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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第五章 魔法の言葉
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黒い太陽

 



 迅八も、アゼルに追いつき楽園に入る。

 昼間から飲んでいる男も、寝ぼけまなこでアクビをしている女も、全速で走る迅八達の顔を見て道を譲った。


「待て。匂いを見つけた。……だが、一緒にいるコイツは」

「クロウ、どこだよっ!!」

「あのチビの匂いなんぞ、薄っすらとしか覚えてねえ。それより、なんでコイツの匂いが……!!」

「誰かニコといるのか!?」

「そんな事はどうでもいいだろ。早く行くぞっ!!」


 三人は走る。

 ガラスの貼られた娼館が並ぶ通りを越え、楽園広場を更に進む。物珍しそうに見てくる者もいれば、『アゼルスタン』の険しい顔に気付き、慌てて家の中に入る者もいる。


「その通りの向こうだ。ジンパチ、覚悟しておけ」

「…………ッ!!」


 自分のすぐ後ろを走る迅八を振り返り、クロウはその目を確かめる。


(迷ってやがる。……このバカが)


 しかし、今はそれよりも。


「鉄面皮。なんでてめえが……!!」




 ・・・・・・・・・・・・




 広大な楽園の本当に外れ。そこは旧市街と呼ばれる場所だ。

 昔は様々な人間たちが住んでいたが、愚王の統治により悪化した楽園の治安を恐れて、みな王都に移り住んだ。

 荒れ果てた石畳、立ち並ぶ不揃いな住居。

 今ではここに悪党達も寄り付かないし、貧しい者が住む事もない。


 今は誰も住む事のないその区画の中、一軒の家の前で、クロウは足を止めた。



「……この家だ。だが、」

「ニコル!!」


 その言葉の途中でアゼルが駆け出した。


「待てアゼル、俺も行く!!」


 すぐに迅八もその後を追った。

 家の中に消える黒いコートを見て、クロウは声を掛けようとしたが、その言葉を飲み込んだ。


「……チッ。やっぱりあいつが居やがる。会いたくねえな」


 呟くような声と共に、自分の腰の剣をクロウは見た。




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「ニコルッッ!!!」


 暗い家の階段を登ると、奥の部屋から人の気配がした。アゼルは『敵』がいるかもしれない場所で、大声を出すという愚行に気が付かないほど(たか)ぶっていた。


 扉などない部屋。

 窓に打ち付けられた木の板の隙間、入り込んでくる日の光を遮る、大人(・・)の影。


(……ニコルじゃないっ!!)


