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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第一章 迅八とクロウ
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転生者



——家を壊さないでェェ


 泣きながら懇願(こんがん)するロザーヌに、迅八が急激にうろたえた為、とりあえずまた茶会は再開されていた。


「……へえ、そんな事がねえ。クロウ、案外いいヤツなのか?」

「ああそうだ。俺様はいい悪魔(ヤツ)なんだ。……判ったらさっさとその短剣をしまいやがれ!」


 テーブルの上では相変わらず迅八がクロウにナイフを向けていた。なにしろ一度殺されかけたのだ。

 この世界特有の『結魂(けっこん)』というものに、迅八がクロウを巻き込んだのが原因なのだが、それでも許容できるものではない。


 迅八はカザリアとの戦いを聞いた。

 そこでクロウがシェリー達をかばいカザリアの前に立った部分や、安全な場所に送った事、怪我を治した事等を聞いてほんの少しクロウに対する印象を上方修正した。


 クロウにとってのそれらの行為はほとんど思惑あっての事だったのだが、当然クロウはそれを口にしなかった。

会話の途中でルシオが口を挟む。


「そんな他人事(ひとごと)みたいに……。ジン、お前も凄かったぞ。その体を盾にしてロザーヌとシェリーを助けてくれたんだ。……いくら礼を言っても足りないよ」

「天使さまはねっ、すごいのっ! ピカってなるの!」


 ルシオとシェリーが迅八にそう言い、ロザーヌも深々と頭を下げる。やはりクロウは谷間(ロザーヌ)をチラ見していた。


「いや、あんまり覚えてないからさ。部分によっては全く思い出せないよ。……ところで、その話だとシェリーはもっと俺になつくはずなんじゃないの?」


 やはりクロウでもふもふしているシェリーを見ると、その表情はご満悦。(とろ)けきっている。クロウがシェリーの喉をくすぐるとシェリーは甘い声を出す。

その時、クロウの顔が邪悪に歪んだように迅八には見えた。


「そりゃあそうだろ」

「え、なんでだ?判らねえんだけど」


 迅八が首をひねると、目の前でクロウがまた変化(へんげ)した。その姿はまた人間形態『クロード』になった。


「こういう事だろ? いくら小さくても女は女。……やはり魂の囁きには逆らえねえらしいな」


『クロード』は右腕にシェリーを抱え、肘をついた左手を手首から直角に伸ばし、その指の上にアゴを乗せ艶のある表情を作る。やはりその仕草も恐ろしく決まっていた。


「もふもふしてよぅくろちゃん〜」

「……チビのくせして卑しい女だ。くかかかかかかっ!!」


 シェリーからすれば大きなペットのような扱いだったのだが、クロウはそれを知らない。それを知ったら目の前の幼子を挽肉に変えようとするかも知れない。

裸のままで人間に変化したクロウに、ロザーヌが言う。


「ク、クロード様、その格好は少し……」

「おっと、これは失敬」


 クロウは芝居がかった仕草で言うとシェリーをその腕から降ろし、また変化した。

 それは狐男ではない、少し小さめの狐の姿だった。


「かわいい〜! もふもふ!!」

「俺様はちょいと外に出てくる。ジンパチ、そこの人間二人からもう少し詳しい話を聞きやがれ。……おいチビ。扉を開けろ」

「うんっ! わたしもいく!!」


 騒がしく二人は出ていった。




 その後、ロザーヌとルシオから、迅八は事の顛末を聞いた。


 ロザーヌとルシオはシェリーを守りながら家に帰り、三人で無事を喜び合った。

しかし、一晩明けても高ぶった精神はなかなか落ち着かず、ろくに眠れもしなかったので、その日の仕事はやめにして町に様子を見に行く事となった。昨日の事がどうなったのか気になったのだ。


 ルシオは木を切ったり森の動物を狩ったりして金を稼いでいる。その為、町の外に家を建てて住んでいた。……町の中に住まない理由はそれ以外にもあったのだが。


 町にはしょっちゅう行く。買い物だってあるし、そんなに多いわけでは無いが外食したり、たまの贅沢に芝居を見たりする事もある。昨日もそんな用事で三人で町に来た時、騒動に巻き込まれた。


