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愛情ごはんを届けたい ~エリート社長は過労死寸前!? あなたの心と体を私の料理で癒します~  作者: 日埜和なこ


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第4話 毎朝五分の幸せ

 卵焼きに鶏肉の照り焼き、カボチャの煮つけとレンコンのきんぴら、それから小松菜と油揚げの和え物。お弁当箱におかずをぎゅうぎゅうに詰め込んで、鮭のほぐし身を入れたおにぎりを沿えれば完成だ。

 スマホでお弁当を撮影し、私のお弁当画像だけをモニター専用アプリで写真をアップロードする。


「東條さん、今日も美味しいかったっていってくれるかな」


 朝、大学の最寄り駅で洗われたお弁当箱と交換する。いつも美味しかったて言ってくれるけど、最初に東條さんがいっていたほど、リクエストをされることはない。


 男性用のお弁当だと意識してお肉をいっぱい入れていたら、野菜を多めにしてと注文されたくらいかな。

 サンドイッチとかオムライスにする時もあるけど、基本はヘルシーな和食のお弁当だ。


「この生活を始めてから、もうすぐ一週間か……」


 お弁当箱を包みながら、ふと冷蔵庫に貼ってあるカレンダーを見て、先週の日曜のことを思い出した。


 一緒にお弁当箱を買いに行ったんだよね。そこで初めて、自分のお弁当箱と大きさが違うことを目の当たりにして、戸惑いと不安を覚えた。

 私から言い出したこととはいえ、毎日続けられるか少しだけ考えた。


「続けられるもんだな」


 それもこれも、東條さんが毎日、お弁当のどれが一番美味しかったとか、どうやって作るのとか尋ねてくれるからかもしれない。


 話しながら、少しずつ東條さんの好みを知っていくのも楽しい。なにより、同じお弁当をお昼に食べるのが毎日の楽しみになっている。

 一人じゃないって思えるんだよね。


 お弁当のあまりで用意した朝食もアップロードして、急いで朝ご飯を食べ終えてから家を出た。


 今朝は随分と空気が冷えている。もうすぐ十二月になるし、温暖化といっても、朝晩はすっかり冷えるようになった。

 ぶるりと肩を震わせ、足早に駅へと向かった。


 混雑した車内で押しつぶされそうになるのも、もう慣れたもんだ。ただ、髪型が崩れやすいのが難点だ。

 大学前駅に着いたらトイレに駆け込んで崩れた髪を整え、改札まで急いだ。


 講義が始まる一時間半前。

 さすがにまだ学生は少ない。だけど、近隣に住んでいる社会人や学生が改札を抜けてくる時間だ。まばらな利用客とすれ違って改札を抜けると「咲良ちゃん」と、穏やかな声に呼ばれた。

 東條さんの顔を見た瞬間、心臓が跳ねた。


 知り合ってから三ヵ月。ずっとイケメンだよなって思っていたけど、こうして毎日会うようになって、私は着実に彼に惹かれている。その証拠が、この毎朝騒がしくなる私の鼓動だ。


