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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第一章 迅八とクロウ
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亜人

 



「亜人? 二人が?」


 迅八の目の前に居る二人が告白するが、迅八からしてみれば二人はただの人間に見える。迅八の少ない知識の中では『亜人』というのは、耳が生えていたり尻尾が生えているものだ。


「ええ……」

「あら、そうなんだ。……んじゃ、俺のこっちでの初めての友達は亜人のひとなんだね。改めてよろしく。ルシオさん、ロザーヌさん。……それと、助けてくれてありがとな」


 ぺこりと頭を下げる迅八を二人は呆然と見ている。顔をあげた迅八は、二人のその表情に気付き、不安そうな声をあげた。


「えっと、やっぱり、勝手に友達とか言われたら、迷惑だったかな……?」

「……ふ、」

「はは、ははははははは!!」


 二人はそれを見て、初めは思わず、次第に大きく笑い出した。


「いや、気にするなよジン。友達だったら助けるのが当たり前さ。な、ロザーヌ」

「ええ、そうね。お互い様だわ。もうお礼を言い合うのはやめにしましょう。あなたもそれでいい? ジン」


 ロザーヌの口調は砕けたものとなって、迅八を『ジン』と呼ぶようになっていた。


「そうしてくれると助かるよ。」


 それを聞いた迅八は、明るく笑った。




・・・・・・・・・・・・・・・




「そうか。だからシェリーには、人間の姿だったのにクロウの事がわかったんだね 」

「なんだか、『匂い』で判ったらしいぞ。あの子は獣人の血が濃く現れてるんだろうな。何故か動物に好かれるみたいだしなあ」


 迅八の疑問にも解が出た。

 なんでシェリーはクロウに気づいたのだろうと気になっていたのだ。


 ルシオもロザーヌも、獣人の子孫だという。しかし、その血は長い血統で薄まってしまっているし、ほとんど、というか、全くと言っていい程に人間と変わらない。シェリーにはその血が両親よりは濃く表れた様だが。


 ちなみに、以前動物に好かれるたちのシェリーを連れて狩りに行ったルシオが、シェリーに懐いて寄ってくる動物を撃ち殺した事があり、その後シェリーから一月ほど口をきいてもらえなかった。


「……さてと。とりあえずの事は話したな。俺達が口出しする事じゃないのかもしれないが、少しクロードさんと話をしてきたらどうだ? 俺も二日続けて仕事を休むわけにはいかないしな」

「そうだね、そうするよ。ごめんルシオさん。仕事の事とか俺気付かなくて」

「あら、友達だったら当然の事よ。ジンはそんな事を気にしなくていいの。……ほら、早くクロウ様の所に行ってらっしゃい。きっと近くの小さな林に居るわ。昨日もそこで何かをしてらしたようだから。……そうそう、喧嘩しちゃダメよ!!」


