表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第一章 迅八とクロウ
2/140

南の木

 


 寺田てらだ 迅八じんぱちは、目覚めてからなにもしていなかった。

 寝起きのまどろみを楽しむわけでもなく、ぼんやりとした顔で前を向いていた。

 そのままいくらかの時間が流れると、見るとはなしに見ていたのだろう辺りの状況が、情報として脳の中で生まれだした。


(ここは……)


 辺りは薄暗いが、不思議な暗さだった。夜なのだろうが、妙に明るい。

月明かりのようでもなく、電灯でもない。迅八が初めて目にする暗さだった。


(木が多い……)


 迅八が目覚めたその場所には、色彩が(あふ)れていた。

数々の草木が()(しげ)り、色とりどりの花が咲き乱れている。この場所に、世界中の色という色が集まってきたのではないか……そう思わせる光景。

そして、咲き誇る花はどれもこれも、それ自体が薄闇の中でほのかに発光していた。


 やがて迅八は、緩やかではあるものの、思考を始めるようになった。


(……壁? なんだこれ)


 迅八は、自分が何かにもたれかかるように座り込んでいるのに気がつくと、同時に今まで意識していなかった体の感覚に気付きはじめた。


(ちくちくする……、うおっ)


 迅八は裸だった。草に細かく体を刺され、それを払いのけるように手を振ると、自分の胸に何かが刺さっているのに気がついた。


 ……それはつかのように見えた。まるで心臓にナイフを突き立てているように。

 そして、迅八はとっさにそのナイフを抜いてしまった。


 もしも体にナイフが刺さっていたとしたら、なんの考えもなくそれを抜く事がどういう結果を招くのかは誰にでも分かる。

その事に迅八が気がついたのは、完全にナイフを抜いてしまった後だった。

 しかし、胸からは出血することもなく、刺さっていた傷跡すら見当たらなかった。


(このナイフは……)


 何故かそれを見ると、心がざわついた。刃渡り十センチ程の、余りにも頼りない武器。

そのナイフは、迅八の曖昧(あいまい)な記憶をやたらと震わせる。

 そして、思考を続けようとする迅八の前に、唐突にそれ(・・)は現れた。



 その生き物は、所々に赤が混じる金色の毛をまとっていた。全体で見れば狐のようなその生き物は、あらゆる部分が狐とは違った。


 頭部からは荒々しくたてがみが生え、馬のように背中まで続いている。四つ足で歩いているが、前足は手のようにも見え、後ろ足で立つ事も出来るのかもしれない。

 その腕、体は見ているだけでも力が(みなぎ)っているのがありありと分かり、その気になれば迅八の頭などたやすく握り潰せそうに見えた。


 そして、一番違う点は、体の大きさだった。体長は優に二メートルを越え、三メートル程もあるかもしれない。

 迅八は初めの鳴き声では驚きのあまり身をすくませた。しかし、二度目の鳴き声では、恐怖と畏怖から身も心も固まったのだ。


「……え」


 驚きのあまり硬直している迅八に向かい、その生き物(・・・)は、現れたと同時に不思議な声で一度鳴いた。

 迅八がなんの反応も返せずにいると、少しの間をおき、生き物は先程よりも長く鳴いた。


「な……」


 その生き物は迅八をつまらなそうに眺めると、唐突に迅八の頭に(かじ)り付いた。

 がおんっ。

空気が震えるように聞こえた後、迅八がこの世界で初めて出した言葉は、意味を成さない絶叫だった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