第12話 イブの夜にご用心
レポートの提出を終えてラウンジに降りると、陽菜ちゃんが声をかけてきた。
「咲良! クリスマスイブは予定ある?」
「クリスマスイブって……明後日? 喫茶店のバイトがあるけど」
「それって夜まであるの?」
「十八時には上がれるよ。なんで?」
首を傾げると、陽菜ちゃんは手を合わせて「お願い付き合って!」といいながら頭を下げた。なんのことか察しもつかずにいると、テーブルに広げたノートパソコンに向かう猪原さんがため息をついた。
「合コンの頭数が足りないんだって」
「……合コンって、それはちょっと」
「わかってる! 彼氏がいる咲良にお願いするのは間違ってるって、わかってるの。でも志乃と楓はインフルにかかっちゃって」
「頼めるのはもう坂下さんだけなんだって。ちなみに、あたしも数合わせ参加」
「はあ……」
「参加費は私が出すし、途中で帰ってもいいから。ね!」
でも、合コンに行くなんて一織さんが知ったらショックを受けるんじゃないかな。私だったら、一織さんが女の人とお酒を飲みに行くの嫌だもの。
だけど、必死な陽菜ちゃんを見ていると協力してあげたい気持ちにもなる。
「目当ての男が来るんだってさ」
「一生のお願いだから!」
「……一織さんに相談していいかな?」
「えっ!? 彼氏に確認って、それ、絶対ダメっていわれるパターンじゃん!!」
「陽菜、諦めなよ。坂下さんの判断は正しいよ」
苦笑しながらノートパソコンを閉じた猪原さんは、テーブルに崩れた陽菜ちゃんの頭をポンポンっと叩いた。
その横でスマホを開いて、手短にメッセージを用意して一織さんへ送った。すると、数分と待たずに返事があった。
「……いいって」
ぼそりいうと、陽菜ちゃんは弾かれたように顔を上げ、猪原さんは「ま?」と呟く。二人の視線がスマホに落ちた。
「場所と時間は教えてほしいって書いてあるけど、行っていいって」
「神! 咲良の彼氏、神でしょ!!」
「大人の余裕ってやつかな?」
唖然とする猪原さんは、テンションがおかしくなっている陽菜ちゃんに代わって場所を教えてくれた。それを一織さんに伝えると、すぐさま「楽しんでおいで」と短い返事があった。
クリスマスの夜といっても、社会人には関係ないよね。ドラマや小説みたいにクリスマスディナーを予約しているなんて、あるわけないってわかってる。
でも、ほんの少しだけ一緒に過ごしたいなって思う気持ちもあるわけで。
短いメッセージを少し寂しく思いながらスマホを鞄に入れた。
もやもやしながらクリスマスイブ当日を迎えた。
子どもじゃないから、プレゼントが欲しいとかそういうわけじゃないけど、恋人がいるのにクリスマスデートがないって寂しいく感じちゃう。ドラマや小説の見すぎなのかな。
せめてもの意思表示で、お弁当はおもいっきりクリスマス仕様にしたんだよね。
薄焼き卵で包んでカニカマのリボンをかけたプレゼント型のオムライスに、くりぬいた星のチーズとカラフルなあられを散らしたブロッコリーのリース。照り焼きチキンにはサンタさんのピッグをつけて。
お弁当開けて驚いてくれたかな。
そんなことを思いながら午前の講義を終えてバイトに向かおうとすると、声をかけられた。
「坂下さん、ちょっといいかな?」
辺りを見回して声をかけてきたのは、結城だった。
「どうしたの? これからバイトなんだけど」
「それが……麗華から連絡があってさ」
「麗華さんから?」
なんの話だろうかと首を傾げると、結城くんは歩きながら話そうといった。
ここでは誰かが聞いているかもしれないと気を遣ってくれたのだろう。
並んで帰り道を進む間は、当たり障りのない会話をして、すれ違う学生の数が少なく鳴った頃、結城くんは「昨日のことだけど」と本題を口にした。
「東條さんが麗華のお父さんに、婚約解消を申し入れたって」
突然の話しに耳を疑った。
婚約はどうにかするっていってたけど、まさか、こんな早くに行動に出るなんて思ってもいなかった。だって、麗華さんのお父さんと仲違いでもしたら共同事業はどうなるんだろう。会社に迷惑がかかるんじゃないか。
困惑していると、結城くんは言いにくそうに話しを続けた。
「麗華がいうには、お父さんは怒っているみたいだけど、ひとまず共同事業は継続するみたいだよ」
「そうなんだ……ありがとう、教えてくれって」
