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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第二章 亜人の里の収穫祭
18/140

震え

 



 迅八が目を覚ますと、フィレットはそこに居なかった。


 寝ぼけた眼で辺りを見渡すと、食事の跡が綺麗に片付けられている。

 そして、迅八はきちっと整えられた布団の上に寝かされ、上には薄手の布が掛けられていた。迅八が寝入ってしまった後、フィレットがやっていったのだろう。


「……完璧な女の子だな」


 そして、迅八は昨日の夜の事を思い出す。自分は、その完璧な女の子と……。


「あれ、やっぱ、そうだよなあ」


 キスを、しそうになった。と言うか、されそうになった。

 その事を思い出すと、思わず顔がにやけてしまう。迅八だって健全な男で、興味深々の少年だ。誰かに好意を寄せられるのを実感して、嬉しくないわけがない。


 ただ、少し浮かれた心の中にも、昨日のそれを不思議に思う気持ちもある。

 自分はクロウの人間形態のように整った外見はしていないし、少しばかり背丈は大きいが、それもこの世界に来てからは人を見上げてばかりいる。

 クロウに作って貰った魔剣は立派なものだが、身につけている衣服だってパッとしない。なんでフィレットが好意を寄せてくれたのか。それを信じられるほど、自分に自信を持っていない。


「……やっぱ、性欲強いのかな」


 フィレットに聞かれたら怒られそうな事をつぶやいて、迅八は部屋を見回す。すると、部屋と廊下を遮っていた格子(こうし)が、開いている事に気付いた。


 時間が経つにつれ、段々腹も空いてきた。逡巡(しゅんじゅん)の後、迅八は部屋を出る事に決めた。


「フィレット、どこにいるんだろう……」


 牢屋に連れられた時に登ってきた結構な長さの階段は、下ってみると思ったよりは短かった。迅八がいた牢屋の一つ下の階に、ひときわ豪華な扉がある。おそらくスーローンの部屋なのかもしれない。


(けど、里長の部屋よりも上の階に牢屋を作るって。 ……ちょっと感性が違うのかな)


 迅八が一階に降りてくると、丁度フィレットの兄であるロドと鉢合わせた。


「……おお丁度良かった。ジン、ちょっと来てくれないか?」


 ロドは迅八を見ると、明らかにホッとした顔をした。


「あ、ロドさんおはよう。どうしたの? あと、フィレットがどこにいるか知らないかい?」

「……フィレットは今日は大切な用事があってな。おそらく会えないだろう。……それよりも、悪いんだが一緒に来てくれないか? アレ(・・)はお前の連れなんだろ?」


 フィレットに今日は会えない。

 それを聞いた迅八は、自分が落胆している事に気付いて恥ずかしくなった。

 しかし、それ以上に気になったのは、迅八の連れの、アレ。おそらく『アレ』の事を言っているのだろう。


「わ、わかった。ロドさん、連れてってよ」

「こっちだ。来てくれ」


 ロドはそう言うと、早足で迅八を先導した。






 ————————————————






 里の広場には、人だかりが出来ていた。


「ちょっと……、ごめん、ごめんよ。通して……」


 かなり厚みのあったその輪を越えると、その真ん中では男と女が向かい合っていた。


 一人はスーローンだった。

 その締まった腰に手を当て、大きな胸を誇示するがごとく悠然と立っている。

 片や一方、迅八の連れのアレ(・・)は、腕を組み、見下すように、傲然(ごうぜん)とスーローンをめつけていた。


「……おい、下衆な人間の男よ。今ならば黙って見逃してやろう。さっさと人間の世界に帰るがよい。どうやらこの里の美しい空気はお前には毒気が強すぎるようだ。この里の気高い女よりも、下衆な人間の一山いくらの安い女がお前には似合っているぞ。

 ……ほう? もしや、そんな安女やすおんなを買う金もないのか? これはこれは、申し訳ない、施しを求めるかただったとは。しかしそれならそれらしく、膝を折り卑屈に見上げてくれなければこちらもそうとは判らぬぞ。……ほら、拾え」


