第十九節 ―――――――――――――――――
嫁ぎ先は、二十も歳の離れた資産家だった。
資産家、と言っても戦争が始まればどうということもない。
夫は権威主義でプライドが高く、私のような女とうまくいくはずがなかった。
閨では日中の鬱憤を晴らすように、殊更にきつくあたったものだ。
最初のうちは肉体的に私を屈服することに満足していた。
ある時から、声も上げない私に飽きたのか、愛人を囲うようになった。
結婚とは、家同士の契約だ。
私の実家は金を、男は身分を手に入れたのだ。
私を介して。
時々、女学生の時分を思い出した。
科学や医学が好きだった。
戦争が始まるまでは、西洋の専門誌を夢中で読んだし、ミステリー小説が好きだった。
特に、アガサ・クリスティが。
喫茶店で小説を読んでいると、話しかけてきた学生がいた。
彼は、私が読んでいる小説について尋ねてきた。
私が夢中で説明しているのを、目を細めて眺めていたのを思い出す。
きっと彼は、私の話など理解していなかっただろうし、興味もなかっただろう。
――必ず迎えにきます。
そう言って、彼は徴兵された。
迎えにきてくれたらいいのに、そう思う度に、他力本願な自分を嗤うしかなかった。
彼はどこかで誰かを殺し、そうやって戦っているのに。
ある日。
よく晴れた日だった。
買い物に出ていると、警報が鳴った。
不思議なことに、空から何かが降ってくるのが見えた気がした。
瞬間――
ひどい爆風に吹き飛ばされ、意識を失った。
体中の痛みで意識を取り戻す。
――落とされたんだ。
辺りを見渡すと、無数の瓦礫、同じように傷ついた人。
そして…
ポツ、ポツ、ポツ…
黒い雨。
――熱い
とにかく熱かった。
喉が渇く。
雨が降っているのに、熱が引くことはなかった。
水を求めてふらふら川の方へ向かう。
同じように川へ向かう人々。
――熱い。
そうして、私は死んだのだ。
ゆっくりと、あの熱に、十年近く蝕まられて…
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少女は目を覚ました。
ゆっくりと体を起こす。
――欲しいのは―― ケイオス。 混沌、だよ。
ぼんやりとした頭で男の言葉を思いだす。
――冗談じゃない。
――私は、秩序が好きなんだ。整理され、組織された。
少女はベッドから起き上がった。




