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愛情ごはんを届けたい ~エリート社長は過労死寸前!? あなたの心と体を私の料理で癒します~  作者: 日埜和なこ


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第5話 両想いだったら嬉しいのに

 結局、陽菜ちゃんと猪原さんに東條さんのことを教えろとせがまれ、レポートはほとんど進まなかった。


 さすがに、東條さんがベンチャー企業の社長だってことは伏せたけど、バイト先の喫茶店で知り合ったことや、お弁当を作るようになったと打ち明けた。


「坂下さんって、ド級のお人好しだね」

「いくら心配でも毎日お弁当って……あたしは無理だわ」

「咲良らしいったら、咲良らしいけどさ」


 若干引き気味の結城くんと猪原さんに反し、陽菜ちゃんはやにやと笑った。


「ねえ、それってもう両想いじゃないの?」

「そんなことないよ。東條さんから見たら、きっと私は子どもだろうし……」

「でもさ、好きでもない子の料理なんて食べないでしょ?」


 陽菜ちゃんの言葉に、スマホをいじりながら猪原さんは「あたしなら食べないわ」と笑った。


 まあ、確かに……私も、友達にお弁当作ってきたなんていわれても、困るかも。

 勢いでお弁当を作りますって言い出したのは私だけど、東條さんも迷惑に思っていたのかな。あ、もしかして五万なんて金額を打ち出したのも、私を断らせるためだったとか。

 優しい東條さんならあり得るかも。だって、東條さんが私を好きだなんてことはないだろうし。

 考え出したら、血の気が引いてきた。


「しかもさ、わざわざ大学まで送っていくって、囲おうとしてるんじゃない?」

「イノもそう思う? 絶対そうだよね」

「陽菜ちゃん、猪原さん、囲うって……」


 なんだか盛り上がっている二人には申し訳ないけど、それは絶対にないと思う。


「坂下さんを見ている顔、デレデレだったし」

「マジ? それ見たかったな」

「で、デレデレ? そんなことないと思うけど……」

「やっと咲良にも春が来たのね」

「だから違うってば。私なんか東條さんと釣り合わないよ」


 だってベンチャー企業の社長だよ。副社長は男性みたいだけど、美人秘書とかいてもおかしくないと思う。どう頑張っても私はただの学生だし、朝ちょこっと会うだけで……一緒にいる時間が長いのは会社の人たちだし。


 いるかどうかもわからないライバルを想像して、一人落ちみそうになった。

 だって、あんなにカッコよくて恋人がいないとか……そんな奇跡はないんじゃないかな。


「バイト三昧でサークルに入らないし、合コンにもほとんどこない」

「お洒落は二の次で地味子の咲良に春が!」

「お前ら、坂下さんをディスるのか喜ぶのか、どっちなんだよ」

「ディスってないわよ」


 頷き合う二人は私に好奇心の眼差しを向けた。

 ええ、そうですとも。大学デビューはほぼ失敗というか、高校二年以降、彼氏といえる存在どころか恋もしていませんでしたよ。そんな私でも、仲良くなってくれた二人には、色々と感謝している。


 実家暮らしの陽菜ちゃんは、親とケンカして私のアパートに避難してきたり、かと思えばお母さんの作ったお惣菜をお裾分けだといって持ってきたり。猪原さんは、お姉さんとルームシェアしていて、お姉さんの恋人が来る日にうちへ転がり込む。

 うちは丁度いい避難場所らしいけど、そのおかげで仲良くなれたんだよね。


「……東條さんのことは、好きだけど」

「ほらやっぱり!」

「でも、陽菜ちゃんのいうように、地味子だし」

「それは服と化粧にお金かければ良いだけじゃない?」

「そんな余裕ないよ」


 少しばかり恨めしい気持ちで陽菜ちゃんを見ると、察してくれたのか「ああそうか」と視線をずらされた。二人とも、私が片親だっていうのも知っているし、バイトをしている理由も知っている。


