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愛情ごはんを届けたい ~エリート社長は過労死寸前!? あなたの心と体を私の料理で癒します~  作者: 日埜和なこ


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第16話 東條建設社長に訴状を突きつける

 訴訟の準備を進めて五日がすぎようとしていた。

 顧問弁護士から必要な書類が整ったと連絡を受けた一織さんは、私を車に乗せて東條建設本社へと向かった。


 その車内で、スマホを見つめた私は深く息を吸った。

 ディスプレイに出ている文字はお母さん。私はこれから、お母さんに一世一代の報告をしようとしている。

 通話を繋げて数コール目に、穏やかな声が「久しぶりね」といった。後ろから賑やかなテレビの音がする。


「お母さん。ごめんね連絡遅くなって」

「しばらく連絡がないから心配してたのよ。風邪ひいてない?」

「元気だよ。私は丈夫が取り柄なの、お母さん知ってるでしょ」


 笑って話すと、運転席の一織さんがくすりと笑った。


「あのね、お母さん。年末のことなんだけどね」

「そうそう。こっちに帰ってこれるの? お酒は、まだ飲めなかったわよね」

「そうだね……帰ろうと思ってる。その時、会ってほしい人がいるの」


 努めて冷静に告げれば、お母さんは少し黙った。私の真剣な思いが伝わったのだろうか。


「……そう。その人はお酒飲めるの?」

「うん」

「じゃあ、お父さんが好きだった日本酒でも買っておこうかしらね」


 ふふっと笑う声にほっとして「ありがとう」といった時、フロントガラスの向こうに東條建設の本社ビルが見えてきた。


「また後で連絡するから」

「元気そうな声が聞けてよかったわ。頑張りなさいね」


 お母さんの優しい声に心が軽くなる。


「頑張ってくるよ。いってきます」


 通話を切ってスマホを鞄に入れると、一織さんが「大丈夫だ」といった。


 準備は抜かりない。

 クリスマスの日から、私たちは顧問弁護士を交えて東條建設社長を訴訟する準備を進めてきた。麗華さんと結城くんにも協力をしてもらい、一織さんとの婚約が不本意なものだったことを証明する協力も得た。

 やれることはやってきた。後は、私たちの意志を貫くだけよ。

 

 そびえ立つ東條建設のビルを前にして、味わったことのない緊張に震えそうになる足を踏みしめた。

 一織さんの後ろを顧問弁護士とともにエントランスへと踏み入った。


 高い天井のエントランスには暖かな光が降り注いでいる。木目と白を基調とした空間は美しすぎて、足がすくんだ。整然とした美しさに、規律を重んじる大企業の重さが見え隠れする。


 こんなとこで気圧されてはいけない。一織さんが長年感じてきた重みに比べたら、なんてことない。

 深く息を吸い、心を落ち着けようとしていると、一織さんが背中にそっと手を当てた。


「俺の横にいてくれるだけでいい。それだけで、俺は戦える」

「……はい」


 一織さんに支えられるようにして、案内されたのは最上階にある社長室。そこで一織さんのお父さん、眼光の鋭い東條秀儀が私たちを待ち構えていた。

 東條社長は刺すような視線を私に向ける。


「まだその小娘を側に置いているのか。いい加減諦めたらどうだ、一織」


 凄みのある声に背筋が震えた。この声に、一織さんは長年縛られてきたのだろう。逃げることしか考えられないようになるくらい、ずっと。


 東條社長を見据えていた一織さんが、顧問弁護士をちらりと見れば封筒が差し出された。


「あなたを訴える準備がある」

「……訴えるだと?」


 眉を吊り上げた東條社長は封筒を受け取ると、乱暴に中身を取り出して広げた。すると、静かに立っていた顧問弁護士が淡々と訴状内容の説明を始めた。


「ライフメトリクス社と橘不動産の業務提携に介入し、政略結婚を強要した東條社長の行為は、親権者の権限を超えた経営への不当介入であり、業務妨害にあたります。また、この不当介入により、ライフメトリクス社長に多大なる精神的苦痛を与えました」

「バカなことをいうな。一織、お前の起業を許したのは、私の後を継ぐための箔がつけばと思えばこそ。嫁もそうだ。この東條を背負うお前に相応しい嫁を私が選ぶことになんの問題がある!」


 訴状を机に叩きつけた東條社長は椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がった。

 あまりの威圧的な物言いと態度に、身体が硬直した。

 一織さんは中学の頃から、ずっとこの威圧感に耐えてきたんだ。初めて目の当たりにした私だって、逃げ出したくなる。

 そっと一織さんの顔を見上げると、揺らがない瞳で東條社長を真っすぐに見ていた。


「橘麗華、並びに橘不動産社長から、婚約は不当なものであるという証言を得ている。たとえ父親であろうとも、婚約解消に口出しをする権限はない」

「お前はまだわからんのか。東條の社長夫人になるというのがどれほど大変だと思っている。一般の、それも片親の娘には荷が重い。その小娘を囲いたいというなら好きにすればいい。だが、結婚は私が選んだ娘以外に認めはしない」