 スーローンがこの世界の事に(うと)い迅八でもそれとわかる、いかにも安そうな硬貨を一枚、相手に向かい爪で弾く。


 対する腕を組んだ男は、その硬貨を予想外にも拾い上げた。


「……ほほう、これはこれは。まさか今の時代に、チンケでみすぼらしい里とは言え、仮にもそこの長たる(もん)がこんな最小通貨を持ち歩いてるとはな。……俺様は釣りなんぞ受け取らねえからこんなもんは使った事がねえんだが……。いや、珍しいもんを見せてもらった。どうやら礼をしなくちゃならねえな」


 男が、組んでいた腕をほどき、身に(まと)うマントを広げると、そこからジャラジャラと宝石がこぼれ出て、その足元に山を作った。



——おおっ!

——うわぁ〜!

——綺麗……!!



 人だかりの中から歓声や溜息が漏れる。それを聞いた男は、集まる人々に向かい高らかに宣言した。


「……これは礼だ。遠慮すんな。お前らのもんだ」


 男がヒョイっと宝石の山から離れると、そこに人だかりが殺到した。




 ——ば、ばかやろう、それは俺がっ!!

 ——これでカアちゃんに、やっと指輪を……

 ——ああ、こんな色!こんな色が欲しかったの!!

 ——ねえ、打って……頬を打って!! ……ああ、夢じゃないわああああ!!




「……ねえ。これ、どういうこと?」


 辺りはすっかり狂乱に染まっていた。その狂乱の真ん中でマントの男は高らかに笑っていた。迅八が頬をヒクつかせながらロドに問うと、ロドは深くため息を吐いてから迅八に説明した。


 今、すぐそこで高らかに笑っている鬼畜は、里に着くなり近くの豚人に声を掛けたという。




・・・・・・・・・・・・・・・




 ——おう姉ちゃん、ちょっと付き合えや

 ——いや、ちょっと、ホント困るんで……急いでるんで



 立ち去ろうとする女の前に男が立ちはだかると、そこで女の恋人が来た。



 ——おいお前。俺の女になにしてんだ

 ——ん?『俺の女』? なんだそりゃ? 人は誰かのもんなのか? そんな事をてめえらが崇める神は許してんのか?

 ——い、いや、そう言う意味じゃなくて

 ——だったら黙っとけや。なにも貰っちまおうって訳じゃねえ。すぐ終わるしすぐ返してやるよ。なんならおめえも一緒にどうだ

 ——お、おい。コイツ予想以上のクズだぞ。誰かロドを呼んで来い



 そしてロドが来て話を聞いていたのだが、やはり(らち)があかず、スーローンまでこの場に来た。

 そしたら鬼畜は、……このチンケな里に世話になってやりに来た。自分の連れも先に来てやってるはずだ。だから、俺様を歓迎しろ。

 そう(のたま)った。


 もはや会話にならないので、ロドが迅八を呼びにきた。こういう事だった。




・・・・・・・・・・・・・・・




「……おやおやあ、里長サマー? ……気高い豚人オークの方々が、俺様にとっちゃあ無価値にも(ちけ)え、二束三文の石っころを醜く醜く奪い合ってますなあ? 里長サマもさっさと行かねえと、なくなっちまいますよお〜? ……それとも、その欲求不満な体には、違う礼の方がいいのかなああああ?」


 男が下卑た笑みを浮かべ、スーローンの美しい肉体をいやらしく睨めつける。

スーローンは憤死しそうな表情で、ぐぬぬ……と唇を噛んでいた。気のせいか、目には涙まで浮かんで見えた。



「……よいしょ、よいしょっと、ごめんなさいね」


 迅八は人だかりを掻き分ける。その手には、留め金を外した黒刀を、鞘ごと持っていた。


「ッッくかかかかかかかかっ。やっと判ったかぁ? てめえが誰様(だれさま)に向かって生意気な口きいてやがったのか。この俺様を人間だと!? ……よく聞けよ。この俺様こそ、千年のっ」


