第二十五節 捜査四日目 ③ハロッズ事件の真相
「どういうことですか?」
気まずいケンウッド公爵家の訪問を終えて、俺たちはヤード本部に向かってる。
公爵に「お帰りください。」ってはっきり言われたのに、
「オスカー殿にご挨拶を」だの「前公爵夫人にもご挨拶したい」だのなんだの言って、額に浮いた血管がはちきれんばかりにピクピクしていた公爵に、半ば無理やり追い出されてきたわけで。
お嬢様は、目的を達成できなかったとか言ってるけど、あの状況で居座ろうとするのすごすぎるよ。
どういう心臓してんだ。
「何がだ?」
「ケンウッド公爵に言ってたことですよ!」
「あぁ。お前も気にしていただろう。オスカー・ケンウッドの出生の秘密について。」
違うわい!そうだけど、そうじゃなくて。
「お嬢様を解放した男が、ケンウッド公爵だって話ですよ。なんで教えてくれなかったんですか!」
「あれは、ハッタリだ。」
何でもないことのように、お嬢様はさらっと応えた。
ハッタリ? あ、あれが?
「確信ないのに…あんな感じだったんですか?」
「そうでなければ、ハッタリにならないだろう。」
どういう心臓してんだ。きっと普通の人の8倍くらい大きいに違いない。
「じゃ、じゃあ。ハッタリが当たっただけってことですか?
なんか、『あのようなマスクを着用しているからには、公爵本人の他ありえん』、とかそんな感じではなく?」
「なんだ、それは…。」
「だって、いつもそんな感じじゃないですか!」
「マクシミリアン・ケンウッドにかなり近い人物だという確信はあった。が、それだけだ。前公爵が信頼をおいており、裏切りを想像もできない人物。その人物像に一番近いのが、息子である現公爵だったというだけだ。」
「前公爵ですか?」
「そうだ。」
「というか、オスカー・ケンウッド公爵子息がマクシミリアン・ケンウッド前公爵の息子、みたいなこと言ってましたけど、あれは何なんです?」
「お前が、今言った通りだ。」
いやいや。そうだけど…
「説明して欲しいんですって!」
俺の言葉に、お嬢様はやれやれと、肩をすくめて応えた。
「アルバート・ケンウッド現公爵がオスカーの父親である可能性は限りなく低い。やつが10年前から2年間、国内にいなかったのは公式記録だ。そして、オスカーが国内で生まれたのも公式記録だ。記録が改ざんされている可能性はあるがな。ここまで、公爵家がオスカーの件を隠そうとする、その理由を考えれば、オスカーの出生にマクシミリアン・ケンウッドが関連しているのは間違いない。」
「はぁ。前公爵が、公爵家の中でも権力持ってるからってことですか?」
「そうだ。」
「公爵の隠し子とか、愛人の子って、そんなに重大な秘密なんですかね?」
なんか、よくあることの気がするんだけど?
いいことではないけど。
「そこが、わからない。」
お嬢様は深刻そうな表情をして、言葉を続けた。
「だが、今回の件、核にいるのは前公爵だ。」
「誘拐事件のってことですか?」
「全ての、だ。」
全て?
「誘拐事件も、9年前のアッシュフォード伯爵一家毒殺事件も、ハロッズ事件もだ。」
「え? 誘拐事件とアッシュフォード伯爵の事件はわかりますけど…ハロッズ事件?」
「参加者のリストにマクシミリアン・ケンウッドの名前があった。」
え?まじで?
「前公爵は仕事で欠席したそうだが、前公爵夫人と一緒にチャリティーに参加したとオスカーが言っていたんでな。念のため、リストを確認したところ、間違いなかった。」
「でも、参加者のリストにいたからって、関係ないかもしれないじゃないですか?」
「そうだが…。あまりに符号がそろいすぎている。あるいは…」
言葉を切ったお嬢様は、窓を眺めたまま言葉を閉ざした。
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「珍しいな。お嬢が自らこんなとこに来るなんてよ。」
ヤードに着くと、警部が部屋に通してくれた。応接室かな?
革張りのソファが置かれていて、警部に促されて俺とお嬢様はソファに座った。
「それで、手紙の内容は?」
「あぁ、それがウィルモット子爵夫人はマクシミリアン・ケンウッド判事が出席するイベントだのを、フィンチのやつに教えてたみてぇだ。それ以外は、えらく親身な内容でな。仕事はどうだ、生活は問題ないか、なんて話だ。母親が息子に書くような内容だ。」
マクシミリアン・ケンウッド…ほんとに全ての事件に出てくるんだ。
本人は何してんだろ?
「旦那の話じゃ、子どもがいなかったもんだから、教え子を子どものようにかわいがるところがあったらしい。特に、フィンチは優秀な上に夫人にも懐いてたとかで、えらくかわいがってたそうだ。」
じゃあ、子爵夫人はエリオット・フィンチのガヴァネスだったんだ。
「夫人自身とマクシミリアン・ケンウッド前公爵との関係について、子爵は何か言及したか?」
「いや…特にねぇな。ただ、ケンウッド判事の夫人と友人だって話はしてたな。」
「ふむ。」
「それとな、」
一度言葉を区切った刑事は、姿勢を直して続けた。
「夫人の使っていた化粧台から、パリグリーンの顔料が見つかった。」
パリグリーンって?
「ヒ素が出たか。」
「あぁ。」
俺の?を置き去りに、お嬢様と警部は会話を続ける。
「夫人は自殺だと思うか?」
警部は真剣な目でお嬢様を見ていた。
「ストリキニーネを混入した犯人は別にいる。」
「じゃあ、夫人はそっちの犯人に狙われたってことか?」
「どうだろうな…」
「こっちは悩むのよ。」
いやいや。
「説明してくださいよ!」
会話を遮った俺を、二人が一斉に見た。
「何ですか?パリグリーンって?犯人って…何ですか?」
「パリグリーンは20年ほど前から大陸経由で流行している顔料だ。美しい緑色の発色を可能にする反面、ヒ素を多分に含む、『死の顔料』だな。」
「それを夫人が持ってて、それが何なんですか?まさか、夫人がハロッズ事件の犯人って…」
「そうじゃねぇかって、警察では見てる。」
えーーーーーーーー。
あと5話で第二章完結となります