 ……ルシオ達は自分達の食事を粗末なものだと言ったし家も小さいが、貧乏な訳ではなかった。

 家が小さいのはまだ幼いシェリーを含めての三人では必要ないからだし、夜には大抵肉が食卓に上がる。そもそもいつもは朝ご飯なんて食べない。迅八達の為に用意したのだ。

 あくまでも、迅八の元の世界と比べる目線では質素に映ってしまうだけであって、この世界の基準からすれば普通だった。


 ただ、この世界の基準、生活レベルが上がったのはここ数十年の話だ。その理由は後にルシオ達によって迅八に教えられる。



 ……三人が町に向かう途中、道の真ん中で腕を組む男とすれ違った。

その男は見るからに『困っています』という顔をしていたが、昨日の今日でまた厄介事に巻き込まれたくなかったのでルシオはそれを素通りした。

 すると、シェリーがひょこっと顔を上げ、とてとてっとその男に歩み寄り、突然声を掛けた。


「ね〜、くろちゃんでしょ? なんでふわふわで、おっきくないの?」


 その後、事情を聞いたルシオとロザーヌは、目を覚まさない迅八を保護し、迅八は丸一日ルシオの家で眠っていた。

 今はカザリアとの戦いから二日後となる。


「……それが、『クロード』だったわけ?」

「ええ、びっくりしましたよ。昨日の神獣様が人間の姿で立っていた事も、まさかその方が『魂食(こんじき)の大悪魔』様だった事も」


 迅八はロザーヌから説明を受けた。


 歴史上の登場人物であり、悪食あくじき魂食こんじきの大悪魔、数々の異名を持つクロウの事。

 この世界には天使と悪魔が実在し、魔物や亜人といった存在までいるという事。

 そして、迅八を含む転生者と呼ばれる存在の事。


「転生者の話は聞いていたがな。俺達とたいして変わらないもんなんだな」


 ルシオから転生者の話を聞く。

 転生者。この世界の住人ではないその者達は、ある日突然現れるのだという。そんなに数が多い訳ではないのだが、その名はこの世界では知れている。

 なぜかというと、この世界に大きく貢献したり、混乱を巻き起こしたりする存在だからだ。


「俺は知らない世代の話だがな。昔はもっと生活が苦しいもんで、それが向上したのは転生者の力が大きいらしい。他にも、今は望めば教会で勉強を教えてもらえるが、昔は一部の富裕層しか文字を読めなかったと聞いてるしな」

「……へー、すごいね」


 現在、ほとんどの人間は字を読めるし、簡単な計算なら子供でもこなす。迅八は、凄いねと何気なく相槌を打ったが、そんなに簡単に済ませられる事ではなかった。


「なんだか色々な知識をもっていてな。新しい物を作り出したり、新しい発想で社会の仕組みを変えてしまったりだとかな。俺達の世代は結構当たり前に感じるんだが、もっと上の世代の連中に言わせると、転生者の恩恵を受けてない人間なんてこの世界にいないらしいぞ」


 いまいちピンときていない様子の迅八を見て、ルシオは続ける。


「今は町では夜になれば灯りがつくが、それも昔はなかったらしいな。なんだかガスを使ってどうたらこうたらと、設置するのにやたらと手間が掛かるらしいが、あっという間に普及されたようだよ。そりゃそうだ。暗いままだったら不便だからな」


 ルシオが言っているのはガス燈のことなのだが、あまり詳しい仕組みは知らないらしく、平成生まれの迅八もガス燈を実際に見たことはない。


「魔術が込められた魔道具を作り出したのも転生者らしいしな」

「なんなんだよ一体。頭ぐちゃぐちゃだよ。……ところでさ、名付けってなに? 名前つけるだけで変な事になんの?」


 この世界の不思議の一つ、『名付け』。それは物や術と言ったものにも施せる。


「……たとえばだが、炎の魔術に自分で名前を付けてその名を呼ぶと、力が解放されて威力があがる。作った剣に名前を付ければ自分はそれの所有者となり、自分が呼べば切れ味が増したり、他の者が使えばナマクラになる」