「一人暮らし大変だよね。バイト代、生活費に回るんでしょ?」

「うん、親には迷惑かけられないし」

「咲良は偉いよね。あたしは両親に感謝だわ。まあ、ここまで片道一時間半もかかるけどね。イノはお姉さんとルームシェアだっけ?」

「そう。一人暮らしするのに手取りが少ないからって」


 二人はそれぞれの住宅事情をぼやきながら「一人暮らしって憧れるけど難しいよね」と頷き合う。


「そういえば、結城も一人暮らしだよね?」

「そうだけど」

「やっぱりバイト三昧?」

「いや、株でそこそこ貯めてるから、そんな苦労はしていないよ」


 キーボードを叩きながら、結城くんはさらりと言った。それに私たちは「株か……」と返答に困って顔を見合った。


「在学中に起業を目指しているからさ。バイト代じゃ、大した額は貯められないだろう?」

「へー、案外考えてるんだ」

「それで野崎ゼミ志望ってわけか。咲良とイノもだよね?」

「起業までは考えてないけどね。野崎教授の授業が一番楽しかったから」

「あたしは、秘書を目指しているからね。経営戦略論が専門の野崎教授に教われば、経営者のパートナーとしてのスキルを磨けるじゃない?」


 猪原さんの言葉にどきっとした。


「経営者のパートナー……」

「イノ、そこまで考えてるんだ。やっぱ野崎ゼミ志望のメンツって凄いね。あたしには無理だわ」


 あっけらかんと笑う陽菜ちゃんは、私のノートパソコンを覗き込むと「やばっ、レポート忘れてた!」と顔を引きつらせた。


「締め切りっていつだっけ?」

「日曜の23時59分。俺もやばいんだよ。だから、こんな無駄話してる暇ないんだって」

「明日ライブなのに! イノ、助けて!」

「あたしだって自分のことで手一杯よ。とりあえず、事例集めをとっととやりなさいな」


 イノに泣きつく陽菜ちゃんは、すっかりお弁当のことを忘れてくれたみたいだ。

 だけど、なんとも言えない複雑な気分を胸に抱いて、ノートパソコンのディスプレイに視線を向けた。


 結城くんと猪原さん、将来のことをちゃんと考えているんだな。私は、研究したいことはあるけど、そこまではっきりと考えていなかったな。

 キーボードに指をのせ、ふと今朝の東條さんを思い出す。私を送り出す時に「頑張って勉強してこいよ」ていっていた。東條さんは社長になっちゃうくらいだし、私よりももっと勉強してたんだろうな。


 この日は、講義を聞きながらしばらくもやもやとしてすごした。

 さすがに私は起業って柄じゃないもんね。お父さんみたいな過労死を減らしたいって、漠然とした目的はあるけど……


 午後の講義が終わって講義室を出ると、ポケットの中のスマホが震えた。

 立ち止まって確認すると、東條さんから「ごちそうさまでした」とメッセージが届いている。添付されている写真は空のお弁当箱。

 食べ終わったら写真を送ってくれるのが、すっかり日課になっている。


 今日は遅いですねと返事をすると、困った顔をして土下座をする犬のスタンプが送られてきた。それから「会議が長引いて」と短く言い訳も。

 忙しいのは知っているし、そう簡単に生活リズムも変わらないものだよね。


「お夕飯もちゃんと食べてくださいね」

「明日、咲良ちゃんのご飯が楽しみだから、お腹空かせておくよ」

「ダメです。今日は今日、明日は明日です」


 そんなメッセージのやり取りをしていると「なにニヤニヤしてんの」と声がした。振り返ると、結城くんが立っていた。


「あ、えっと……」

「もしかして彼氏?」

「だから、彼氏じゃないって」

「ふーん……でも、デートのお誘いされてんじゃん」

「へ?」


 スマホを覗き込んだ結城くんが、ディスプレイを指差した。そこには「明日の朝、迎えに行くよ」と文字があった。


「あ、いや、これは……」

「どこまで迎えに行こうかって訊かれてるよ」

「えぇっ!?」

「家まで来てもらえばいいじゃん」

「あ、いや……」

「あー、ほら、返事しないから、またスタンプ押されてるよ?」


 いわれてディスプレイを見ると、心配そうに耳を垂れた犬のスタンプが押されている。


「ちょっ、結城くん、勝手に読まないでよ!」


 慌ててスマホを閉じると「気付くの遅っ」と笑われた。


「あの二人に見られたら、もっと突っ込まれるんじゃない? 気をつけな」

「ご忠告ありがとうございます!」

「そんな怒んなくてもいいじゃん。じゃあまたね、坂下さん」


 苦笑を見せた結城くんは、手をひらひらさせながら去っていった。

 これからは結城くんにも気をつけなくちゃと思っていたら、また、手の中でスマホが震えた。慌てて開くと「これから会議だからまた後で」とメッセージが残っていた。


 いってらっしゃいのスタンプを押してから「明日はいつもの駅で待っています」と返事をした。


 明日、ついに東條さんの自宅に行くのか。

 どんなところに住んでいるんだろう。ベンチャー企業の社長ともなれば、やっぱり、高層マンションかな。それとも、デザイナーズマンションとか。想像したらそわそわしてきた。


 なにを作ろうかな。

 東條さんは和食が好きみたいだし、炊き込みご飯とかいいかも。でも、寒くなってきたからシチューもいいな。クリームシチューとビーフシチューどっちが好きかな。野菜が好きみたいだし、ポトフもありだよね。グラタンは……お皿あるかな。


