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愛情ごはんを届けたい ~エリート社長は過労死寸前!? あなたの心と体を私の料理で癒します~  作者: 日埜和なこ


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第3話 弁当が嫌いなわけじゃない(一織side)

 買い物を済ませて車に戻ると、咲良ちゃんが自分の分は払うと言い出した。


「後輩にお金を出させられないよ。まだ学生だし」

「でも、東條さんが私の分まで払うことはないです」

「そう高いものを買ったわけじゃないし、気にしないの」

「気にしますよ!」


 納得いかない顔の咲良ちゃんに「バイト先まで送るよ」といえば、またさらに慌てだした。


「そんなご迷惑かけられません! お弁当まで買ってもらった上、送ってもらうなんて」

「咲良ちゃんって、結構、頑固者だね」


 俺としては甘えてもらいたいが、女の子はこれくらい警戒心があった方が正解だろう。悪い大人や男も世の中にいるわけだし。

 きっと母親の教育がしっかりしていたのだろう。


 あわあわと困る様子が可愛くて、つい微笑ましく思ってしまう。


「じゃあ、こうしよう。お弁当を買ってあげた代わりに、オジサンの気晴らしドライブに付き合ってくれないかな」

「……はい?」

「バイト先までの短い時間、俺にちょうだい。それとも、お弁当の代金じゃ足りないかな」


 助手席のドアを開け、さあ乗ってといえば、咲良ちゃんは観念したように「わかりました」といった。

 行き先を聞いてルート設定をしながら、なるほどと思った。


「バイト先の塾、さざんかの近くなんだね」

「そうなんです。元々、塾の方がバイトは長いんです。さざんかのバイトは、今年の夏に募集をたまたま目撃して入ったんです」

「なるほど。けど、咲良ちゃんこそ働きすぎで倒れそうじゃない?」


 アクセルを踏みながら尋ねると「丈夫が取り柄ですから」とすぐ返された。

 俺の身体を心配する割に、自分のことは無頓着なとこがあるようだ。


「俺も丈夫が取り柄なんだけど」

「朝ご飯がバナナでお昼を抜くのは、いくら丈夫でもダメです!」

「……はい、それは改善に努めます」


 別に毎朝バナナだけなわけじゃないんだけどな。夕飯は外食ばかりだけど。それなりに食べているし。


 心の内で言い訳がましく反論しながら笑っていると、咲良ちゃんが「お父さん」と呟いた。

 一瞬、俺ってそこまでオジサンに見えるのかと考えがよぎった。だが、咲良ちゃんの横顔をちらり見て、そうじゃないとすぐ気づいた。


「私のお父さん、過労死なんですよ」


 まるで感情が読めない声だった。


「田舎のコンビニ経営だったんですけどね。昼夜問わない働きがよくなかったみたいで」


 睡眠時間はバラバラだし食生活も乱れていた。そんな話を咲良ちゃんは、ぽつりぽつりと打ち明けてくれた。

 赤信号の交差点で車を停めると、少し寂しそうな顔が俯いた。


