第14話 大切な人と迎えるクリスマスの朝
広いベッドで向き合って横になり、手を繋ぐ。こうして一織さんと手を繋いで眠るのは三回目。
両想いだと知って泊ることになった最初の日は、幸せ以上に緊張でカチコチになった。着替えを取りに行った次の日は、一番お気に入りの下着を荷物に入れて、万が一にも備えた。
でも、一織さんは私の手をふにふにと触って話をするだけで、後はなにをするわけでもない。
きっと今夜も、私が眠くなるまで手を握ってくれているんだろうな。
「明日はお弁当お休みになっちゃいますね」
「うん? それなんだけど、お弁当の代わりにブランチへ行くってのはどう?」
「ブランチ?」
「午前中は講義ないっていってただろう」
硬い指先で、私の柔らかい掌をふにふにと揉みながら、名案だろうというように、一織さんは誘ってきた。
「でも、お仕事ありますよね?」
「頑張って明日の午前中は時間を確保しているよ。朝会の後にある会議も自宅からで問題ないし」
「……無理してないですか?」
今夜だってきっと、私のために時間を作って駆け付けてくれたんだよね。下心があってのサプライズだなんていってたけど、すごく心配してくれてたんだろう。
一つ一つの行動や言葉から、私に負担をかけまいとして言葉を選んでくれているのが伝わってくる。
「無理してでも咲良ちゃんとの時間を作りたいオジサンのわがまま、ダメかな?」
ほら、自分の責任みたいにいう。
ふにふにと掌を触っている指をぎゅっと握りしめた。
「ダメなわけないじゃないですか。……嬉しいです」
ほんの少しだけ一織さんに近づくと、ほっと安堵の吐息が聞こえた。
「だけど、オジサンっていうのは禁止ですよ。自分から老け込むことないんだから」
「そういうけど、来年で三十だよ」
「私のお母さんが聞いたら、四十五の私はお婆ちゃんかしらって怒りますよ」
「──!? そんなことないです。四十五はお若いです」
急に畏まっていった一織さんは深い息を吸うと、私のことを引き寄せた。
少し早い鼓動が耳に触れる。
「いろいろ整理がついたら、咲良ちゃんのお母さんに会わせてもらえるかな?」
「……麗華さんとの婚約のことですか?」
耳に触れそうな唇から、少し小さく「うん」と返事が零れる。
優しい声音はいつだって私を安心させる言葉しか紡がない。それが嬉しくも寂しくも思うのは、昼間に結城くんから話を聞いているからかもしれない。
麗華さんのお父さんが怒っているって、いっていた。それが会社に影響しているんじゃないか。
恋人と仕事どっちが大切なんていう女にならずにすんでいるのは、一織さんが、どこまでも私を優先しようとしてくれるからだろう。優しさが、ひしひしと伝わってくる。
「婚約を解消したら、一織さんの立場が悪くなるとかないですか?」
「……気にしすぎだよ」
今の間はなんだったのか。それを聞いても、きっと一織さんは誤魔化すんだろうな。
もしも、経営学を学んでいなかったら、気にならなかったのかな。私を優先してくれることを、素直に喜べたのかな。
クリスマスの夜くらい、もっと素直で可愛い女になれればいいのに。
一織さんに愛されていると感じると同時に、彼が必死になって作ってきた会社を潰すようなことにはなってほしくないと、強く思ってしまう。
「私はご飯を作ることしかできない学生だけど、誰よりも一織さんの理解者になりたいって思ってます」
「……咲良ちゃん?」
「一織さん、私に信じてっていったでしょ。同じです。私のことも信じて欲しい。どんなことがあっても、私は一織さんの味方だから、側にいるから」
本当は、なんでも打ち明けて、相談してっていいたい。でも、会社のことに口出しができる立場じゃないのもわかってる。だから、今の私にできることは一織さんを信じることだけ。
もどかしさに胸が苦しくなるけど、それと戦うのが私の今やるべきことなんだろう。
