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愛情ごはんを届けたい ~エリート社長は過労死寸前!? あなたの心と体を私の料理で癒します~  作者: 日埜和なこ


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第6話 もったいないシステムキッチン

 ひやりとする車内に、ふわりと味噌の香りが立ち込めた。

 ピンクのスープジャーに口をつけた東條さんは、ほっと息をつくと短く「うまっ」と呟く。どうやら気に入ってくれたみたい。


「野菜たくさんいれました」

「生き返る感じがする……毎朝飲めたら幸せだな」

「毎朝は大変だけど、お休みの日は作りますね」

「マジ?」


 アルミホイルで包んだおにぎりを差し出すと、東條さんは嬉しそうに顔をほころばせる。


「咲良ちゃんをお嫁さんにできる人は、幸せ者だな」

「そんな人いませんって」

「これから現れるよ……ん、おにぎりは梅干しか」


 俺のお嫁さんになって、とはいってくれないんだ。やっぱり、学生の私は恋愛対象じゃないってことだよね。


 胸が痛む。だけど、東條さんが美味しそうにおにぎりを食べてくれるから、その姿を眺められる今が幸せだから、出かかった言葉を飲み込んだ。

 変に誤解をしちゃダメだよね。好きですなんて伝えて、今の関係が壊れたら寂しすぎるもの。


「咲良ちゃんは、おにぎりの具ってなにが好きなの?」

「んー、一番は梅干しです。でも、焼きタラコとか鮭も好きだな」


 おにぎりをぺろりと食べた東條さんは「そうなんだ」と嬉しそうに頷く。


「俺も梅干しが一番好きでさ。明太子よりも焼きタラコが好きだし、鮭はフレークよりも焼いたほぐし身が嬉しいな」

「あ、わかります! 明太子も好きだけど、焼きタラコの方が食べ応えがあるっていうか」

「そうそう。鮭フレークも便利だけど、焼いたほぐし身の方が味が染み出るっていうかさ」

「ちょっと塩気が強いやつですよね」


 変わり種もたまにはいいんだけど、梅干しやタラコ、鮭は子どもの頃に食べた味だから落ち着くのかもしれない。もしかしたら、東條さんもそうなのかな。


 ベンチャー企業の社長さんなのに、どうして凄く近い人に感じるんだろう。同じように、家族を亡くしているからなのかな。


 炊き立てのご飯で作る塩にぎりも好きだし、冷ご飯で作る焼きおにぎりもいい。そんなことを話しながら、東條さんはもう一個のおにぎりを食べ終えた。


 横で食べてる姿を見て、心の中で恋の神様に「ほんの少しだけ恋人気分を味あわせてください」と、心の中で祈った。そうして、東條さんが食べる姿を見続けていた。


 ずっと続けばいいのにと思うのも束の間で、東條さんはスープジャーのふたを閉めると「ごちそうさまでした」と手を合わせた。


「美味しかったよ。明日も作ってくれる?」

「また朝ごはん食べないつもりですか?」

「ははっ。そうなるかな。でも今度は咲良ちゃんと一緒に食べたいな」


 袋にスープジャーを戻しながら、東條さんは「ダメかな?」と聞く。


「スープジャー、一個しか持ってないですし」

「あればいいの?」


 朝に一人で食べる姿が思い浮かんだ。

 一日を元気に過ごすため、なんの疑問も持たずに食べてきた朝ご飯。一人暮らしでもそれは変わらず、寂しいなんて思ったこともなかった。

 だけど、東條さんと一緒に食べたら、もっと幸せなんじゃないか。


「……東條さんのスープジャー、買わないとダメですね」

「じゃあ、今日の買い出しにそれも入れよう」


 楽しそうに笑う東條さんは、エンジンをかけると「それじゃ、スーパーによろうか」といった。


 静かに発進した車内で、マンションにある調理器具がどれくらいあるかとか、今日食べたい料理のリクエストの話をした。今までお弁当に入れた料理が美味しかったとか、小松菜と榎の和え物が美味しかったのに少なくて残念だったなんて話も。

 楽しい時間が続いて、初めての自宅訪問に緊張していたことをすぐに忘れてしまった。


 スーパーで食べたいものを聞きながら、買い物かごをぎゅうぎゅうにした。

 東條さんのことだから、私が作らなければ食材を無駄にしそうだし、できる限り使いきれる量を買おうとしたんだけどね。食べたいもののリクエストを考えたら、あれもこれも買いたくなってしまった。

