選挙演説
スピーカーから引っきりなしにがなりたてる候補者の演説に、学生は内心むっと顔を顰めた。
だが、素知らぬ振りを装い、立ち止まることなく歩き続ける。
最近の若者らしく、野暮ったい服装で、ひょろりとした身体つきに、鼻には黒縁の眼鏡を掛けている。眼鏡は伊達で、若者は特に近視というわけではないが、二十世紀後半──昭和四十年代の若者の格好を真似している。
選挙演説の音量は相当に煩い。
できたら耳を塞ぎたいところだったが、そんな真似をしたら、演説に聞き入っている人間に睨まれると我慢した。
「大江戸党、大江戸党を、よろしくお願いいたします! 世界を江戸に! 東京を江戸と改め、徳川家のご子孫に、征夷大将軍に御昇り頂くことを切に、祈っております!」
駅前には選挙運動のための街宣車が停車して、屋根に設けられた演壇には「大江戸党」の候補者がずらりと居並び、マイクを握りしめ、真っ赤な顔で見上げている聴衆に向けて夢中になって語り掛けている。
背後には去年から採用された、ホログラフィを使った選挙パネルが、空中に候補者の顔を大写しに映し出している。
候補者は全員女性も含めて、和服着用で、紋付羽織袴の正装だ。さすがに月代丁髷はしていないが、男は髪の毛をぴっちりオール・バックにして、女性候補者は日本髪を思わせる髪型で、しとやかに控えている。聞き入っている聴衆の中にも、同じような和服の身なりがちらほら、混じっている。
総選挙が近い。
当然、町にはあらゆる場所で、熱っぽい選挙演説が、道行く人に必死に訴えかけている。
学生が前を通りすぎた【大江戸党】というのは、最近思想の主流に躍り出た「ネオ封建主義」を奉じる政治団体である。
【大江戸党】の主張は、日本の政治を真に地方分権にするには、江戸時代に戻り、幕藩体制を復活させるしかない、というものである。朱子学と幕藩体制を復活させ、江戸時代の安定した政治を呼び戻すのが狙いだ、と主張している。