 しかしその後ろには、鞘に収まった刀を大上段に構えた迅八がいて、まさにそれを振り下ろした所だった。



「クズがっっっっっっっっっ!!」



 クズだった。






 ————————————————






 迅八が目を覚ました時には、千年のクズは狐男の姿に戻っていて、頭を押さえて悶絶していた。

 ついつい頭に向かってフルスイングしてしまった迅八だったが、その痛みは自分にも跳ね返る事を忘れてしまっていた。

 クロウの回復は迅八ほど異常なものではない。迅八は意識を取り戻した時にはすでに回復していたが、クロウは大きなたんこぶを作り、涙目になっている。


「痛え、痛えええええっっ!!」


 そこは広場ではなくスーローンの家だった。

あの後、気絶した迅八と、いてえいてえとわめくクロウを中心に、宝石の狂乱もあいまっていよいよ場の収拾がつかなくなった。

 そこでロドが提案して、スーローンの家に連れて行こうという事となったのだ。


「……てめえこのクソガキャア!! いくら俺が大悪魔だとはいえ、痛みを感じねえとでも思ってやがるのか!?」

「クロウ、お前にはガッカリしたぜ。案外良いとこもある奴なんじゃないか……そう思い始めてたんだけどな」


 迅八はクロウと別れた後、時々クロウが負ったのだろう軽い裂傷などが自分の体に現れるたびに、一応この悪魔の事を心配もしていたのだ。

 もっとも、それも別れて二日目には止んでいたので、クロウは無事だと確信していた。そして、それはクロウも同じだった。別にクロウは迅八の心配などはしなかったが。


「つーか、お前なんで犬に戻ってんの?」

「犬じゃねえわっ。とっさの事があったりすると最適(・・)な体に戻る事があるんだよっ。殴られそうになりゃ構えちまうだろが。そんな感じだ」


「……しかし、まさか魂食こんじきの大悪魔様だったとは。いやあ、なんと言うか……、伝承もずいぶんとねじれているようだな」


 ロドは、子供とおとなげなく口喧嘩しているクロウを見て、驚きと呆れの混じる声をあげた。

 悪食あくじき魂食こんじきの大悪魔、ついさっき新たに増えた、千年のクズ。

数え上げればキリがないクロウの異名だが、その伝説はどれもその強さ、凶悪さ、あるいは勇敢さ等を伝えるものだ。


「……おおかた、そこの下品な獣が自作自演して作った噂なのだろうよ。数々の伝説の主人公が、まさかそこの(・・・)だとは信じられん」


 スーローンは迅八が気絶している間に少し余裕を取り戻したようだった。豪華な椅子に背を預け、ゆったりとした姿勢をとっている。

その様子を見たクロウが言った。


「……あん? おかしいぞジンパチ。いまメス豚の鳴き声が人の言葉に聞こえやがった。てめえに頭を殴られたせいかもしれねえ。どうしてくれやがんだ 」


 そんな言葉を迅八ではなく、スーローンの方を見て言う。

 また二人の間に火薬の匂いがし始めると、ロドが慌てて間に入った。


「まあまあ、待ってくれ魂食こんじき様。なにか用があって来たんじゃないのか? ……初めから名乗ってくれればこんな事にもならなかったんだ。とりあえずは座ってくれ。茶でも持ってこさせよう」


 そうして四人はやっと揃って席につき、話は先に進んだのだった。




 ・・・・・・・・・・・・・・・




「ルシオ? ロザーヌ? ……知らんな。終わりだ。帰れ。さっさと」


 そう言って席を立とうとするスーローンを、慌てて迅八が押し留めた。


「ちょ、待ってよオバサン! 俺たち聞きたい事があってここまで来たんだ!!」

「お、オバ……、貴様ら、話を聞きにきたと、喧嘩を売りに来たの違いがわかっているのか?」


 その顔を見たクロウは、膝を叩きゲラゲラと笑っていた。


「おい、オバ……、里長様よ。まあ確かに、俺様達も礼儀を()いていたようだな。オバ……、里長様の怒りももっともだぜ。正式に謝罪する。……許されよ。オバサ……、オバ里長殿」

