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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第二章 亜人の里の収穫祭
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約束

 



 泉から少し離れたその場所で、ロドは迅八を座らせた。

 先ほどロドに対して怒りを振るった少年は、今では見る影もなくへたり込んでいる。


「……ジン、済まなかったな。これは俺のせいだ。お前に頼むのが遅かった」


 フィレットは、あの泉で今までの全てに感謝を捧げ、すでに別れを済ませていた。

 そこに、迅八とロドが現れた。別れを済ませたはずの世界と、ほんの少しの、なんの保証もない希望を口にして。


「……もう遅すぎた。これはお前のせいじゃない。俺が、俺がダメな兄貴だったからだ。妹にも、余計な負担をかけてしまった」


 そう言って、屈強なその男は涙をこぼした。そして、いまだ呆然と座りこんでいる少年の肩を抱く。


「お前は俺達(・・)の大切な友人だ。この件が終わった時にはお袋にも必ず協力させよう。……済まないが、今はそれで勘弁してくれ 」


 そう言って、ロドは泉の方に踵を返す。

 それを横目に見ながら、迅八はまだその心を取り戻せずにいた。



 気が付くと、迅八はスーローンの家の牢屋の中で、膝を抱えていた。途中でスーローンと会ったような気もするが、何も言葉を交わさなかった。スーローンも迅八の様子を見て何かを察したのか、特に何も言わなかった。

 クロウの姿は見ていない。あの自由な大悪魔はどこかで好きな事をしているのだろう。


 そのまま日が落ちた。



 どれ位の時が経ったのか、ロドが食事を持ってきた。

 何かを迅八に言っていたようだったが、それも迅八の心には届かなかった。食事を置いてロドは去っていった。


 いつしか迅八は眠りについた。






 ————————————————






 真夜中、里はひっそりと息づいていた。

『森の主』への輿入れ。収穫祭は本来の日時を待たず、粛々(しゅくしゅく)と進められていた。


「フィレット……」


 ロドが『花嫁』に声を掛ける。花嫁は純白のドレスに身を包んでいた。

 豚人(オーク)の魅力を最大限に引き出そうと設計されたそれは、迅八の元の世界の物とは(おもむき)を変え、所々が肌を露出させ、美しさと淫らな空気を同居させていた。


「兄さん。今まで本当にありがとう」

「フィレット、本当に、本当に……」



 ——いいのか?



