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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第五章 魔法の言葉
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悪魔の条件

 



「じゃあ自己紹介だな。俺は、」

「聞きたくねえッ」


 迅八の腰から闇が伸びる。

 左から右へと払うように振るわれた黒刀は、和装の男の刀で止められた。

 闇に溶け込むような迅九郎を受け止めたのは、その男が持つ刀——濡れるように光る、白い鋼。


「迅八、短気だなお前。俺にも名前くらい言わせろよ。同じ日本人だ。仲間だろ俺たち。……ところで、お前ムー(むす)で誰が一番好きだ?」

「話が合わねえよっ!」


 黒刀を引き戻し、袈裟斬りに打ちかかる。その斬撃もまた簡単に弾かれた。


「……なんだよ。いまは流行ってねえの? ムー娘、凄かったんだぜ。みんな歌ってた。——にほーんのあしーたはー、ウォウウォウウォウォー……知らねえか?」

「知らねえよ。そんなのはっ!!」


 左、右、そしてまた右。

 迅八の剣撃は全て受け流される。

 それを払う和装の男は、まるで力を入れていないように見えた。


「本当に短気だな。……お前、なんで俺の事を殺そうとしてんだ?」

「てめえは俺の仲間を傷付けたっ。理由は他に必要ねえッ!!」


 飛びかかる迅八に向かい、男は足を蹴り上げた。

 瓦礫の中から木片を弾けさせ、それが迅八の顔に当たる。


「ぐ。……うおっっ!!」

「だからちょっと話そうぜ。……俺は桜田(さぐらだ)だ。目上だぜ。さん付けしてくれるか?」


 迅八の刀が空を切る。

 そのまま瓦礫の山の中に刀は埋まり、迅八は顔に付いた木くずを払った。


「テメエッ。まともに戦え!!」

「だから、なんで戦わなくちゃいけないんだよ。お前、勘違いするなよ。……亜人がなんだ? ロックボトムがなんだ? お前の本当の仲間は、日本人の俺だろうが。こんな訳の分からない世界でよ。助け合おうぜ」


 和装の男——桜田が距離を取る。


「……目的は二つだ。一つは、この楽園を支配する事。もう一つが、てめえらを見てみたかった」


 薄っすらとした明かりが瓦礫の山を照らしている。その頂点に立つ桜田は、ゆっくりと自分の刀で弧を描く。

黄金の菊が闇の中に残像を残し、それは上段でピタリと止まった。


反応(・・)が見たかった。……だが、これは使い物にならねえか? ただのブチ切れ……バカなガキか」


 そこで初めて桜田は刀を打ち下ろした。自分の背後(・・)に向かって。


 ——ガギンッ!!

 それを受け止めたのも鋼の輝きだった。

赤と金の髪の房を持つ男。その男が握る鋼——幅広の刀身の真ん中に伸びる金の輝き。


「ほうっ。人間にしちゃ勘がいいなっ!!」

「おまえが千年の大悪魔——クロウか? ……おいおい、おまえも俺の敵なのか? おまえ、悪魔なんじゃねえのか?」

「悪魔だよ。だから気に入らねえ奴はすぐ殺す。こんな風になッッ!!」


 桜田の斬撃を受け止めた、クロウのワルギリア。

 クロウは残った左の拳を撃ち抜く。

 それを、桜田は足の裏で受け止めた。


「ほっ……と」


 くるくると夜空に人が飛ぶ。

 桜田は瓦礫の山から逃れ、通りの平坦な道に降り立つと、瓦礫の山に残る迅八とクロウを見上げてから声を出した。


「……おっかねえ。けど、大した事ないんだな。千年の大悪魔」

「くかかかか……バーカ」


 クロウの嘲りの途中で桜田は刀を構え、首の横を守る。そこに吸い込まれるように、アゼルが振るうナイフが走った。


「死ねッッ!!」

「おいおい、三人がかりか!? ……ははははは!! 手加減してくれよ!!」

「うるせぇええッッ!!そのニヤけ面を犬に食わせてやるぞ!!」


 神速でアゼルがナイフを振るう。


(……仕留めた!!)



