第七節 捜査一日目 ③いざ、公爵家
お嬢様の件があって、動揺してた。
っていうのもあって、すっかり忘れてたんだけど…
ケンウッド公爵って、例のジュリアナ・ケンウッド公爵令嬢のご実家じゃないかーい。
と言うことは、誘拐されたのはケンウッド公爵令嬢のご兄弟ってことか。
それにしても、すごい部屋だなぁ。
王子殿下と一緒に案内された公爵タウンハウスの応接室は、天井は驚くほど高く、まるでどこかの大聖堂かと錯覚するほどだ。
繊細な漆喰細工が施された天井には大きなシャンデリアが輝き、壁は深みのあるダマスク柄の壁紙で覆われ、手彫りの木製モールディングがその縁を飾っている。
窓際にはエンジ色のベルベットのカーテンが重たげに垂れ下がっていて、ゴールドのタッセルがそれを優雅にまとめている。昼間は陽光がカーテンの隙間から差し込み、部屋を明るく照らしている。
床には豪華なペルシャ絨毯が敷かれ、深い赤や金色の刺繍が施されたソファやアームチェアが並び、豪華さをさらに引き立てている。
そして目を引くのは、暖炉だ。大理石でできた彫刻が施されたマントルピースの上には大きな金縁の鏡が飾られ、これまた豪華さ満点。
部屋全体が、とにかく「うちの家系、すごいでしょ?」っていうオーラを放っている。
うーん。流石、筆頭公爵家。
そんなことを考えていると、ドアがノックされ、男性と女性が入ってきた。
王子殿下はソファにどかんと座っているけど、流石に俺は席を立って頭を下げた。
すると、
「楽にしてください。」
と言う優しい声が聞こえた。
「アルバート・ケンウッドです。こちらは妻のエレノアです。ブラックモア侯爵家で従者をされているアンリ殿ですね? 娘から話は聞いています。」
ケンウッド公爵が丁寧にあいさつをしてくれた。
いったい何の話を聞いているのか…
公爵は令嬢と同じ、輝く美しいブロンズ色の髪に赤銅色が強く出ていて、柔らかに波打つ髪を短くきちんと整えている。端正な顔立ちに紫がかったブルーの瞳が印象的で、口元には薄く整ったヒゲを蓄えているけど、まだ30代前半くらいだろう。
イケメンだ。そして、ケンウッド公爵令嬢はお父さん似だ。
夫人はこげ茶のカールがかかった長い髪をきちんとまとめていて、グリーンの瞳は令嬢と同じだ。すごく整った顔立ちだけど、よく言えば控えめ、はっきり言えばちょっと地味な顔立ちではある。普通に美人だけどね。
公爵に促されて着席すると、王子殿下が単刀直入に切り出した。
「オスカーの件、聞いたよ。今、どうなっている?」
「はい。ご存じかと思いますが、警備兵団に捜査を依頼しました。オスカーが誘拐されたことは間違いありませんので…」
そう答えたケンウッド公爵は、大事な息子が誘拐された割には落ち着いているように見える。
うちの旦那様が自分でお嬢様を探しに行ってるのと比べると、なんか慌てている感じとかがないなぁ。
「誘拐に関して手紙が届いていると聞いた。その手紙は今どこに?」
王子殿下が尋ねると、公爵は執事に合図をして黄色がかった白い封筒を一つ持ってこさせた。
「うちで保管しております。こちらです。」
公爵は執事から預かった封筒を王子殿下に渡すと、王子殿下は中から一枚の用紙を取り出した。
流石に、王子殿下が読んでるのを横から覗くわけにはいかないよねぇ。
とりあえず、王子殿下の様子を伺う。
王子殿下は、眉間に皺を寄せて険しい表情を作った。
なんて書いてあるんだろう。
「ここに書いてある、『アッシュフォード伯爵一家毒殺事件』とは?」
手紙から視線を公爵に移して、王子殿下が尋ねた。
「恐らく、父が9年前に扱った事件だと思いますが、詳細までは…。」
「確か、前公爵は今貴族院の議長を務めていらっしゃったな。この件、連絡は?」
「すでに連絡しております。父が過去の記録を確認してくれておりますので、今はそれを待っている所です。」
王子殿下は公爵の言葉に頷いた。
納得していらっしゃるところ申し訳ないんですけど、俺、話についていけてないです。
こんな国の最上級の身分の方たち相手に発言していいものか…
えーい。
がんばれ俺。
「あの、私にも手紙を拝見させていただけますでしょうか。」
俺がそう言うと、王子殿下は「そうだった」みたいな顔をした後、公爵の方を見た。
「どうぞ。」
公爵がそう言うと、王子殿下は手紙を俺に渡してくれた。
お礼を言って内容を確認する。
手紙は新聞の切り抜きが使われていた。
『アッシュフォード伯爵一家毒殺事件の真相を明らかにしろ。3日後に開催されてる貴族院で、マクシミリアン・ケンウッドがこれを証言しろ。そうすれば、子息は返す。』
なるほど。
前公爵のマクシミリアン・ケンウッド卿は、4年前に爵位を子息に譲るまでは、王都の最高判事を務めていたんだっけ。それで、今は貴族院の議長をされているっていうすごい方だ。肩書的に。
それで、彼が判事時代に担当した事件じゃないかって話か。
でもなんで担当判事の子息を誘拐して、こんな要求を?
