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第二十節 ―――――――――――――――


「しばらく、領地に戻ることにした。なので、この定例のお茶会は、また次のシーズンにしてもらいたい。」


少年は少女の言葉に瞳を瞬かせた。


――やっぱり…

と、不安になる気持ちを抑えて、少年は

「そうか。シーズンもだいぶ前に終わったしね。冬になる前に戻った方がいい。」

と微笑んで言った。


少女は無表情で少年を眺めていた。


何を言うべきか、少年が考えていると、少女はふっと息を吐いて、視線を移した。


大きな窓の外。

バルコニーを超えて見える木々には、色づきすぎた葉が少し残っていた。


「夢を見ることは?」

少女は視線を外に向けたまま質問した。


「夢?」

「私は……時々見るんだ。自分が、死ぬ時の夢を…」


少年は少女をまっすぐに見ていた。

それに気づいたのか、少女は一度視線を下ろしてティーカップに口をつけると、

「変なことを聞いたな…」

と呟いた。


少年は、少女から視線を逸らさずに、一拍おいた後に答えた。


「見るよ。俺は…自分が死ぬ夢ではないけれど。」


そう言って少年もティーカップに口をつけると、 急にふふっと笑った。

少女は不思議そうに少年を見た。


「ジュリアナからは、もっと変なことを聞かされたよ。断罪されるから、婚約者にしないで欲しいとか、俺が人を信じられなくなるとか、まぁ、いろいろ。」


――今思うと、本当に変な子だったな。


思い出すように少年は笑った。


――あっ


しまったと、少年は思った。


――自分の婚約者に、他の女性の話題を話すなんて…


「いや、違うんだ。その…変な話しと聞いて、思い出しただけって…その、特別にということではなく…」


言葉にすればするほど、少年は何を言えばいいかわからなくなった。


――将来の伴侶は、そのような人間でないことを…


少年は少女がかつて自分の父に言った台詞を思い出していた。


――あぁ、なんて言ったら…すごく言い訳がましくなってしまう。


少年がなんだか慌てている様子を、少女はきょとんと眺めていた。


やがて


「ふふっ…はははっ、はっ」


口元を抑えて、少女は声をだして笑った。

いつも見る少女の笑いとは違う。


――か、かわいい…


少年は少女が笑っているのをぼぉーっと眺めるしかできなかった。


「ははっ、そんなに必死に…ふふっ。まさかそんなに必死に、言い訳してもらえるとは。他の女の話題くらいで、悋気をおこしては、あなたの妻はつとまらないだろう?」


少年は熱を持っていた顔がさらに熱くなるのを感じた。


ごまかすように、お茶を口にすると

「そうかもしれないけど、その…気にしたいんだ。俺が。君とは、いい関係を築きたいし。」


少女は目を細めて、少年を見た。

まだ、8歳の少年だ。

自分も7歳なわけだが。


あどけない少年が大人ぶって、気遣ってくれる。

誠実であろうとしてくれる少年の心を、純粋に嬉しいと感じた。


「ケンウッド公爵令嬢のことは、うちの従者からも聞いている。彼女は、どうにもエドモンドに関心があるらしい。」

「そ、そうか。その…」


少年は少し俯いて、言葉を続けた。


「君が、この婚約を望んでいないことはわかってる。だけど、俺には君以外に選択肢がないし、なにより、君でよかったと思ってる。だから…」


少年はその後の言葉を続けられなかった。


「あなたのことを、嫌だと思っているわけではない。ただ…もう少し、自由でいたいだけだ。こうして生まれたからには、責任を果たさなければならないことは、わかってる。」


少女の言葉に、少年は顔を上げて少女を見た。

少女の瞳は、部屋の灯りをともして、琥珀色に輝いて見えた。


少女は言葉を続けた。

「少し、自分の不甲斐なさを感じることが、重なったんだ。だから、領地で自分を見直したい。成長したいとも言える。それだけだ。」

「そうか…」

「そうだ。」


少年は少し微笑んで少女に言った。


「君が不甲斐ないなんて、それでは俺はもっと成長しないと。それに、安心した。君は、責任を放棄するような人間じゃないから。」


少年の言葉に少女は自嘲するように笑った後、からかう様ににやりと笑って言った。


「その言い方、父君に似てきたんじゃないか?」


二人の笑い声は、静かに部屋に響いた。


少しして、少女はぽつりと

「悩んでいることがあるんだ。」

と告げた。


少女にとっては、珍しい言葉だった。

大抵のことは、自己の判断で、自己の責任で、決断できる人間だった。

決断したことを後悔はしても、自分が背負っていくものだと理解している人間だった。


少年は、少女が言葉を続けるのを見守った。

短い付き合いで、ここで尋ねれば少女が口を閉ざすだろうと、なんとなく感じていた。


「何が正解なのか、自分でも判断ができない。正しい姿であるべきだと思うのに、そうすると、秩序が保てない可能性がある。」


少女はまた、窓の方をぼんやりと眺めた。


少年はゆっくりと口を開いた。


「正しくあることは、自分でどうにかできるかもしれないけれど、秩序を保つのは、一人の人間の手に余ると思うよ。」


少女ははっとしたように、少年を見た。

少年はゆっくりと、言葉を選んで、言葉を続ける。

考えながら話しているのがよく分かった。


「どうにもできないこともあるだろう。俺たちの立場だと、たまにそれを忘れそうになる。それは、傲慢なんじゃないかって、そういうのを忘れないようにしないといけないと思うんだ。一人一人の決断が、社会を形づくっていて、その形を変えることは、どんな地位にいてもできないことだって。」


少年は言葉を切ると少し恥ずかしそうに笑って

「母上がおっしゃっていたことなんだ。あまり記憶にはないけど、忘れないように心掛けている。」

と続けた。


少女は少年を見て、琥珀色に輝く瞳をきらめかせて微笑んだ。


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