 フェイントを混ぜながらの連撃——その一つが桜田の首に吸い込まれたように見えた。

 しかし、そのナイフは空を切り、アゼルの耳元に這うような声が聞こえた。



「くく。一回言ってみたかったんだ。『後ろだ』」

「……なっ!?」



 自分の背中を刺す悪寒。

 背筋を這い寄る『死』。

 しかし、その死は途中で遮られた。



「……起きろッッ!!『迅九郎』!!」


 爆発するような鋼の打ち合う音が響く。その火花は夜の町を照らし、おぼろげなガス灯の中で、ひときわ輝く閃光だった。


「アゼル……下がってろ!!」

「なにをっ」

「うるせえ。ジンパチの言う通りにしとけ。小娘」

「……はは。仲良し三人組か? お前ら、本当にロックボトムと大悪魔なのか?」


 桜田の蹴りが迅八を刺す。

 鳩尾(みぞおち)を貫く衝撃に膝が落ちそうになるが、なんとかそれを抑え込んだ。

 歯を食いしばる迅八を笑うようにふわりと。……舞うように、桜田は後ろに飛んだ。


「……お前らの仲間は、ジークエンド達はどこ行った? まあいい。殺す相手は少ない方が楽だ」

「クロウ。アゼルをっ!!」


 迅八がクロウに話しかけようと振り返った瞬間、視界の端で白い光がきらめいた。

 何も考えずに、迅八は迅九郎を打ち上げる。すると、その手に痺れるような衝撃が伝わった。


「……止めるか。おまえ才能あるぞ。やっぱり俺と一緒に来いよ」

「クロウッ!! ……アゼルを逃げさせろっ!!」


 ぎりぎりと。

 震える刀から伝わる桜田の意思。本気ではない力の入れ方。


 必死で刀を押し返そうとする迅八の後ろで、クロウとアゼルの気配が消えた。



「……おい。千年の大悪魔はお前の言う事をきくのか? 驚いたな。しっかりテイムしてんじゃねえか」

「訳のわからねえ事をっ!!」


 ぷつりと途切れるように。

 桜田の手から力が抜ける。

 バランスを崩した迅八が前を向いた時には、桜田はまた、遠く離れていた。


「おい迅八。話をしようぜ話を。……おまえ、まだなんも分かっちゃいねえだろ?」

「自分の敵くらいは分かる……!!」


 闇の中で黄金(きがね)の陽炎がのぼる。迅九郎はその輝きを増し、その周囲にゆっくりと狐火が回り始める。


「それが迅九郎か? い〜い刀だ。俺は他人のお下がりが好きじゃねえから、名付けをしてなかったら頂いてたんだが……」


 和装の男は暗く笑う。


「……けどいいか。観賞用にするからそれくれよ。俺のもいい刀だろ。……『散り菊』ってんだ」


 ——パチパチと。

 白い光が小さく爆ぜる。

 和装の男——桜田が持つ刀が、その力を解放する。


「迅八、やっぱり少し話そうぜ。言ってない事もあるんだ……」

「うるせえっ。もう喋るなッ!!」


 小さな囁きのような桜田の声。

 それを無視して打ちかかった迅八の目の前に、突然、『散り菊』は現れた。



「……俺よ。全日本で優勝した事があるんだよ。……本当に、俺と剣でやるつもりなのか?」






 ————————————————






 盗賊達が瓦礫の山からなんとか這い出した時、すでに、お頭は誰かと対峙していた。


 ——助けよう。

 そんな考えは浮かびもしなかった。


「な、なんだッ!? 酒場が壊されたぞ!?」

「いいから逃げろ逃げろッ!!」




 ・・・・・・・・・・・・・・・




 誰も歩いていない夜の町。

 淡い光の中を疾駆する。

 すると、聞こえる。囁き声が。

 建物の窓から、暗い路地の裏から。



「おい……。なんで誰も歩いてねえんだ!?」

「いいから急げよ。……なんだったんだあれは!? やっぱり、ロックボトムに手を出すなんてやめときゃ良かったんだ!!」


 瓦礫の中には仲間たちが埋れている。穏やかな顔で寝ていた彼らは、眠りに落ちたままで、その穏やかな顔を潰して死んだ。

 自分達以外にも、這い出せた奴らは別の方向に逃げた。誰一人として、お頭を助けようとはしなかった。



 囁き声が聞こえる。ずっと聞こえている。



「……ちくしょう。なんだこの町の奴らは!? たすけて……だれか、助けてくれっ!!」

「おい、橋だっ!! 大丈夫だ。追いつかれねえ。王都まで行ければ……」


 衛兵の詰所でも冒険者ギルドでもなんでもいい。——とにかく、あいつら(・・・・)から逃げなくてはならない!!


