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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第五章 魔法の言葉
103/140

 



 白刃が乱れ飛ぶ。

 バチバチと光を弾けさせながら迫るそれは、迅八の皮を一枚だけ削ぐ。その頬を、その手を、服を切り裂きその腹を。


「……なかなか良い服だな。獣人装束か?」

「ヅアアアアッッ!!」


 桜田の顔を目掛け、迅九郎を振るう。

 しかし、薄ら笑いを残して桜田の残像は消えた。


「ダメだダメだ。……それじゃ当たらない。小学生の頃の俺の方がまだマシだ」


 後ろから聞こえてきた声に向かい、迅九郎を振るう。

 体ごと叩きつけるように振り返った時には、桜田は離れた場所にいた。


「凄い回復だな。……おい迅八、俺と話す気はないのか? こっちは無理矢理でも話したいんだけどな」

「ナメんじゃねえっ。やってみろッ!!」

「じゃあやるわ」


 桜田が、散り菊を正眼に構える。

 ゆらゆらと揺れていた男の体がピタリと止まり、その刀の切っ先だけを誘うように動かした。


「……この世界の刀は、名付けで強化してあれば滅多な事じゃ折れねえ。けどな、日本刀はブンブン振り回して打ち合うもんじゃねえんだよ。作り(・・)がな」


 ぞくりと。

 迅八の肌を空気が刺す。

 質量を伴うような、尖った空気が。


「……行くぞ。脳味噌ブチまけろ」

「アッッ……!!」


 夜を裂く白い光が。

 ためらいなく打ち下ろされる刀から、頭を守る為に迅九郎を構える。

 しかし、散り菊は流れるようにその軌道を変えた。



 ——ざす。

 交差し、すれ違う二人の距離は再び離れた。背中合わせのその空間に、くるくると血を撒き散らして『腕』が落ちた。



「……なあ〜んちゃって。腕だ腕。一本だ一本! これが本当の一本だ。はははっ……もう、俺の勝ちでいいだろ?」

「アッ……ガッッ。いっ、痛ってえええあッ!!」


 うずくまる迅八の背中に、足音を立てず桜田は迫る。


「おい迅八。……実験しようぜ実験」


 道に落ちた腕を拾うと、一緒に断ち切られた服の袖を引き剥がす。

 桜田は、迅八の残った左肘を押さえつけると、その傷口に、落ちていた『腕』を押し付けた。


「ほれ。くっつけくっつけ」

「あ、ああああああっ!? い、があああッッ!!」


 うずくまる迅八の顔に、ヒザが叩き込まれる。その重さと硬さに脳が痺れ、力が抜けた。


「……なんだよ。くっつかねえじゃないか。つまんねえ……。けどまあそりゃそうか。そりゃそうだ」


しかし、桜田の目の前で異変は起きた。

迅八の傷口、断ち切られた肘の断面。

 そこがうねうねと、グネグネと。盛り上がり、蠢きだした。


「お? おおおおおッ!? ……おい、まさか生えるの? 生えるのか!?」


 筋繊維が伸びるように、神経を編み込むように。骨が尖り、血を溢れさせ、少しずつ迅八の肘が伸びてゆく。


「お、おおおお……っっ。うほっ。うほほはははっ。……すうううげええええっ!! おい迅八、お前、無敵じゃねえかっ!!」


 ガス灯の淡い光に照らされて、桜田の頬が上気する。


「千年の大悪魔なんてレアなのをテイムして、おまけに体は再生するのか? ずるいよお前……そりゃチートだよ」

「なん、だよ。さっきから訳の分からねえ事を。テイムってなんなんだよ!!」

「お、話す気になった? なったか? ……テイムはそのまんまだ。魔物を手懐けて使い魔にする事らしいぜ。攻略組が使ってる言葉が便利だから、借用しただけだ」

「攻略組って……」


 膝をつく迅八の見上げた先に、頬のこけた男の顔がある。その顔と重なるように浮かぶ月。

 すると、その月に浮かぶ黒点が見えた。


 ……その黒点は少しずつ大きくなり、迅八達の方に向かってくる。迅八はその『黒点』に気付き、桜田に向かい話しかけた。



「……桜田さくらだ。駄目だ。もう、腕が痛くて戦えねえ」

「なんだよ。初めからそうしてくれよ。あとな、俺はさぐらだ(・・・・) だよ。サグラダファミリア知ってるか? ……サグラダだよ。さん付けは、まあいいか」


 痩せぎすの男——サグラダは、散り菊で空を指した。


「お前がなんでこの世界に来たのかはどうでもいい。……どんな絶望を抱えてここに来たのかも」

「……なに言ってんだ? 絶望を抱えて? なんでてめえが知っている!!」


 迅八の頭に浮かぶいくつかの映像。

 身を叩く雨。泣き叫ぶ妹。淀んだ水のような日々。


「……まあ、偶然かもしれないな。そういう奴が多いってだけだ。けどま、今は攻略組の話だよ迅八。……この世界はおかしなとこだろ? 俺たちが知ってる物理法則なんて無視した世界だ」