「いや、こっちこそ。その、まさか、こんなに早く俺たちが望んでいるような形になるなんて思ってなくてさ」
がりがりと髪をかき乱した結城くんは「迷惑かけちゃったな」と呟いた。
「これで東條さんの仕事に問題が起きたら、俺の責任だよな」
「そんなことないよ」
「……ありがとう。坂下さん、後で東條さんに直接お礼をいわせてもらえないかな?」
立ち止まった結城くんは真剣な顔で私を見ていた。
もしかしたら、これから起業しようと思っている結城くんだからこそ、思い悩むところがあるのかもしれない。
「私がいえる立場かわからないけど、あまり思い悩まないでね。結城くんと麗華さんのおかげで、私は一織さんに告白できたんだし」
「どうかな。俺たちがお願いしないでも、いつかは打ち明けてたんじゃないかな」
「だとしても、二人はきっかけをくれたんだよ。ありがとう」
「……礼をいうのは俺たちなのに」
苦笑した結城くんは、改札を潜ると「東條さんによろしく」といって反対ホームへと歩いていった。
ホームに入ってきた上り電車に乗ると、ポケットの中のスマホが震えた。開いてみると、空っぽになったお弁当箱と「メリークリスマス。美味しいプレゼントをありがとう」って短いメッセージが添えられていた。
クリスマスツリーの前で飛び跳ねるうさぎのスタンプを押し、スマホを閉じた。
イブの夜に彼氏とのデートなんて都市伝説だよね。そもそも私はクリスチャンじゃないんだから、バイトに勤しんで、友達とご飯食べて……いつも通りのクリスマスでいいじゃない。一人なわけじゃないんだから。
自分に言い聞かせながら、重たい雲のかかる空を見上げた。
バイトの間は、さすがクリスマスイブって感じにカップルの来店が多くて、そこそこ忙しく駆け回った。そのおかげで余計なことを考えずに済んだんだけど。
「坂下さん、そろそろ上がって大丈夫だよ」
「いいんですか?」
「心配しなくても、もうすぐ夜のバイトが来るから。今日はデートでしょう?」
客の来店が途切れたタイミングで、店長がにこりと笑った。
「ち、違いますよ!」
「そうなの? いつもとファッションが違うから、てっきりそうなのかと」
「これは……今日、友達に合コン参加を頼まれて、ちゃんとオシャレして来てって念を押されたんです」
「合コン? 坂下さんもそういうのに行くんだ。意外だな」
洗い物をしながら、店長は少し驚いた顔をした。
「驚いているのは私もです」
「ははっ、そうなんだ。悪い男には気をつけるんだよ」
まるでお父さんみたいな厳しい顔をした店長は、次の瞬間には笑って「ほら上がって」といった。
急かされるようにバイトを上がり、店を出ようとすると、団体客と入れ違いになった。
もう少し手伝った方がいいんじゃないかと思ったけど、店長はこっちを見てにこりと笑うと、忙しそうにカウンターを出てお客さんの席へといってしまった。
手伝っていたら合コンには遅れるかもしれないけど。そう思った時、スマホが鳴った。
「咲良、そろそろバイト終わったでしょ? 駅で待ってるから一緒に行こう」
「陽菜ちゃん、あのね……」
「あ、イノがきた! じゃあ、待ってるからね」
私の声は届かなかったのか、無情にも通話が切られた。
店長ごめんね。
心の内で手を合わせて、駅に向かった。
それから合流した陽菜ちゃんに連れられて行ったのは、イルミネーションが綺麗な道沿いにあるイタリアンバーだった。
店内にはすでに男の人たちが待っていて、それを見つけた陽菜ちゃんはわかりやすい笑顔をして、ツーブロックヘアの男性に近づいていく。きっと、あの人が意中の人なんだろう。
「瀬尾さん!」
「陽菜ちゃん、待っていたよ」
瀬尾さんと呼ばれた愛想のいい男性は、私たちに気付くと「さあ座って」と席を勧め、ウェイターを呼んだ。
「お待たせしちゃいましたか?」
「そんなことないよ。俺たちもさっき来たばかりだから。それより、紹介してくれる?」
「はい。二人とも、いつも仲良くしてくれてる同期なんです。坂下咲良さんと、猪原柚さん」
順番に紹介しながらも、陽菜ちゃんは瀬尾さんに釘付けだ。
うんうんと頷く瀬尾さんは、連れていた二人を紹介してくれた。聞けば、三人とも大学のOBで昨年卒業したばかりだそうだ。学部は違うけど陽菜ちゃんとサークルが一緒だったとか。