 友達、と言ってからロザーヌの口調も態度もガラリと変わったが、迅八にはそれが嬉しかった。

 椅子を立ち、迅八がドアに向かうと後ろからルシオが声を掛ける。


「何を話してどういう結果になるのかは判らないが、一回ここに帰って来い。今夜のメシは豪勢だぞ!」


 その声を聞いた迅八は振り返り、満面の笑顔で言った。


「行ってくるよ。メシ期待してる!!」


 そして迅八はクロウの元に向かった。




・・・・・・・・・・・・・・・




 二人だけになった部屋の中、ルシオが身支度を整えながら言う。


「……いい男だな 」

「ええ、そうね。けど……」


 ロザーヌは『友達』のくだり、その時おずおずと「迷惑か」と言った迅八の顔が気に掛かる。


 あの少年はほがらかで、元気で、他人の為に怒れる優しさがあり、亜人である自分達を気遣える分別を持っている。

 『あ、そうなんだ』などとなんでもない事のように言っていたが、恐らくあれは、こちらに言外にこう言っていたのだろう。「俺はそんな事気にしないぜ」と。


 だから、シェリーがクロウを見分けた理由だけ確認したら、その他の事、何故差別されるのかも何も聞いてこなかった。

 恐らく亜人について気になる事も、聞きたい事も、それこそ山程あるだろう。

 それでも自制できるのだ。訳のわからぬ世界に放り出された転生者なのに。


「けど…… 」


 あの顔。……迅八はルシオの言うように気持ちいい男だ。ただ、ロザーヌはあの顔が気になった。

 おどおどと、こちらを伺う様に、自分から友達だと言い出しておいて、拒絶を恐れるその顔。


 ロザーヌから見た迅八の精神は、ちぐはぐだった。

 子供だと思えば大人だし、勇敢に天使に立ち向かったあの少年が、自分達に拒絶されやしないかとビクビクしていた。そのアンバランスさを、ロザーヌは不安に思った。


「心配だわ。気に掛かる弟が出来たみたいよ 」

「……ああ。伝え聞く転生者は、どいつもこいつも化け物揃いだ。ジンはあんな普通の少年なのにな」


 歴史上に何度もあった危機において、魔王を打ち倒した勇者、世界の地図を広げ続ける冒険王、魔道具を作り出し世界を変えた者。

……そして、天使と対等に付き合うと言われている、転生者達の王。


 その他にも転生者に関する噂は事欠かない。誰もが皆、数奇な運命を辿(たど)り、常人とは違うなんらかの戦いへとその身を投じてゆく。


「あいつにも、そんな運命が待っているのかな……」


 ルシオの言葉にロザーヌは思う。

 自分達と、あの二人、転生者の少年と、千年の大悪魔。


 ……この出会いは、すでに物語の(いち)ページなのではないか。伝え聞く数々の英雄譚の様に、長い時を超え、語り継がれる物語。その初めの方の出来事に自分達は立ち会っているのではないか。


「……ルシオ、仕事はいいの?」

「ああ、そうだな。そろそろ行くとするよ。しかし、弟とは随分気に入ったみたいだな 」

「ええ。なんだかほっとけないわ。……もしかしたら、弟じゃなくて『男』かも」

「おいおい……滅多な事は言わないでくれよ! ただでさえクロードさんは、お前の胸がお気に入りみたいなのに」


 イタズラに微笑み、ロザーヌはあの時の事を思い出す。



 ……身体中から血を流して、自分達の為に力を尽くした夫。ひょっとしたら、自分の前にルシオの方が先に死んでしまうのではないかと思った。

 自分とシェリーの命を助けたのは迅八で、その後、窮地から救ってくれたのはクロウだ。それは理解している。

 それでも彼女は思う。


 自分とシェリーが今も生きているのは、ルシオのお陰だ。


 愛する夫、頼れる父のお陰で、今も自分とシェリーは生きている。迅八とクロウ、二人にそんな事を言うはずもないが、ロザーヌはそう考える。

 あの、怖ろしい死の間際。かつてルシオを人生の伴侶とする決断をした、過去の自分を褒めた。


 そして、それに気付かせてくれた、転生者と悪魔に心から感謝していた。

 あの少年達が困っているのなら、それを助けるのは『友達』である自分達の権利だ。義務ではなく。


 ルシオを上目遣いに見るロザーヌの目に、微かな甘えと懇願が混じり始める。


「ねえ、仕事、……いく?」


 ルシオはちらりと窓を見ると、そこになんの気配もない事を狩人の嗅覚、……愛に負けた、男の第六感で必死に探る。


 幸いシェリーはあの二人が見てくれるだろうし、二人の話は短いものではないだろう。

 ロザーヌの腰に手を回し、奥の部屋へと二人は消えていった。




 ……この後二人は町に買い物に行き、豪勢な食事と言った手前、奮発し散財し、久しぶりの二人の時間を日が暮れるまで楽しんだ。






 ————————————————






「……………………………」


 クロウは機械的に作業を続けながら、その頭では様々な事に思いを巡らせていた。


 クロウは現在、『クロード』用の服と鎧を作っている。

 そこらの木や草、花から繊維を取り出し、岩や絶壁から金属や宝石の原石を取り出しそれを研磨する。


 これらは、魂喰らいに近い能力で行われている。魂喰らいは魂そのものに干渉し、色々な作用をもたらす能力だ。

 万物には魂が宿る。それが植物だったり無機物だったりすると、人によっては土の精霊だとか木の精霊だとか呼んだりもするが、クロウにとっては、ただ『魂』だ。


 人間などの知的生命ならば、その存在を構成する無意識の情報の集合体が魂だ。

 魂の情報を読み取り、木や鉱物を他の状態に変性させる。それがクロウが行っている作業だった。


 そして迅八に施した『言語の習得』は、魂ではなく精神に干渉してもたらした。


 精神は魂と違い、無意識ではなく意識できるもので記憶だったり心だったりと言える。

 魂や精神への干渉はクロウの最も得意とする所で、この程度の事ならば目をつぶっていても容易い。

 現に、クロウは先程から制作の作業にほとんど意識を割いていないが、みるみると美しい刺繍が生地に施されていく。


(情報が足りねえ。……あの小僧はわからねえ事が多すぎる)


