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愛情ごはんを届けたい ~エリート社長は過労死寸前!? あなたの心と体を私の料理で癒します~  作者: 日埜和なこ


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第10話 隠せない想いを伝える

 車に乗り込んですぐに、東條さんは静かに尋ねた。


「咲良ちゃん、東條建設って知ってる?」

「東條建設ってゼネコン大手の……え、まさか……」


 住宅の建設だけじゃなく大規模な都市開発事業や、建設の自動化システムの開発にも取り組んでいる東條建設のCMが脳裏に浮かんだ。

 都心のビル建設だけでなく、東京近郊の分譲地ではよく東條建設の建設現場を見る。関東に住んでいたら、知らない人はいないだろう。


「そう。俺の父親はその社長、東條秀儀だ」


 突然の告白に言葉が出てこなかった。


「けど俺の母親とは籍を入れていない……俺の母親は、あの男の愛人だったんだ」

「えっ……」


 立て続けに告げられた事実を理解することができなかった。


「幼少期、俺には父親がいないと思っていた。母親は俺を育てるために昼夜問わず働き通しで……そんな母親が病に倒れたのは、俺が中学の時だった。毎年健康診断を受けていたのに、あっさりこの世を去ったよ」


 母親の葬儀に父親が現れ、養子にしたいといわれたことを悲しそうな目で教えてくれた。

 大人たちの話し合いには入れてもらえず、嫌だということもできない。「無力な子どもだったんだ」と呟いた東條さんは、その後のことも教えてくれた。

 養子となっても父親を親と思えず、いつか家を出てやると思いながら過ごしたこと。国立大にこだわって受験したのも父親への反発だったこと。


 自嘲気味に笑いながらも、抑揚のない声で語られる過去は、まるで小説かドラマのあらすじのようだった。


「ライフメトリクスを立ち上げたのも、東條を出るためだった。だけど、俺の計画はあの男にバレ、事業を潰されたくなかったら、橘の娘と結婚しろといわれた。それが、咲良ちゃんと出逢う前のことだ」


 東條さんが必死に働いている理由が、とても寂しいもののように感じた。


 初めて車に乗せてもらった日に、今動かないと後悔するといっていたことを、ふと思い出した。

 どれだけの悲しみと葛藤を抱え、ずっと一人で足掻いて生きてきたのだろう。


 父親を亡くした私の悲しみは、お母さんが埋めてくれた。だけど、東條さんにはそんな人がいなかったんだ。


「俺は、咲良ちゃんが思っているほどできた男でも、善人でもない。人のためじゃなく、自分のために起業するような男だ……それでもついてきてくれた仲間がいた。そいつらのためにも、会社を潰されるわけにはいかなかったんだ」


 それが、麗華さんに白い結婚を提案した理由。

 深く息を吸った東條さんは、見つめ続けていたフロントガラスから視線をずらすと、悲しそうに笑って私を見た。


「結果的に隠すようなことをして、すまない。隠し事ばかりで信用なんて出来ないだろうけど、一つだけ信じて欲しいんだ」


 薄暗い車内でもわかる東條さんの真剣な眼差しを見つめ返した。


「咲良ちゃんが好きな気持ちは、本当だ。お弁当を楽しみにしていたのも、部屋で咲良ちゃんがご飯を作ってくれたのも、嬉しかった。お嫁さんに来てくれたら幸せだと思った。けど……」


 苦しそうな双眸が必死に笑おうとしていた。


「今の俺では、咲良ちゃんを幸せにできないのも、事実だ」


 その頬を涙が一滴落ちた。

 東條さんは、どれだけ気持ちを押し殺して生きてきたんだろう。

 自分の居場所を失って、それでも足掻き続けてきた。健康を気にする余裕なんて欠片もなかったんだ。

 濡れた頬に指を伸ばすと、その両目が見開かれた。


「東條さん、一つだけっていいながら、いくついうんですか?」


 濡れた頬を拭うと、東條さんへの思いが込み上げてきた。


 彼の悲しみと過去を知った今、逃げ出すことなんてできない。例え、いつか別れが来たとしても、今、東條さんを幸せにできるのは私だけだ。

 膝の上で拳を握り、どうにか東條さんに気持ちを伝えようとして言葉を探した。


「東條さんが私を幸せにできないっていうなら、私が東條さんを幸せにします」

「咲良ちゃん……?」


 東條さんの瞳が揺れる。

 それは戸惑いなのか、それとも歓喜なのか。できれば後者であってほしい。


「今の私は、料理を作るくらいしかできないけど、でも、東條さんの健康を守ることはできます。だから」


 力いっぱい握っていた拳に東條さんの大きな手が重なり、温かさが広がっていく。


「側にいさせてください。結婚したいなんてワガママはいわないから。だから──」


 いい終わる前に東條さんは体を乗り出し、私の体をシートに押し付けるようにして抱き締めた。

 熱い吐息と体温が近い。それを失いたくなくて、東條さんの大きな背中に手を回す。


「咲良ちゃん……君を放したくない」

「離れたりしません」

「不甲斐ないオジサンの側にいてくれるか?」

「側にいたいんです。それに、東條さんはオジサンじゃないですよ」


 大きな背中がなんだか、寂しがっている子どものように思えてきた。

 優しく撫でれば、少し体を放した東條さんは「ありがとう」といってはにかんだ。そうして、運転席のシートに体を預けると、深く息を吐き出した。


「……情けないよな」

「なにがですか?」

「俺さ、咲良ちゃんから一日連絡なくて心配ばかりしてさ」

「それはその、ご心配をおかけしました」


 日頃から、東條さんと頻繁にメッセージをやり取りしていた訳じゃないけど、だからこそ、連絡がたった時は嬉しくてすぐに返信していた。それが、まったくなければ、事故にでもあったのかって心配するよね。