 何かを考えるよりも先に、アゼルはその人影の首の部分にナイフを走らせた。


 ——ぎゃりんっ! そのナイフは途中で止まった。闇に浮かぶ火花と、白銀の輝きの前で。


 日の光はそいつ(・・・)の顔を照らさない。しかし、一瞬の火花で闇の中に浮かんだ顔——それを見たアゼルは、怒りを忘れそうになった。


 地上の存在とは思えない程に、美しい女。そして気付く。その女が胸に抱いている少女の存在に。


「……貴様に問う。死体の仲間か? ……だったら済まない事をしたが、仲間ならすぐに会わせてやろう」

「うぅるせぇえええ……。ニコルを離せっ!! その白い肌を切り刻まれてえか!!」

「……凄まじい敵意だな。死体の仲間ではないのか? ニコルというのは、この娘の事か? ……声を小さくしろ」


迅八が部屋に入ると、すでにその部屋では戦いが始まっていた。アゼルと対する女の声。——その声に、迅八は記憶を揺さぶられた。


「待て。アゼルッッ!!」

「ジン……邪魔をするな!!」


 追いついた迅八は、そのままアゼルの前に出た。赤毛の少女を守るように。


「おまえ、アグリアか? イエリアが言ってたのはお前の事かよ……」

「……ほう。久しぶりだな狂犬。ところで、そいつはお前の仲間か? 私はこの子供を保護しただけだ。……もう一度言うが、声を小さくしろ」

「アゼル。ナイフを下ろせ」

「ジン、お前何を……」

「十二使徒だ。……早く下ろせっ!」






「『………………さい、……………から』」






 ニコルが、何かを言っている。

小さく闇の中に消え入るような言葉。しかしその内容は、迅八の耳にはっきりと届いた。


「ニコルッ。大丈夫だ。今、」


 そこまでアゼルが言った時、得体の知れない寒気が背筋を舐めた。……気が付くと、自分たちを囲む闇が、キラキラと輝いている。

 アゼルと迅八を囲むように、暗闇に浮かぶ白銀の板がきらめいている。アグリアの目。その銀色が微かに鋭さを増す。


「……三度目だぞ。静かにしろ。子供が怯えている」













「……うっ、ひ、ひ、ぃ……い、ひっ……ひっく」


「大丈夫だ。……もう大丈夫だ。お前の仲間が助けに来てくれた。……もう大丈夫。安心していいよ。もう、平気だからね」


「ひ、ひっっ、う、うううううっ。うっ。うう……」


「いいよ。泣いてもいいんだ。……けど、もう安心していいよ。大丈夫だからね」


「あ、あっ、あっっ……。んあああああっ!!ゔゔゔゔゔゔっっ!ゔああああああああっっ!!」






 むせ返るような血の匂い。

 迅八はとっさに人を探した。殺せる奴がいないかと。


 しかし、闇の中に残っていたのは、ゴミのような肉塊だけだった。






 ————————————————






 アゼルは泣いていた。

 鼻水を溢れさせて、整った眉毛を歪ませて、赤毛の少女はその胸にニコルを抱いて、震える声でずっと謝っている。


 アグリアはクロウの姿を認めると、そこに近付き、声を掛けた。


「……悪食、久しぶりだな。お前らの様子を見に来たんだが、今日はやめておこう。どうせこれから忙しいのだろう?」

「……なんで、てめえがチビと一緒にいた?」

「イエリアに聞いて、ロックボトムの縄張りに行った。……ロックボトムの家から不審な奴らが走っていったから追ってきたんだが、ここらは詳しくないから見失ってしまった」

「偶然そこに行ったら、偶然チビが攫われてたから助けたと?」

「必然かもしれんな」

「てめえらお得意の『運命』か? ……気に入らねえ」


 アグリアはその場を見渡す。

 苛立たしげに牙を剥く大悪魔、泣き続ける赤毛の少女、……そして、放心している黒髪の転生者。


「悪食。勘違いするな。……随分と気が立っているようだが、何が気にいらない? 私ではないだろうよ」

「……そうだな。今日はこれからやる事がある。俺たちの様子を見に来ただと? 今度にしろ」

「そう言っている」

「おうジンパチ、一旦帰るぞ。……そのチビを、安全な場所に連れていく」


 迅八の返事を待たずに、クロウは歩き出した。


「アゼル。てめえも来い。そのチビも、いつまでもこんな場所に居たくねえぞ」

「……ゔ、ゔゔゔゔっっ! ごめん、ごめんニコル……!!」


 傷付いたニコルを抱きしめたまま、アゼルもその後について行った。






「……おい狂犬。いや、『ジン』か。お前は行かないのか?」

「なんで……」

「どうした」

「なんであんな言葉を………」



 ニコルの傷は痛々しいものだった。

 顔は酷く腫れていて、至る所が青くなっていた。

 しかし、迅八達が来るまでに、ずっとアグリアが回復を行っていたようだし、骨が折れたりする程の傷は負っていなかった。


 ——それでも、あれだけ小さな少女が。

 誰から見ても弱い存在を傷つける悪意を見て、迅八は混乱していた。


 そして、湧き上がる怒りをぶつけるべき相手は、すでに死んでいた。——怒り、混乱、そして、恐怖。

 行き場のないそれらが渦巻く中で、迅八の頭の中は一つの疑問で占められた。


 ……ニコルは、ずっとずっと呟いていた。

 迅八たちが辿り着き、アゼルがその胸にニコルを抱くまで。ずっとずっと、おかしな言葉を呟いていた。



「……あれか」

「なんで、あんな言葉を」

「魔法の言葉だ」

「おまえ知ってんのか? ……それって、絶体絶命の時に効果を発揮するんじゃないのか? なんであんな言葉が関係あるんだ!?」

「絶体絶命の時に効果を発揮するぞ。……命が助かる。魂を売れば」

「どういう事だっ!!」



 もう、クロウもアゼルも小さくなってしまった。目を細めてそれを確認したアグリアが、淡々と続ける。



「弱い女が身を守る為の言葉だ。『助けて』。……その言葉でやめる奴がいるのか? 『お願いします』。……その言葉を聞き入れる奴がいるのか? 喜んでもっと殴る奴がいるぞ」



 放心した迅八の空っぽの胸の中に、少しずつ感情が湧いてくる。



「ゴミが女に求めるものは幾つもある。力ずくで欲望を満たそうとするクズは、それが叶わなそうだと他の物を求める」



 荒い息。湧き出る熱。



「命だ。……欲望を果たした後で冷静になって殺そうとするカスもいる。——喋られたら困る。邪魔になるかもしれない。面倒臭い。……クズはそれ位で弱い女を殺す。そういう奴らを安心させる言葉だ」