 シェリーには、作業の邪魔したら二度ともふもふしてやらないと言ったら大人しく言う事をきき、今は野生の兎と戯れてきゃっきゃと言っている。


(謎はある。それこそ山程な。だが、一番の謎で、俺に最も影響する事)


 迅八は、死なない(・・・・)のか。

 それがクロウにとって考えるべき事の最優先事項だった。


「……ねえ、くろちゃんみてみて!! この子すごい!! とべるんだよ!!」


 シェリーが膝くらいの高さに構えた木の枝を、兎がぴょこんと跳び越える。

 それを見たシェリーが騒いでいるが、クロウは気に留めない。



(何故魔術が効かねえのかもわからねえが、それは今となっては俺に利するから置いておく。目下最大の謎は、あいつは死なねえのか(・・・・・・・・・・)。しかし、そんな人間がいるのか? そういう世界から来たのか?)


 クロウはときおり器用に子狐形態の前足を動かし、後ろ足で素材をまさぐり、変性させたものを今度は合成させていく。


(自然回復能力だとしても、俺よりも速度が(はえ)え。そんな事、人間ならばあり得ねえはずなんだが……)



 クロウは魂喰らいの干渉能力により、自分の魂の形を変える事が出来る。


 そして変わった魂の形に、肉体が追随する(・・・・)。傷を負ったとしても、無傷な魂の形に、肉体が寄り添うのだ。


 それにより変化へんげしたり出来るし、傷付けられた魂を元の形に戻す事によって、それに伴い肉体の傷を回復させる事が出来る。しかしこの超絶の能力だが、幾つかの制限もある。


 例えば、自分以外の知的生命の魂の形を変える事は出来ない。ある程度の干渉は出来るが、巨大な竜の魂を蟻に変えて、それに追随して小さくなった肉体をプチっと踏み潰す。そんな事は出来ない。


 そして、自身の変化へんげはほぼ一瞬で出来るが、傷の回復はそうもいかない。腕の形を他の動物の形にするのは一瞬で出来る。だが、失った腕を生やすには少なくない時間がかかる。


 さらに、魂に付けられた傷は治りが遅い。

 これに至っては肉体の自然回復能力は全く関係ない。


 例えば、「古傷が疼く」などと言う男がいたとする。それは、魂の傷と肉体の傷が結びついた結果だ。肉体の自然回復能力は、肉体にしか作用しない。

 魂に残った傷が癒えなければ、その男は古傷を抱え生きていく事になる。血は流れないが、痛む様に無意識(たましい)が感じさせるのだ。


 意識(こころ)無意識(たましい)に力を与え、無意識(たましい)は肉体に影響を与え、肉体の状態は意識(こころ)に強く作用する。

 それがこの世界の理だ。




 

 

(それと、もう一つ、こっちは謎というよりも、問題点だが……)


 クロウが危惧(きぐ)したのは迅八のその精神性。怒りに身を焦がした時の、異常とも言える攻撃性だった。


(あの人間共は命を救われたり、あの出来事の衝撃で他の事に目が行っていやがる。元々の原因が俺達であるにも関わらず、その事を口にする事もねえ。もっともどう思っているかは判らねえが……)



 いや、それよりも。……クロウは考える。



(……単純に、見ていねえからだろうな。あの小僧の不可思議な回復や異形の様子、激怒のサマは目の当たりにしたが、その後おそらく『漆黒』の野郎に存分に発揮しただろう攻撃性を、あいつらは目にしてねえ)



 クロウはそれを自分が体験した。今でもあの時の怖気おぞけは思い出せる。

 本気でやれば負けるとはこれっぽっちも思わないが、あいつは相手にしたくない。面倒だとか、嫌悪感とすら言える。



(瀕死の『漆黒』のあの傷……。食いやがったか、千切りやがったか。確かな事は判らねえが、アレはおそらく武器によるもんじゃねえ。……一部始終をあの人間共が見ていたなら、恐らく家に(かくま)いはしなかっただろうな。……命の恩人だろうとも)



 クロウはその、迅八な(いびつ)な精神性を危惧していた。

 それはロザーヌの考えとも似ていたが、その方向性はちがう。クロウはあくまで、自分の身に降りかかるかもしれない面倒を危惧していた。



(これからしばらく、あるいはかなりの長い間、ヤツとは行動を共にする事になる。結魂をどうにかしなくちゃならねえからな。俺の命をあいつに握られている以上、ヤツが死なねえようにお守りをしなくちゃならねえ。

 ……クソっ!! そしてあの精神性は、間違いなく厄介事の種になるだろうしよ。……クソっ、クソッ!! あのまま常夜で寝ときゃあこんな事には……!!)