「……はぁ、はぁ……!」


 迅八は、左腕の痛みを確かめる。そして再生の感触も。


「みんな考える。ここはなんなんだ? どこなんだ? 俺に言わせりゃ意味ない思考だ。それこそ、それが分かったからってなんなんだ? ……ここはただの現実だ。血が流れりゃ痛い世界だ」


 迅八の、再生した赤い真皮の上に、虫が這い回るようなかゆみ。風が吹くだけで刺激される感覚。


「……最近、ここ数年で転生者の間でおかしな思想が広がり出した。この世界はゲームの中で、ストーリーを進めりゃクリア出来るんだとさ。脳味噌が沸いてるガキの考える事は意味不明だぜ。……けどな、なぜかその考え方が受け入れられている。俺は知らないが、どうせそんな話だか歌だかが流行ってたんだろ? ……そんなのよりムー娘聴けムー娘」

「……………れ。……い」



「ん? どうしたゆとり(ガキンチョ)

「くたばれ老害(ジジイ)ッッ!!」



 迅九郎の刃——紅い(しのぎ)が軌跡を描く。しかし、その軌跡は何もない空間を切った。

 すでに宙に飛んだサグラダは、空中で己の刀に力を込める。

 白い光が闇の中で爆ぜる。まるで花火のように散る白刃を、そのまま全力で後ろ(・・)に叩きつけた。


 月の上で二体の影が踊る。重力から解き放たれたように夜の光に浮かぶ。

振るわれる白刃の輝きに対するは、清らかな鋼と金。



「死にやがれえいっ!! 『ワルギリア』ッッ!!」

「はははッ……また不意打ちか!? 汚い。そりゃ汚いよ。お前ら!!」



 クロウがその名を呼び剣を振るう。

 人によっては聖剣と呼ぶほどに美しい剣を。


「くぉの人間風情がァ……。よくも、俺様の腕を!!」

「迅八にやったんだ。悪い悪い」

「 ……塵も残さねえ!!」


 クロウが、癒着(ゆちゃく)させたばかりの左腕に力を込める。一本、二本、その指を握りしめる。


(……問題ねえ!!)


 ワルギリアを左手に持ち直す。

 クロウが何かを呟くと、赤い光が右腕に絡みつき、それは可視できる巨大な赤い手となった。


「『赤い右手(カウザルクロウ)!!』」

「ふわっ!? おっかねえー……よっと」


 制動の効かない空中で、サグラダはクロウの体を蹴りつける。

 先程までサグラダのいた空間が、赤い右手に薙ぎ払われ、鼻先を灼熱がかすめた。


「うおいっ。鼻なしになっちまうじゃねえか!!」

「鼻だけだと思ってやがんのか? ……残さず消えろッ!!」


 着地したサグラダを聖剣の輝きが追う。巧みにそれを躱すサグラダの顔に、常に浮かんでいる笑み。

この男は、千年の大悪魔を相手に遊んでいる。


「く、く、くききかかか。……ぶっ殺す!!」

「怖え怖え。ははははははは!!」


 挑発するように笑いながら、サグラダは散り菊を己の肩にかつぐ。踊るように動くサグラダの姿に、クロウは反射的に右手を伸ばした。


「カウザルクロウッ!!」

「……さすが時代遅れ(・・・・)。それとも友達いないから、二人で戦うのに慣れてないのかね」


 ひゅんっ。

 闇に溶けるように和装の男が消える。

 そして、その奥にいた少年とクロウの目が合った。


「ジンパチ!! ……避け、」

「うおっ……」


「うほほ……ばあーーか」


——ダンッ!!