「……はっっ、は、はっっ!!」













「……『お金をください』だ。

 魂を売れば、命を繋げられる。

 その後、どんな言葉を続けてもいい。

 これが基本の『魔法の言葉』だ」



「おっ……」


「弱い女のおまじないだ。襲われたら股を開く前に金を貰え。……そうすれば、殺されないで済む」

「やめろ……やめろよ……!!」

「やめろと言ってもゲスな奴はやめないんだよ。……その言葉を聞くと安心する。——ああ、この女はそういう(・・・・)奴なんだってな」


「……ふ、ふっ。……フッッ!!」

「早く行け。 ……あの娘を襲った奴の仲間は、まだ呼吸をしているぞ。実に不愉快だ」






 ————————————————






 振り返らず歩を進めるクロウの耳に、絶叫が聞こえた。——何度も聞いた雄叫び。あの少年が、『敵』を見つけた時の声。これから始まるのは面倒事だ。


「別に、面倒臭くもねえか」


 クロウは振り返らない。

 だが、その後ろには赤毛の少女がいるはずだ。そして、深く傷つけられた幼い狐人も。



「はぁ〜〜……。ふぅぅううううゥゥ……」



 ブルブルと震え出す体を鎮めるように、腹の底のなにかを細く長い息で吐き出す。

……面倒事が嫌いではあるが、退屈嫌いでもある大悪魔は、楽しむことに決めた。






 ————————————————






 ……斜陽に照らされた楽園は、これから始まる夜の為に賑やかさを増してくる。昼に寝て、夜に起きる町。

 しかし、その町の中でおかしな動きが出始めた。



 それは、死人通りと呼ばれる場所から始まった。段々と増してくる人の波が、少しずつ引いてゆく。

 町の情報屋が慌てふためき、そこらの人間に『警告』を発する。



 それを聞いた者は顔を青ざめさせる。

 商売人達は、通りに出していた自分の商品を、大慌てで屋内に引き入れる。町の到る所で見かける客引きの女達は、仲間同士で話し合い、楽園広場の店に集う。

 まだ何も知らない者を見つけると、慌てて誰かが教えてやる。……これから、楽園(ここ)で何が始まるのかを。






 日は落ちた。

 誰も歩いていない町。

 ガス灯の明かりと魔光石の光——ぼんやりとしてきらびやかな楽園。……猥雑な光。


 楽園に、最も人が集まる時間だというのに、外には誰もいない。しかし、屋内から幾つもの目が外を見ている。

(あわ)れむように囁きあっている。——今日の舞台の犠牲者達は、これから自分達がどうなるのかをまだ知らないのだ。



 ——なんてバカな奴らだ



 闇の中に響くその囁きが、少しずつ消えてゆく。それもまた、死人通りから始まった。













 その集団は、黙って夜の町を進む。仲間内で喋る事もなく、ゆっくりと歩を進める。



 少しずつ進む静寂。

 やがて集団の姿が見えなくなると、先ほどよりもほんの少しだけ大きな声で、皆が囁き出す。期待を胸に秘めて。



 集団はやがて楽園広場に辿り着いた。それを見ていた女たちは息を呑んだ。

 ——あいつらが、やってきた。


 忌々しい大悪党が、全員で町を歩いている。

 大悪党はしょせん悪人だ。

 自分達の為になにかをしてくれてる訳ではない。それでも、女たちは思った。


 どうせどこかで奴らの気に障る事をしたバカがいる。そして、大抵その『気に障る事』は、自分達のような弱い者が傷付けられた時だ。彼らは自分達を守ってくれている訳ではない。勝手に楽しんでいるだけだ。