衣擦れの音がして、私の指を放した大きな手が背中に回された。さらに引き寄せられ、逞しい胸に顔を埋めれば、心音がさらに近づく。
「辛い時はいってくださいね。一人で全部どうにかしようとしないでいいんですよ」
責任が求められる立場なのも、抱えている葛藤がたくさんあるのも想像がつく。だけど、だからこそ頼ってほしい。
「問題解決には権限移譲も必要でしょ? 学生の私が一織さんの責任を肩代わりは無理ですけど、一織さんに婚約解消を決めさせた責任くらいは、私にも負わせてください」
私の肩を締め付ける力が強くなり、耳元で「ありがとう」と震える声が響いた。
大きい背中に手を回し、そっと撫でる。
十歳も年が離れている一織さんによしよしをするなんて、ちょっと恥ずかしい。だけど今は、そうするべきだと思ったし、これくらいしかできない。
「……前もいったけどさ、咲良ちゃん、本当に大学二年生?」
「そうですよ。来年からは卒論に向けての探求ももっと頑張らないとです」
「まさかベッドに入って、デリゲーションなんて単語を聞く日が来るとはな」
「一織さんがあまりにも全部抱えようとするからですよ!」
「ははっ、面目ない」
やっと本心から笑ってくれた気がした。
顔を上げると、一織さんは暗い部屋でもわかるくらい幸せそうに笑ってくれている。
「心強いよ」
「もっと一織さんの力になれるよう、勉強しないとですね」
「頼もしいけど、うかうかできないな。咲良ちゃんに経営を乗っ取られそうだ」
「そこは最高のパートナーになりそうだ、でしょ?」
ちょっと怒ったようにいってみたけど、一織さんは嬉しそうに「そうだな」って頷く。
現場を知らない私が社会にでたとしても、役に立てる日が来るのは、まだまだ先だろう。一日でも早く追いついて、一織さんの横に立ちたい。ご飯だけじゃなくて、全部、力になりたい。
見つめ合った私の気持ちを察してくれたのだろうか。
「かけがえのないパートナーだよ」と優しく囁く一織さんは、そっと私の頬に手を添えた。それに指を重ねれば、長くてかたい指先が絡まる。
「一織さん、私の手を離さないでくださいね」
私のお願いに応えるように、指に力が込められた。
熱い吐息が触れるほどの距離まで近づいた一織さんは、確かに「離さないよ」と告げ、私の口を唇で塞いだ。
◇
昨夜は手を繋いだまま見事に寝落ちてしまった。
キスをされ、嬉しいやら恥ずかしいやらで縮こまっていたら、背中を撫でられているうちに眠気が襲ってきて、朝までぐっすり。
横で寝ているはずの一織さんはもう起きているみたい。
枕元に置いたスマホを手繰り寄せ、時間を見るといつも起きる六時だった。今日はお弁当作らなくていいのかと思うと、少しだけ寂しい気がする。
二度寝をする気にもなれず、ベッドを抜けて隣の部屋に顔を出した。
もしかしたら仕事をしているのかもという予想に反し、リビングはしんと静まり返り、一織さんの姿もなかった。
「……一織さん?」
部屋を見渡す。
カーテンが明けられている。エアコンもついていて、部屋はすっかり温まっているから、もう起きたんだよね。トイレにでもいっているのかな。
今、自分が一人なんだと気付き、とたんに心細くなった。その時、玄関が開く音がした。
弾かれるように廊下に通じるドアを開けると、コンビニの袋を下げた一織さんがそこにいた。
ほっと安堵して「おはようございます」といえば、驚いた顔をされた。
「おはよう、咲良ちゃん。もう少し寝ていていいよ」
「……おはようございます。コンビニに行っていたんですか?」
「ああ、これね。ブランチに行くまでにお腹が好きそうだったからさ」
キッチンに入った一織さんは、コンビニの袋から買ってきた物を取り出した。カットフルーツとインスタントのコーンスープだ。
朝食を用意しようとしていると気付いた。
「昨日、久しぶりに食べたら美味しかったからさ」
