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第二十五節 潜入


「よう。」


俺は、着なれない黒い制服のボタンをしっかり一番上まで留めて、縦に少し長い丸みを帯びた帽子を目深にかぶって、入り口で出会った同僚に気さくに挨拶した。


「おー、元気か?」


相手の名札をばれないように確認する。

『マイキー・オーウェル:新婚、妻は妊娠中。』


「変わらずやってるよ。マイキー、お前は?子供は生まれたのか?」

「今月臨月なんだよ!もう、ドキドキでさぁ。」


マイキーは気さくに俺の背中をバシバシ叩いてくる。

普通に、痛いんだが。


「ハハハハハ」

「お前は? あれ、お前…」

「俺は、まだ結婚は早いかな。じゃ、俺こっちに用事だから。」


そう言うと、マイキーは

「おー。」

と言って俺を見送った。


……


こえーーーー。

心臓が、いくつあっても足りないよ。

うーー。


俺は、今、ヤード本部にやってきている。

何しにって?

レストラード警部に会いに来たわけじゃない。


――証拠品保管庫に行って、絵を入れかえてこい。


お嬢様の、にやりとした笑みを思い出す。


本物をどうするんだーとか言っていた自分を呪いたい。

ま、まさか、犯罪の片棒を担がされるなんて…


あれから、俺たちは必死に準備した。

お嬢様の計画はこうだ。

リュカ君が、もう一枚偽物の『微笑む女』を描く。

そして、俺が、その偽物とヤード本部にある証拠品保管庫の本物を入れ替える。

で、手に入れた本物を、ヴァロワ返還前に、本物だと思われている偽物と入れ替えて、本物をちゃんとヴァロワに返還すると。

簡単に聞こえるけど、突っ込みどころしかない。


お嬢様曰く、

――本物を本物に置き換えて、偽物を偽物に置き換えるだけなんだ。なんの問題もない。

っていことだけど、実行する者の身にもなってくれー。


警部にお願いしてどうにかできないのかってやり取りを何度もしたけど、そのたびに、意外と警部は頭が固い、という結論に達した。


そうなんだよ。意外と、規則とかちゃんとしてんだよね。警部は。


そんなわけで、リュカ君は新聞に載ってた『微笑む女』を見ながら、寝ないで偽物の絵を仕上げてくれた。

話を聞いたときは信じられなかったけど、実際に書いているところを見ると、ものすごい才能の持ち主なのでは?って感じだった。

一度書いたことがあるからと言って、1日で仕上げてくれたのだ。


そんでもって、俺はヤードに制服警官として潜入するための特訓を受けた。


潜入の心得、とにかく堂々とする。


俺は制服警官、俺はみんなの同僚だぞ!