「違うんだよ……ずっと、引っかかってたんだ」

「引っかかってた?」

「……既読もつかなかったし、俺のことを忘れるくらい、学生生活を楽しんでるのかなとか、誰といるんだろうとか考えてた。一緒にいるのは男かな、とか」

「──!? そ、そんな人いないですからね。今日の講義が少し難しくて、休み時間で教授に質問したり調べ事していて時間がなくて。その後、結城くんに呼ばれて」

「ユウキ?」


 慌てて一日のことを説明しようとしたら、東條さんは不安そうな顔で私を見た。


「同じ学部の同期です」

「もしかして、二週間くらい前に咲良ちゃんを大学まで送っていった朝、声をかけてきた男?」

「え……?」


 二週間くらい前といわれ、はたと思い出す。結城くんが私たちを目撃した時、東條さんはまだ駐車場を出ていなかったのか。


「やっぱりそうか。……咲良ちゃんは、そいつのこと好きなのかなって」

「えぇっ!? そんなことないですよ! 結城くんは親切な人ですけど、絶対にないです!」

「でも、俺のことはずっと東條さんなのに、ユウキくんって呼んでるし」


 これは嫉妬してくれているってことかな。

 意外にも可愛いことをいいだした東條さんは、私から顔を背けるようにして外を見た。


「……結城って苗字ですよ。それに、結城くんには彼女もいます。とびっきりの美女で……東條さんの婚約者さんです」

「……は?」


 驚きを隠せない顔で振り返った東條さんは、勢いよく私を振り返った。


「今日の夕方、結城くんに橘麗華さんを紹介されました。それで、東條さんの婚約者だって教えられて、色々混乱してまして……」


 言葉を失っている様子だった東條さんは、一つため息をつくと口角を上げた。


「信じてくれますか?」

「そうだな……俺のことを名前で呼んでくれたら、信じてあげる」

「え?」

「それと、明日の朝、俺の淹れるコーヒーを飲んでくれるなら」


 どういう意味だろう。明日は土曜日だから、お家に行ってご飯を作る日だし、またコーヒーを淹れてくれるってことかな。でも、朝っていったよね。

 きょとんとしていると、車のエンジンをかけた東條さんは「まだ話したりないし」と呟いた。


「あの、東條さん」

「そうじゃなくて、名前で呼んでほしいな」

「……えっと、その、一織さん」


 緊張しながら名前を呼ぶと、一織さんは体を被せるようにして私の顔を覗き込んだ。


「このまま俺のマンションに行っていい?」


 甘えるように尋ねる一織さんに見つめられ、全身が熱くなった。


「えっ、あのっ、それって……」

「今夜はもう少し、咲良ちゃんと一緒にいたい。ダメかな?」


 大きな手が頬に触れた。まるでガラス細工に触れるよう優しく撫で、長い指先が耳たぶに触れる。


「……ダメじゃ、ない、です」


 ふにふにと耳たぶを触る指先に背筋が震え、感じたことのない緊張が走った。


 どうしよう。これってもしかしなくても、夜のお誘いってことなのかな。今日の下着、全然かわいくないんだけど。──頭の中はすっかりパニックだった。

 ドキドキと鼓動を速めて硬直していると、一織さんがふっと笑った。


「そんな緊張しないで。咲良ちゃんの嫌がることはしないよ。ただ……キスくらいは許してくれるかな?」


 私の耳たぶをいじっていた指が、唇を撫でた。

 ぎこちなく頷くと、一織さんは「大好きだよ」と呟く。


「婚約のことはどうにかする。だから俺を信じて側にいてくれ」


 数分前には幸せにできないなんて涙を流したのに、それをすっかり忘れたような顔で、一織さんは私を見つめていた。

 はいと返事をすれば唇に熱い吐息が触れ、啄むような優しい口づけをされた。


 麗華さんから婚約の話を聞いて、あれほど不安だったのに。私も現金なものだと思いながら、マンションに向かう車の中で心が満たされるのを感じていた。

 一織さんも同じなのか、ハンドルを握る横顔を見つめていると照れたように笑ってくれる。


 交差点で立ち止まる度に、まるで私がいるのを確かめるように手を握られ、名前を呼んでといわれた。

 自分のことをオジサンなんていうのに、カッコつけるどころか、ずいぶんと甘えたなんだなって気付いたら可笑しくなった。それと同時に甘えてくれることが嬉しくて、どこまでも一織さんを甘やかしてしまいそうな自分にも気付いた。

次回、本日22時頃の更新となります


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