「会社経営とは規模が違うけど、大丈夫っていいながら無理してる姿見たら、お父さんを思い出したっていうか」

「咲良ちゃん……」

「あ、いや、私のお父さんより東條さんの方が全然若いし、カッコいいけど! じゃなくて、その……あははっ、私、なにいってるんでしょうね」


 笑いながら目を擦る咲良ちゃんに、どうしてか、小さな子どもが重なって見えた。

 父親を早くに亡くし、母親と二人で頑張ってきたのかと思うと胸が苦しくなる。


「……咲良ちゃん、ありがとう。辛いことを思い出させたね」

「いいえ、その……すみません、こんな暗い話して。でも、せっかく会社を立ち上げたんだから、東條さんには健康で頑張ってほしいなって思って」


 目のあたりを指先で擦る姿が視界に入ったけど、見てみぬふりをした。

 大学二年生といえば、誕生日が来ていたとしても二十歳か。父親がいくつの時に他界したかはわからないが、苦労をしている子なんだな。


 咲良ちゃんは、孤独だったのだろうか。

 ふと考えたら心に暗がりができ、膝を抱えた幼い自分の姿が脳裏に浮かんだ。それから目をそらそうと、深く息を吸う。


「咲良ちゃんは、お父さんと仲がよかったんだね」

「……え?」

「今でも亡くなったお父さんのことを思い出せるのって、そういうことだよ。……俺も母親を早くに亡くしていてさ」


 ハンドルを切り、突然この世を去った母の顔を思い出す。


「仕事が忙しい人で、手料理の記憶もほとんどないんだ。朝は食パンにジャム、それとヨーグルト。夜は用意されていた夕飯を温めて一人で食べてさ……冷凍食品やレトルトカレーの日もあったよ」


 結局それが、俺の冷凍食品嫌いの根底にある思い出だ。

 仕事柄、一人暮らしの食生活の調査もやっているし、冷凍弁当の存在も知っている。そういった専門店と連携できないかと、動いているプロジェクトもある。

 それでも、嫌いなんだ。一人で食べるのが。


「……だから、冷凍食品が嫌いなんですか?」


 恐る恐るといった風に、咲良ちゃんが尋ねた。

 ブレーキを踏み、素直に「そうだろうね」と返すと、咲良ちゃんは俯いたまま黙り込んでしまった。


 空気が重い。そうしてしまったのは、俺自身なんだけど。

 咲良ちゃんなら俺のことをわかってくれる。無意識にそう期待していたのかもしれない。


 短い沈黙のあと、いつも【珈琲さざんか】で出迎えてくれる笑顔を思い浮かべながら、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。


 咲良ちゃんの笑顔は、どの客にも向けられていると十分わかっている。だけど、それが俺の支えになっていたのも事実。心の中では、俺にだけ向けてくれたらいいのにと思うことだってある。

 だから、心配してくれたことが嬉しくて、少し浮かれていたようだ。


 こんなことを知られたら、逆に嫌われるかもな。

 ベンチャー企業の社長って肩書があっても、三十路手前の俺はオジサン予備軍だろうし。いや、俺が自分をオジサンっていった時、しっかり否定されてないから、すでにオジサン枠かもしれない。


