カセット
馬鹿らしい、と学生は腹の中で笑った。
そんなこと、できるわけない! 世界を日本にする、など、夢物語もいいところだ。確かに今の世の中は、懐古趣味が流行だ。第一、学生自身、昭和時代に夢中で、服装もその頃の学生の雰囲気を忠実に真似している。
しかし、いくらなんでも、江戸時代まで戻るなんて、やり過ぎである。
学生はポケットから携帯型のカセット・テープ・レコーダーを取り出した。目の玉の飛び出るような金額だったが、当時の若者が聞いていたカセット・テープというものを使った音楽プレイヤーである。
当時の若者は皆、持ち歩いていたことを知り、どうしても欲しくなり、八方に手を尽くして探し出した逸品である。
なにしろ、このプレイヤー一つで、最新型の電動三輪車が買えるほどの金額だ。手に入れるためには長期のローンを組まねばならなかったが、価値はあったと思っている。
耳にヘッド・フォンをつけ、音量つまみを捻ると、湿っぽい、当時流行のフォーク・ソングが聞こえてくる。
音楽で選挙演説を掻き消しながら、学生は急ぎ足になった。
肩から提げたバッグには、今日これから提出するための、卒業論文準備稿の入ったファイルが大事にしまっている。ファイルを指導教授に提出して、了解を取ればあとは一気呵成に論文を仕上げ、卒業を待つのだ!