「おはようございます」


 冷たい風が入り込む改札口だというのを忘れちゃうくらい、東條さんの笑顔を見ただけで胸の中が暖かくなる。


「おはよう。そんなに急いで走ってこなくても大丈夫だよ」

「寒いところでお待たせしたら悪いので」

「そんなに待っていないよ」


 持っていたスマホをコートの内ポケットに入れた東條さんは、行こうかといって歩き出した。


「東條さん、毎日大学まで送ってもらってますけど、仕事、大丈夫なんですか?」

「平気だって。会社に向かう途中だし、俺が好きで送ってるだけなんだから気にしないの」

「だけど……」

「どうしても間に合わなければ、朝の会議は車から出ればいいし」


 今時はリモート会議がスタンダードなんだろうけど、迷惑をかけていないか心配になる。

 駅から大学までは徒歩でニ十分ほどだ。朝一の講義が入っている日だとしても、充分間に合う時間に到着しているから、車で送ってもらう必要はないんだけどな。

 下心をいえば、東條さんと少しでも話せるのは嬉しいんだけど。


「運転しながらリモート会議って、危険じゃないんですか?」

「パーキングに停めるから安心して。あ、もしかして……」


 なにかいいかけた東條さんは苦笑すると「オジサンのわがままに付き合うのは嫌かな?」といいだした。


「オジサンって、東條さんはそんな歳じゃないでしょ?」

「咲良ちゃんと十近く離れてるよ」

「たった十じゃないですか。それに自分でオジサンっていってたら、本当にオジサンになっちゃいますよ」


 というか、こんなイケメンを捕まえてオジサンなんていったら、見知らぬ東條さんファンに刺されかねない気がする。きっと会社にだって、東條さんのファンがいるだろうし。

 駅の駐車場に向かいながら、東條さんは「だけど」といいかけたかと思えば黙ってしまった。


「東條さん?」

「いいや、なんでもない。それより、昨日のお弁当も美味しかったよ。卵のそぼろご飯かと思ったら、中から肉そぼろが出てくるの面白いね」

「気に入ってもらえてよかったです。ほら、寒くなってきたから、肉そぼろの脂が浮いたら嫌だなって思って、ご飯に挟んでみたんです」


 褒められたのが嬉しくて頬が緩んでいく。

 また作ってほしいっていわれて、さらに嬉しくなる私はチョロい女だって自分でも感じる。それくらい舞い上がっていたから、この時、東條さんと歩いているのを見られているなんて、まったく気づかなかった。


 歩けばニ十分かかる道も、車だと本当にすぐだ。五分かそこらの短い時間だけど、東條さんの運転する姿を横で見ることができる特別感に、すぐ心がふわふわとし始める。


「明日、料理作ってもらえるの楽しみだな」


 ずいぶん機嫌がよさそうな東條さんは、交差点で車を止めると私の方を振り向いた。


「でも、冷蔵庫が空っぽだから一緒に買い物行ってくれるかな」

「やっぱり空っぽなんですね」


 朝食をバナナで済まそうとするような人だもの、想像はついていた。


「夕飯も外食ばかりだし、冷蔵庫にあるのは酒と水と」


 指折り数えながら思い出そうとする東條さんだけど、これは調味料すらあるか怪しい。もしかしたら、お米だって買っていないかもしれない。

 どれだけエンゲル係数の高い生活をしているんだろう。社長とはいえ、エンゲル係数の高さは健康面から見てもよくないよね。


「東條さんの食生活、絶対エンゲル係数高いですよ」

「ははっ、どうだろうな。空腹でなければそれでいいってことも多いし」

「それはもっと身体に悪いです!」


 東條さんは私が怒ると、それすらも楽しそうに笑い返してくる。食に対して無頓着すぎる。

 少しだけ聞いた東條さんのお母さんの話しを考えたら、たぶん、幼少期に楽しい食事がなかったのだろうけど……食事は楽しいものだって、わかってもらえたらいいな。


 そんなことを考えているうちに、いつの間にか信号は青に変わっていた。車は再び大学の駐車場へと向かっていく。

 いつものように車を停めた東條さんから空のお弁当箱を受け取り、ずっしりと重いお弁当箱と交換する。


「それじゃ、明日のことはまた後で連絡するな」

「わかりました」

「頑張って勉強してこいよ」

「東條さんは、ちゃんとお仕事の合間にお弁当食べてくださいね」


 さよならするのを名残り惜しく思っていると、東條さんは目を細めて「ちゃんと食べるよ」といってくれた。


 後ろ髪を引かれる思いで車のドアを開ける。そうして「いってきます」といえば、東條さんは「いってらっしゃい」と応えてくれた。

 ドアの締まる音を少し寂しく思いながら数歩下がって手を振れば、車は静かに発進する。


 去っていくのを見ていると、後ろから「坂下さん?」と声がした。

 振り返ると、同期の結城くんがいた。


「やっぱり、坂下さんか。彼氏にでも送ってもらったの?」

「えっ、彼氏じゃないよ!」

「そうなの? じゃあ、親御さん……あれ、坂下さんって独り暮らしだっていってたよね。実家は栃木だって」

「えっと、あの……」


 まさかこんな朝早くに目撃されるなんて思ってもいなかった。

 どう説明したらいいんだろう。友達とは違うし、お弁当を届けたついでに送ってもらったって、意味通じなさそうだし。


「わけあり?」

「いや、なんというか……説明が難しい関係といいますか」


 ごにょごにょと言葉を濁すと、結城くんは軽い感じでふーんと頷いた。


「まあいいや。寒いからラウンジ行かない?」

「そうだね。そうしよう!」


 深く追及されずにすんだだことに、ほっと胸を撫で下ろし、結城くんと肩を並べて歩き出した。


「野崎教授のレポート、終わった?」

「うーんもう少し。これからラウンジで書こうと思ってる」

「マジ? 俺全然でさ。QOLの向上についてって範囲広すぎない?」

「そうかもね。もしかして、結城くんもレポートやるために早く来たの?」


 他愛のないことを話しながら歩いているうちに、東條さんに揺れ動いていた心はすっかり落ち着きを取り戻していた。

 もしもこの時、東條さんのことが気になって振り返ったら、彼の車がまだ駐車場を出ていなかったことに気付いていたかもしれない。だけど、私の頭はすっかり週明け提出のレポートに切り替わっていた。