そんなことを話していると、ウェイターがグラスワインを運んできた。
「あ、あの、私まだ十九なんで、ソフトドリンクを頂けますか?」
慌ててウェイターに尋ねると、笑顔でソフトドリンクのメニューを見せてくれた。
「えっ、坂下さん二十歳じゃないの?」
「早生まれでして……」
申し訳なく思いながら「ブラッドオレンジで」といえば、ウェイターは席を離れた。
「ごめん、咲良。私、知らなくて」
「陽菜ちゃん、気にしないで。その代わり、ご飯いっぱい食べるから」
笑っていえば、陽菜ちゃんは泣きそうな顔になって「さくら~」って私に抱き着いた。飲んでもいないのに、もう酔っているのかな。
ブラッドオレンジジュースが運ばれてきて、やっとドリンクがそろって乾杯をした。
ピザやパスタ、ローストポークのサラダ、クリスマスらしいローストチキン。
美味しいけど野菜が足りないなと思ったり、ローストポークって家でも作れるかなとか考えながら料理を黙々と食べていた。
瀬尾さんたちはよく喋るし、とても明るい人たちだった。
陽菜ちゃんはご機嫌でお酒が進み、すっかり酔って目がとろんとなっている。それに反して、猪原さんは全く顔色を変えていない。
「猪原さん、お酒強いんだね」
「そうかな? うちのお姉ちゃんと比べたらそうでもないよ」
けろっとしながらグラスを空ける姿は、カッコいいとすら思えた。
「陽菜ちゃんはもうそろそろ、飲むのやめた方がいいよ」
「まだ飲めます~」
「水を頼もうか。すみません!」
瀬尾さんたちも気にしてくれているが、陽菜ちゃんはグラスをもって追加を頼もうとする。
今夜は私のアパートにお泊り確定かなと考えていたら、誰かが「二次会行こうか」といいだした。
「平日だし、この時間ならカラオケ空いてるんじゃないか?」
「陽菜ちゃんも眠そうだし、ちょっと休ませるのに丁度いいかもな」
「二人も行けるよね?」
まるで行くことが決定事項のようにいう三人は、にこにこと笑顔を向けてきた。
ぞわりと背筋が震え「いえ、私は」と口を開きかけた時だった。
「ねえ、外にすごい車停まってない」
猪原さんが私の袖を引っ張った。釣られて窓の外を見ると、見覚えのある車体が止まっている。そこから出てきたのは──
「一織さん!」
驚いて立ち上がると、車のドアを閉めた一織さんがこっちを見た。そうして、悠然と歩いた彼は、程なくして席の側までやってきた。
「咲良ちゃん、そろそろ飲み会も終わる時間かと思って、迎えに来たよ」
「え、あの……」
「お友達、大丈夫かい? 具合が悪そうだけど。飲みすぎかな」
「そ、そうなの! 陽菜ちゃん、ねえ、起きて。そろそろ帰ろう」
「えー、まだ飲めるよぉ」
ソファーに項垂れる陽菜ちゃんは、すっかりできあがっている。
「二人も送っていこうか」
「いいんですか?」
「お友達には、恋路を邪魔されたって嫌われるかもしれないけど……酔った男三人に任せるのは、オジサンとしては見過ごせないかな」
にこりと笑った一織さんに、猪原さんが「助かります」といって立ち上がった。
「陽菜、陽菜! 帰るよ。今日はもうお開きね」
「えー、二次会は?」
「カラオケ開いてなかったから、また今度!……ですよね?」
眼光鋭い猪原さんは、陽菜の荷物をもつと、瀬尾さんたちを振り返った。
少し口角を引きつらせた瀬尾さんは、曖昧に頷いた。それに、猪原さんはがっかりしたような、ホッとしたような顔でため息をつく。
「瀬尾さん、陽菜に少しでも気があるなら、昼間にでも誘ってあげてください。でも、変な気を起こすようなら……許しませんから」
猪原さんはきっぱり言い放つと、ふらつく陽菜ちゃんに肩を貸して歩き出した。
私は瀬尾さんたちにぺこりと頭を下げ、荷物をもって一織さんの後を追った。
「咲良ちゃん、これでドア開けて先にお友達を後ろに乗せてくれる?」
立ち止まった一織さんはポケットからスマートキーを取り出して私に握らせると、ウェイターへ声をかけた。
もしかしたら、支払いをするつもりなのかも。そんな迷惑をかけるわけにはと思ったけど、外で待っている二人が心配だったのもあり、ここは甘えることにした。
次回、本日12時頃の更新の予定、残り5話となります
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