台の上においたままになっていたホットケーキミックスの箱を手にして、一織さんは照れたように笑った。
「たまには朝からホットケーキもいいかなって」
「今すぐ焼きますね!」
「ああ、違う。俺が焼きたいの」
「……え?」
「俺が焼いたのを、咲良ちゃんに食べて欲しいなって」
冷蔵庫から卵と牛乳を取り出すと、一織さんは「着替えておいで」といって私をキッチンから追い出した。
前に、一人暮らしが長いから料理ができるっていっていたことを思い出した。あの時、自分で料理をするのは虚しいともいっていた。そんな一織さんがキッチンに立ってくれている。
胸がじんわりと温かくなるのを感じながら急いで着替え、洗面所に駆け込んで顔を洗うと、手早く化粧を整えた。毎日お弁当を作って慌ただしく用意をする賜物ね。
一通り用意を済ませて戻ると、部屋には甘く芳ばし香りが立ち上がっていた。
「できてるよ。食べようか」
お皿をテーブルに並べていた一織さんの笑顔が眩しかった。
「ちょっと焦げちゃったな」
「そんなの気になりません!」
「本当?」
「だって、一織さんの手作りですよ」
「材料を混ぜて焼いただけで大袈裟だな」
「大袈裟じゃないです!」
少し食い気味に返事をすると、一織さんはちょっと驚いてすぐに破顔した。
「こんなに喜んでくれるとは思わなかったよ。料理をするのも悪くないね。冷めないうちに食べよう」
肩を並べてテーブルの前に座り、二人で手を合わせる。
甘い湯気を立てるホットケーキの上でアイスが解け、小さく切られたカットフルーツがコロンと落ちた。
「いただきます」と声が重なり、つい顔を見合って笑う。
「朝からこの甘さは罪の味ですね」
「健康的には褒められないかな?」
「朝の活力には丁度いいかもしれないけど、一日の糖質を気をつけないとですね」
そういいながらも、温かくて甘い一口に頬が緩む。
「咲良ちゃんは手厳しいな」
「でも、たまにはこんな朝もいいですね。それに、一織さんが焼いてくれたから、どんなお洒落なブランチよりも美味しいです」
幸せを噛み締めるように「素敵なクリスマスになりました」といえば、一織さんの表情はますます甘くなる。
「咲良ちゃん、プレゼントがあるんだ」
「……え?」
ポケットに手を入れた一織さんは小さな四角い箱を取り出した。赤い箱には金色のお洒落なロゴが捺されていて、可愛らしいリボンがかけられている。
「あ、あの、私はなにも用意してないし……」
「俺に時間をくれたし、美味しいホットケーキを焼いてくれた。それで充分だよ」
私の手を取った一織さんは、掌に赤い箱を置くと「あけてごらん」といった。
リボンを解くと、そこには一粒のダイヤモンドが輝いていた。とてもシンプルなデザインのネックレスだ。
「本当は指輪を贈りたかったんだけどね。まだ早いって怒られる気がしたし、サイズもわからなかったから」
いいながら、ネックレスを手に取った一織さんは「つけていいよね?」という。ダメなんていえるわけがない。ただ頷ずくことしかできずにいると、一織さんの手が首に触れた。
音もなく、首に下がったネックレスが朝日を浴びる。
私の胸元でダイヤモンドが輝いている。
「若い女の子の好きなブランドとかわからないけど、これだったら間違いないかと思ってさ。どんな服にも合わせられるだろうし」
「……学生の私には早すぎませんか?」
「大丈夫。似合っているよ」
ドキドキと高鳴る胸元で光るダイヤモンドにそっと触れる。
「大切にします」
やっとの思いで言葉を紡いだその時だった。
甘い空気を消し去るように、一織さんのスマホがテーブルの上で鳴った。
「こんな朝早くに誰だ」
時刻は七時半。仕事の電話が鳴るのには早すぎる時刻だった。
次回、本日18時頃の更新となります
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