第四節 捜査一日目 ①捜査開始
ということで、俺は警部と一緒に捜査することになりました。
お嬢様は王子殿下とのお茶会に行っちゃったし…
なんだかんだで、行くんだよなー。
あんなに文句言うなら、行かなきゃいいのになー。
まったくと思うけど、毒を吐いても仕方がないので、お嬢様から言われた捜査リストを確認しておく。
えーっと。
1、イベントの主催者に話を聞く
2、死亡した被害者三名についての調査
3、現場となったホールの確認
4、イベントに従事した従業員、特に会場担当と調理スタッフに話を聞く
5、イベント参加者になるべく話を聞く
今回は情報収集メインで、あんまり具体的な指示ないな。
さすがのお嬢様も情報が不足してるって感じなんかな。
警察がすでに4日も調べてるのに。
死亡した被害者の基本的な情報は警部の捜査資料に書いてあった。
たしか、一人はヴィクトリア・ウィルモット子爵夫人。夫人自体は貴族の子息のガヴァネスとしても働いていて、慈善活動に意欲的。52歳。
もう一人は、サミュエル・ハリスン氏で、典型的なジェントリ貴族。金融業を営む実業家で43歳。妻子有。
そして、最後にマシュー・レインズフォード。ハロッズの従業員。王都の隣のキーンフォード伯爵領の出身で、19歳。
うーん。
確かに、警部が言った通り接点なさそうな三人だ。
とにかく、俺は警部と一緒に現場であるハロッズの4階ホールに向かった。
事件後、ホールは警察によって封鎖されていて、当時のままの状態で保存されているという。
「何か見つかるといいな。」
俺が呟くと、警部が「そうだな。」
と言って頷いた。
イベントホールに足を踏み入れると、まずその広さに圧倒された。
さすが王都一番の有名百貨店の特設ホール。
豪華で格式高い雰囲気が漂っていた。高い天井には、まるで宮殿を思わせるようなシャンデリアがいくつも吊り下げられており、そのクリスタルの装飾が陽光を反射して、微かな虹色の光を放っている。
でも…
「なんか、匂いますね…」
「現場保存のために料理もそのままだし、被害者の吐いた痕もそのままだしなぁ。」
なるほど。
外から入ると、結構匂うな。なんかいろいろ混じった匂い。
中央のテーブルの端には、倒れた椅子が無造作に転がっている。誰かが慌てて立ち去ったか、あるいは襲撃に遭ったかのようだ。床にはいくつかのワイングラスが割れており、赤ワインの染みが広がって、まるで血痕のように不気味に見える。他にも汚れが染みこんだような痕が確認できる。
また、事件当時に使用されたままのシルクのテーブルクロスには、ところどころにシミがついている。
食事や飲み物の残骸が、まだその場に残されていた。ホールの中央近くに設置された巨大なフラワーアレンジメントも、いくらか萎れており、豪華な装飾の中に微かな衰退の気配を漂わせていた。
ホールの床はアンゴラ調のカーペットで覆われていて、中央には大きな長方形のテーブルが並んでいる。
壁には重厚な深紅のカーテンが掛けられていて、やわらかいベルベットの質感が、ホール全体に落ち着いた雰囲気を与えていた。
カーテンの隙間から差し込む午後の柔らかな日差しが、床にかすかな影を落としている。
ホールの一角には、大きなグランドピアノが置かれており、その艶やかな黒いボディが、より一層ホールの高級感を引き立てている。
匂いとホールの高級な雰囲気が見事にミスマッチだ。
とりあえず、ホールの隅々を確認してみる。
カーテンの裏、机の下。
ん?