肉を打つ凄まじい音が響く。


「……お。死んでねえか。ははは。良かったな迅八」


『赤い右手』は迅八に無効化されたが、速度と威力はそのままに、クロウの素手は全力で迅八を殴りつけた。

 とっさに迅八が構えた左腕を叩き潰し、その体を吹き飛ばす。



「……いってええええ!! なにすんだ。この犬っころが!!」

「なんっだとコラ……!! 俺だって痛えわ。邪魔なんだよテメエは!!」


 ニヤニヤと笑い続ける和装の男。

 それを見た迅八も理性を失った。


「伸びろッッ!! 腕エエエエッッ!!」


 迅八の背中から、鮮血の赤が(ほとばし)る。それは螺旋を描きながら固まり、巨大な握り拳となってサグラダを襲った。


「や、やめろジンパチ!!」

「なんだ。お前も友達いねえのか? ……くくく。学習しろよ、ゆとり。力を合わせろよ」


 クロウの視界から、流れるようにサグラダの体が消える。

 そしてその後に現れたのは、目の前に迫る鮮血で出来た巨大な握り拳。


「うっお……この馬鹿野郎が!!」

「……逃がさねえぞ。『固定・影縫い』」

「なっっ!!」


 夜の中から短刀が飛ぶ。

 それはクロウの足の甲に突き刺さると、そのまま地面に食い込んだ。


「ぬうううううっ!? 足がっ!!」


 身を守る為に体を丸めた次の瞬間、血の握り拳はクロウに激突した。






 ……近くの建物からその戦いを見ていた者たちは、いつしか隠れる事を忘れていた。

 彼ら、彼女らは聞く。

 その場に響く笑い声を。


「くくくく……。うほほほ、うはははははははははっっ!! 学習しないなお前ら。……うはははははっっ!!」


 クロウは血を飲み下しながら、己の体に回復術を掛ける。


(ぐう……クソッタレ!! 足がっ!!)


 サグラダが投げ付けた短刀は、クロウの足を地面に縫い付けた。

 鮮血の腕の打撃により吹っ飛んだクロウは、短刀だけを地面に残し、その足を引き裂いた。離れた場所に転がる迅八の体も、同じように傷付いていた。



「おい有名人。みんな知ってるんだよ。てめえらの弱点は。……時代遅れの大悪魔と素人のガキ、てめえら、五分で命の共有してる? バッッカじゃねえのか? そりゃこうなるぜ」


 サグラダは、常に踊るように動き続ける。

 迅八とクロウの間、射線が二人に重なるように。


「お前ら、別々に戦った方が強いな。……それとクロウ。解せないぞ。お前の戦い方が」


 クロウは静かに魔力を練り上げる。

 食いしばる犬歯が硬く尖り出す。

 ——目の前のうぬぼれた人間相手に、自分の力を見せつける!!


「くく、くかかかかかか……」

「おい、なんで大魔術を使わねえんだ? ……ひょっとして、そこらでこっちを見てる町人A達(・・・・)の事を気にしてるんじゃないだろうな?」


 すっ、と。

 クロウの顔から表情が抜けた。


「テメエの知った事か。いちいちイラつく野郎だ……!!」

「おいおい……やめてくれよ。悪魔はそんなの気にしないから強いんじゃねえのか? ……お前、悪魔の一番いい所が見えねえぞ」

「……よく言った。死ね」


 クロウの体を中心に、暴風が吹き荒れる。

 不可視の魔力が渦を巻く。


 窓から戦いを覗く女の頬を風が叩く。建物の陰から伺う男の髪を吹き上げる。


「お、お? そうだよそれだよ。広範囲大魔術だったら俺にも当たるぞ。……家の中で震えてりゃいいものを、表に出てきてる町人Aなんて気にすんな。それが悪魔だろうが!!」


 迅八には魔術が効かなくても、表に出てきている人間は死ぬ。

 『生きている木』を家にしている人間達も、恐らく死ぬ。

 だが、そんな事はクロウに関係ない。


「西方より来れ……!!」


 クロウがそこまで言った時。

 己の持つ剣、ワルギリアが目に入った。


 響く声。遠い日の残響。

 思い出したくない記憶(・・・・・・・・・・)



『あなたは涙を流さないの? ……けど、それはきっと、あなたのいい所じゃないわ』




(……ワルギリア!!)