「ロド、戦争だ。兵を集めろっ!!」


 スーローンは美しい顔を歪めて、口から泡を飛ばしている。おそらく本気で戦争するつもりだ。


「……もうあんた達に任せてたら話が進まんな。俺が進行させてもらうぞ」


 ロドは疲れた顔でこめかみを揉みながら迅八に向き直る。


「ジン。お前と魂食様……、クロウはここになにをしに来たんだ? 今の状況では本当に喧嘩を売りに来たとしか思えんぞ」

「いや、違うよ。本当違うから! ……えっと、話すとややこしいんだけど」


 迅八は、自分の些細な一言から始まってしまった結魂の事を説明した。そして、それを解いてくれる結魂師を探すか、情報を集めに来た事を。


「……ふう、そうか。それは、なんと言うか、前途多難だな」

「どういう意味だい? ここには結魂の情報はないって事?」

「いや、そんな事はない。とびきり優秀な結魂師様はいるぞ。……ほら、そこに」


 そう言って、スーローンを見た。




 ・・・・・・・・・・・・・・・




「……いや、しかしよジンパチ。世界は本当に広いもんだ。俺様はこれでも千年以上生きている。あらゆる場所を旅したし、あらゆるもんを食ってきたし、あらゆる美しいもんを見てきた。しかし、こりゃどういうわけだ?

……これほどの宝、これほどの財宝は、世界のどこにもありゃあしなかったぞ。……世界の宝。それが、こんな神秘的な森の奥に、美しい亜人の姿をとって存在してるなんてよ……」


 そして、憮然(ぶぜん)とした表情のまま腕を組んでいるスーローンを、クロウは眩しげに見つめた。


「……正直よ、直視できやしねえ。太陽と一緒だぜ。こっちが灼かれちまう美しさだ。……おお美しき人。貴女のあまりの美しさに、自分を偽り貴女と接してしまった私の初心(うぶ)な純情をお許しください。そして、私の忠誠をお受け取り下さい…… 」


 クロウは、ゆっくりとスーローンの手を取り、その手の甲に接吻をしようとし。


「くおの、阿呆がああっ!!」


 当然そのまま殴られた。




 捜していた結魂師がスーローンだったと知ると、クロウは面白いほどに豹変した。おだてて、持ち上げ、へりくだった。放っておけば足の裏でも舐めそうだった。

 しかしクロウのすごい所は、なんだかんだとスーローンの怒りを抑えてしまった。いまだ釈然(しゃくぜん)としない顔をしているが、話は聞いてくれるようだ。

それを見ていた迅八は思う。


(さすが千年の大悪魔(クズ)、人間を騙くらかすプロだな。俺はこいつと一緒に行動して大丈夫なのか……?)



 スーローンは落ち着きを取り戻した声で二人に言う。


「……話は解った。だが、今は何も答えられん。現在里は重要な神事を明日に控えている。その後でならもっと詳しく聞いてやる」


そこに迅八が問いかけた。


「それって、収穫祭ってやつの事かい?」

「それを誰に聞いた? ……フィレットか、あれもしょうのない娘だ。その通り、だからお前達に(かかずら)っていられんのだ。解ったのなら祭りが終わるまでは大人しくしておけ。続きはその後でだ」


