第十九節 捜査三日目 ①一夜明けて
「それで、状況は?」
翌朝。
いつもより遅めの朝食の後、お嬢様は怪我やら何やらしてないか、医者の診察を受けた。
何の異常もないと言うことで、普通に過ごしていいってことだ。
本人も『美味いものが食べたい』とか言ってるくらいだし。
書斎に戻ってお茶を飲んで一息つくと、お嬢様は前触れなく聞いてきた。
「状況って…お嬢様が無事に戻ってきました。」
はぁーーーと深いため息をついたお嬢様は、残念なものを見る目で俺を見た。
なんだよ。
「捜査の状況だ。ハロッズ事件の。」
えーー?
「それどころじゃありませんでしたよ。誰かさんが誘拐されちゃって…」
ん?
「お嬢様、誘拐されてたんですよね?」
「まぁ、そうだな。」
お嬢様はちょっとばつが悪そうだ。反省はしているのかもしれない。後悔はしてなさそうだけど。
「どうやって脱出したんです?」
ケンウッド公爵子息も一緒に保護されたって話だけど、まさかお嬢様、犯人をのして逃げて…
「解放されたんだ。」
「解放された?」
「そうだ。誘拐犯が死亡してな。正直、どうなることかと思ったが…枷をつけられていてどうにもできなかったしな。」
誘拐犯が…死亡とは?
「どうしたものかと思っていたら、別の男が食料を届けに来たんだ。とりあえず腹ごしらえしていると、そいつは私と公爵子息を拘束していた枷の鍵を、犯人の遺体から探し出し、こちらに渡してきたんだ。」
えっと…
「まぁ、枷を外している間に、そいつはいなくなっていたんだが。」
「情報量が!多いですよ!」
俺がそう言うと、お嬢様はなんでもないかのように「そうか?」と言った。
「え? 犯人は死んだんですか? なんで?」
「おそらく、ヒ素中毒だろう。遺体から独特なガーリックのような匂いがしていた。警備兵団にはヤードにも連絡するように言っておいたからな、司法解剖で明らかになるだろう。」
「そう言うことではなく、なんで死んだんですか?」
「飲んでいたワインに毒が入っていたんだろう。」
お嬢様は淡々と続けるけど、
「そういう、死んだ原因ではなく、死んだ理由を聞いてるんですって!」
俺の叫びに、お嬢様は冷ややかな視線を向けて
「知らん。」
と。一言。
一度ティーカップに口をつけると、お嬢様は言葉を続けた。
「何度も言っているが、動機とは最も難解な謎なんだ。私が、彼が死んだ、その理由を知るはずがないだろう。」
そうか…なんかお嬢様ってなんでもわかってそうなんだもん。
「でも、その解放してくれた男っていうのは、誰なんです? 顔は見たんですか?」
「いや、フードを被っていた上にマスクを着けていたからな。」
まぁそうか。顔を見せるようなへまするわけないか。
「ケンウッド公爵家と関連のある者、としか言えんな。」
続くお嬢様の言葉に驚く。
「え?ケンウッド公爵家ですか?」
「そうだ。」
「なんで、そんなことわかるんです?」
「マスクの装飾が独特でな。ケンウッド公爵家の家紋を模した、かの家が好んで使う装飾と同じデザインだった。念を入れてつけたマスクで、墓穴を掘ったな。」
ほえー。
「アッシュフォード伯爵家にも、ケンウッド公爵家の装飾のついたベビーベッドがあったんですけど、ケンウッド公爵家って自己主張を控えることができないんですかね?」
屋敷も自己主張の塊だったしな。
そんなことを思っていると、お嬢様が鋭い視線でこちらを見ていた。
瞳が緑色に揺らめいている。
「アッシュフォード伯爵家に行ったのか?」
圧の強い言い方にちょっとどぎまぎする。
「そうです。お嬢様を探していて…お嬢様を誘拐した実行犯が根城にしてて…。事件の捜査もあったし…」
「事件の捜査? ハロッズ事件か?」
「違います。アッシュフォード伯爵一家毒殺事件ですよ。」
「なぜ?」
「えっと…誘拐犯からケンウッド公爵家に手紙が…」
俺は誘拐犯からの要望やアッシュフォード伯爵一家毒殺事件について、それにケンウッド公爵令嬢の話など、ことの次第をお嬢様に説明した。
すると、お嬢様は椅子に深くもたれかかり目を瞑ってふーっと息を吐いた。
何やらお考えの様。
「アッシュフォード伯爵家の事件の調書に書かれていた内容は、本当にそれだけなんだな?」
目を開いたお嬢様が視線だけをこちらに向けて尋ねた。
「そうです。」
俺が応えると、少し考えた後、
「そうか。」
と言ったお嬢様は、姿勢を正してお茶を一口口にした。