 その言葉をロドは必死で押し留める。もうここに至ってしまっては、誰にもどうする事も出来やしない。そんな無意味な言葉を言った所で、目の前の妹を悲しませるだけだ。

ロドは、本当に言いたかった言葉を隠し、他の言葉を口にした。


「……本当に、綺麗だよ。さすがは俺の妹だ」

「ふふ……ありがとう。久しぶりに兄さんに褒められた気がする 」


 普段、ロドはフィレットをからかってばかりいる。

 やれ、そんなに食うともっと太るぞ、お前は本当にお袋の娘なのか? ……なにが王子様だ、お前を貰ってくれる物好きな王子様なんているわけがないだろう。


 それもこれも、可愛い妹を構う為の方便だ。フィレットもそれが解っていたので、本気で怒る事はなかった。それが、当たり前の日常だった。


「スーローン様……お母さん。今まで本当にありがとう。私は、森の主様に嫁ぎます。……私はもうここには帰ってこないけれど、いつでも心はこの里と共にあります」


 スーローンは無表情だった。無表情を保っていた。そして、静かに顎を引いた。

 すると、そばに置かれていた神輿のような物の扉を豚人(オーク)の女が静かに開けた。その中に花嫁は静かに入り込む。


 入り込む直前、花嫁は里長の家を見上げた。……遥か高いそこには、牢屋がある。


 しかしそれもほんの一瞬。

 花嫁は神輿に納められ、その扉は閉められた。


 屈強な男達が神輿をかつぎ、静かにそれは進んで行く。

 それを、人だかりから少し離れた場所で、千年の大悪魔は腕を組み見ていた。






 揺られる神輿の中で、少女は目を閉じて、色々な事に想いを巡らせていた。


 幼い頃からの様々な思い出。

 優しくしてくれた里の人達。不器用だけれども妹を可愛がってくれる兄。里の為を思い、自分の心を殺して勤めを果たしている尊敬する母。

 ……そして、出会ったばかりの、可愛い笑顔の転生者。


「ごめんね……嫌な事言っちゃったね」


 フィレットは自分の小指を、大切に、大切に、宝物を触るようにゆっくりとさする。


「けどね、本当に、嬉しかったの」


 少年が言ってくれた約束。

 これから自分を待ち受ける運命など考える事もなく、少女は静かに微笑んだあと、その指をさすり続けていた。






 ————————————————






 迅八は暗がりの中で目を覚ますと、初めに空腹を覚えた。


 どれだけ眠っていたのだろうか。……窓からは月明かりではなく、白んだ太陽の光が差し込んでいる。午前三時か四時か。早朝と呼ぶにもまだ早い時間なのかもしれない。

 頼りない明かりの下で、迅八は用意された食事に気が付き、それを口にした。


「……マズ」


 すっかり冷めきったしまったそれを、黙々と口に運ぶ。この食事が特別まずいわけではない。ただ、昨日のフィレットと共に食べた食事が、美味く感じすぎた(・・・・・)のだ。


 腹になにかを詰め込む事で、迅八の頭に血が巡り出す。睡眠を取り休息を得た心と体に、もう迷いはない。覚醒した迅八の意識は一つの答えを下した。


「……関係ねえ。下らねえ決まりも、フィレットの気持ちも、そんなもん知った事じゃねえ」


 自分は、自分の信じる事を、誰に構う事もなく、全力でやり遂げる。

 それをしなかったから、それが出来なかったから、(いもうと)があんな羽目になった……。


 深い記憶を揺り動かされ、迅八の頭に鈍痛が走る。なにか、大切な事を思い出せそうだったが、今はそれを追求する時ではない。

 迅八はすぐに行動を開始する。

 動いてみたらもう遅すぎた。そんなのは、もうこりごりだった。


 しかし、いきなりその行く手は阻まれた。

 昨日は開いていた牢屋の格子が、しっかりと閉まっている。押しても引いてもビクともしないその牢屋に背を向けて、迅八は格子が存在しない『窓』に向かった。






 ————————————————






 神輿に乗ったフィレットが運ばれてから、幾らかの時が経っていた。スーローンの家の前、その場に残っていたのは里長であるスーローン、戦士のロド、そして、千年の大悪魔だけだった。


「……なんだ。なにか言いたいことでもあるのか大悪魔」

「いいや。なんもねえな。これがてめえらだけで出来る最善だろうよ。俺様が保証してやろう。……別にお前は里長として間違っちゃいねえよ。母親として正しいかどうかは俺には関係ねえことだ」


 その言葉をどう受け止めたのか、スーローンの表情からは何も判らない。













 そして、それ(・・)は墜落してきた。



——ダアアアアンッッ!!

長い夜を終え、寝静まろうとしていた静かな里に、何かが叩きつけられたような大きな音が響き渡った。


「うっぐあああああっっ!?」


 その音が聞こえたと同時に、突然その身を襲った衝撃と激痛に、クロウは思わず膝を折った。


「なっ……!? あ、脚がっ!!」


 その脚は折れているようだ。(いびつ)に折れ曲がってしまった己の脚に、クロウは無意識で回復術を掛ける。

 その衝撃は、脚を伝わり内蔵まで達していた。喉を上がってくる血を飲み下して、クロウは己の状態を確かめた。


(ま、まさか、牢屋にいるあのガキが……! 一体どうなってやがるっ!?)