「……なんだ。悪魔の一番いい所って」


 その声はクロウの対角線、サグラダの向こう側から響いた。


「サグラダ。お前が、その悪魔の一番いい所を知ってんのか……?」


 和装の男が振り返る。

 目の前、今にも大魔術を行使しようとしている悪魔に背を向けて、迅八に向き直る


「……はぁ?」

「てめえにそいつの何が分かるんだ。俺を助けてくれたぞ。……俺の妹を、助けてくれたんだ!!」

「ナニ言ってんだおまえ。悪魔は悪魔だ。誰でも殺してなんぼだろうが」

「クロウはそんな事はしねえッ!!」






 荒れ狂う暴風が、サグラダの頬を切りつける。そこから一筋の血が流れた。


「……ああ、そっか。おまえ、確か魔術も効かないんだっけ? ……おいおい、もう始めてるぞ。おまえの大好きなクロウは、ここらの生きモンを全部吹っ飛ばすつもり……、あ?」


 風が止んだ。

 サグラダは再びクロウを見る。


 そこに立っていたのは、魂を無くしたように、無表情の男だった。その男が言う。


「……気に入らねえ」


 そして、その顔に表情が浮かび始める。——激怒。憤怒。あらゆる不愉快。


「おいクロウ。悪魔らしい顔出来るじゃねえか!! そうだよ。その調子で……」

「もうやめた」

「……は? なに言ってんだおまえ」

「あとはてめえらでやれ。……下らねえ」


 びゅおん。

 聖剣の残光を残してその体が宙に消える。塔のようにそびえ立つ建物の上で、月を背負い悪魔が見下ろす。


「……おい大悪魔。ちょっと待てよ。そりゃないんじゃないか? このままじゃ、俺の鬱憤(うっぷん)が全部迅八に向くぞ」

「ジンパチ」


 サグラダを睨みつける迅八に向けて、クロウは話しかけた。


「……この気に入らねえクソガキ。厄介事の種。臆病で泣き虫でひ弱な短足のガキ。……気にさわる事ばかり抜かして人の邪魔ばかりしやがって、大恩人の思い出したくねえ過去を突つきやがるバカで間抜けで妹にも敵わねえ阿呆ったれよう……!!」

「てめえ、喧嘩売ってんのか!! 降りてこいコラ!!」

「小僧。お前に加護をくれてやる。……一人でやってみせろ」


 月を背負う影が動く。

 その両腕を広げ、天を仰ぐ。



「『西方より来れええええええッッ!!』」



 夜空を声が裂く。

 まるで、大気がその振動で揺り動かされたように、一筋の星が流れた。



「『其が名は飄謳(ひょうおう)、焔獄の饗者よ……!!』」



 その響いてくる大声に、楽園の誰もが外を伺った。

 そろそろこの夜の終わりが来る。

 そんな直感を感じながら。



「『灼熱の蛇よ来れ……。円環を割りて登れッ!! 我が供物を受け西方より参れエエエッ!!』」



 両腕を広げ月に浮かぶ大悪魔の影は、まるで白い星に刻まれた十字架のように映る。

 その開かれた両腕が、何かを抱くように閉じられた。


 ——ぶわおん。

 生命の危機。

 サグラダはそれを肌で感じた。

 クロウの詠唱が終わる寸前、勝手に体は動き出し、素早くその場を離脱した。

 そして、自分から離れた場所にその異状を見た。


 ……燃えている。

 地面から炎の柱が立ち、全ての生者を燃やし尽くす魔界の業火が渦を巻いている。

 そして、その中心から聞こえてくる叫び。


「うおおおあああああああッッ!!」

「……はあ?」


 迅八が燃えている(・・・・・・・・)

 狂ったように暴れる少年は、そのままその場に崩れ落ちた。


「……はあ!? 本当に仲間割れか!? おまえらバカなのか!?」

「バカはてめえら(・・・・)だ。……おうこらクソガキ。さっさと立て!! ……てめえはそんなの効かねえだろうが!!」


 炎が揺らめく。

 ずりずりと這うように、何かを確かめるように。そして、ほんの数秒が経った後、炎の柱は立ち上がった。


「……熱くねえッ!!」


 燃え上がる炎の中、黒い髪がうねり逆立つ。炎で身を包んだ少年の体に、青い光が明滅する。


「さっさと終わらせろこの短足が。……はぁ。てめえ、『対価』がどんどん貯まってるぞ」

「ありがとクロウ!!」


 月に浮かぶ影の表情は見えない。

 しかし、確かにそこからは不愉快が滲み出ていた。



「……うほっ、うほほははははははッッ!! いいぞ迅八!! ブッ飛んでるぞおまえら!! ……こんなの、元の世界じゃ絶対に体験出来ない。……なあ、俺が勝ったら、おまえらやっぱり俺と一緒に来いよ」

「てめえが一人で地獄に行けっ。……翼アアッ!!」


 夜空に炎が舞う。

 赤い翼に炎を纏わせ、大気を震わせ夜を裂く。

 掲げるは魔剣迅九郎。

 炎に包まれた少年は、己の全力を込め大剣豪に打ちかかった。




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