第十五節 捜査三日目 ①突撃、公爵令嬢
昨日帰ってから、お嬢様にメルドさんから預かったカードを渡すと、お嬢様はいつも以上の無表情で固まってしまった。
割と珍しい反応に、
「大丈夫ですか?」
と声をかけると、お嬢様は
「アーディス・メルド……か。」
とぽつりとつぶやいたまま、黙ってしまった。
そして一夜明けて。
朝起きたら、お嬢様はまた、お気に入りのお菓子を買いに行ったとかで、朝から俺を置いて出かけてしまったのだ。
なんなの?
なんで置いてくんだよー。
いろいろ話もしたかったのに……。
コンコン。
誰だろう。俺の部屋に訪ねてくるなんて。
お嬢様がいなくて暇している俺と違って、みんなは普通に忙しい時間なのに。
ドアを開けると、執事のスティーブさんが困った顔で立っていた。
「どうしたんです?」
「ケンウッド公爵令嬢が、お前を訪ねていらっしゃった……」
「え!」
つ、ついに職場まで来るのか……。
何考えてんだよ……。
「そ、それで……」
「公爵閣下もご一緒で、今、旦那様が対応してる……」
ひえーーー。
「う、嘘ですよね……?」
「ほんとだ。お前、何やったんだ?」
何もしてないよ。
とりあえず、恐る恐る応接室に向かう。
ノックして許可をもらい部屋に入ると、笑顔を張り付けながら額の血管が浮いている旦那様に、あからさまに機嫌が悪そうなケンウッド公爵、そして、にっこにこの笑顔の公爵令嬢がいた。
何これ。地獄?
「エドモンド、とりあえず座りなさい。」
そう言われて、謎に旦那様の隣になるべく体積を小さくして座ると、
「エドモンド! 今日から、うちで働いてもらうことになったんですよ。良かったですね。」
と、公爵令嬢が空気を読まずに言ってきた。
どういうことよ?
旦那様の顔を見ると、張り付けていた笑顔がはがれ、無表情になっていらっしゃる。
こういう表情、お嬢様と旦那様って似てるんだよなぁ。
まぁ、お嬢様が似てるんだけど。
「わざわざケンウッド公爵が、お前をご令嬢の従者として引き抜きたいと、ご自身が娘を連れて、こうしていらっしゃっている。暇なんだろうが、わざわざ、お前とシェヘラザードが公爵家に無礼を働いたのだから、断れるはずがないだろうと、言ってらっしゃるわけだ。」
旦那様、すごい棘がありますね、言葉に。
ケンウッド公爵は……こちらも額の血管が切れそうにピクピクしている。
「その、無礼を働いたのは、主に……」
「なんだ? ん?」
「いえ……その……」
「やめてください!」
かわいらしい声がこだまする。
「エドモンドが怖がってます。やっぱり、こんなところで働くべきじゃないんです。彼は。ほんとは……」
「何をおっしゃりたいのかわかりませんが、ジュリア嬢。エドモンドがどこで働くか、それを決めるのはエドモンド本人の意思に委ねさせていただく。それがこちらの条件だと申し上げたでしょう。」
「でも、そんなに脅して……」
「脅す? 何をおっしゃる。そもそも、まだ御父上の喪も明けていないというのに、アポイントもなしに他家にやって来るなんて、非常識でしょう。暇なケンウッド公爵にはわからないかもしれませんが、本来ならば、対応しておりませんよ。」
「ふ、娘があれほど非常識に育つのもよくわかる。」
「こちらのセリフですよ。お立場を、よく考えた方がいい。」
ケンウッド公爵は苦々しい顔で旦那様をにらんだ。
すごい。筆頭公爵相手に……負けてない。
というか、ケンウッド公爵家で働くなんて、絶対に嫌なんだが。
ハロッズ事件の時にわかったけど、この家、真っ黒なんだもん。
ブラックモア侯爵家も真っ白ではないけど、少なくともあんなに真っ黒ではないし、旦那様の圧はすごいけど、尊敬できる方だし、なにより――
――ここから、出してやろうか。
お嬢様が、幸せに……どんな形でもいいけど、幸せに生活するお手伝いをするのが、俺の生きがいだし。
「あの、私はブラックモア侯爵家でお世話になっている身です。これからも、それは変わりません。」
お嬢様が、ウィリアム王子と結婚してお嫁に行っても、俺はブラックモア侯爵家の人間として、お嬢様のおそばで仕えたいと思っている。
「で、でも……エドモンドはほんとは……」
「何か、勘違いがあるようです。ケンウッド公爵令嬢。私は、ここで働かせていただいて、本当に、本当に幸せ者なんです。なので、今の生活を、どうか取り上げないでください。」
伝わるかわからないけど、精一杯の言葉で頭を下げる。
しばらく沈黙が続いた。
「そんな……そしたら、エドモンドルートは……」
ケンウッド公爵令嬢が、何やらぼそぼそ言っているのが聞こえた。
顔を上げない俺に、公爵令嬢は今度ははっきりと、
「わかりました。」
と言った。
顔を上げると、いつもの、なんだか決意したような顔で、
「とりあえず、今日は帰ります。でも、私、あきらめませんから! 一番の推しなんで、絶対、ぜぇったい、あのモブ令嬢にも、ヒロインにも渡しませんからね。」
そう言って拳を掲げた。
どういうこと?
意味わからん。
「お父様、行きましょ。」
娘に促されて、ケンウッド公爵はあっけにとられながら立ち上がった。
旦那様は、
「ケンウッド公爵様がお帰りだ」
と、控えていた使用人たちに告げた。
さっさと帰れと言わんばかりの空気を感じ取り、使用人たちはてきぱきと、公爵とご令嬢を出口へ案内していく。
何だったんだ……一体。
「お前、ケンウッド公爵令嬢に、自分のことを話したのか?」
ひえ!
二人が退室したあと、ぽかんとしていると、背後から声をかけられた。
旦那様だ。
「いえ、特に何も。名前と、お嬢様の従者ですっていう挨拶くらいしかしてないんですけど。」
旦那様は顎に指を当て、少し考えるようなしぐさをした。
こういうところも、お嬢様によく似ている。
まぁ、お嬢様が似てるんだけど。
「そうか。まぁ、あのご令嬢は頭のねじが飛んでいるという理由で、王子殿下の婚約者から外されたくらいだしな。ケンウッド公爵家も、前公爵亡き今、昔ほどの力もない。距離を取るのが一番だ。気を付けるんだぞ。」
そう言って、俺の背中をバシバシ叩くと、スティーブさんを呼んで馬車の手配を命じ、すぐ出発だとか言って去っていった。
うーん。
お嬢様がいなくてよかった……かも。




