第五節 捜査一日目 ①王子との約束
豪華な応接室に入ると、ブラックモア侯爵様が「来たか。」とつぶやき立ち上がった。
お嬢様のお父上であるオーガスタス・ブラックモア侯爵様は、立派な口ひげを生やした大柄な方で、短く整えた黒髪をしっかりとなでつけている。
侯爵の対面に足を組んで座っている長めの前髪をセンターあたりで分けた、少しウェーブがかったきれいな金髪をした美少年が王子殿下だろう。王子の後ろには赤い制服の兵士が控えている。
「昨日お茶会でご挨拶申し上げたかと思いますが、改めて。こちらは娘のシェヘラザードです。」
旦那様がそう言うと、お嬢さまは美しい所作でスカートの端をつまみ、右足を後ろに引いて膝を軽く曲げながら、ゆっくりと上体を前に傾けた。美しい髪が肩に流れ、一拍おいた後姿勢を戻し、あどけない笑顔を作って王子を見つめながら
「シェヘラザード・ブラックモアでございます。本日ははるばる会いに来てくだり、ありがとうございます。」
と言った。
猫を何重にも被ったぶりっ子だ。正しく訳せば「こんなとこまで会いに来んな」だ。
王子のアルビオンの空のように澄んだ大きな青い瞳がぼーっとお嬢様を見つめている。
まぁ、お嬢様、普通にしていれば美少女だもんな。
光の加減で色を変える不思議な色合いを見せる神秘的な琥珀色の瞳、アーモンド形の大きな目、長く伸びたまつげ、癖一つない光沢のある黒髪は完璧に仕上げられた人形みたいなわけで。中身があまりにもあれなので、旦那様に言われて前髪を短く切りそろえられていて、それが大きな瞳とマッチしている。本人は嫌そうだけど。
頭を少し下げた状態で部屋の隅に控えながら、そんな様子を観察する。
王子殿下は目を瞬いたあと、優しくお嬢様に微笑んで
「あぁ、突然訪ねてしまい申し訳ない。どうしても君ともう少し話がしたくて、お邪魔させてもらったんだ。」
と言った。
二人の様子を満足そうに見ていた旦那様は、
「それでは、私は失礼させていただきましょう。若い二人で秘密の話もあるでしょうし。」と言った後、はっはっはと上機嫌に笑って退出した。
王子殿下に促されて席に着いたお嬢様は、手を胸の前で組んで首をかしげながら
「申し訳ございません。昨日はお茶会の時にお城で迷ってしまって…あまりお話できなかったと思うんですぅ。」
と言った。
子どもぶりっ子続行だ。
「あぁ、だから話がしたいと思って。改めて、ウィリアム・ド・アルビオンだ。昨日君が迷ったっていう話はトマスからも聞いたよ。」
「そうですか。私もお話できなくて残念だったので、うれしいです。」
お嬢様は渾身の作り笑顔を披露している。女優になれるんじゃないだろうか。
「それで、どんなお話をいたしますかぁ?」
少し上目遣いでお嬢様が訪ねると、王子殿下は「そうだな…」といって、テーブルに用意されていたカップに口をつけ、俺の方をちらっと見た。
え? …出てった方が良いの?
「実は、昨日王宮で事件があったんだ。君も悲鳴を聞いたって聞いたよ。それで、君のところの従者の彼も、現場にいたって。それで、その…」
王子の言葉は歯切れが悪い。
「そうなんだですぅ。すごく怖くて…」
「そうか。実は…その…。君の噂を聞いたんだ。二年前の…」
二年前。それは俺がお嬢様と出会ったある事件があった年。
お嬢様は王子殿下の言葉に一瞬でそれまで被っていたものをすべて脱いで、普段の大人びた表情に戻った。
実に興味なさそうに「噂ね…」とつぶやくと、
「それで、殿下はわざわざ噂の真偽を確かめにきたということで?」と続けた。
それまでの上目遣いから、王子を見下すように冷ややかな目線に転じたお嬢様を、信じられないものを見るような顔で見つめた王子は、一瞬口を開きかけた後、ティーカップの方に視線を移した。
「その…君は、難事件を解決したことがあると聞いたんだ。それで、事件解決のために警察にも協力していると。だから、今回の事件にも協力してもらえないだろうかと思って…今回の事件は不可解な点が多く、難しい事件らしい。」
「それで、私にどうしろと?きちんと捜査をすればいずれ事件は解明するだろう。解明されなければ、それは暴くべき謎ではなかったということだ。」
お嬢様の言葉に
「それでは困る!」
とそれまで視線を下げていた王子が顔を上げて大きな声を出した。
お嬢様は王子殿下の方をじっと見つめている。
彼は眉を寄せながらまたうつむいて、ぽつぽつ話し始めた。
「あの部屋は…母上が生前使っていた部屋なんだ。今まで開けることができないと言われて、中がどうなっているのかわからなかったが…あんな状態で…。殺害されたのも私の面倒をみてくれていた侍女なんだ。母上の故郷の話をしてくれた…。それに…。」
「見返りは?」
簡潔で冷ややかな一言。
もう少し優しくしてあげなさいよ。王子殿下は親しい侍女がなくなったばっかりなんだし。
でも俺は知っている。なんだかんだお嬢様は謎を解いてくれるんだ。
王子は決意したように顔上げてお嬢様を見た。
「私にできることなら、なんでも。」
「では、私を婚約者候補から外していただけまいか?」
王子殿下は一瞬驚いたような表情を見せた後、少し考えて答えた。
「わかった。国王陛下に進言しよう。ただし、進言するのは事件が解決した後だ。」
「では、契約成立ということで。」
満足そうににんまり微笑んだお嬢様を、少し複雑そうな顔で王子が見つめていた。