 少しでも美味しいって思って欲しいし、ご飯を楽しんで欲しかったから。


 そうして連れられてきたのは、港区にあるお洒落なデザイナーズマンションだった。

 やっぱり、社長なんだなとか思いながらきょろきょろしていると、エントランスでオートロックを解除する東條さんに「咲良ちゃん、おいで」と呼ばれた。

 緊張しながらエレベーターに乗り、辿り着いた部屋に入って唖然とした。


 物がなさすぎる。

 カウンター付きのキッチンが備わるリビングには、ソファーとテーブルにテレビがある。それだけだ。リビングだけでも私の部屋より広い。十五畳くらいあるんじゃないかな。

 どんな部屋に住んでいるんだろうとドキドキしていた気持ちが、ほんの少しだけ落ち着いた。それと同時に寂しさも感じる。

 カーテンレールに洗濯物がかかってるくらいの生活感があった方がよかったな。


 きっとここには、寝に帰ってくるだけの生活なんだって、嫌でもわかった。恋人の写真とか、忘れ物があってショックを受けるよりはましかもしれないけど。


「荷物はソファーの上にでも置いて」

「東條さん……この部屋、寂しいですね」


 バッグを下ろしながら、思わず言葉が零れ落ちた。

 カウンターの向こうで買ってきた物を袋から出す東條さんが、曖昧に「そうかもね」と頷いた。


「モデルルームでも、もう少し物があると思うんですけど」

「私物は寝室に置いてるから、物がないわけじゃないよ。だだ、1LDKじゃなくて1Kでよかったかな」

「観葉植物とか置いたらいいのに」

「エアプランツでも枯らしたことがあるんだよね」

「……どれだけ世話しないんですか。じゃあ、絵とか写真飾ったり!」

「咲良ちゃんは部屋に写真、飾ってるの?」


 写真に興味を示したらしい東條さんは、テレビ台の方を見た。棚もついている台には、リモコンと本が数冊置かれているだけで、ほとんど空だ。


「置いてますよ。死んだお父さんとお母さんと一緒に撮った写真と、あと、入学式にお母さんと二人で撮った写真と」

「家族写真か……いいね、そういうのも」


 少し寂しそうに笑ったのは気のせいだったのか。東條さんは「キッチンだけど」といいながら棚を開け始めた。

 興味を示してくれたのかと思ったけど、写真、好きじゃなかったのかな?


 いそいそとキッチンを覗き込んだ私は、想像以上の広さに声を上げて驚いてしまった。


「広い! ここ四畳くらいはありますよね?」

「それくらいかな。全然料理しないから、宝の持ち腐れって感じだけど」


 苦笑する東條さんは、棚を開けながら調理器具や食器のある場所を教えてくれた。

 それにしても、棚に納まっているものは、どう見たって規模に反して少ない。


 そもそも、このマンションって新婚向けの設計なんだろうな。コンロは三つ口だし、備え付けの棚が凄く充実している。お母さんが見たら大喜びするようなシステムキッチンだ。


「本当に必要最低限って感じですね。このフライパンなんて、箱から出されてもいないし、ヤカンもピカピカ」

「ウォーターサーバー入れてるから、お湯を沸かすこともないんだよね」

「なるほど。冷蔵庫開けますね」

 

 断りを入れて開けた冷蔵庫は、予想通りがらんとしていた。

 炭酸水のボトルにヨーグルトとジャム、チーズ。それからワインボトルと牛乳パックに──調味料と呼べるものも見当たらないし、不健康極まりない冷蔵庫だ。


 念のため冷凍庫も開けてみた。

 こっちも想像通り空っぽで、冷却ジェル枕とロックアイスの袋、それからアイスのカップがいくつかあるだけだ。冷凍食品は一個もない。


「買ってきた物を入れても、まだ余裕がありそうですね」

「だから、なにもないっていっただろう」

「東條さんが健康に無頓着でエンゲル係数の高い食生活だってことが、よーくわかりました!」


 買ってきた野菜を一通り冷蔵庫に詰めてみるけど、それでも余裕がある。この大容量の冷蔵庫、もしかして備え付けだったのだろうか。どう考えても一人暮らし用ではない。

 まあ、この広い冷蔵庫にぽつんと単身用の冷蔵庫があったら、それはそれで違和感だけどね。


「さて、お昼の用意しますね!」

「なにか手伝おうか?」

「それじゃ、野菜の皮むきをお願いします」


 冷蔵庫に入れたばかりの野菜を取り出す。

 大根、ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ、キャベツ、小松菜に、キノコが多数──今日はここぞとばかりに、東條さんにたくさん食べてもらわないとね。


 ニンジンやジャガイモの皮むきをお願いする横で、大根は厚めの輪切りにして包丁で皮をむく。隠し包丁を入れたらレンジでお皿に並べてレンジ加熱。その間に、大きめに切ったニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ、キャベツ、ソーセージ、コンソメを入れた鍋を火にかける。すると丁度レンジの過熱が終わった。

 黙々と手を動かしていると、東條さんが「手際いいな」と感心したように呟いた。


「そうですか?」

「惚れ惚れするよ。何品作る予定なの?」

「五品です」

「そんなに? 咲良ちゃん、今すぐでもお嫁さんになれるよ」

「相手がいなくちゃなれませんよ」


 別の鍋にレンジで加熱した大根を移しながら笑って答えると、東條さんは「俺のお嫁さんになる?」と、表情を変えずにさらりといった。

 一瞬、どきっとして手から力が抜け、菜箸で掴みかけた大根が皿に落ちた。


「……またそういう冗談を」


 笑って誤魔化し、再び大根を鍋に入れる。


「こんなオジサンには勿体ないお嫁さんかな」

「もう、そうやってすぐ老け込もうとするんですから!」


 笑いながら手を動かし、なんとか平静を装って、買ってきた顆粒の和風出汁を大根の鍋に入れる。


「ねえ、咲良ちゃん。小松菜はもしかして和え物にするの?」

「そうですよ。お弁当に入れたの、もっと食べたいっていってましたよね」

「大皿を抱えて食べたいくらい好きだよ」

「お嫁さんになったら、毎日作らないとですね」


 どうせ冗談なんだからと思って言い返したら、小松菜の束を洗う東條さんが動きを止めた。


「……そうなったら幸せだろうな」


 小さく呟かれた言葉は、蛇口から流れ落ちる水の音でハッキリとは聞こえなかった。でも、最後の幸せだろうなってところは聞こえ、目を細めて少し寂しそうに笑った東條さんの表情が目に焼き付いた。

次回、本日17時頃の更新となります


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