 よくよく考えたら、食器や調理器具がどうなってるのかも、行ってみないとわからないじゃない。料理はするっていっていたし、最低限はあるだろうけど。


 調理器具なにがあるか尋ねるの変かな……


 スマホを取り出して連絡しようとしたけど、手が止まった。そこまで訊いたら、さすがに引かれるかな。


 電車にのってバイト先の塾に着くまで、悶々と考えていた。考えたって答えが出ることじゃないのに、気がつけば考えるその繰り返しだった。

 たけど、それがだんだん楽しくなってきて、気を抜いら口許が緩まりそうだった。


 ◇


 いつもの時間、いつもの改札口だけど、土曜の朝とあって人影は少なかった。


「咲良ちゃん、おはよう」


 いつものように私を呼ぶ声を振り返ったら、そこに見慣れない東條さんを見つけた。スーツじゃない。

 休日だから当たり前なんだけど、初めて見る私服姿が眩しすぎた。


「おはようございます」と返す声が、少しひっくり返っていたかもしれない。冷静を装いながら、緊張で胸が苦しくなる。


「咲良ちゃん、朝ごはん食べた?」

「食べましたけど……?」

「そっか。俺、まだなんだよね」


 少し申し訳なさそうに笑う東條さんは「モーニングやってるとこあるかな」といってスマホを取り出す。

 ああ、やっぱり昨日も遅くまで仕事をしていたのだろう。働いているのが有意義だって話していた時のことを思い出し、なんとなくそんな気がした。


「そんなことだろうと思いました」

「ははっ、面目ない」

「だからコレ!」


 持っていた小さなバッグを着き出すと、東條さんは首を傾げて中を覗き込んだ。


「おにぎりとお味噌汁です」

「……マジ?」


 驚いた顔をしていた東條さんは、目を細めると「今すぐ食べたいな」といって歩き出した。むしろ、すぐ食べてもらおうと思って、ウエットティッシュだって持参している。おにぎりは冷めちゃってるけど、お味噌汁はスープジャーに入れてきたからまだ熱々だと思う。


「手作りの味噌汁っていつぶりかな」

「作らないんですか?」

「一人分作っても美味しくないでしょ」

「週末だと朝昼晩三回分って考えると、そこそこの量を作れますよ」

「それを一人で飲むの寂しくない?」


 駐車場に向かいながらの会話で気付いた。

 ああ、そうか。東條さんはレンジで温める冷凍食品が嫌なんじゃなくて、自分のご飯を作るのが虚しいんじゃなくて、一人で食べるのが嫌なんだ。


「……それは、うん。わかります」


 私だって、お財布に余裕があったら自炊をしないと思う。だって、一人の部屋は寂しいもの。


「だから、友達が泊りに来る時は、張り切って作っちゃうんですよね!」

「……友達?」

「はい。同じ学部で入学当時から仲のいい子たちで、二人ともよく泊まりにくるんです」


 野菜や果物を差し入れしてくれることもあるし、お米を持って来てくれた時は助かった。そんなことを話していると、駐車場に辿り着いた。

 私の話が途切れた時、頷いて聞いていた東條さんが足を止めた。


「それって……彼氏じゃなくて?」


 突然の質問にびっくりして振り返ると、真剣な顔がそこにあった。

 陽菜ちゃんが「両想いなんじゃないの?」といっていたことが脳裏に蘇る。


 どうしてそんなことを訊くの。それって、少しは期待していいってことなのかな。──尋ねる勇気は私になくて、とっさに「違います!」と答えるしかできなかった。

 東條さんの切れ長の目が見開かれる。


「私、ほら地味子だし、サークルにも入ってないし、合コンとか苦手だし……そういう出逢いってないんで」


 いいながら虚しくなっていると、東條さんは「見る目がないな」と呟いた。


「咲良ちゃんの可愛いさに気付かないなんてね」

「へっ……な、なにいってるんですか!?」

「思いやりがあって料理上手。親思いで勉強も頑張っている。なにより、笑顔が可愛い」


 いわれたことがない言葉が、次々と出てきた。あまりのことに、どう反応するのが正解かわからない。だって、好きな人にそんなことをいわれたら、嬉しすぎるじゃない。


「顔、真っ赤だよ」

「だって……そんな褒められたことないし」

「そうなの? 本当に見る目がないな。もしも俺が学生だったら」


 そこで言葉を止めた東條さんは、少し照れたような顔をして「口説いてたな」といいながら笑った。


「ま、またそんな冗談を。そんなこといっても、デザートは持ってきてませんよ」


 声が震えた。だって、冗談でも嬉しいから。

 

「それは残念」といって歩き出した東條さんは、停めてある車に真っすぐ向かっていった。その背中を追った私は、心の中で「今から口説いてくれてもいいのに」と呟いた。

 言葉にできていたら、東條さんはなんて返しただろう。

 そう思ったけど、勇気を出すことができなかった。

大幅に予定を超しました。申し訳ありません!

次回、本日12時頃の更新となります


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