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第二節 事件


「面倒なことこの上ない。」


朝からこのセリフを何度聞いただろう。

お嬢様は不機嫌そうに新聞を読みながら、またその言葉を口にした。彼女の目が新聞の活字を追いながら、眉間に少ししわを寄せているのが見える。


仕方ない。

今日はウィリアム王子殿下との月一回のお茶会の日だ。

先月、議会でお嬢様と王子の婚約が承認されたせいで、月に一度は交流を持つことが義務付けられている。


「そんなに面倒なら、行かなきゃいいんじゃないですか?」


つい本音を呟くと、ガサッという音とともにお嬢様がこちらをじろりと見てきたのがわかった。

視線を合わせないように目線を反らす。

なんか、視線が痛い。


「らしくもないことを言うな。」


お嬢様は冷たくそう言い放ち、またガサッという音が聞こえた。

ちらっとお嬢様の方を見ると、お嬢様はまた新聞を読んでいた。


「だって、王子殿下とのお茶会、俺はお留守番じゃないですか。」


お嬢様の従者なのに、なぜか王子殿下とのお茶会には同伴NGをくらっている。

解せん!


お嬢様ははぁーっとあからさまなため息をついて、

「そう拗ねるな。今日はお前の大好きなレストラードが来るかもしれないぞ。」

と言った。


「レストラード警部ですか? なんで――」


コンコン。


俺の言葉を遮るようにドアがノックされた。

誰だろう?

ドアを開けると、そこには、いかつい顔にグレージュの髪をハットに無理やり詰め込んだ男が立っていた。深緑のコートの下にはヨレヨレのジャケットにシャツ、そしてしわだらけのネクタイを締めた――それはまさに、レストラード警部だった。


お嬢様って予言者なの?


「よう。」


驚く俺をよそに、警部は気安く挨拶をする。


「どうしたんですか?」

と尋ねると、警部は軽く肩をすくめて

「お嬢に用があってな。邪魔するぞ」

とズカズカと部屋に入ってきた。


「ハロッズの事件の件だろう?」

お嬢様は新聞をたたみながら、こちらに顔も向けずに言った。


「はっ。相変わらずだな、お嬢は。」


「なんですか、ハロッズの事件って?」


話に参加するために質問する。

たぶん今、俺だけ蚊帳の外。


「今日の新聞に載っていた。有力な新聞社の全てが一面で警察の捜査を非難している。」


お嬢様の言葉に、警部は顔を歪めて頭をガシガシと掻いた。


「よりにもよって、無差別の毒殺事件だ。手がかりはあって無いようなもんだしな。」


「どういう事件なんですか?」


警部に席を勧めて質問すると、事件のことを教えてくれた。


事件は4日前にハロッズ百貨店で起こった。その日、4階の特設ホールで貴族やジェントリを招いたチャリティーイベントが開催されて、募金活動やオークション、豪華なディナーが振る舞われた。ところが、ディナーの後、参加者が急に体調不良を訴え、そのうち3人が死亡、5人が重傷で現在入院中、軽傷者が多数発生したっていうのが、事件のあらましだ。


「貧困層の支援って言っても、参加者はジェントリ以上だがな。」

事件の概要を語ったあと、警部が顔を顰めて、付け足した。


「亡くなった被害者は?」

お嬢様が問いかける。


「子爵家の夫人、ジェントリの銀行家、それにハロッズの従業員だ。」

警部が書類を手にしながら答える。


「その情報は新聞にはなかったな。」

お嬢様が軽く眉を寄せ、宙を見据えて呟いた。


「そもそも、情報統制で極秘捜査してたのが、どこかから漏れちまったんだよ。今日になって新聞が事件を報じた。」


警部は頭をガシガシ掻きながら、明らかに苛立っていた。


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