 オジサンでかまわないが、その笑顔が曇るのは見たくない。見たくないのに、顔を曇らせる理由が俺の心配してだと考えたら、嬉しく思ってしまう自分もいる。

 まるで思春期のガキみたいな矛盾だな。


 無言が続いた車内で、少しだけ凹みそうになった時だった。


「……お弁当は嫌いじゃないんですか?」


 咲良ちゃんが不思議なことを尋ねた。

 横に少し視線をずらせば、真剣な顔をして俺を見ている姿が視界に入る。


「好きか嫌いかなんて考えたことなかったな」

「えっと、質問を変えます。お弁当、一人で食べることもあるんですか?」

「……まあ、あるけど。おにぎりとかサンドイッチの方が手軽で買うことが多いかな」

「つまり、レンジで温めるのが嫌いなんですね?」


 これはなんの質問なんだろうか。

 車を止めて横を見ると、真剣な眼差しを向け続けている咲良ちゃんと視線があった。


「そうかもしれないな。それがどうしたんだ?」

「……私、お弁当作ります!」

「え? お弁当って……」


 突然の宣言を理解できなかった。


「迷惑じゃなければ、東條さんのお弁当を作らせてください!」

「……咲良ちゃんが? 俺のを?」

「はい! 私のお弁当のついでに作ります。冷食は極力使いませんから。あ、でも……」


 拳を握る勢いで頷く咲良ちゃんは、はたと気付いた様子で「店長に申し訳ないかな」と呟いた。


 なぜ急に【珈琲さざんか】が出てくるのかと首を傾げながら、俺はこの突拍子もない発想にただ驚いていた。


 あまりにも突然すぎる。

 言葉を探しながらフロントガラスを見ると、タイミングよく信号が青に変わった。


 この幸運はなんなんだ。

 まさか片思いの相手から、手作り弁当を作りたいなんていわれる日が来るなんて。ベタな恋愛小説みたいな展開だけど、喜ばない男がいるだろうか。


「あの、東條さん。お弁当があったら、さざんかに来なくなっちゃいますか?」

「さざんか? 弁当があっても、店には行くよ。まだ、咲良ちゃんのコーヒーも飲んでいないし」


 あの店に行くのは、半分くらい咲良ちゃんに会いたくてなんだが、どうやらその気持ちはまったく伝わっていないようだ。

 それが少し寂しいような、ホッとしたような複雑な思いが込み上げる。


「じゃあ、お弁当作っていいですか?」

「俺は助かるけど、大変じゃない?」

「一人分も二人分も一緒ですよ。あ、でもどこに届けたらいいのかな……」

「それなら俺が取りに行くよ。大学の最寄り駅とかさ」

「なるほど……じゃあ、作っていいんですね!」

「うん。お願いしようかな」


 極力、平静を装って返事をすると、咲良ちゃんはまるで花の蕾が開いたように顔をほころばせた。その瞬間、堪らない嬉しさを感じて、俺の頬も緩んだ。

 この笑顔は間違いなく俺に向けられたものだ。


「アレルギーはないですか?」


 スマホを取り出した咲良ちゃんは、次々に質問をしてきた。


 好き嫌いはあるのか、好みの味付けはなにか──楽しそうに尋ねる声に、胃袋をすっかり掴まれたような気がしてきた。

 このチャンスを逃すわけにはいかないだろう。


「だけど、ただで作らせるわけにはいかないかな」

「自分のついでに作るんで気にしないでください」


 そういうだろうことは想像していた。想像通りすぎて思わず笑ってしまった。


「材料費もかかるだろう。俺の弁当を作るなら、ちゃんと対価は受け取ってもらうよ」

「対価って……」

「そうだな。手間賃込みで月五万は受け取ってもらわないとだな」

「そんなに貰えませんよ! ていうか、そんな豪華なお弁当は無理です!」

「米の価格だって上がってるし妥当だ。それに、君の好意に甘えるダメな男にしないでほしいな」


 目的の塾が見えてきたところで、すぐ近くのパーキングに車を止めた。

 すっかり外は日が暮れて、車内も薄暗くなっている。通り過ぎる車のヘッドライトが咲良ちゃんの浮かない顔を一瞬照らす。

 改めて「弁当作ってくれる?」と聞けば、その眉間が凄いしわを寄せた。


 俺からしたら、五万が妥当なラインだ。咲良ちゃんの時間を使わせるのだし、それくらいの価値がある。けど、ついでと思っていた咲良ちゃんにとっては高すぎたのか。


 咲良ちゃんはスマホを引っ張り出すと、なにかせっせと文字を打ち込み始めた。


「ほら、見てください!」


 突き出された画面には、契約型のお弁当一食当たりの平均価格が示されていた。どうやらAIを使って調べたらしい。


「高くても一食千円。平均的に見ても750円ですよ。毎日届けたとしても、月三万を上回るのはもらいすぎです!」

「それは大量に契約をするからだろう。一人で作っている訳じゃない。弁当を作るのには献立の計画、買い出し、調理、片付け、様々な工程がある。平均したら一日一時間は俺のために使われるだろう?」


 どう考えたって、月三万は安いだろう。


「だから、私のお弁当のついでですから、その計算がおかしいんですよ」

「そんなことはない。東京の平均時給は1,350円。百歩譲って一日一時間の労働として月に換算した約4万だ」

「ううっ……ダメです。三万です!」

「咲良ちゃん、意外と強情だな。それだと、俺の気持ちが済まないんだが」

「だって、そんなにお金もらったら手抜きできないじゃないですか!」


 まったく譲る気のない咲良ちゃんは少し俯いて「それに」と声を小さくする。


「お金をもらって、中身にガッカリされたら……立ち直れません」


 いや、好きな子が作った料理にガッカリするとかないだろう。それに、さざんかでバイトをしていて料理も手伝っている。下拵えが丁寧だと店長も褒めていたのを考えたら、期待の方が大きい。

