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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第一章 迅八とクロウ
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旅の始まり

 



 クロウは昼過ぎに帰ってきた。


 本当はもっと早くに帰ってくるはずだったのだが、朝、黙って寝床を抜け出そうとしたクロウに、目覚めた女が泣きながらすがりついた。


 (いわ)く、行けば死ぬ、貴方を愛してしまった、どうか馬鹿な真似は……etc etc

 もうその頃にはあらゆる欲望を(みた)し切っていた千年の大悪魔は、ああ、なんかもうめんどくせ〜な〜、などと考えながらも優しく女を諭した。


 自分も君を愛してる、過去にケリを着けに行く、この戦いが終わったら……、このままでは先に進めない、あらゆる言葉で遠回しに、『君の為にも俺は行くんだ』と言い聞かせた。


(しかし、なかなかいい女だったな……。あの反応、初心(うぶ)なくせして垣間見えた、好奇心と向上心。暇だったらみっちりねっとり何ヶ月か掛けて仕込んでやるとこだったんだが……)



 クズだった。



(あ〜、最後なんて言ってやがったか? 一月後、あの酒場でなんちゃら言ってたか? ……まあ行く気なんか毛頭ねえが、暇が出来たらまたいつでもいいから会いに行くか。そん時ゃまたテキトーなホラでも吹いてやりゃ信じるだろ。くかかかかかか……そういや、あいつの名前なんだったっけ?)



 悪魔だった。


 紛うことなく、人々に忌み嫌われるに相応しい、千年の大悪魔だった。



「なにやってたの〜、くろちゃん」


 シェリーは不機嫌な顔をしてクロウに近付き、まとわりつこうとしたが、すぐに離れた。


「……なんか、変な匂いする〜」


 顔を(しか)めてクロウから離れ、迅八の太ももにまとわりつく。


「なにやってたんだ? つ〜か、髪、伸びてない?」

「どうやら今の流行りだとこれの方が受けるらしくてな。……まあそりゃどうでもいい。昨日は用事を済ませてきた。苦戦したぜ 」

「戦ってたのか!? 大丈夫なのかよ!!」

「いや、初めは楽勝かと思ってたんだが、相手もなかなか手強くてよ。最後の方じゃ俺様に……。ふう、まあいい戦いだったぜ」


 心配する迅八の横では察したロザーヌがシェリーの耳を塞ぎ、ルシオは苦笑していた。

 迅八は一人だけ首をひねった。






 ————————————————






 クロウは『クロード』の姿のまま家に入り、昨日作っていた服と鎧に着替えて出てきた。

 初めに見た外見重視のエキゾチックな装いに、荒々しく変わった長髪に似合うようマントまで羽織っていた。

 先程まで身につけていた鎧や剣は、雑にそこらに放り投げた。


「おうルシオ。これやる」

「えっいいのかい? 見た感じ立派なもんだが、俺にはデカすぎて使えないと思うが」

「ん? そりゃただの『衣装』だからな。必要になったらまた作りゃいいし、ダセエしな。使わないんだったら売っちまえ。宿代の代わりだと思っとけ」

「まあそう言ってくれるんだったら……。ありがとうクロードさん 」

「……だから、悪魔に礼なんぞ言うんじゃねえ。それとジンパチ、これでも使っとけ 」


 クロウがまた雑に何かを(ほう)ると、それは迅八の足元で重い音をたてた。

その、鞘に収められた剣を迅八は手に取り、静かに抜き取る。

 その剣は全くの素人である迅八から見ても素晴らしいもののように見えた。


「うわっ……!」


 それは日本刀のような剣だった。黒い刀身は怪しく光り、しのぎの部分だけ、朱く輝いている。

 つばは鈍い金色で複雑な意匠が施されていて、なにかそこから上に向かい、ゆらゆらと陽炎が立ち昇る。


 つかには黒い革が巻かれていて、その先端、柄頭つかがしらには、真紅の宝石が埋め込まれていた。

 さやもまた見事な物で、硬い黒革で出来たそれにもシンプルな線で鈍い金が走っている。


「ま、魔剣!?」

「凄い。初めて見たわ……」


 ルシオとロザーヌが驚愕するこの剣は、どうやら凄まじいものらしい。迅八もその美しさ、妖しさに心を奪われた。


「『漆黒』の野郎が使ってた槍がなかなかの業物だったんでな。魔石も生きてた(・・・・)し、変性させて作った。まあそれもテキトーに作ったからやはりダセエが、文句なんぞ言うんじゃねえぞ」

「テ、テキトーって!!」


 ルシオが叫ぶ。ガクガクと首を振るロザーヌも同意見らしかった。


「ルシオさん、これ、やっぱいいもんなのかい?」

「……おそらく、売れば王都で豪邸が建てられるだろ」


 それを作った当人のクロウはその魔剣を眺め、満足してなさそうに舌打ちしていた。


 クロウはと言えばやはり腰に美しい鞘を下げており、その剣も迅八は見せてもらった。

 それは迅八の刀とは違い、西洋風のロングソードだった。

 その肉厚の両刃の剣は冷たい輝きを放ち、刀身の中心には、ガードから真っ直ぐ刃先に向けて金の帯が伸びていて、その帯の中には何か文字が刻み込まれている。


 グリップには青い布が巻かれていて、柄頭ポンメルは、迅八の刀とは違い宝石は無く、その代わりに意匠が施されていた。


「「せ、聖剣……!!」」

「ば、馬鹿野郎!! 悪魔が使う剣をそんな不吉な名前で呼ぶんじゃねえ!! そんなもんじゃねえわっ!!」


 やはり驚愕するルシオとロザーヌにクロウが怒鳴る。それを横目に迅八はまた自分の魔剣を手に取った。


(……かっっこいい〜〜!!)