 考える事はいくらでもある。

 他にも、ロザーヌやシェリーの傷。何故、あの二人はあの中で生きていたのか。

 誰も不思議に思わないが、クロウだけはあの攻撃、『にじり寄る闇(デスティアスケイル)』を理解出来た為、その謎が判らなかった。



(後ろから抱きついてただけであのチビ達を守っただと? 阿呆か!! そんな事で済む問題じゃねえ。あのチビは無傷だった。母親と結魂を結んでいたから初期の軽傷は母親が引き受けていたんだろう。そして、その後ジンパチが二人の元に辿り着き、なんらかの『力』で二人を守った。……だが、何故それならあの小僧は死にかけた? 自分もその力で守られる筈じゃねえのか? ……ああ、情報が少なすぎてイラつきやがるぜ!!)






「……くろちゃん、ね〜、まだお仕事おわらない?」


 クロウが気付くと、シェリーが兎を抱えて、横から覗き込むようにその様子を伺っていた。


 ……どうやらこの子供に自分は嘗められているらしい。そう思ったクロウは、そろそろ勘違いをただしてやる為、脅しを口にした。


「……うるせえチビ。俺様は邪魔するなって言ったはずだぞ。それがわからねえんだったらさっさと帰りやがれ。誰もここに居てくれと頼んだ覚えはねえぞ」


「……それとな、勘違いするんじゃねえぞ。俺は悪魔だ、てめえの事なんてなんとも思っちゃいねえ。……次に俺様の機嫌を損ねたら、その兎を挽肉にして、てめえの口に放り込んでやるからな…… 」


 シェリーは一瞬大きく目を見開くと、そのまま視線を下ろし、兎を抱く手にきゅっと力を込めた。


「ごめんなさい……。しずかにしてるね。くろちゃんお仕事だもんね」


 そう言って、シェリーは静かにクロウから離れ、クロウの視界の端でそっと腰を下ろした。決して帰ろうとはしない。


 兎を抱え、地面を見つめるその目は並々と涙をたたえている。静かに口で呼吸をして、はぁ、はぁと微かな音をたてるが、それも必死で抑え込む。

 音をたてればクロウに嫌われると思っているのだ。


 ……シェリーは鼻水を垂れるままにして、苦しそうに静かに呼吸していた。そして、我慢していた涙が溢れ、それが地面に落ちる前に、右手でそれを受け止めた。

 まるで、その涙が地面に落ちたら大きな音をたててしまうんじゃないかと怖がるように。


 シェリーはクロウの脅しを聞いても怖がらなかった。ただ、クロウを怒らせた事が解って、それでクロウに嫌われる事を怖れた。





 ……っ ……ぃ ……ぃっ


 クロウの視界の端で、シェリーが自分の服の袖を噛み、必死で嗚咽をこらえている。

 もうその涙は留まる事なく、ぽろぽろと頬を伝い、その涙を兎はチロチロと舐めると、そのつぶらな瞳でじっっと、クロウの方を見た。



(……なんだ、これはなんだ。俺はあの畜生(うさぎ)に、まさか()められてやがるのか?)



 クロウの視界の端で、シェリーは袖を噛み続け、鼻水を垂らし続けている。

 そして、堪えきれない嗚咽がほんの少しだけ漏れた。


 …っひ、んひ、ひぃぃぃん、んひぃぃぃぃん


 兎の目をクロウが見ると、それは真っ暗な穴の様だった。

 その時、クロウの耳には、サーっと。確かに自分の血の気が引く音が聞こえた。











(違う、そうじゃねえ。そうじゃねえんだ。俺は少し考え事がしたかっただけなんだ。だってよ、考えてもみてくれよ。長い眠りから覚めて、ちょいと気まぐれに転生者を構ってやったら結魂に巻き込まれたんだぞ? 俺はヤツに施しをくれてやった。言葉が判るようにもした。それで結魂だ? あんまりじゃねえのか? お前はどう思うんだ? 俺は勝手に『真名』なんて付けられたんだぞ? なあ、お前はどう思うんだ? 畜生うさぎよう!