机の下に、何か落ちてるな。
「警部、何かありますよ。」
警部にそう声をかけて、机の下にもぐってそれを拾ってみる。
床から酸っぱいにおいがして、ちょっと気持ち悪くなる。
誰かここで吐いたんかなぁ。
「なんだ。」
警部がそう言って俺が拾ったものを二人で見る。
「紙切れですかね?」
それは白っぽい紙だった。破られたのか、大きさはハンカチよりも小さくて、ちょっと表面がつるつるとしている。
「何だ。ただのゴミか。」
警部はがっかりしたようにそう言ったけど、念のため、袋に入れて持って帰ろう。
俺の作業を見ながら、警部がそう言えばと言って
「被害者の従業員のポケットにも似たような紙切れが入ってたな。」
と呟いた。
ふーん。
しばらくホールを確認したけど、他に気になることは見つからないな。
「警部。お連れしました。」
制服を着た警察官が、二人の中年男性を連れてきた。
一人は背が高く、やや痩せていて、背筋をピンと伸ばした姿勢が特徴的だ。スーツはシンプルながらも高級感があって、薄茶色の髪にはすでに白髪が混じっている。整った口ひげと鋭い目つきをしている。
もう一人は、身長は高いけど、ふくよかな体型で、深い青色のベストを身に着けて、シルクのネクタイをつけていた。白髪交じりのダークブラウンの髪をきちんと整えている。
警部が二人を紹介してくれた。痩せている方はハロッズのイベントホール責任者のジョン・ウィンターズ殿、そしてちょっと太ってる方は、チャリティーイベントを主催したエドワード・レディング伯爵だそうだ。
ウィンターズは軽く頭を下げた。
「お忙しい中、ありがとうございます。事件が起きてから、従業員の士気も下がっております。何とか早く解決を願っております。」
俺は頷き、ウィンターズ殿は緊張しているようだ。
「ご協力感謝します。まずは、当日の状況をお聞かせいただけますか?」
ウィンターズ殿は目を細めて、慎重に言葉を選びながら話し始めた。
「事件当日は、すべて順調に進んでいました。ホールの準備も、飲食の手配も問題なく、予定通りに進行していました。私自身、会場内を何度も確認しておりましたが、特に不審な動きは見当たりませんでした。」
「事件が起こる前に、何か変わったことはありませんでしたか?」
俺はさらに質問した。
ウィンターズ殿は少し考え込んだ。
「…強いて言えば、参加者の中に何度も出入りを繰り返していた人物がいたように思いますが、名前まではわかりません。」
レディング伯爵が口を開いた。
「私もその人物を見かけました。少し挙動不審でしたが、貴族の方ではなさそうでしたね。どこかで雇われた業者か、スタッフの一員かもしれません。」
うーん。
スタッフと参加者の区別はつくんじゃないかなぁ。
服装なんか全然違うだろうし。
「イベントに参加していた人は、どうやって決められたんですか?」
「チャリティーに関心の高い方たちに、私が直接お声がけさせていただきました。主催の意図を説明し、イベントに協賛して出資してくださる方たちをお招きしました。」
レディング伯爵がゆったりと答えた。
「じゃあ、当時のイベント目的は、チャリティーへの出資者の交流ってことですね?」
「そうです。ホームレスや孤児を支援するための会でした。」
なるほど。
だから参加者は裕福な人たちばっかりだったわけね。
「スタッフの身元は確認しているんですよね?」
「もちろんです。我がハロッズでは、身元を保証する保証人がいなければ、採用されません。」
ウィンターズ殿が強い口調ではっきりと断言した。
これは、警部も言っていた通りだな。
「そうですか。それで、当日配られた食事や飲み物に問題はなかったですか?」
俺は、事件に関する新たな手がかりを探ろうと、続けて質問を投げかけた。
ウィンターズ殿はすぐに答えた。
「食事は、うちの厨房で調理され、当日会場で提供されました。何度もチェックを行い、特に異常はありませんでした。」
うーん。
「死亡した従業員の方は、いつ頃から働いていたんですか?」
「彼、マシュー・レインズフォードは先月雇用しました。身元の保証人は彼のガヴァネスだったというご婦人です。ちょうど今回のイベント前に、ホールに対応できるスタッフの募集をかけまして、そのご婦人の紹介で採用されました。」
なるほど。
でもガヴァネスを雇ってたってことは、彼は上流階級、少なくともジェントリ以上の家柄の人ってことになる。
後でそのご婦人に話を聞いた方が良いかもな。
ウィンターズ殿から視線を移して、今度はレディング伯爵に向けて尋ねる。
「では、他の被害者の方は? お対外面識があったとか…」
「いいえ。社交界で面識があったかもしれませんが、親しいということはないと思いますよ。サミュエル・ハリスン氏は典型的なジェントリで、ウィルモット子爵夫人は反ジェントリ派でしたから。彼女はイベントでもジェントリの方たちが一緒なことに文句をおっしゃっていたくらいです。」
うーん。
なるほど。
とりあえず聞くことは以上かな。
あとで警部から参加者リストと従業員のリストをもらって確認しよう。
「わざわざありがとうございました。」
俺が二人にお礼を言うと、警部は彼らに付き添っていた警察官に合図をして、彼は二人を誘導していった。
「どうだ?」
警部が二人の背中を見ながら俺に尋ねた。
「うーん。新しい情報は特になさそうですよね。とりあえず、従業員のえーっと、マシュー・レインズフォードですっけ? 彼の身元を保証したって方に話を聞きたいです。」
俺の言葉に警部は頷いて言った。
「そっちはまだ話を聞きに行けてないから、ちょうどいい。」