 私たちを見下す東條社長がふんっと鼻を鳴らすと、一織さんは奥歯をギリッと噛み鳴らした。怒鳴りたいのを我慢しているのだろう。それが伝わってくる。

 握りしめられている手にそっと指を伸ばすと、しっかりの握りしめられた。


「訴状内容はまだ続きます」


 顧問弁護士が静かに話に割って入った。


「東條一織、橘麗華の婚約解消が成立したにも関わらず、再三にわたり介入を試み、交際相手である坂下咲良の大学退学をほのめかす行為は、脅迫行為とみなされます」

「その小娘に私がなにをしたというんだ。証拠はないだろう」


 東條社長が鼻で笑うと、一織さんはポケットからスマホを取り出した。


『この前の忠告を忘れたのか、一織。お前は私の跡取りだ。その肩には八千人の社員とその家族がのっている。初心な小娘にうつつを抜かし、よもや社員を路頭に迷わすようなことをするなよ』

『彼女は関係ないだろう!』

『坂下咲良といったな。なにも力をもたない小娘を退学に追いやることくらい、簡単だとは思わないか?』

『ふざけるな!』


 流された音声は、クリスマスの朝の通話内容だった。


「以前、あんたは俺に咲良ちゃんを母と同じ目に合わせるつもりかといった……そんなことはしない。俺は、俺のやり方で咲良ちゃんを守る」


 私の手をぎゅっと握りしめた一織さんは、静かに告げた。


「この問題が明るみになれば、東條建設の築いてきた信用も揺らぐだろう。あんたの時代と違って、今はコンプライアンスを気にする。それに、世の中、重箱の隅をつつくようなヤツが多い 。俺の幼少期や母親のことも探られるだろうな」


 一織さんの淡々とした言葉に、東條社長の顔色が変わった。


「あんたこそ、八千人の社員と家族が肩にのっているって、忘れていやしないか?」

「……私を脅す気か、一織」


 唸るような声に、顧問弁護士が「示談のご提案があります」と告げた。

 東條社長は訴状を再び手に取ると、深く息を吸い、無言のまま椅子へと腰を落とした。その姿から威圧感は消え失せ、寂しささえ感じられた。


 ◇


 ライフメトリクス社に戻った私たちを出迎えてくれた副社長の荒木さんは、盛大な安堵の息をつくとその場に座り込んだ。


「こういうトラブルはこれっきりにしてくれよな」

「ああ、もう大丈夫だ。今後、うちの経営に不当介入しないことも、示談内容に盛り込んだ」

「そりゃよかったよ」


 のそのそと立ち上がった荒木さんは私を見ると、口角を上げ、一織さんの背をバシバシと叩いて「頼むぞ」といった。

 

「可愛い嫁さんも見つかったんだし、今まで以上に働いてもらわないとな!」


 荒木さんの言葉で、社内に釣られた笑い声が上がり、一織さんの顔も柔らかな笑みをたたえる。それが嬉しいやら恥ずかしいやらで、私の頬は熱くなるばかりだ。


「ケータリング届きましたよ!」

「皆さん、会議室に移動してくださーい!」

「示談の成功を祝いつつ、そろそろ納会始めましょう」

「坂下さんも食べていってね」


 社員さんたちがバタバタと動き出した。

 そういえば、今日は12月29日だった。会社は仕事納めなのだろう。


「私もいいんですか?」


 一織さんを見上げて聞くと「当然だろう」と笑みが返ってきた。

 それから会議室で始まった納会で、社員さんたちは快く私を迎え入れてくれ、今回の騒動が落ち着いたことを喜んでくれた。卒業したら入社決定だねとか、結婚式は盛大になりそうだとか、すっかり話題の中心になった。


「うちの社長、健康に無頓着だったから心配だったのよね」

「そうそう。社食があるのに、俺たちに気を遣ってるのか食いに来ないしさ」

「それが急にお弁当を持ってくるようになって」

「社長もやっと人間らしい生活をするようになったよな」


 にやにやとした社員さんたちの視線が私たちに注がれた。

 やっぱり、食事を疎かにしていたんだとわかり、一織さんを見上げると、困ったような照れたような笑みを向けられた。


「やっぱりご飯食べてなかったんですね」

「食べてたって。ほら、さざんかに行ってただろ」

「毎日来てたわけじゃないでしょ。笑って誤魔化さないでください」

「……相変わらず、咲良ちゃんは手厳しいな」


 そういいながら、ちっとも嫌そうな顔をしていない一織さんは、ポテトサラダをつつく。すると、私と一織さんの間に顔を出した荒木さんが「もっといってやれ」といった。


「こいつが人間らしい生活をしなきゃ、社員も無理をするからな」


 じっとりと一織さんを見る荒木さんが、さらに「さっさと結婚しちまえ」というと、他の社員さんもそうだそうだといって笑った。

 一織さんは、社員さんに恵まれているみたい。それを守るためにも……


「皆さんが健康に働けるよう、これからも一織さんの食生活を管理させて頂きます!」


 はっきりと宣言すれば、会議室は拍手と歓声に包まれた。

次回、本日21時頃に最終話の更新となります


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