 その後あの小僧に追い回され、わけのわからん天使と戦う羽目になるわ、腹は裂けて内臓飛びでるわ心臓貫かれるわ、そんな俺にあの小僧は『お前は後でだ…キリッ』とか抜かしやがったんだぞ? あんのか? そんなのあんのか? なんだ? 俺の事をまた追い回すつもりなのか? あのド低脳は事の重大さなんて全くわかりゃしねえ。本気で俺を殺そうとしやがるんだぞ? てめえが死ぬとかわからねえんだ!! そのくせあいつ、目が覚めたら俺様になんて言いやがったと思う?


『覚えてねえ』


 ……ははははは。そりゃそうだ。あれだけ派手に脳味噌撒き散らしてずっと記憶があるんならあいつは転生者じゃねえ。ただの変態だ。その文字通りのノータリンは事もあろうにこの俺様を犬っころ、犬っころだとよ!! てめえのこの世界の大恩人で、結局あの天使を倒せたのも俺のお陰のド変態が、この偉大な大悪魔さまに向かって、犬っころだとよ。ははははは。なあ、おかしいだろ? お前も笑えよ。畜生よう!

 ……大体気晴らしに町に行って『つまみ食い』でもしようと思ったらそこのチビは俺から離れやしねえ。けどな、俺知ってんだ。知ってんだよ俺。そいつの父親は、今頃あの巨乳をつまみ食いだぞ? わかんだ。俺わかんだよそういうの。鼻きくんだよ。なんせ犬っころだからな!! ふはははははは、おい、畜生、なんとか言えよ。おい、おい!! 畜生よう!!)



 と、いう様な事をクロウは0・2秒弱で考えた。






「……おい 」


 シェリーは袖を噛み続ける。クロウの呼ぶ声にも気付かない。


「おい、チビ」


 シェリーの体がぴくりと震えた。しかしシェリーは顔を上げない。


「……おい。シェリー(・・・・)


 すると、シェリーは顔をぱっと上げた。その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

 クロウは子狐形態から『クロウ』の姿に戻るとその逞しい背中をシェリーに向けた。


「……おい。背中がかゆい。毛繕いさせてやるからさっさとしやがれ」


 その言葉を確かめるようにシェリーは言う。


「くろちゃん、おこってないの?」

「うるせえ。さっさとしろ。背中がかゆいんだ」

「シェリーの事、きらいになってない?」


(別に元々好きじゃねえわっ!!)


 クロウは内心思ったが、千年生きてきた大悪魔は、その位の空気は読めた。


「……ああ、なってねえなってねえ。だからさっさとしろ 」

「じゃあ、すき? およめさんのすき?」

「ああッ!?」


 クロウが振り向き一声吠えると、シェリーは再び顔を俯かせ、その手で顔を覆い隠した。


(随分長い事生きてきたが……やれやれ。この三日は間違いなく最悪だぜ……)



「……あー、好きだ好きだ。お嫁さんだ。あの女の娘だったら将来有望だろうしな。そんな事よりも早くしろ。背中がかいーんだよ!!」


 すると、がばっとシェリーはその顔を上げた。その表情は、満面の笑み、とかではなく、ニマニマと狙いが当たった(・・・・・・・)時の様な顔だった。


「わ〜〜い!! くろちゃん、だ〜いすき〜!!ぅはふぅ、はふぅ〜ん!!」


 恐ろしい勢いでシェリーはクロウに突進し、そのままの勢いでクロウの胸に飛び込んだ。

 そして鼻息荒く毛にくるまれ、もふもふもふもふし始める。その顔は恍惚の一言に尽きた。先程までの、悪魔の心にさえ訴えかけた沈痛の色は(いち)ナノも存在しなかった。


「せ、せな……」


 背中の毛繕い……と言おうとしたクロウの言葉は続かない。


「あのね。おかあさんがいってたの〜〜」


 ……何をだ、何を言っていたのだ。固まる思考でクロウは思った。


「くろちゃんみたいな人のこと、ちょろい、っていうんだって〜〜」



 そして、鼻息荒くもふもふもふもふ……。

 だらしなく口を開け、放心し続けるクロウの顔を、兎のつぶらな瞳が見つめていた。


 だからさっきじっと目で訴えてたのに……『嘘泣きだよ』って。




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