第二十七節 ―――――――――――――
少し白髪の混じるグレイの髪を上品にまとめた夫人は、招待した小さな客人と向かい合っていた。
庭園の奥、低い石段を下りた先にある東屋は、白い木組みの屋根と細い柱で形作られ、午後の光を柔らかく透かしていた。
屋根の縁には蔦が絡み、ところどころ剥げた白塗りの木肌が、長い年月を静かに語っている。
東屋の周囲には、金木犀の木々がゆったりと間隔をあけて植えられていた。
花の盛りで、風が吹くたび、甘く重たい香りが波のように流れ込んでくる。
「お招きいただき、ありがとうございます。まさか、ご連絡をいただけるとは。」
少女は東屋の縁に腰掛け、背筋を崩さずに頭を下げた。
社交界で耳にする噂話とは、つくづく当てにならないものだと、夫人は思う。
見た目は申し分ないが年相応の幼さがあり、国母にふさわしくない――などと、口さがなく言う者は、彼女に実際に会ったことなどないのだろう。
ゆったりとした上品な微笑をたたえた夫人は、少女の様子を一瞥してから、柔らかな声で応えた。
「息子から、私と話をしたがっていると聞いて。私も、あなたとは話をしなければと思ったのよ。」
その声は穏やかで、角がなく、聞く者の警戒心を自然とほどいてしまう類のものだった。
「私に聞きたいことは?」
「ではまず、ウィルモット子爵夫人とのご関係について。」
「彼女とは古い友人よ。よく、家のことなど相談していたわ。」
「ご主人の悪癖についても?」
「ふふっ。」
夫人は少女の言葉に、わずかに目を細めて応えた。
「そうね。あなたのような子どもに、お話しすることでもないけれど。」
――食えんな。
少女は、対面する夫人を注意深く観察した。
姿勢、呼吸、視線の置き方。どれも洗練されていて、無駄がない。
「彼女が亡くなったのは、本当に……残念でならないわ。」
夫人の声に、揺らぎはない。
――嘘を言っているようには見えんな。
「あなたもハロッズのチャリティーに参加していたそうだが。事件に巻き込まれなかったのは、不幸中の幸いだったようだ。ところで……」
少女は懐から白い紙切れを取り出し、そっと卓上に置いた。
「こちら、見覚えは?」
夫人はそれにちらりと視線をむけると、
「さぁ……。」
と応えた。
「特殊な加工がされている。防水性を高め、高級な菓子などの包み紙に使われるようなものだ。チョコレートや、キャラメルといった。」
夫人は紙切れから少女へと視線を戻して言った。
「そう。それが何か?」
――やはり、食えんな。
「ハロッズのチャリティーで、キャラメルをあなたと一緒に配ったと、オスカーが言っていたので。その包み紙ではないかと思ったんだが……」
「どうかしらね。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でしょう?」
少女は、笑みが浮かびそうになるのを抑えられなかった。
「ええ。」
短く応え、少女は話題を切り替える。
「ところで、オスカーですが……」
さわさわと、風が金木犀の枝葉を揺らした。
甘い香りが一瞬濃くなり、また薄れていく。
「誰の子かって?」
「あなたのお孫さんではない、でしょう?」
「いいえ、あの子は私の孫よ。」
少女は夫人の顔を、まじまじと見つめた。
微笑は崩れない。視線も逸れない。
「正直、私はあなたに感心している。あなたが、かばう程の男なのですか?マクシミリアン・ケンウッドというのは……。」
夫人は、ゆっくりと口元の笑みを深めた。
「かばう? 何のことかしら? 私はね、あの人をかばったことなどないのよ。
あなたの知らないことを知っている、というだけ。」
夫人は、遠くの庭木に一瞬だけ視線を流した。
「希望にあふれたあなたと違って、この年だもの。色々と、経験しているのよ。」
「わからないな……。旦那の不義の子というのが、そんなに大げさなことか?身分を考えれば、人を殺してまで秘匿すべきことでもないだろうに。」
「何をおっしゃっているの?」
「オスカーのことだ。」
「オスカーは、私の、孫よ。」
表情を変えず、夫人は断言した。
――どういう……。
少女は、わずかに言葉を失った。
理解できない、という経験をほとんどしてこなかった少女は、夫人の意図を掴めずにいた。
正しくは、脳が理解することを拒んでいた。
「あの子は間違いなく私の孫よ。
――私の娘が産んだ、実の孫なの。」
――それは……。
「オスカーが主人の子だと、確信しているのでしょう?そして、あなたは確信を絶対にするために、私に会いたがっていた。私の肯定が欲しかったのでしょう?だからね、わざわざ今日、お招きしたのよ。あなたの確信を、肯定するために。」
にっこりと、優美な笑みを作った夫人は、穏やかな声で少女に問うた。
「それで?あなたはこの事実、どうするのかしら?」