「……おい、衛兵だ。一緒に叫ぶぞっ!!」

「本当にやんのか!? 情けなさすぎるぞ!!」

「ウダウダ言うなっ。それが分かってて、こっちに逃げてきたんじゃねえのか!?」


 川の向こうで衛兵がこちらを見ている。その衛兵たちに向けて、彼は大声を出した。


「……おおーーいっ!! ロックボトムがいるぞ。大悪党が向こうで暴れてるんだ!! 捕まえろ。捕まえてくれっ!!」


 橋の向こうに必死で手を振ると——するん。

なぜか、こんな大切な時に転んでしまった。


「えあっっ!? ……あ、あつ」


 口の中に血の味が広がる。

 すぐさま立ち上がろうとするが、上手くいかない。


「はあっ、はあ……!! もうちょっと!!」


 その橋に手が掛かる。

 顔を上げてみると、遥か向こうにいる衛兵が、自分の事を指差していた。


「おぉぉーーーーいっ!! た、助けてくれっ!! 早くあいつらを捕まえてくれ!!」


「……ちょっと、あんたさん盗賊じゃないんで? そりゃ、無理があるんじゃねえです?」






 後ろから聞こえた声に、体が固まった。

 その固まったままの視線の先で、先程と同じように衛兵がこちらを指差している。……自分の後ろを(・・・)、指差している。


(イタ)っ……」


 湧き出る冷や汗と共に、体の異常に気付く。痛い。足が痛い。痛すぎる(・・・・)


「……ふむ。要らんのか? 急げばつけられるかもしれんぞ。持っておけ」


 どさ。

 自分の目の前に、足首が二つ投げ捨てられた。

 考えた。誰の足首?


「あ、ああああっっ!!あーーーッッ!!……俺の、俺の靴!!」

「黙れ」


 その声に振り返った。


 少し離れた場所に、ゆらりと人が立っている。灰色のコートを着込んだ男が、つまらなそうに眼鏡を押し上げ、足元の人間を爪先で蹴っていた。


「……コレ(・・)、あんたさんの仲間でしょ? 悪いですね。ごめんなさい」


 眼鏡の男が、足元の人間を見えやすいようにつま先で転がした。


 転がされたその体からは、頭が無くなっていた。どくどくと流れる血が眼鏡の男の靴を濡らす。眼鏡の男は不愉快そうに、その靴を、丁寧に死体の服に擦り付けた。


「あ、あ……。あーーーーーーーッッ!!」

「悪いな。強く蹴りすぎた。……おそらく、あそこに飛んでしまった」


 目の前に立っている燃えあがる赤い髪を持つ男が、その端正なアゴで川を指す。

 盗賊がそちらに目をやると、川面(かわも)がバシャバシャと波打っていた。


 川の途中まで届く、ぼんやりとした楽園の猥雑な光。天に輝く両欠けの月の光。その光が、川の真ん中でキラキラと反射している。

 集まってきた魚達のウロコが夜の川で光っている。何かを競い合うように動き回る銀色のウロコの中心で、なにか、赤と黒が混じり合った塊のようなものが見えた。


「……良い最後だな。出来れば、生きたままの方が良かったな」

「ジークエンド大丈夫でしょ。もう一人いるじゃねえですか」

「……ふむ」


 赤毛の男は頷くと、そのままかがみ込んで盗賊の顔を覗き込んだ。


「……悪かったな。お前の友達だけ楽に死なせてしまった。ところで、好きか? 魚」




・・・・・・・・・・・・・・・




 腕を組みながら川面を眺めているジークエンドの横で、コルテが眼鏡を押し上げる。


「うわー。すげえ勢いですね。しばらく魚料理はやめにしますか」


 バシャバシャと川面が波打つ。

 月の光に照らされた魚のウロコ、滑らかな光の反射が水しぶきにも映される。

 しかし、キラキラと光を浴びた飛沫は、どことなく赤く見えた。


「……ふむ。あと何人いるか分かるか?」

「ジンが暴れ狂ってるから分からねえです。何人逃げられたのか……。けどまあ、言ってましたからね。『作戦』」



 全員殺せ。



「クーロンも、内心は怒り狂ってるはずですよ。亜人の女の子で、アゼルが「友達」って言ったんですよ。クーロンは絶対に逃がさねえ。……あそこで魚と遊んでる奴も、追ってきたのが僕らで幸せでしたね」