という気持ちで、こっちから挨拶する。堂々と。

相手のことは、名札を見て確認して、いかにも知ってます、という体でこっちから話をふる。

そうすれば、こいつ誰だっけ、と思われても、決定的には怪しまれない。

なぜなら、自分のことを知っているようなのに、自分は知らないとは、言い出しにくいから。

しかも、同じ制服を着ていれば、知らなくても同僚に違いない、と判断される。

というのが、お嬢様の持論だ。

でも、こっちから話をふれるように、ヤード職員の個人情報を叩き込まれることになるとは思わなかった。

あんなの、どこから入手したんだか。

そんなの入手できるなら、絵もすり替えてくれよ。


そんなこんなで、第一関門。

証拠品保管室の場所を聞かないといけない。

さっきのマイキーに聞けばよかったかな。失敗した。

ふー。


「やあ。おはよう。」


俺は、本部の窓口にいる制服警官に声をかけた。


「よぉ。どうした?」

「実は、今日証拠品を保管しとけって、言われてさ。持ってきたんだけど…」

言いながら、持っている鞄を相手に見せる。んで、相手の名札を確認。


『ダニエル・パーカー:独身、勤続二年目』


「パーカーさん、場所知ってる?俺、まだここ入ったばっかで…」

少し困ったように、聞くと、ダニエル・パーカーは

「あぁ、二階の右手廊下の奥だよ。行く機会ないから、覚えないよな。」

二人で、はははっと笑う。

「ありがとう。」

と言ってその場を後にしようとすると、

「あ、おい。お前、えーっと…」

「エドだよ。エド・アンリ。」

「あぁ、アンリか。お前、ちゃんと記録簿書けよ?入口に、ファイルあるから。」


ダニエル・パーカー、良い奴だー。


「そうなんだ、知らなかった。ありがとう。」

俺がそう言って帽子に少し上げると、ダニエル・パーカーは手を挙げてくれた。

良い奴ー。


そして、お嬢様の言った通り、ほんとにばれない。

でも、油断は禁物だ。

俺は、教えてもらった通り、中央の階段を上り、二階の右手の廊下を進んだ。

順調だー。


ふふふふふ。

俺も諜報員になれるんじゃないか。


なんて、思っていると、向こうから見たことある人が…

げぇ。

レストラード警部。

今一番会いたくない人だ。

ど、どうしよう。


とりあえず、帽子をめいいっぱい深くかぶって、警部のために道を開ける。

ば、ばれませんようにー。


警部が通るときに敬礼して、ちょっと俯いて顔をごまかしてみる。

警部は通りすぎる時にちらっとこっちを見た。

ひ、ひえー。

堂々と、堂々と。


「お、お疲れ様です!」


元気にいっぱいに俺が言うと、

「おう。」

と言って警部は軽く手を挙げて敬礼して、去っていった。


ひぇーーー。

心臓が、ほんとにいくつあっても足りないんだが?


落ち着けー。

証拠品保管庫までは、あとちょっとだ。

奥の部屋にたどり着く。

ドアの上のところに、『保管庫』と書かれていた。

ここっぽいな。

ドアに手をかけると…


あ、開かない。だと?

どうなってるんだよ、ダニエル・パーカー。


どうしよう。誰かに、もう一回聞くしかないか…

その時。


「おい、お前。」

ひえ!

声の方を向くと、スーツを着た中年の男性がいた。

私服ってことは、刑事だ。


「はい。」


返事をすると、

「何やってんだ?」

と聞かれた。


「証拠品を、保管庫にお持ちしました。」

敬礼してそう言うと、

「そこ今施錠してるから、事務所で鍵借りてこないと開かないぞ。四番な。」

と言って、スタスタ歩いて行ってしまった。


はぇー。

た、助かった。

で、事務所って…いつも警部が通してくれる応接室に行くときに、通るとこだな。

良かった。俺、ヤードの常連で。

よし。

確か、左側だ。


事務所に行くと、確かに壁に鍵がたくさんかかっているのが見えた。

あれかな?

どうやって、借りれば…

がんばれ、俺!


「すみません。」

元気に声をかける。二階は主に刑事がいるところなんで、階級を考えて敬語で話す。


ちょっと小太りな初老の男性が、気づいてくれた。

「ん、どうした?」

「あの、証拠品を届けに来まして…」

「あぁ、じゃあ、そこに置いといて。」


え?

置いといて?って…

摘んどる!

持ってかないと、いけないんだよ、こっちは。


「いえ、自分が、運びます。お、お手を煩わせるわけには…」

敬礼して元気よく、とにかく好青年に見えるように、仕事熱心感を出して言う。


すると、男性は

「そう?今鍵かけちゃってるから、面倒なんだよ。」

と言って、デスクの方に行くと、鍵とファイルを持ってきてくれた。


誰だよ。鍵かけたやつ。


「レストラード警部がなんか気にしちゃって、証拠品を厳重管理にしちゃったんだよね。」


警部…

もしかして、絵が本物だから、気を使ってくれてるのか…

なんだかなー。


「じゃあ、ここに名前と、時間は…9時54分ね。書いてくれる?戻ってきたら。同じように、こっちに時間書いて、一声かけてね。」

初老の男性は、親切にファイルの書き方を教えてくれた。


ヤードの人たち、良い人だぁ。


「ありがとうございます!」

元気に答えて、鍵を借りる。


さぁ、今度こそ、いざ行かん。


やっと証拠品保管庫に入れた。

そんなに時間たってないはずだけど。

もう、何日も経った気がする。


さて、ダニエル・パーカーには悪いけど、俺は証拠品をすり替えに来たので、記録は残しません!と。


えーっと、『微笑む女』は…

結構いろんなものが保管されてて、探すの大変だな。

えーっと、これじゃないし。

あ、これだ!あったー。


よし、あとは、これを、リュカ君渾身の偽物と交換して、っと。

あとは、さっと鍵を返して、さっと去るだけだ。


ということで、鍵を返しに…

げぇ。

レストラード警部。

戻ってる…。

さっさと記録を書いて、去ろう。


本物の『微笑む女』が入った鞄を、なるべく見えないように床において、敬礼して

「鍵、ありがとうございました。」

と大きい声で声をかける。


ひえ。

レストラード警部もこっち見てる。ま、まずい。

顔だけ隠さないと。

そろそろっと、敬礼した手でなんとなく顔を隠すようにしてみる。

見、見てる。警部、こっちを見てる?


「あぁ、お疲れ様。」

さっきの初老の男性が鍵を受け取ってくれた。


「ありがとうございましたー。」

そう言って頭を下げて、鞄を手にしてさっと向きを変えて階段に向かう。


視線を感じるような、感じないような…


だけど、その後声をかけられることはなかった。


ほっ。

ミッションクリアー。


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