普通、貴族の子息を誘拐したら、身代金を要求するもんじゃないの?
「この手紙は、いつ届いたんですか?」
「お昼過ぎです。オスカーがさらわれたかもしれないという連絡があった後、郵便を確認しましたら、これが。」
俺の質問に答えてくれたケンウッド公爵夫人は、落ち着いた様子だった。
「その、ご子息はどのように誘拐されたんでしょうか?」
「オスカーが街に遊びに行きたいと言うので、護衛を2名つけて街に。この前ハロッズに行ったのが随分楽しかったようで、また行きたいと言うもので。護衛の話では、散策中に男数人が喧嘩を始め、その者たちが護衛達にも絡んできたそうです。それに対応している間に、オスカーの姿を見失ったと言っておりました。」
ケンウッド公爵夫人はやっぱり落ち着いた声で答えた。
オスカー・ケンウッド公爵子息は、確かケンウッド公爵家の嫡男だよね?
嫡男が誘拐された割にはご夫婦そろって落ち着きすぎじゃない?
「じゃあ、手紙が届いて誘拐だと?」
「そうですね。護衛達がオスカーを捜索している時に、オスカーの靴を片方見つけておりまして、それでさらわれたのではないかと。手紙が届くまでは単なる人攫いなのか、誘拐なのかは判断できません。」
王子殿下の問いに公爵が淡々と答えた。
確かに。
人攫いだったら帰ってくることなんてほとんどないし、誘拐でまだ良かったけど、それにしてもこのご夫婦、子息のこと心配してるのかな?
「それで、靴を見つけた時にブラックモア侯爵家の兵士に遭遇したことも、うちの護衛から報告を受けています。彼らは靴の近くに落ちていた紙袋を調べていたと。侯爵家でも何かあったのですか?」
公爵の質問に俺がどう答えればいいのか考えている間に、王子殿下がお嬢様の件を説明し始めてしまった。
仕方ない。
王子殿下の話を聞いて、公爵夫婦はものすごく驚いた様子だった。
公爵夫人なんか、さっきまで落ち着いていたのに顔を青くしている程だ。
「ブラックモア侯爵はご息女を大層自慢にしていらっしゃいましたから…。お気の毒に。」
「殿下も、婚約が決まったばかりだというのに…このようなことになって、何と申していいか。」
むーー。
ご夫婦の言い方はまるでお嬢様が帰ってこないような言い方だ。
冗談じゃない。
「ケンウッド公爵子息がさらわれた現場付近で、お嬢様もさらわれた可能性があるんです。同じ犯人に連れ去られたのかもしれません。お嬢様を探すためにも、協力させていただけませんか?」
お嬢様の買ったデニッシュの袋の近くに公爵子息の靴が落ちていたってことは、そういうことだ。
俺の言葉に公爵は驚いた様子で、夫人は顔を顰めた。
なぜ、そんな反応なの?
しばしの沈黙。
「彼は、王宮の事件の際にも警備兵団の捜査に協力していたんだ。頼りになるはずだ。」
王子殿下が、沈黙を破って擁護してくれた。
しばらく考えた後、公爵は重い口調で
「わかりました。お願いします。」
と言った。




