傘
雨に降られてしまった。
天気予報を聴かなかったのは失敗だった。
――今朝はあんなに晴れていたのに。
秋の空。
傘がない。
歩いて帰るのは難儀だった。
雨宿りをすることにした。
駅の構内にたたずむ。
雨はしとしと降り続いている。
帰宅する人。
天気予報を聴いていた、利口な彼らは傘を開いて駅を出る。
傘でいっぱいの風景。
手持ち無沙汰。
雨音。
足音。
忍び寄る夜気。
濡れた空気。
雨の匂い。
ポケットに三百円があった。
駅の向かいに喫茶店がある。
喫茶店は暖かかった。
少し濡れた肩を拭きながら、コーヒーを一杯頼む。
苦かった。
ガラスの向こうに雨が流れる。
そのまま数刻。
雨は止まなかった。
――このまま降り続ければ、二度と帰れなくなるだろうに。
夜。
「もう閉店ですが」
ウェイトレス。
「そうですか」
カップの底にコーヒーの跡。
「実は傘がないのです」
呟き。
「そうなんですか」
奥に消えた。
「では、この傘をどうぞ。古い置き傘ですのでお構いなく」
白いビニール傘。
「またのご来店を」
傘を差して店を出た。
濡れる傘。
しばらく歩くと雨がやんだ。
月。
――悪くない。
ゆっくりと傘を閉じた。