 期待という文字が頭に浮かび、はたと気付いた。

 そうか、俺は期待値を上乗せしすぎたのか。


 しかし俺としても、譲る気はない。なにかいい妥協案はないかと思ったその時、スマホの画面が光った。そこには、荒木の文字が浮かぶ。


「ごめん、ちょっと出ていいかな?」

「あ、はい……」


 困り顔のまま頷いた咲良ちゃんに申し訳なく思いながら出ると、耳元で「遅い!」と怒鳴り声が響いた。


「そう怒るな。帰ったら話しを聞くっていっただろう……モニターを増やしたい? ああ、学生か。野崎教授に頼めば集まるだろうけど……あ、そうか。助かった、荒木! ああ、説明は後だ。オフィスで話す。とりあえず、切るぞ!」


 話しはまだ終わっていないと騒ぐ荒木を無視し、通話を切ってスマホを戻した。すると、助手席の咲良ちゃんは、おずおずと口を開いた。


「お仕事、大丈夫なんですか?」 

「ああ、うちの副社長がカルシウム不足でイライラしているだけだ。それより、五万だ」

「だからそれは──」


 少し不満顔になった咲良ちゃんの言葉を遮るように「その代わり!」と強くいえば、彼女は驚いた顔で口を閉じた。


「俺のリクエストに応えてもらう」

「……リクエストって、料理のですか? それは初めから聞こうと思ってましたよ」

「それだけじゃない。咲良ちゃんにも、モニターを引き受けてもらう」


 起死回生の一手とはいえないが、咲良ちゃんの興味を引くことはできたようだ。


「今、事業計画に必要な独身者の生活データを集めている。さっきの着信は、それに関する話だったんだが、学生のモニターが足りないっていうんだ」

「……はぁ」

「もちろん、咲良ちゃん一人で事足りるってことはないけど、協力してほしい」

「……でも、それで月五万は……」

「モニターには一万の謝礼を出している」

「それでも、お弁当と合わせて五万は高いですよ」

「いいや高くない! 咲良ちゃんには、他のモニターのデータを見て意見を出してほしいと思っている。新規事業に協力してほしい!」


 経営学部の学生なら興味を示すだろうと、下心半分の賭けにでた。これでダメなら、大人しく三万にするしかないか。

 暗くなった車内で咲良ちゃんの表情の変化を探ると、眉間のしわが解かれるのが見てわかった。


「わかりました。その代わり私も条件があります」

「条件?」

「五万はやっぱりもらいすぎだと思うので、東條さんのお休みの日も、ご飯を作ります!」

「……え?」

「私、東條さんが食事を疎かにしてるの、本気で心配しているんですからね」


 まだ怒った顔している咲良ちゃんは「彼女さんが怒っても、休日のご飯を作ります」なんていいだした。

 いや、彼女なんていないんだけど。むしろ、俺にとっては役得じゃないか。


「それじゃ、週末は俺のマンションに招待しないとだな」


 嬉しさに頬が緩んでそういえば、咲良ちゃんはきょとんとした。


「え?」

「料理、作ってくれるんだろう? 楽しみだな」

「え、あ、いや、作り置きの総菜をお届けしようと思っただけですけど……あれ?」

「レンジで温めるの嫌いだっていっただろう。作ってくれるんだよね」


 これはもう押すしかないだろう。

 笑顔で尋ねれば、動揺を見せた咲良ちゃんは「頑張ります」と小さく呟いた。ヘッドライトに照らされた顔が、ほんの少し赤く見えたのは気のせいだろうか。

次回、本日21時頃の更新となります


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