 それでも女たちは、祈るように、胸の前で手を握りしめた。



 男達は、苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。

 ——やられる奴もバカならやる奴もバカだ。あいつらは加減を知らない。全部を壊して全部奪う。

そして、後始末は自分達のような、なんの関係もない男達がするのだ。


 英雄のようにあいつらを見る奴もいるが、そいつらに言ってやりたい。じゃあお前が後片付けをしろと。

 しかし、それなのに。

 なぜか男達もその頬を紅潮させ、これから始まる事に期待した。


 ぼんやりとした光に浮かぶ楽園。

 その奥の路地裏から、建物の中から、二階の物干し台から。——何十、何百もの目が集団を見ている。

 そして、その幾つもの目に困惑が浮かんだ。


 誰かが囁いた。


「……あれは、誰だ?」






 それは、集団の先頭を歩いている少年に気付いた者が、ポツリと漏らした言葉だった。


 忌々しい大悪党が進む先は、常に『太陽』が照らす。——長身の男。燃え上がる赤毛を持つ男。

 白いコートをまとい、常にポケットに手を入れて、王族のように悠然と歩くロックボトムの親玉。その男の姿が先頭に見えない。

 その集団の先を歩いていたのは、黒いコートを着た少年だった。



『太陽』に比べて小柄なその少年が、まるで集団を率いるように歩いている。世界に名を轟かせる大悪党——ロックボトムの先頭を。


 化粧でもしているのか、その目から下には黒線が引かれ、それは身体中に伸びている。

 ぼんやりとしたガス灯のせいなのか、その少年の姿がよく見えない。男も女も目をこらす。

 薄い青い光に包まれたその少年の姿。うねり、逆立ち、燃え上がる黒い髪。


 ……そういえば誰かが言っていた。

 ロックボトムに新入りがいる。しかし、なんでそいつが先頭を歩いているのか。


 誰かが囁いた。


「……黒い太陽? 誰だあいつは」






 ————————————————






 一軒の大きな酒場の前で、集団は足を止めた。


「……お〜、ここか?」

「間違いないよ。まあ間違ってたら謝ろうか。……あたしが謝れば許してくれるさ」


 眼鏡をかけた男が言う。


「あーあー。せっかく、シズが手塩に掛けた料理が食えなくなるかもしれませんね」


赤毛の男が口を開く。


「ところで……」


 黒髪の少年の後ろ姿。

 そして、その横に並んでいる赤毛の少女。


「ジン。抜いたら殺せ。……覚悟は出来てるのか? 引き返せんぞ」

「もう決めた。揺るぎねえ」


 その場で一番美しい男——赤と金の毛の房を持つ男が少年に問う。


「……ジンパチ。てめえ、確かあれが好きだったな。どうすんだ? 『作戦』は」



 少年は、振り返らず言った。



「……悲鳴をあげさせろ。

 正面から入って、全員殺すぞ」






 ダークエルフが口笛を吹く。


「りょ〜うかいっと。アマレロ、始めよう。……新入りのお披露目だ」

「お〜〜。……派手にやるか」


 青いコートの大剣使いが前に出る。



「『七星(ベネトナーシュ)』」



 埋め込まれた七つの魔石に光をまとわせると、巨躯の男は巨大な家に向かい、斜めに剣を振るった。




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