 川面の晩餐(ばんさん)は終わりかけている。

 最後まで突き出されていた『手の様なもの』は、輝く月に向かいずっと伸びていた。しかし、大型の背ビレがそこに近づくと、引きずり込まれるように川の底へと消えた。


「……なかなか見応(みごた)えがあったな。次に行くか」


 ジークエンドが川向こうの衛兵に手を振ってやると、衛兵は、面倒臭そうに手を振り返した。


「ジークエンド。こいつらの頭はやりそうでしたよ。ジンをほっておいてもいいんで? アゼルも居るんですよ」

「問題ない」


 赤毛の男がポケットに手を突っ込むと、眼鏡の男が横に並んだ。


 囁き声はずっと続いている。

 二階の窓から、建物の陰から。



 ——もっとやれ。もっとやれと。






 ————————————————






「ほら、聞かせておくれ。これが本当に気持ちいいかい?」

「ふぁ、ふぁーーーっ!! ふぁふっ、へて!!」


 辺りには凄まじい臭いが立ち込めている。屋外だというのに血の匂いが止まない。

 ほかほかとした内蔵と、糞尿の臭いがその通りに立ち込めている。


 辺りの建物から見ていた者たちも、顔を青くしてほとんど中に引っ込んでしまった。

 ——やりすぎなんだよ。あいつらは!

 そんな呟きを残して。


「穴に突っ込めば気持ちよくなるんだろ? ねえ、本当かい? てめえらみたいなクズは必ず言うんだ。今までにも言ったことあるんだろ?」


 盗賊は、涙と小便を垂れ流して命乞いをした。血に濡れて笑うダークエルフに。

 懸命に閉めている括約筋(かつやくきん)、それを緩めたら、今にも昨日食べた晩飯が出てしまいそうだった。


「ほら。聞かせておくれ。気持ちいいかい? ……本当に? やられてみると、辛くないかい?」

「ひゃ、ひゃふ!! ひゃふへへっ!!」

「ちゃんと喋りな」


 ガツンと。

 盗賊の口に入っていた()を女は殴りつける。

 長いそれは喉の粘膜をえぐりながら、奥へと進んだ。


「ほら、気持ちいいかい? ……言ってんだろ? ねえ、こんなの言ってきたんだよねえ?」


 せり上がる吐き気が抑えられない。

 ガッチリと喉に入り込んだ棒の隙間から、吐瀉(としゃ)が溢れる。

 今まさに窒息している盗賊の耳に、荒々しい呼吸が聞こえた。


「ふううううぅぅ……。ふううううぅぅ……!!」


 盗賊は確信した。

 この女は、狂ってる。


 確かに自分は悪党だ。

 今まで散々と悪事を重ねた。

 女が言ったような事など当たり前にやってきたが、この女はそれを知らない。

 決めつけだけで、徹底的にやれる女。


 盗賊の、涙で歪む視界に、地獄が映る。

 ——自分の仲間の成れの果て。肉と臓物と糞尿の山。


「ほら、やっぱり辛そうだ。苦しいだろ? 苦しいよねえ。……じゃあ、風穴を開けよう。呼吸が楽になるはずだ」

「ひゃ、ひゃへへ……へゃふへへっ!!」

「聞こえないね。ちゃんと喋りな」


 ダークエルフが手元の道具で、盗賊の口に突っ込まれている『棒』に、火をつけた。


「ひゃへへえええっ!!」


 ——バチバチと。

 その棒から伸びる、細く長い紐。

 それに火がつくと、どんどん紐は短くなっていった。


「キディ坊やはいいもんくれたね。あんたは知らないだろうけど、コレは高いんだよ。てめえみたいな芋虫の命にこんなもんを使うあたしに感謝しな」

「ひゃっへへえええええ!!」


 盗賊の、後ろ手に縛られた両腕は用を為さない。

 ——ならばこの、火薬の匂いがする棒を噛みちぎる!!