 今度こそ話を終えようとしたスーローンに、迅八は続けた。


「それって、結婚式みたいなもんなんだろ? 俺達も見てっていいかな?」

「……あの娘はそんな事まで。駄目だ。部外者に神事は見せられん。これは嫌がらせではない。里の取り決めなのだっ」


 クロウは黙って話を聞いている。そこには先程までの雰囲気はなく、何かを考えている気配があった。


「ちぇ〜、そっかあ。花嫁さん見たかったんだけどなあ……」


 迅八が残念そうに言うと、それにロドが答えた。


「もう見たじゃないか。 フィレットだよ。『森の主』の花嫁は、フィレットだ。……フィレットが望んでるかは分からんがな」

「え……」


「ロドっ!! お前は、部外者に何を、」

「ジン。……フィレットは、明日この森の主の元に輿入(こしい)れする」


 叱責する様にスーローンがロドの名前を呼んだが、ロドは構わず言葉を続けた。


「今は身の清めの為に泉にいる筈だ」

「そんな……」


 それを聞いた迅八の体は、勝手に動き出していた。先程返された黒刀とナイフを身に付け、家の外に向かう。


「オバサン! ……俺ちょっとフィレットんとこ行ってくる!」

「ま、待て! お前らには関わりのない事だ!」


 その言葉を無視したのか、聞こえていないのか、迅八は家を飛び出した。


「……スーローン様、俺が見張っておきましょう」

「ロドっ、わかっているんだろうな!?」


ロドが迅八の後を追おうとすると、スーローンが鋭い声を掛けた。……なにが、とは言わず。ロドも迅八の後を追っていった。






 ・・・・・・・・・・・・・・・






 スーローンは二人が居なくなった室内で、苦虫を噛み潰したような顔をしたものの、吐こうとした溜息を呑み込んだ。

 まだそこには残っている者がいたからだ。


「……おい。貴様は行かんのか?」


 クロウは椅子ではなく、部屋の調度品の一つに腰をかけ、脚をぶらつかせていた。


「ん? ……俺様にゃ祭りも花嫁も関係ねえからな。それに俺はあのクソガキの保護者でもなんでもねえ。好きにさせりゃいいさ」


 そしてやはり脚をぶらつかせたまま特に動こうとしない。


「……なら、ここから出て行ってくれ。少し一人になりたいのだ。騒ぎを起こさんならどこにでも行って良い。部屋も用意させよう」


 スーローンが疲れ切った様子でその顔を伏せると、そこに悪魔の声は響いた。


「……『収穫祭ハーヴェスト』。誰がそう呼んだ?」


 その顔は伏せたままだがスーローンの体がピクリと動いた。構わずクロウは続ける。


「……ここに来る途中、おそらくフィレットとかいう子豚を見たぜ。しかしな、その周囲にも護衛がいたようだったな。子豚本人には気付かれないようにしていやがった。……まるで、監視でもしてるみてえだ。いやいや、『護衛』ってのも大変だな」


 スーローンは顔を上げた。

 その美しい顔は先程の弱り切った顔ではなく、全くの無表情だった。その目からはなんの感情も読み取れない。


「……どうにも気になってな。俺様は厄介事を解決する為にあのガキを連れてここに来たわけだが、厄介事に巻き込まれる(・・・・・・)為に来たんじゃねえ。里に着いてから少し辺りを探らせてもらったぜ」


 スーローンはその背を深く椅子に預け、顎を動かす。……続けろ。そう言うように。


「……どうもな。どうも違和感がありやがる。一目でなんらかの神事だとは判ったが、なんの神事なのかまではわかりゃしねえ。そこでそこらの女になんの為の祭りなのかを聞こうと思った。……誤解されたようだがな」


 クロウはぶらつかせた脚を伸ばし、とんっとその体を床に下ろした。


「さっき言ってたな。どうやらあの子豚が『森の主』と(つがい)になるそうじゃねえか。めでてえこったな。里を挙げての大騒ぎだ。そうすっと、感じてた違和感が解りやがった」


 スーローンは瞬きもせずにクロウの顔を真っ直ぐに見すえている。その顔にクロウは言葉を放つ。


「祝福だ。華やいだ空気がこの里には無え」






「……おい、貴様……」

「待て。待てよスーローン。人の話は最後まで聞くもんだ。……でだ。俺様がなにを言いてえかだ」


 美しいオークの大きな目が細められ、クロウの瞳を見つめた。


「俺は、この里の祭りも輿入れも全く興味がねえ。『誰』が『何』を収穫すんのかもカンケーねえし、あの子豚がどうなろうと(・・・・・・)知ったこっちゃねえ。そもそも関係ねえからな。おめえらの言う通り、部外者だ。……ただな、あの小僧。ジンパチがどう思うかは判らねえ。いや、判るっちゃ判る。すでに、厄介事に半分足を突っ込んじまってる事もな」


 そこでクロウは忌々しげに顔を歪める。その厄介事に自分も巻き込まれる事になるのだろうと。


「……おめえらがあの小僧にどんな印象を持ったかは判らねえが、あいつは俺でも扱いきれねえ部分がありやがる。だからよ、やるんだったらうまいことやれや。……あの小僧には知られねえように」



 ——こっそりとな



 そう言って、クロウはその部屋から出て行った。










 一人残されたスーローンは、威厳ある里長の姿ではなかった。


 椅子の横に置かれた鏡に映るもの。


 ……それは、たった一人で重圧を押し付けられ、誰にも助けを求められない女の震える肩だった。



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