄暗がりの中で光っていた。

 その髪は、うねり、逆立ち、段々と増してくる朝焼けを背景にして、黒い太陽のように見えた。


 少年の顔は、少女のよく知る無邪気で可愛らしいものではなく、瞳には揺るぎない力をたたえ、その眉は確固たる意思を感じさせた。

 そして、その少年は、優しく、本当に優しく、フィレットの事を抱きしめた。



「よう花嫁さん、ひどい顔してんな。……俺は花嫁泥棒だ。君を、(さら)いに来た」



 すると、空を覆う雲が切れたのか、そこから一条の光が差し込み、抱き合っている二人を包み込む。

 迅八は、そこで初めて、フィレットの知っている無邪気な顔で笑ってみせた。


「……ジンくん、ジンくんっっ!!」


 フィレットの震えは止まらない。しかし、それは先程までの恐怖に囚われたものではない。

 心が、震えている。目の前の光景に震えている。

 涙で滲む視界の中で、フィレットは自分の中で熱い想いが芽生えているのを自覚した。






 ————————————————






「……行っっっって来いやああああ花嫁泥棒ッッ!! 存分に暴れてきやがれええええいいあッッ!!」


 そう言って、クロウは背中の少年を全力で、遠くに見える蜘蛛の化け物に向かって投げつけた(・・・・・)


「ちょ、ちょ()っ、……ああああああああッッ!?」


 宙を滑空していく迅八が何か叫んでいたが、そんなのクロウの知ったことではない。

 もう、楽しむと決めた(・・・・・・・)

退屈嫌いの大悪魔は、そうと決めたらとことんやる。


「こいつはサービスだっ!! くあかかかかか!!」


 その両手に魔力を纏わせ、手を合わせると空に向け解き放つ。

 すると、空高く爆散したそれは、抱き合ってる花嫁達を光の柱で包み込む。きらきらと瞬く光の柱は、二人を祝福するように優しい輝きを放っていた。


「くあかかきかかか〜あっ!! ……おい見ろよ豚人オーク。あの小僧、しっかり子豚の身体を盗み見てやがるぞ。なあにこんな場面で欲情してやがんだあの阿呆は!? げひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!」


 ここからは遠いが、フィレットのドレスは所々がめくれていたり、何故かその両膝の間まで下着が降ろされていたりして、淫靡(いんび)な事このうえない。

 そして、転生者の少年が一番気にかかるのは、その片方を露出させた乳房のようだった。


「おい、見ろ。見ろよあ〜ンのカオッ!! 子豚の顔を自分の胸に押し付ける振りして、自分の視線を悟られねえようにしてやがる。……ちっちぇえええ!! 人間ちっちぇええええっっ!!」


 ゲラゲラゲラゲラ笑う大悪魔と反比例するように、『兄貴』のロドの顔はどす黒く変色していった。ギリギリとその歯を食いしばり、何かを耐えるようにしている。

 クロウは大声で迅八に叫んだ。


「ほれクソガキ、ここで一発決めてやれっ!!」


 その声が聞こえたのか、迅八がクロウの方を向き、大声で返事した。


「……なあ、やっぱおかしいだろ花嫁泥棒って!! 本当にこれが有効なのか!?」

「ば……、ばっかやろう、見てみろ子豚のその顔をっ!! 有効も有効、技ありどころじゃねえっ、そのまま寝技で一本だ!! ……てめえは阿呆か? この朴念仁がッ!!」


 最後までは締まらない迅八の様子を見て、ロドはホッと息を吐いた。


「……おいジン!! ふざけるのもここまでだ、後ろを見ろ!!」


 迅八が振り返ると、先ほど自分が吹っ飛ばした蜘蛛の化け物が、欲情ではなく怒りでその八つの目を真っ赤に濁らせ、自分のことを見すえていた。


「……フィレット、ここからは『花嫁泥棒』の役割だ。誓いの言葉も済ませてねえのに、汚ねえもんを見せつけてくる、あのバケモンと話をつけるぞ」


 そう言って、迅八は蜘蛛に向き直った。


「……おまえの兄ちゃんがあそこにいる。お前を助けに来たんだ。あそこまで行け」


 フィレットが振り返ると、ロドとクロウが新しく現れた何かと戦っていた。


「待ってジンくん。足が……足がいう事聞かないの」


 すると、迅八は首だけで振り返り、厳しい顔付きでフィレットを見た。


「……フィレット。俺はお前を攫いに来た。だけどな、お前はどうするんだ? これまでと同じなのか? 俺に攫われて終わりか? ……自分の足では、立てねえのか?」






 その言葉を聞いて、フィレットの胸に先程とは違う熱が生まれた。


 ついさっき、痛感したばかりだった。

 里の為、みんなの為、そんな事を思っていたが、甘ったるい自己陶酔は一瞬であの化け物に砕かれた。そして、運命の生贄に自分を差し出した里の仲間達を恨みまでした。

 結局、自分で考えて決めたように思っていただけで、周りに流されていただけだった。


 今、目の前の状況にも流されようとしている。

絶対的な危機に現れた大切な人。

自分を救ってくれる恩人。

その状況に全てを任せて、自分では何もしないのか?


 フィレットの目に力が戻るのを確認すると、迅八は優しく微笑んだ。


「……行けよフィレット。あそこでお前の為に戦っている兄貴の所へ。言ってやれよお前の言葉で 。……お前はお前の戦いをしろ。俺には俺のやる事がある」


 そう言って、少年はその左腰の鞘から『魔剣』を抜く。

 自分より後ろ、そこには誰も通さない。巨大な蜘蛛の化け物を前に、不退転の決意で()って。


「行けフィレット。……振り返るな!!」


 その言葉に弾かれるように、フィレットはその身を起こした。両足で地面を踏みしめ、兄の元に走り出す。


 言わなくちゃいけない事がある。

 自分で走り出さなくては、なにも変わらない事がある。



 遠ざかってゆく足音を聞き、少年は笑う。そして、その笑顔はゆっくりと、獰猛な物へと変わってゆく。


「こっから先は、女の子には刺激が強すぎる。来いよバケモン。……ところで、てめえのその脚は、俺の愛刀よりも切れんのか?」


 その言葉が終わるや否や、巨大な蜘蛛はその身を跳ねて、異形の少年に襲いかかった。




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