 涙を流しながらアゴを動かそうとした盗賊のコメカミの下を、女がトンッと殴りつけた。


「……あ、あひゃ、あひゃふぁ」

「外しちゃったよアゴ。じゃあね」


 血に濡れて上気する肌。

 盗賊が最後に見たのは、女の紫色の瞳だった。場違いにも、本当に一瞬だけ、盗賊はその美しさに見とれた。

 そして、その直後……光に包まれた。




 ・・・・・・・・・・・・・・・




「おいおい……。てめ〜はやりすぎなんじゃね〜のか〜? わざわざダイナマイトを使う事ね〜だろうが。もったいねえ」

「これ以上に有意義な使い道なんかないね」

「お、お〜……」


 怒り狂うクーロンを鎮める為の『餌』を探しに、アマレロは楽園中を走り回っていた。

 餌はすぐに見つけられた。町中の人間が指し示す。「あっちだ」と。


「ふううううぅぅ……。ちょっと落ち着いてきたね。さて、あたしらはどうしようか」


 もう恐らく残党はいない。

 いるかも知れないが、どうせここからは逃げられない。逃げられなければ自分達の耳に入る。


「流れ者共の親玉はそこそこやりそうだったな〜。助けに行かねえでいいのか〜?」


 クーロンは考える。

 あの少年と、アゼルの事を。


「いや、放っておこう。あの坊やはアゼルを『ずっと守る』って言った。そんなに簡単な言葉じゃない。……本当に出来るのか、見せてもらう」


 それに、迅八が本当にロックボトムだと周りから見なされれば、それなりの力は必要となる。


「坊や。……アゼルの事、守れるのかい?」













「いや、無理そうだったから俺様が連れてきたぜ」


 ズコーッ。

 血に濡れた女は盛大にコケた。


「な、な、な……!?」

「クーロンっ!! 血まみれに……って、どうせ返り血だよね」


 クロウの腕から離れたアゼルが、クーロンに走り寄る。


「お〜!? てめ〜らなにやってんだ? 坊主はどうした、坊主はっ!?」

「……苦戦中だ」


 クロウが己の体を指し示す。

 そこには幾つもの切り傷があり、その会話の途中にも新しい傷が出来た。


「アマ公、クーロン。……俺はジンパチの所に戻る。その小娘はてめえらに預けたぞ」


 クロウの履いていた皮のズボンは、ほとんど半ズボンになっていた。その足だけ金毛に覆われて、まるで動物の脚のように関節がついている。

 その脚の筋肉を肥大させると、千年の大悪魔は跳躍する為に深くかがみ込んだ。


「待ちな、クロウ!!」

「なんだよ……。こっちは急いでるんだよ!!」

「なんでアゼルを逃げさせた? あんたになんの得がある」

「俺は悪魔だ」

「だから聞いてるんだよ。ジンやシズなら分かる。けど、なんで」


俺は悪魔だ(・・・・・)

 損得で動く人間(てめえら)なんぞと一緒にしてんじゃねえ」






 びゅおんっ。

 弾けるように脚を伸ばすと、その姿は月に浮かんだ。

 赤と金の毛が流れるようにきらめく。

 翼を持たない悪魔が空を跳ぶ。


 その姿を見ていた人間達の一人が呟いた。


「言ってくれんじゃないのさ。……シビれた」


「クソっ。あいつ、俺も親玉を倒しに」

「お〜、やめとけアゼル。おめ〜はあの狐の娘のとこに居た方がいいんじゃね〜か〜? やるべき事はそれぞれあるぜ」


 その言葉を聞き、アゼルは思い出した。

 忘れた訳ではなかったが、怒りで頭が濁っていた。ニコルには、そばにいてやる人間が必要だ。


「まあ、坊主が呼んだ『アイツ』がいるから、家の守りは万全だけどよ〜。もう俺たちもやる事ね〜だろ。帰るぞ〜」




 ・・・・・・・・・・・・・・・




「らしくねえ。……確かに」


 クロウの眼下には、人間の作ったゴミゴミとした薄汚い町がある。その町の中に、ちらほらと人間の姿が見え始めた。

 月までも届くかと思われた跳躍も、緩やかに高度を落とす。クロウは地面に着陸する寸前に思い出した。


(やべえ。ジンパチの体じゃこらえられねえか?)


 その脚を、着地の瞬間だけ別の脚に変える。超硬度の体を持つ魔物——かつて魂喰らいで取り込んでやった強敵の脚に。


 着地の音はまるで爆発のように響いた。石畳は大きく穿たれ、辺りには噴煙が渦巻いている。

 クロウは遠巻きに自分を見ていた人間の女に言った。


「まだ終わってねえ。家に入ってろ」

「……は、はい!!」

「あー? わざわざ脚を硬くしなくても大丈夫だったか? ちっ、本当に厄介だぜ。結魂はよ……!!」


 別に迅八の足が砕け散ろうがクロウの知った事ではないのだが、今の迅八は戦闘中だ。その隙に、首でも切られたら笑えない。


「あいつはヤバい感じがしたな。……あれも転生者か」


 あの剣術。

 自分達の知らない動き。

 鋭くもあり、なにか欠けているようでもあったが、その方向の『完成形』のような動きだった。とても今の迅八が敵う相手とは思えない。



「くそッッ。さっさと行ってさっさと殺す!!」


 クロウが再びその腰を深く沈めた後に、跳躍した瞬間。


「うっっぐあああああああっっ!? ……あの野郎!!」


 焼けるような痛みと共に、体から離れ、地面に残された己の左腕が見えた。




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