プロローグ
その巨大な木は、世界の辺境に立っている。
この地に生きる者はその木を『南の木』と呼ぶ。
どこからでも見える為、いつしか方角の指針となった。
星の反対側まで行けば見えなくなるだろうが、誰もその木が見えなくなる場所まで行った者はいない。それ程に巨大な木だった。
その木の形は龍血樹に似ている。
もっとも、龍血樹のように傷をつければ赤い樹液が流れるわけではない。流れるのかもしれないが、確かめた者はいない。
誰もその木が傷ついている所を見た事がないからだ。
太い枝は、全て太陽に向かい真っすぐに伸び、相当な重量をもつ深緑の葉をまとわせたまま、垂れ下がる事はない。
その木を遠くから見てみれば、それは木というよりも、大きな柱の上に緑の大地が鎮座しているようだった。
その巨木の根元で、密かな変化が起きている。
昼なお暗いその場所で、かすかな光が瞬いた。すると、その光に呼応するかのように、巨木の一部が蠕動した。
少しすると、うねうねと動いていた巨木の一部は幹から離れ、ぼたりと地面に落ちた。
すると、それは少しずつ形を変え、やがて人間の姿になり、完全にその形を整えた。
かすかな光はその人間の形をしたものの中に吸い込まれていき、やがて辺りはまた元の静けさを取り戻した。
まだ、この事を知るものはいない。