第13話 夜のドライブに落ち着けない
猪原さんと二人で後部座席に陽菜ちゃんを乗せていると、一織さんが店を出てきた。
「大丈夫そうかな?」
「寝ちゃったんで、しばらくは大丈夫かな」
「じゃあ、咲良ちゃんのアパートまで送るね」
助手席のドアを開けてくれた一織さんは私を乗せるとすぐに、運転席について車を発進させた。すると、後ろに座る猪原さんが「駅までで大丈夫です」といいだした。
「うちに泊まっていきなよ。明日の講義は午後だけでしょ?」
「そうだけど……」
振り返って座席の間から猪原さんを覗き込むと、申し訳なさそうな顔をした彼女はちらりと一織さんを見た。
「陽菜のわがままにこれ以上付き合わせるのは」
「なにいってるの、猪原さん。寝ちゃってる陽菜ちゃんを連れて帰るのは危ないよ」
「でも、せっかくのクリスマスイブなのに……坂下さん、まだデートする時間はあるんだよ」
「えぇっ、なにいってるの、猪原さん!?」
「二人の邪魔をするのは申し訳ないというか……」
「そ、そんなこと気にしないで! 私は一織さんに会えただけで嬉しいし、それに、陽菜ちゃんが心配だし」
猪原さんは、私たちに気を遣ってくれているんだ。
気持ちは嬉しいけど、猪原さんにこてんと寄りかかっている陽菜ちゃんを見ると、駅で放り出すなんてできそうにもない。
「俺も駅で下ろすのは反対だな。できれば早く休ませた方がいいだろうし」
ハンドルを切った一織さんが話しに割って入ってきた。
「明日は午前の講義がないんだね。二人で休めるところに案内するよ」
「休めるところ?」
うんと頷いた一織さんは「その代わり」といって私をちらりと見る。
「咲良ちゃんは、この後俺のマンションにお泊りデートな」
「──へ?」
突然のお願いに頬が熱くなった。当然、断るなんてできなくって頬を赤らめていると、後部座席から呻き声が聞こえた。
様子を窺うと、陽菜ちゃんがもぞもぞしている。これはどう見ても、電車に乗って帰るなんて無理だろう。
そうして連れてこられたのは、神奈川在住の私だって知っている高級ホテル、アークタワー東京だった。
一織さんは車を停めると「ここで待ってて」といってさっさと降りてしまう。
二人を残して慌てて追いかけると、私に気付いた一織さんが気付いて立ち止まった。
「車で待ってていいのに」
「だってここって……」
「ははっ、実は咲良ちゃんを驚かせようと思って、予約とってたんだよね」
苦笑を浮かべる一織さんは、フロントに声をかけた。
「東條様、お待ちしておりました」
「ちょっとお願いがあるんだけど、今日の予約、体調の悪い知人を泊めたいんだ」
「何名様でしょうか」
「二名だ。俺は帰るけど、頼めるかな?」
「かしこまりました。ご予約のルームサービスはどういたしましょう」
「そのまま届けてくれ。ああ、水も多めに頼む。それと──」
てきぱきと予約の変更をする一織さんが一通り話し終えると、フロントから車いすを押したスタッフが出てきた。
車まで案内して猪原さんに説明すると、最初こそ「そんな迷惑は」といわれたけど、スタッフの人たちが迎えに来たことで諦めてくれたらしい。
「支払いはすべてしてあるから、気にしないで休んでいってくれ」
「迷惑ばかりおかけして、本当に申し訳ありません」
「これからも、咲良ちゃんと仲良くしてくれればいいから」
そういった一織さんに、猪原さんはぺこぺこ頭を下げると、私にも「ごめんね。ありがとう」といって、ホテルのスタッフさんに案内されて中へと入っていった。
二人を見送ってホッとした私を、のんびりとした声が「さて、それじゃ行こうか」と促した。
「一織さん、色々とありがとうございました。その、ホテルもだけど……レストランの支払いもしてくれたんですよね?」
ホテルの敷地を出た辺りで、思い切って話しかけると、一織さんは苦笑を浮かべて「サプライズ失敗だな」と笑った。
「サプライズ?」
「そう。咲良ちゃんから合コンに行こうか悩んでるって連絡もらって、実はショックでさ……」
「──!? ごめんなさい。あの、私、断り方がわからなくて」
「ああ、別に怒ってないよ。優しい咲良ちゃんのことだから、そんなことだろうと思ったし。だからさ、こう大人の余裕みたいなのを見せようかと思って、店まで行ったんだよね」
今夜の種明かしをはじめた一織さんは、少し照れた顔で口角を上げた。
「颯爽と現れて咲良ちゃんを連れ出して、夜景の見えるホテルで二人っきりのイブを送って、惚れ直してもらおうかなって……下心があったというか」
交差点で停まると、私を振り返った一織さんは「余裕なさすだな」と苦笑する。その顔を見たら、胸が熱くなっていた。だって、私の立場とか交友関係まで考えてくれたってことだよね。合コンに行くなっていえばいいだけなのに、私のことを考えて気持ちを伝えようとしてくれて。
「お店に来てくれたの、嬉しかったです」
「そこはサプライズ成功だったね」
「二次会に行こうって誘われていて、断りにくい状況だったから本当に助かりました」
「あー、やっぱりそういう感じだったか。お友達には、お酒はほどほどにって伝えてね」
「そうですね。でも、猪原さんが明日、説教するんじゃないかな?」