 その効果は多様だが、そこでも結魂師が活躍する。


「もっとも、名付けは明確な意思さえ持ってれば誰にでも上書きしたり付け足したり出来る。だからな、ジン。もう迂闊に色んなもんに名前をつけちゃダメだぞ。トラブルの元になる」


 クロウは、「この世界に名前はない」と言っていた。

迅八はそれを不思議に思ったが、ここでやっと理解出来た。

 世界は誰のものでもない。だから誰にも名付けられていないのだ。同時に一つ疑問も浮かぶ。


「ねえ、ルシオさんは俺をジンって呼ぶけどそれは平気なのかい? クロウの事もクロードだとか悪食だとか 」

「それはあだ名だったり通り名だったりするからな。クロードっていうのは偽名みたいなもんだろ? 身分や職業でもそうだけど、それで結魂が起こる事はないな。お医者さまだとか、公爵さまだとかな 」


 今まで黙っていたロザーヌがそれに補足する。


「結魂や名付けは、明確な名付ける意思をもって呼ばないと起こらないんです。そして、付けられた名前は『真名(まな)』と呼ばれます 」


迅八は、自分の元の世界で例えて考える。

……『サル顔』と呼ばれている佐藤教諭をサトちゃんと呼ぶのは大丈夫。先生でも問題なし。目の前でサル顔と揶揄(やゆ)しても、喧嘩にはなるかもしれないが問題なし。


 酒場で偽名の井上と呼ばれるがそれも問題なしで、隣で飲んでた酔っ払いが突然、「お前今日から田中って呼ぶから!」そこで初めて問題になる。



「……ふーん。聞いた感じだと、いきなり他の名前で人を呼びつける奴なんてまずいないよね」


 迅八がなんとなしに言うと、ルシオは渋面を作った。


「おいおい、自分がクロードさんにした事を忘れたのか? 本当に気をつけるんだぞ」

「なんだよ。ルシオさんまであいつの味方かよ。俺なんて殺されかけたんだぜ」


 迅八が年相応に膨れ面を見せると、ルシオは苦笑した。


「いや、別に味方するわけじゃないんだがな。ただ、あの人の取った行動がそこまで常識から逸脱してるとは思わないだけだよ。……だからと言って何も知らなかったジンが一方的に悪いとも思わないしな」


「……ふふ。ルシオは昨日の夜にクロウ様とお酒を飲んでたから仲良くなったのかも知れませんね。呼び方もクロードさんで定着してますし。……部外者の私達が言っても響かないかもしれないのだけれど、やはり避け得なかった事故のようなものだと思います。……ですから、クロウ様を敵視して関係をこじらせるのはあまりお勧め出来ません 」


「まあ、二人がそう言うんならそうするけどさあ……」


 迅八は今いち納得いかない顔をしているが、ロザーヌが見たところ、年長者である自分達の意見を汲もうとしてくれている。


(素直な子ね……)



「……いやあ、昨日の夜は楽しかったよ。さすがは大悪魔だ、スケールが違うな。俺たちの事も差別しないしな」

「そう? あいつ偉そうじゃん。人間共、とか言ったりしてさ」


「う〜ん、それは差別とかじゃなくて、なんて言うのかな。あの人にとっては自分以外は全員下の存在なんだよ。天使も悪魔も人間も亜人も。……だから、そこで人間や亜人を差別もしないし、天使と悪魔を同列に並べて語る。そんなの聞いた事がない。『教会』の奴が聞いたら卒倒するよ。あそこまで自由だと、男として憧れる部分すらあるなあ……」

「そ、それって、余計タチ悪いんじゃねえのか?」


つまり、世界で一番自分が偉い。他の有象無象の事など眼中に無い、という事なのでは……。迅八は顔を歪めた。


「まあ、ルシオさんかそう言うんならなにも突っ込まないけどさ。……ていうかさ、なんでルシオさん達が差別されるんだい?」


 するとロザーヌがそれに答える。


「……ええと、それは私達が亜人だからですよ。ジン様 」




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