 そして、薄暗がりの中で、クロウは闇より深いそのにじり寄る影を見つけた。


 ……それは、ボロボロになった足を引きずり、両手で地を這う人間の姿だった。その体はクロウの傷とは比較にならない程の重傷を負っている。

足は、完全に背中の方を向いていて、腰がぐるりと一回転し、半ば千切れかけていた。闇の中、湯気が立つようなどす黒い赤。それが辺りに撒き散らされた。

 傷はパキパキと音をたて、正常な方向へとまた戻ってゆく。地を這う両手も歪な形を少しずつ元に戻し、そのスピードを上げてゆく。


 闇の中光る両目。

 それだけは異常な輝きを放ち、目の前に続く道を睨みつける。


 それを見つけてしまった三人は、ただ呆然と口を開けた。

 スーローンは、目の前にいる存在が転生者の子供だとは気付かなかった。

 ロドは、それに気付いたが信じられない気持ちと共に、肌が粟立つのを感じていた。呆然とつぶやく。


「これが、これが転生者……」


クロウは自身の激痛をこらえ、闇に浮かぶ巨大な木の頂点にある牢屋を見上げた。


(……ウソだろ。このガキ、飛び降りやがったのか!? あそこから!?)



 すると、それ(・・)は口を開いた。


「グ、ぐろう……わりいんだげど……、て、かしでぐれ……」

「……く、くおおおおっ!! くぉのっ、大馬鹿野郎がっ!! て、てめえは俺を殺すつもりかああああっ!?」


 回復したクロウが怒りの声をあげる。そのクロウの目の前で、迅八の体に緩やかに変化は起き始めていた。

 ……目の下に線が走り、それは身体中に広がってゆく。その髪は荒々しくうねり、逆立ち、ざわざわと揺れはじめ、そして、青白い光がその身を包み始めた。


「……クロウ、行くぞ 」


 いつの間にか、迅八はその足で立ち、クロウの側まで寄っていた。しかしまだ体が痛むのか、ときおり体を折り、血を吐き出している。


「な、なにが行くぞだ、くぉのクソッタレが!! なんで俺様がてめえの酔狂に付き合わなきゃならねえんだ!!」

「悪いんだけど、まだ、足がうまくうごかねえんだ。フィレットんとこまで、連れてってくれよ……」

「嫌だねっ!! なんでこの俺様が、なんの関係も……ね、え……」


 そこで、クロウは思い出した。

 自分がスーローンに言った事を。



『あのガキにばれねえようにうまくやれや。こっそりとな』



 確かにそう言った。日時を変えてまでこんな真夜中に収穫祭が行われたのは、元々その一言からだ。


 クロウは再び巨大な木を見上げた。

……それが、もしも目の前のブチ切れに知れたら、どうなる?

……自分が死ぬかもしれない高所から、ためらいもなく飛び降りる人間、本物の気狂いにその事が知れたら、どうなる?