凄く委縮していた猪原さんを思い出した時、コートに入れていたスマホが震えた。見れば、噂をしていた猪原さんからの謝罪メッセージだ。
「噂をすればです。明日、こってり叱っておくだって」
「はははっ、厳しいことだが頼りになるな」
再びアクセルを踏む一織さんの笑い声にほっとし、猪原さんによろしくねと返事をする。彼女に任せておけば、きっと大丈夫だろう。
「それにしても、咲良ちゃんは全然酔ってないね。案外いける口なの?」
「あー、それは飲んでないんで」
「もしかして、俺に遠慮して飲まなかったとか?」
「いいえ。そうじゃなくて、私、早生まれなんですよ」
「……ん?」
「まだ誕生日が来てなくて、十九なんです。だから、お酒は」
興味はあるけど飲んだことはないというと、一織さんは小さく「マジか」と呟いた。
「ルームサービスでシャンパン入れてたんだよね。一人で飲む羽目になるとこだったのか」
「えっ、そんな用意までしてたんですか?」
「さすがに土壇場の予約だから、最上階は無理だったからさ。せめて、ルームサービスくらいは豪華にと思ってさ」
オードブルやクリスマスケーキも予約していたと聞き、ほんの少しだけ食べてみたかったなと、食いしん坊な私が顔を覗かせた。
「でも、これでよかったのかもな」
「そうですね。陽菜ちゃんには悪いけど、大きなトラブルにもならなかったわけだし」
「まあ、それもだけど……はじめてホテルに誘うなら、やっぱり最上階かなって。咲良ちゃんの誕生日に、予約を入れようか」
「えっ!?」
突然の提案に驚くと、一織さんは「誕生日教えてくれる?」と、なに一つ動揺した様子もなく訊いてくる。
それってつまり、ホテルへ行こうって誘われているんだよね。
ホテルデートをサプライズしようとしていたことにも驚いたけど、堂々とホテルに誘われるというのも、なかなか恥ずかしい。しかも、ファッションホテルじゃなくて高級ホテルの最上階って、スイートルームっていわれる豪華な部屋だよね。
驚きと恥ずかしさに顔が熱くなり、冷えた指先で両頬を包み込んで息を吸い込んだ。
「ダメかな?」
「そ、そんなことは……三月十七日です」
心臓がバクバクいっていた。恥ずかしくて耳まで熱くなっていると、横から大きなため息が聞こえたかと思ったら「よかった」と、ほっとしたような呟きがこぼれた。
「断られたらどうしようかと思った」
「そんな、断るだなんて!……嬉しかったですよ」
「本当によかった。けど、カッコつけるのも楽じゃないね」
ハンドルを切りながら頬を緩ませる一織さんは「春生まれなのか」と、目を細めていった。
「咲良ちゃんにぴったりだ」
「そうですか?」
「名前の由来も、桜の花だったりして?」
「んー、残念。私の生まれは栃木なんで、まだ桜の時期じゃないですよ」
「そうなの?」
「でも、当たらずとも遠からずかな。お腹が大きい時に寒い冬を乗り越えのに、花が咲く頃、私と会えるって思えば頑張れたっていってました。花が咲くのを待ちわびるのもいいものよって」
私が生まれた時は、近所のハクモクレンが満開だったと聞いている。病院の花壇にはチューリップやパンジーが満開だったとも。
花が大好きな母らしいなとか、私は母の花になれたのかなとか、今でも花を見ると時々思うことがある。
「咲良ちゃんはお母さんの花なんだね」
「……そうなれたらいいなって、ずっと思ってます」
「その花を、俺は枯らしちゃいけないな」
優しい言葉に嬉しくなりながら、どう返事をしていいかわからなかった。でも、頬が緩んでしまって、私のそわそわした気持ちは一織さんに筒抜けだろう。
「そ、そうだ! 一織さんのお誕生日はいつですか? その日はいっぱいご馳走作らないと」
「んー? 六月八日だよ。咲良ちゃんの手料理で誕生日か。楽しみだな」
「和食の方がいいなら、お赤飯ですかね。ちらし寿司とか?」
「いいね。その祝われ方はされたことがないよ」
美味しい日本酒に合う料理がいいなとか、お刺身なら赤みと白身どっちが好きかとか。マンションに辿り着くまで、料理談議に花が咲いた。
マンションに着いたのはだいぶ遅い時間だった。
せっかくだからケーキくらい食べたいよねといってコンビニに立ち寄ったけど、さすがにコンビニスイーツも売り切れていた。
「来年のクリスマスは二年分のケーキで祝わないとだな」
「なんですかそれ」
本音をいえばケーキなんてどうでもよくて、今、一織さんと一緒にいられることの方が嬉しい。そんなことを思って通り過ぎようとした棚に、ホットケーキミックスの箱を見つけた。
「咲良ちゃん?」
「いいの見つけました」
カゴにホットケーキミックス、バニラアイス、カットフルーツ、ナッツを入れると、一織さんは「これから焼くの?」と首を傾げた。
そうして、マンションの部屋に着いたのは23時すぎ。
部屋にバターの芳ばしい香りが立ち、ふっくらと焼き上げたホットケーキをお皿に重ねた。スプーンですくったアイスとカットフルーツをのせ、おつまみのナッツを砕いて散らす。
思い立って夜中に作ったホットケーキだけど、それなりに見える形になった。二人で分けた熱々のホットケーキは、人生で一番甘くて幸せな味がした。
次回、本日17時頃の更新となります
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