 迅八も年頃の少年だ。ゲームだってやった事あるし、漫画だって読む。

 そこからそのまま飛びてて来たような『魔剣』は、強く迅八の心を掴んだ。


「お、気に入りやがったのか? ……まあてめえくらいのチンケな小僧にゃその程度のもんで充分だろうよ。それと、やはり名付ければ威力が上がったり技が使えるようになるかも知れねえからな。名付けんだったらよく考えろや。その小指程度の脳味噌でな 」

「……ああ。ありがとクロウ! 大切にするよ」


 素直に感謝を口にする迅八に、クロウはケッと顔をしかめた。

 ルシオとロザーヌはクロウの剣を眺め、溜息をついている。


「あん? なんだ? そんな魔石もついてねえのが欲しいのか? まだ名付けもしてねえし、やろうか?」


 それを聞いたルシオとロザーヌは、首をブンブンと横に振る。


「と、とんでもない。こんなもんが家にあったら、今日から安心して眠れやしない! 周りの人間が全員盗賊に見えてしまうよ。……それに、さっき貰った剣と鎧でも相当な金になるはずだ。もう充分だよ!」


 善良な小市民であるこの夫妻が、受け取るのを怖がる位の価値が、この二本の剣にはあるらしい。


「ねえねえ、くろちゃん。シェリーには〜?」


 ん、とクロウはシェリーを一瞥すると、その懐から金の首飾りを取り出した。


 昨日、行きずりの女に渡した物の余りだ。

 クロウは『狩り(ハント)』に出る前には大抵せっせと宝石を仕込む。あらゆる色の宝石を取り揃え、その女の髪やら瞳やらに合った色の物を渡し、偶然にも、運命だ、よく似合うよ、などとホラを吹く。


 昨日の余りの一つから、ついいつもの癖でシェリーの瞳の色と同じ、(とび)色の石がはまった首飾りをその首に掛けてやる。それを見たシェリーは瞳を輝かせた。


「うわぁっ、くろちゃんだいすき……」


 すると、いつもの元気さではなく、とても恥ずかしそうにモジモジしながら、クロウの頬にキスをした。


 やはり幼くとも女は宝石が好きらしい。その効果を左頬の感触で確かめていたクロウは、嫌そうに顔を歪めていた。

 それを見ていたロザーヌが言う。


「おほほほほ、クロウさま! (ワタクシ)にも、その、なんといいますか、記念の品など頂戴出来たらぁ……」


 ロザーヌはその豊満な胸を寄せ、谷間を見せ付けるように体にシナを作った。


「……昨日までなら食指が湧いたんだがな。今日はもう腹イッパイだ。ほれ、取っとけ」


 クロウが無造作に懐から宝石をいくつか取り出しロザーヌに放ると、目にも止まらない速度でロザーヌはそれを余す事なく受け止めた。



(……今、カメレオンみたいに舌が伸びて、何個かキャッチしてなかったか?)


 迅八は狂気に満ちたロザーヌの瞳を見て、獣人、怖い……と思った。


「よし、そろそろ行くぞジンパチ」


 迅八は、ルシオとロザーヌから贈られた冒険者が使うリュックサックのような鞄を背負い、出発の準備を整える。その中には食料と水が入っていた。


「二人とも、ほんとにありがとう。何から何まで世話になったよ」

「ジン、もうお礼は言い合わないって言ったわよ。……気を付けてね」

「クロードさん。ジンをよろしく頼むよ。何かの運命を背負っているようだが、まだ子供だ。助けてやってくれ 」


 ルシオがクロウに向けて話すと、同時に手紙のような物を渡した。


「けっ、どいつもこいつも。俺をなんだと思ってやがんだ。そんな事は天使に言いやがれ。……おいジンパチ。こいつは鞄の中に入れとけ。落とすんじゃねえぞ」


 そう言って迅八に手紙のようなものを渡して来た。迅八はそれを言われた通りに鞄にしまった。


「ジンにいちゃん、くろちゃん……」


 シェリーには遊んでいた時に、天使様と呼ぶのはやめさせた。その後ジン兄ちゃんと呼ぶようになったのだが、その言葉がまた、迅八の妹、しずかの事を思い出させた。


(静……。今はまだなにも判らない。けど、この世界に居るとしたら、俺が必ず……)




「……ジンパチ」


 クロウに促され、迅八は言う。


「ありがとう! みんな、また来るよ!!」


 そして、二人は旅に出た。






 後になって振り返る日が来るのなら、この日が二人の最初の一歩だった。

 

 些細な一言が生んだこの二人の関係が、後に大きなうねりをこの世界に生み出すことを、今はまだ誰も知らない。





一章終



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