 クロウは、自分の血の気が引いてゆくのを感じると、溜息を吐いた。


「……うっがあああああああ! 仕方ねえのかあああああああああ!」


 迅八の手を引き、その体を背に乗せる。そして神輿の消えた方向、まだ花嫁の残り香のするその道に向かおうとした。


「待てっ!!」


 迅八の叫びにクロウが足を止めると、迅八はロド達に声をかけた。


「……ロド、スーローン。あんた達はどうするんだ。俺はもう決めたぜ。迷わねえ 」


 ロドは一瞬の逡巡の後、強く言う。


「ジンっ。俺を、俺を連れていってくれ。兄貴は妹を守るもんだ。……そうだろう!!」


 それを聞いた迅八は満足げに微笑むと、スーローンを見た。


「……あんたはどうするんだ」


 スーローンの無表情が、ピシリと音を立てる。しかし、その下にある本心、それは結局表に出なかった。


「そうか。それがあんたの答えなんだな。……じゃあな母親。あんたの娘は俺達がどうにかするさ」


 そして、迅八はロドの手を引きクロウの背中に乗せた。


 遠ざかってゆくその姿を見て、スーローンがどんな顔をしていたのか。

 走り出した迅八達には知る術はなかった。






 ————————————————






薄暗い森の中を風は走る。

突き進む弾丸。

闇を弾き返す黄金の風。

森の神獣はその背中に二人を乗せて、大石を飛び越え枝を叩き切り、障害物の前で宙に跳ぶ。

大悪魔の背中の上で、目の前を睨みつける少年は、そっとこんな事をつぶやいた。


「……と、ところでよ、追いついたら、フィレットになんて言やいいのかな?」


 その言葉を聞いたクロウは着地に失敗しそうになった。


「……て、てめえは今更なに言ってやがるんだ!? そんな事も考えねえで、あの牢屋から飛び降りやがったのかっ!?」


 恥ずかしそうに肩を縮める迅八に、ロドも呆れた視線を送る。


「……クロウ。俺はさっき、なにか目が覚めたような感動すら覚えていたんだが。転生者はみんなこんな(・・・)なのか?」

「そんな事を俺様に聞くんじゃねえ!! …ッカアーーーーーーっ!! ここまで来ちまえば乗りかかった舟だ。俺様も楽しませてもらうぞコラッ!!」


 そして、クロウは顔を楽しげに歪める。その顔は確かに千年の大悪魔だった。


「……おいジンパチ。俺様の助けが欲しいか? 助言が必要か? ……これでも俺様は千年の大悪魔よ。女の扱いなんてお手のもんだし、これに近い状況も何度か経験したぜ。そんな俺様の助けが必要なら……対価が必要になるぞ?」


 その脚のスピードを緩める事なく、木々をすり抜け枝葉を振り払い、クロウはどんどん進んでゆく。もうかなりフィレットに迫っているかも知れない。

 そこで悪魔はお約束のように、願いを叶えて欲しくば対価をよこせと迅八に告げた。


 ……もう、日は登りかけている。

 そろそろフィレットの元に辿り着いてしまうのではないか。焦燥感に囚われた迅八は、その悪魔の言葉に頷いてしまった。


「っくかかかかかかかかっ! 言ったな、言いやがったな!? ……さ〜て、どんな事させてやるか、それはお楽しみにとって置く事にして……」


 遥か前方に木々が開けている。

 しかしクロウの恐るべきスピードは、ぐんぐんとその景色を近づける。


「……いいかジンパチ。てめえが何を言うべきなのか判らねえってのは、自分(てめえ)の立場が理解出来てねえからよ。……そこの兄貴は『兄貴』としての言葉を子豚に吐くだろうよ。俺様も部外者として、あるいは悪魔としての言葉を吐くだろうぜ 」

「な、なんか説得力あるじゃねえか」


 なるほど、と迅八はその言葉に感銘を受けた。しかし、問題はそこから先なのだ。


「クロウ! 俺、よくわかんねえんだよ。だってさ、俺って……、俺ってフィレットのなんなんだ!?」


 くくく、面白げに悪魔は頬を歪める。

 その目はすでに、すぐそこの木々の切れ間を見すえていた。


「じゃ〜あ、この偉大なる千年の大悪魔たる俺様が、ひ弱なガキにてめえが何者なのか教えてやろう。……いいか? てめえは、足が短くてすぐに暴力をふるってテメエにとっての大恩人に感謝も表せねえ無礼者で、純情そうな顔しやがってそのくせ陰では子豚の体に劣情を催す、最低のぉ……!!」

「言い過ぎだろおまえっ!!」



 切れ間を越えるっ!! おそらくこの場所にフィレットが……!!



「……サイッテーの、『花嫁泥棒』だ!! ……くかかかかかかかかっ、行けよクソガキ!! 存分に暴れてきやがれ!!」


 悪魔は心底楽しそうに笑うと、その背中の少年を、荷物のように放り投げた。





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