 朝早いラウンジは学生もまばらで、私と結城くんは窓辺のテーブルに着くと、それぞれノートパソコンを取り出して向かい合って椅子に座った。


「坂下さん、どこまでやった?」

「QOL向上を目的として成功しているビジネスモデルの共通項の分析と、ビジネス参入する際に直面する障壁の予測まで終わってるよ」

「マジかよ。全然進んでるじゃん。リスクヘッジが終われば、あとはビジネス拡大の可能性とか書けばいいんだろ? そんなんすぐじゃん」

「そうだね。対策を考えるのが一番大変だったよ」


 そういいながらも、今回のテーマは私がやりたいと思っている研究に近いため、それほど大変でもなかった。むしろ、日頃考えていることを掘り下げる機会になったくらいだ。

 お父さんの過労死があったから、私にとってQOL向上は人生の課題ともいえる。そこに企業参入が見込める分野はたくさんあるだろうし、その可能性を研究課題にしていこうと思っている。


「坂下さん、来年からのゼミは野崎教授のとこでしょ?」

「うん。結城くんもだよね?」

「そうなんだよ……野崎教授のとこはベンチャー企業立ち上げてる先輩が多いって聞いてたから選んだけどさ、俺、やっていけるかな」


 キーボードを叩いていた手を止めた結城くんが深々とため息をついた。


「ベンチャー企業……結城くんは起業したいの?」

「そうだけど、坂下さんは違うの?」

「私はそこまで考えてなかったけど……」


 ふと東條さんのことを思い出した。

 野崎教授が自慢だっていっていたし、東條さんも学生の頃から企業を考えていたのかな。


 生活データを集めているんだよね。モニターで使っているアプリは食事の報告だけじゃなくて、睡眠時のデータまでとれる仕様だし、連動させるウェアラブルデバイスもあるっていってた。それを使うと心拍数とか血圧まで測れるらしいけど……


「もしかしてヘルスケア関連なのかな」

「……え? なに?」


 無意識で言葉に出して呟いていた。

 それを聞き取った結城くんは、ディスプレイから視線を外してこっちを見た。それに慌てて「なんでもないよ」といいながら、書き途中のレポート画面を見ながら、東條さんの顔を脳裏にちらつかせる。

 もしかしたら東條さんの事業は、私のやりたいことに近いのかもしれない。だとしたら尚更、もっと食事に興味を抱いてもらわないと。


「健康はやっぱり食から変えなくちゃ」

「んー、なに?」

「ごめん、ただの独り言!」


 私の独り言を漏らさず拾う結城くんは、随分耳がいいんだな。そんなことを思っていたら「咲良!」と名を呼ばれた。首を巡らせると、女子が二人近づいてきた。なんだかすごい気迫を感じるのは気のせいだろうか。


「陽菜ちゃん、おはよう」

「ちょっとねえ、いつ彼氏ができたのよ!」

「……へ? 彼氏なんていないけど」


 朝の挨拶もそこそこに、陽菜ちゃんが横の椅子を引いて座った。


「隠さなくたっていいじゃない。あたし、見たんだから」

「え、見たって……」


 結城くんの横に座った猪原さんがにやにや笑いながら身を乗り出して「イケメン彼氏」といった。

 もしかしなくても、東條さんと歩いているところを見られたのかな。


「ビジュよすぎな年上だったよ。まさか、坂下さんに社会人の彼氏がいるなんてね」

「咲良、相手はどこの誰よ。白状なさい!」

「え、あの、彼氏じゃなくて……その……」


 返答に困っていると、結城くんが「やっぱり彼氏だったんだ」とぼそりいった。それに、二人は勢いよく反応する。


「結城、見たの!?」

「見たっていうか、今朝、坂下さんが車で送られてるのに遭遇したというか」

「ゆ、結城くん、その話は……」

「顔は見たの!?」

「いや見てないけどさ。車はアークスのゼロシリーズ。そこそこいい値段するヤツだよ。ナンバーは品川だった」


 よくもまあ、そこまで観察していたものだ。

 私が唖然としていると、陽菜ちゃんと猪原さんは興味津々な顔で「詳しく聞かせなさい!」と声を揃えた。

 詳しくもなにも、彼氏じゃないし、私の片思いなんだけど。

次回、明日8時頃の更新を予定しています。


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